3.客人の回想、識って反省
客人として最初の一か月、こちら風にたとえると南二月目はこの世界に関する知識を得ることに時間を費やした。
客人に関することが半分、この世界で当たり前の知識が半分。
最初は、知識を得るのに何で一か月(35日)も? って思ったんだけど、教えてもらう内になるほどって思ったわね。
客人って平均すると20~30年に一度は現れるそうなの。しかも「代表格神殿」それぞれに。
「代表格神殿」って言うのは、客人が決まって現れることになっている、各国の由緒ある神殿のこと(つまり、この広いけど鄙びた神殿もってことよね)。
この代表格神殿は、各国の北と南の2か所にあるから、南北両大陸あわせると16か所になる。特に中央に近い神殿(北国の南神殿・南国の北神殿)二つは各大陸のトップ神殿なんだそうな。
勿論、この世界の人が普段から訪れる中小規模の神殿は町ごとにあるのだけど、8神殿巡りなんて言う大巡業が大陸に住む人の一生に一度の夢なんだそうよ。
すごい人だと北と南と両大陸あわせて16神殿巡りした人もいるそうな。
その話聞いた時、思わず「それってもしかして…日本人の客人が伝え広めたとか?」って聞いたら、その通りだって返答が。やっぱりね。
まあそれはともかく。
16か所ってことは、16人の客人が平均20~30年に一度は現れるってこと。
現れるときが一緒ってわけではないそうだけど、うまく周期がズレると、2~3年に一度は、どこかしらの神殿に異世界から客人が現れるってこと。これって、ほんと結構な人数の客人がいるってことよね。最近だと、1年前に西国の南の神殿に客人が現れて、今もいるんですって。その他もいるけど、とりあえず割愛。
とにかく、結構な頻度で現れる客人なだけに、神代(そうそう、今はグラナバス暦3521年なんですって。つまり約3500年前ってことよね)から数えると累計で3,000人近くいるってことになるわけよ。
すべての客人がすごいことをしている訳じゃないけど、何かしらの知識や技術を伝えた人も相当にいて、何年に現れた何某って客人が何を伝え広めた…なんて記録は残っているわけ。それを知るっていう作業もあって一か月ってことだったのよね。
気分は「偉人列伝」とか読んだり聞かされている感じだったわ。でもきっとこの作業と言うか授業と言うか…とにかく、客人の伝え広めた技術や知識をさらに革新したりブラッシュアップすることがこの授業の目的だと思ったわ。
例えば、2000年前に現れた客人が伝えた機織り機は、1000年前に現れた客人によってより優れた機織り機に刷新された…っていう風に。今までどんな知識や技術が伝えられたのか知らなければ、新たな客人も最初から自分の知識や技術がどれだけ役に立つか分からないものね。
後は、自分の持っている知識や技術が自分や元の世界には当たり前だけど、この世界では無い技術だったりとか。
そんなこんなで、いろいろ教えてもらったけれど…。
ぶっちゃけて言って…。
私が『客人』として新たに何かを伝え広めることは無さそうってことも早々にわかりました、ハイ。
だってねえ…。
よく考えなくても、私、ただの一般人で単なるOLだったんだもの。
商社の企画開発部、なんてところで勤めていたけど、売れそうな物を探してきてそれが必要なところに打って利益を出すって仕事であって何かを生みだす研究職ってわけでもないし、技術職でも専門職でもないしねえ。
パソコンスキルがあったって、そもそもこの世界にはパソコンなんて無いし、何よりパソコンの仕組みなんて私には分からない。
プレゼン能力があったって、この世界で会社組織って言ったら王宮とかになっちゃうから、日常生活じゃあ不要に近いスキルになる。
……ありゃあ、わたしってば普通の人過ぎる。
それが悪いことではない、って分かってはいるんだけど……。
「なんだかお役に立てなさそうでごめんなさい」
何となくいたたまれなくなって謝ったら、お爺ちゃんたちに揃って「儂らはお客人にそんなことだけを望んでいるんじゃないんだよ」と慰められた。
「でも…」
「リオナさんや。儂らはこの世界を訪れてくれたお客人が気持ちよく生活出来る為に、あらかじめ必要な知識を授けているだけなんじゃ」
「そうそう。それにね。この世界には大きな技術革新はきっと不要なんだと私たちは思っているのよ。グラナバス神のお導きで客人は現れるのだから」
「考えてごらん。もし、凄い技術者が何十人も現れとったら、この世界は既に客人を必要とせんし、私らも世界の在り方も違うとは思わんかね?」
自分で自分のことを嫌いとか、駄目な人間なんて思ったことは無いけれど、急に現れた異世界人に親切なお爺ちゃん・お婆ちゃんたちと一緒にいる内に、知らず『客人』として役に立ちたい! 凄いことをしたい! なんて考えちゃってたのかも。
人にはそれなりの身の程ってのがあるのにねえ。バカだなあ、私。
まだ神殿での暮らししか知らないけれど、神殿から見える自然の美しい景色や、お爺ちゃん・お婆ちゃんをはじめ他の神官さんたちの素朴だけど精神的に満ち足りた生活に接していたら、この世界の人たちが急激な変化なんて必要としていないって分かっていたはずなのにね。
旅行に来て日本人の当たり前を押し付けちゃ迷惑ってことと同じよねえ。ほんと反省。
「……そっか。ごめんなさい。気をつけます」
「いやいや。リオナさんはリオナさんらしく自然に過ごせばいいんじゃよ。その方が儂らも嬉しいしのう」
「そうよ。私たちは、この神殿に30年ぶりに現れたお客人と話せるだけでありがたいし楽しくもあるんだから」
「ハイ、ありがとうございます」
気を取り直して考えてみたら、ほんと、お爺ちゃんやお婆ちゃんの言う通り。
この世界、いくら異世界からの客人によって、いろんな技術や知識の恩恵がもたらされてきたとは言え、グラナバス神の託宣通り、客人が冷遇もされなければ超高待遇もされないってことは……ものすんごい技術革新をするような客人がちょくちょく現れてきた訳じゃないのが現実なのよね。
例えば、下水道設備は結構早い時代に取り入れられたのか、水洗式のトイレや湯沸かしタイプのお風呂はあるのよ。これは完璧「客人」によってもたらされたもの。
下水・汚水から発生した病原菌で多くの人が亡くなった時代があって、その辺を鑑みた神様による差配っぽいわ。
だけど。
そういった衛生面では割合と文明が進んでいるようでも、現代人なら誰しも当たり前のように持っている、電気を使った洗濯機やテレビ、冷蔵庫、電子レンジみたいな物はないの。
洗濯機と冷蔵庫に似たような物はあるにはあるんだけど……(日本の家電製品に比べちゃう辺りで間違いだったのよね)。
そんな訳で、一つでも便利な物を! なーんて意気込んじゃったんだけど、私では無理。
私は便利な文明社会で生きてきたから、ついついコレもあったら・アレがあったら! なんて欲張って、そういった物を形に出来る知識や技術力を持ってたら…なんて思ったんだけど、きっとそういった物は、この世界にはまだ必要ないってことなんだろうね。
って言うか、お爺ちゃんたちも言ってたけど、すごい知識や技術を求めている世界なら、私が客人として選ばれることはなかったわね! ほんと私ってばおバカ!
まずは自分一人でも生きていけるようになるのが先なのに、先走っちゃったわ。反省、反省!
とまあ、そんな感じで早々に開き直りもしたら、当初の目的通り。
「現地で生活費稼ぐ安全な旅行」+「人様に迷惑かけない」で、いろいろ覚えなきゃ!
と、自分なりに頑張って勉強したこともあって、割合に知識は頭の中には入ったと思うんだけど、きっと自力で生活するようになったら穴もたくさんあるんだろうなあ。
+ + +
さてさて。
一応この世界について基本的なことが分かれば、今度は実践。
神殿での奉仕活動(要はお仕事よね)と祈りの言葉(要は祝詞よね)を覚えることやこの世界での生活スタイルに慣れることに時間を費やした。
何せ、この世界では貴賎問わず神殿での「祈りの言葉」が非常に重要なのだ。特に生活をするにあたって。
そ・れ・に!!
この世界、異世界トリップなんて十分にファンタジーなのに、お約束の魔法も無いのよ!
その代わり、『信力』って言って、神殿で祈りの言葉を捧げると共にこの世界の神様に感謝する力が込められた『信奉石』って言う特別な石が便利な生活用品の動力源になっているの。
これがライトノベルなんかでよくある「魔石」ってやつみたいなもんね。
この信奉石をセットしたランプやコンロ、オーブン、冷庫(冷蔵庫みたいなものね)が機能しているのを初めて見た時は「おお、さすがファンタジー」なんて子供みたいにはしゃいじゃったわ。
その後で「って言うか、フリーエネルギーとも言えるじゃないの…」って自分のはしゃぎっぷりに恥ずかしくもなったけど。
さて、この信奉石。
この世界では神官職に就いている人間以外だと、王族か客人しか作れないと言われてるのよ。
客人には特別で不思議な力が絶対あるってわけではないけれど、恐らくこの世界で最低限生き残れるためのグラナバス神からのギフト…とでも言うのか、大した修行をしていなくとも、客人の場合は祈りの言葉を覚えれば良質な信宝石を作ることが出来るらしいの。
当然そこに、すごい量は作れないっていうオチもあるんだけどね。
ただ、この世界の人が信宝石を手に入れようとするなら、神殿に赴いて神様への感謝の祈りをした後にお布施(電気・ガス代みたいなもんね)を納めないといけないから、そう言った意味では客人がこの世界の人と同じ所で生活するために与えられた稀少な能力なのかもね。
何せ信宝石が無いと、日常生活のお便利器具が使えないって言うんだから、そりゃ必死で祈りの言葉を覚えたわよ。不思議なことに、日本人の私には「祝詞」としか思えないその祈りの言葉は、異世界人ごとに違うっていうのも面白い話だわ。
地球から来る客人だとゴスペルだったりコーランとかあったみたいだもの。
そんなこんなで二か月目は、毎日午前中は神殿が抱える農園や薬草園でのお世話、午後は祈りの言葉の勉強に、職業訓練を兼ねて「衣料部門」で衣料品への刺繍や編み物といった私のこちらの世界での適正職業となりそうな手作業(午前のお手伝いとあわせて1週間ごとに賃金が出た!)をして過ごしてたわけ。
月半ば、西(秋)一月目2週目の週末、定期的に訪れる行商人さんにも挨拶して、実際にお給金を使って買い物(これも訓練だとか――はじめてのおつかいを思い出したわ)したり。
そうそう、この世界の貨幣制度だけど、楽ちんなのが、全世界共通ってこと。
神様の名前から取ったらしい『グラバ』が貨幣単位名称。
そう言えば、この世界って、言語も共通なのよねえ。ほんと便利だわ。
ちなみにグラバを日本円に換算すると
白金貨:百万グラバ(1,000,000円)
大金貨:十万グラバ(100,000円)
金貨:五万グラバ(50,000円)
大銀貨:一万グラバ(10,000円)
銀貨:五千グラバ(5,000円)
大銅貨:千グラバ(1,000円)
銅貨:百グラバ(100円)
小銅貨:十グラバ(10円)
…と、日本円と同じ。
全世界共通な上に十進法で助かったわ。
この歳になって、レート換算するのが日常なんてちょっとキツイもの。
ああ、でももしかしたらこれも神様のギフトの一つで、自国のレートがうまい具合に換算されているのかも……そう思ってイルメルお婆ちゃんに確認したらその通りだって。
やっぱりそうか、全部が日本と同じって訳じゃないわよねえ。
ほんとこの世界の神様って異世界人に対して至れり尽くせり過ぎるわっ。
実践的な話だけれど、生活するに必要な額を尋ねたら、田舎の場合は、4人家族で借家に住んで慎ましい生活なら金貨4枚(大金貨2枚=20万)もあればなんとか生活出来るんですって。
日本でも地方で田舎の方なら20万で家族4人で生活出来るって聞くものね。貯蓄は厳しいらしいけど。
どこも一緒よね。王都とか大きな町なら金貨6~7枚(大金貨3枚以上)は要るって言うし。元の世界で言うところの所得税は労働税で一律だけど、その他の税率は違うみたいだしね。
白金貨は、国や王侯貴族・大商人レベルが大きな取引で使う程度で、一般の人が見ることはそう無いとか。
それと、大金貨(10万)は意外と大きな買い物以外では使い勝手が悪くて、そんなに出回らないんですって。その辺、日本の二千円札も同じようなものかしらね(桁は違うけどさ)。