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24、謹慎が解けて


 目が覚めたのはまだ朝も明けきらない暗い時間だった。


 イヴリールは満足に寝返りも打てない長椅子からそっと身を起こすと寝台の方を窺う。

 規則的な寝息が聞こえてきてアリウムが安心して深く眠っていることを確認すると、一週間出ることの叶わなかった扉を開けて廊下へと出た。


 しんと静まり返り、薄闇に沈んだ廊下を食堂に向かって歩く。

 真っ直ぐに伸びたその通路は進むに従い美味しそうな匂いを漂わせてくる。


「イヴ様」


 厨房の手前の部屋から扉を押して銀竜が出てきて、まだ朝食には早い時間に現れたイヴリールに困惑の目を向けた。

 手には沢山の野菜の入った籠を抱えていて、ほっそりとしているが竜族の腕力を備えている腕が頼もしく見える。


「あの、まだお食事の用意はできていなくて」

「昨日の残りとかで全然かまわないんだけどな」

「そうですか……。それならばパンとスープぐらいならご用意できると思います」

「頼むわ。それから、様は禁止」


 苦笑いして銀竜は「でも、他になんとお呼びすれば失礼が無いのか」と困っているようなので、それ以上は止めておいた。

 村の子供たちのように気軽にイヴと呼んでくれればいいのだが、他種の竜族である者同士の垣根は思ったよりも高いらしく善処すると言ってくれたレンもなかなか呼び捨ては出来ないようだった。


 レンはイヴリールを呼ぶ時アムが美羽を呼ぶように「イヴさん」と呼ぶ。

 それも他の銀竜がいる時は決して呼ばないが。


「面倒臭いな。色々。色は違えども同じ竜族なのに、もっと仲良くできりゃ良いんだけどなー……」

「次に黒竜が他の竜族をお迎えする側に回れば、私達の気持ちも解って頂けると思いますよ」


 他の竜族を迎える側ということは、美羽に選ばれ次代の巫女を掲げ、更に次の巫女を産む異界の女を神殿に呼ぶ時のことだ。


「そうなるように頑張るさ」

「そうして下さい」


 にこりと微笑んで銀竜は厨房へと入って行く。

 イヴリールはその隣の両開きの扉を引き開けて中に入る。

 いつもなら大きな中央のテーブルには料理が乗っているのだろうが、今は何も置かれず殺風景な物だった。


 ただ朝早くから銀竜達がせっせと料理を作っていることを証明するかのように、良い匂いだけが隣の厨房から届けられている。


「おはようございます。一週間大変でしたね」

「レン」


 厨房と食堂を繋ぐ扉から顎の細い美しい銀竜が桶を持って入って来た。

 それを食事する方のテーブルに置くので、なんだろうかと覗き込むと水が入っている。

 怪訝な顔でレンを見れば「どうぞ。顔を洗ってください」と微笑む。


「きっと精神が昂ぶって早く目が覚め、そのままこちらへいらしたんでしょうから」


 イヴリールは来て直ぐに一週間部屋で謹慎を言い渡されてしまったので、どこに水場があるのか解らない。

 今までは綺麗な水を銀竜達が部屋に運んできてくれていたので、顔を洗いたくてもどこへ行けばいいのか解らなかったのだ。


「呼んでくださればよかったのに」


 正直に答えればレンはそう返す。

 だがこんな朝早くに銀竜を呼びつけるなどあまりにも常識が無く、もしそんな奴がいればそんなに偉いのかと勘違いしていることに説教してしまいそうだ。


 有難く水を両手に掬って顔を洗っている間にレンが厨房に戻り、直ぐにまた帰ってくる。

 その手に綺麗な布を持っていて、イヴリールが洗い終えたのを見計らって差し出してくれた。


 本当に気が利く銀竜である。


「今日、行かれるのでしょう?」

「呼ばれてないけどな」


 くすりと笑ってレンが小さく頷く。

 今日美羽の元を訪れる予定になっているのは青竜のニスだ。

 そのことは世話係の銀竜達にも、候補者達にも既に知られていることだった。


 呼ばれた竜族が美羽と会っている間は他の竜族が近づくことは許されない。

 そのため前もって知らされるらしい。


「ありあわせの物で申し訳ないのですが」


 先程廊下であった銀竜が盆にパンとスープを乗せて持ってきた。

 「悪い」と礼を言って受け取ると銀竜は笑顔で応じ、下る時に桶を持って行く。


「白竜の銀竜はみんな気がついて、働き者だな」

「真面目さが特徴の竜族ですから」

「そうなのか……。俺はそんなことも知らない」


 グリュライトに居ては各竜族の性質など正確には伝わってこない。

 人族が抱く勝手な評価と印象でしか語られないからだ。


「カルセオ様の属する緑竜は風のように気紛れで、熱しやすく冷めやすいと言われています。カルセオ様自身は義理堅い御方の様ですが」

「へえ、そうなのか」

「赤竜は元々明るく社交的ですが戦闘に特化した性質の為か喧嘩っ早いです。ルピナス様はその特徴が顕著に出ているような気がします」


 成程と頷くとレンはクスクスと声を立てて笑う。


「水を操るニス様たち青竜は特に冷たく美しい容姿と雰囲気を持っていらっしゃいます。清き流れを保つように、曲がったことが嫌いで多くを語らない竜族ですが、女性に尽くすとグリュライトでは人気があります」

「あー……いるな。男はべらべら喋らない方が良いって言う女は結構多い」

「そうなんですか?それでは伴侶探しにグリュライトへ行った時は気を付けます」

「おいおい。真に受けんなよ。結局無理して繕っても後で地が出りゃ意味ないだろうし」


 竜族から見れば人族の女は未知な部分が多い。

 なんとかして気を惹かなくてはならないが、その術を探るのが難しく一筋縄ではいかないのだから。


「人それぞれ好みは違うし、好きになる相手が好みと同じとは限らないから」


 実際にセロ村で女たちは真面目で働き者の男がいいと言いながら、ジョーのような誰にも本気にならないような男を優しく受け入れているのだから女とは解らない物だ。


 相性の問題もあるので一概に好みだからという判断ができない。


「そうですか……難しいですね」

「アムも良く伴侶を見つけられるか心配だって言うが、俺から見たらアムもレンもそれだけ良い器量を持っていながら不安がってる方がおかしいと思うけど」

「イヴさんには美羽様がいるから解らないでしょうが」


 浮かない顔でため息を吐くのでイヴリールはぎょっとする。

 レンはイヴリールが美羽の心を射とめることができると信じて疑っていないようだ。

 自分でも不安なのに、レンが何を基準に言っているのか。


「是非今日美羽様をイヴさんの物にして、この不毛な選定の儀を終わらせてください」

「レン、お前もアムみたいな過激な事を」


 竜族は雄しかいない為かそんな奔放な考え方をするのだろうか。


「結果の見えている物に時間を割くほど暇じゃないんですよ。さあ、食事をとったらさっさと美羽様の所に行ってください。いつもこの時間には起きていらっしゃいますから」


 中立の立場でいなくてはならないはずの白竜の里の銀竜が何故かイヴリールを嗾ける。

 それは激励なのだと解っているので急いでパンをスープで流し込む。


「さあ、これを飲んで。すっきりしますから」


 清涼感のある葉を使って入れた茶を出してレンが片目を瞑って見せた。


「唇を奪って黙らせてしまえばいいんです。そこからはイヴさんの腕次第ですが」

「…………レン、頼むから」


 やはりアリウムのように明け透けな物言いをしてからレンは優雅に辞儀をして「それでは私はここで失礼します。御武運を」と厨房に下がった。


 手を合わせて食材と料理をしてくれた銀竜達に感謝をすると、心を決めてイヴリールは立ち上がる。


 両開きの扉を押し開けて出ると部屋の方では無く反対の道を選ぶ。

 その先は始めに通された庭園へと続き、相変わらず心地いい風と甘い花の匂いで一杯だった。

 一週間前にアリウムと覗き込んだ川や、大樹は朝の訪れを前にゆっくりと目覚めようとしている。


 その中を足早に進んで天井の高い廊下へと出た。

 正面には六種の竜族を描いた巨大な扉がある。イヴリールはそれを見つめながら歩を進め、そっとその扉に手を添えた。


「俺の運命の女の元へ――」


 導いてくれと心で続けて膝に力を入れ全体重を乗せ押した。


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