2.客人の回想、世界を識る
この世界の『客人』となって三か月。
一人になった今だからこそわかることがある。
あの日、この世界に迷い込んだ私に正しくこの世界の『客人』の在り方を教えてくださったのが、三人の賢人だったことは、私にとってこの世界の神からの何よりのギフトだったのだ、と。
元の世界へ還る道が開かれる日までこの世界に滞在することになった私に、この世界の様々な知識を授ける役目を担ってくれたのは、私がこの世界に現れた時に出会った三人の老人・老女たちだった。
最初は「ええ~? ここはラノベ・異世界トリップの常套らしく、若く美しい神官とかじゃないの?」と少々不埒な妄想をしちゃったりもしたけれど、お爺ちゃん・お婆ちゃんたちのお名前と役職を聞いて、即座に「大変失礼いたしましたー!」と心の中で土下座しちゃった私。あくまでも心の中で、だけど。
なんと、彼らはこのソルディナ大陸中央付近にある由緒ある神殿(超鄙びてるけどね)のトップたちだったのよ。
白いお髭のライオスお爺ちゃん(神官長様だった)に、豊かな白髪カールが艶やかなイルミルお婆ちゃん(巫女長様だった)、ふっくらと恵比寿様のように朗らかなルイジールお爺ちゃん(副神官長様だった)。
いくら私が脳天気なお気楽娘だとしても、一応は縦にも横にも柵のある現代社会で大人と位置づけられる社会人。世界は違えど、偉い立場の方々に直々に学びを授けていただくってとんでもないことじゃないの? と、さすがにうろたえた。
だけど、お三方とも声を揃えて「気になさるな。どの神殿でもトップのオツトメじゃ。これは神代から神の託宣によって決められておるのでな」とニコニコと笑って言うものだから、ついつい甘えちゃったのよね。
そうして、神殿の宿舎に身を寄せて、この世界のことを学ぶことに必死になった最初の一か月。
彼らから教わる内容は多岐に渡るものの、客人としてこの世界で生きていくためには必要なことばかりだった。
神代から伝えられるこの世界の成り立ちや神様のこと。神殿のこと。
『客人』のこと。『客人の恩恵』のこと。還り方のこと。
二つの大陸やそこに点在する国々のこと。各国の文化や風土、風習のこと。貨幣制度や身分制度、教育制度のこと。男女の在り方や子供たちのこと――― などなど。
まずはこの世界について教えてくれたのはルイジールお爺ちゃん。
ちなみに副神官長様って呼ぼうとしたら垂れ気味の目をうるうるとさせて「お爺ちゃんって呼んで欲しいのう」とねだられた。ジジっ子でも無いのに、妙に罪悪感に苛まされて呼ぶハメに……。
まあそんな脱力するような閑話はともかく。
ここはグラナバス神が統べる世界と言う。
この世界では、地球だとか火星といったように「星」という概念は一般的ではない。ただグラナバス神が統べているからグラナバス世界、という風に認識されているのが当たり前だそうだ。
世界には広がる海と大陸が二つだけ。北はノルディナ大陸と呼ばれ、南はソルディナ大陸と呼ばれている。私がいるのは南のソルディナ大陸の北部の国に所属する南の神殿。つまり大陸中央付近ってことね。
どちらの大陸も中央に大きな森林地帯があり、それを囲むようにして東西南北と四つの国がある。
面白いことに、この世界では国に名前がつくことって無いんだって。もちろん国を治める王家には名前があるけれど、どう表現するかと言えば、「ソルディナ大陸 北国(の◆◆王家)」となるんだとか。
勿論、各国には王家の他に貴族や大商人といった家名を持つ身分の人間もいるけれど、王侯貴族・平民関係なく、国を名乗る時は、大陸名と四国のいずれか、ってことになるらしい。所変わればってよく言うけれど、ほんとよね。
そこでルイジールお爺ちゃんに、領土拡大の為の戦とか大陸全土統治した国とか無いのか? と尋ねてみれば、古い時代にはあったそうなんだけど、この世界はグラナバス神の影響が強い世界だからか、国同士の境界線がどう変わろうとも、東西南北の四国の内一つでも欠けると地震や地盤沈下、津波に氷河といったとんでもないレベルの災害が起こって大陸を端と中央の両方から削られていくんだとか。
そりゃあ住む土地がなくなったら困るから下手な動きはしないわな。
うーん、よく読んだラノベなんかじゃ神様はあまり世界に干渉しないってあったけど、イロイロよねえ。
そして、客人がこの世界に現れる時にも必ずといっていいほどのお約束があるんだとか。
それは、客人が現れるエリアの神殿に勤める力ある神官や巫女に、グラナバス神からの託宣のようなものが届くのだと言う。現れるのは深い森の中とか草原のど真ん中ってこともなくて、必ずどこかの神殿の中、託宣を受けた神官や巫女の目前なんですって(それってすんごい親切? よねえ)。
今回、私の場合は、白いお髭のお爺ちゃん―――もとい、神官長のライオスお爺ちゃんが託宣を受けたんだって。
客人とはどういう存在なのかって話は、そのライオスお爺ちゃんから説明を受けた。
改めて聞くと、この世界の『客人』が現れた始まりは神代とも言われ、大昔から結構な頻度で現れるんだとか。あまりに色んな客人がやってくるので、伝説にもなってないんですって(って言うか、聞いてる限り、現れ過ぎじゃね!? って突っ込みそうになったわね)。
色んな客人って言うと? と首を傾げれば、これまたすごい答えが。
どうやら、私のような日本人に限らずありとあらゆる国の人間が現れるって言うじゃない。
おまけに、地球とは違う世界からも訪れることも普通なんだって(それって、異世界がいくつもあるってことじゃないのよっ!? と興奮したのは言うまでもない)。
最初に迷い込むようにやってきた人間を保護したのは南大陸の神殿だったそう。そして、その人間のおかげでその村の農耕レベルが上がり、それを知った当時の王様が召し抱え、神殿と共に保護したのが『客人』の存在が知られるようになった最初だとか。
ちなみに、その最初の『客人』が現れた神代の神殿って言うのが、この立派で広いけど、超鄙びた(早い話がちょっとボロっちい)神殿だっていうから驚きよね。
それ以来、訪れる異世界からの人間が持つ知識や技術の恩恵を受け、この世界は文明・文化レベルを上げてきたらしい。その故、異世界からの迷い人のことをこの世界では感謝の意と親しみを込めて『客人』、客人の知識・技術を与えてもらうことを『客人の恩恵』と呼ぶのだそう。
とは言え、客人も様々で、知識人・技術者と言われる類の人もいれば、幼い子供やご高齢の方、平凡な一般人も多く、すべての客人がこの世界に素晴らしい恩恵を与える存在ではないとか。
それでも、客人が下手に扱われないのは、最初の説明にもあったように、神殿に仕える力を持つ神官や巫女を通じて権力者たちに、この世界の神グラナバスから託宣が降りるから。
それは毎度変わらないメッセージ。
曰く、『客人を冷遇や処分するような真似は許さぬ』と。
どうやら客人とはこの世界をこの世界として保つために時折必要なエッセンスのような存在らしく、難しいことはよくわかんないけど、とにかく、世界のバランスを保つためにこの世界の神様が異世界の神様から借りた存在だとかで、不用意にその存在を脅かす真似は許されないらしいのよ。
また同時に『客人はこの世界へのお客様であって、神の使者ではない故に崇める必要もない』だそうな。
つまり甘やかし過ぎるなってことらしいのよね。還る還らないは本人の意思に任せても、すべての客人を高待遇でもてなす必要もない、保護をしたり面倒は見る義務は生じるが、すべての責任を取るべからず。
あれよね、外国へのぷちVIP待遇旅行客みたいなもんね。もてなすけど、自分の責任は自分でね、みたいな。
そして、客人の還る方法についても、これまで読んで培ったラノベの知識はまったくと言って通用しない内容だったりするのよ。
なんせ、元の世界に戻れないなんてことは、この世界に限ってはあり得ないんですって。
それまたグラナバス神が約束してくれるから。
ほんとどこまで至れり尽くせりな神様なのかしらね? かなりビックリだわ。
それでも、違う世界から違う世界に渡る行為って、やっぱりかなりの力が要るには要るらしく、客人にもよるらしいけど、平均して一年に一度って間隔みたい。だけど、小さな子供や高齢者の時は一か月もしない内に道が現れたとかで、どうやら客人の精神レベルにもよるらしいのよね。
戻る道が現れるのは最初に出現した神殿で、道が開かれるのも何となくその時期になると本人に分かるものなのだとか。
そこで一年とか一か月って単語が出たので、こちらでの暦については、イルメルお婆ちゃんに教わった。
一日は24時間で時刻の数え方も地球と同じ。
曜日はこれまた地球と同じく、月・火・水・木・金・土・日の7日間で一週間。
ただし、これが5週で一月は35日。
一年は、春夏秋冬って季節を表す単語ではなくて、これもまた東西南北に分けられる。
北(冬)が三か月、東(春)が二か月、南(夏)が三か月、西(秋)が二か月あって、全部で十か月。そして毎年、神殿からの発布によって各季節ごとに新年祭・大陸祭・感謝祭・成人祭といった大きなお祭りが3~4日ずつ組み込まれて全部で365日。つまりは地球と同じですよ、暦的にはね。
私がこの世界に現れたのは日本では7月末日の金曜日。
こちらでの言い方では「南の二月目5週目金の日」ってことね。正確には違うんだろうけどさ。
そして、暦についてのお勉強から派生したこの話を聞いてまたまたビックリ!
この世界に現れた客人の中には、一度ならず二度、三度と同じ人間が再度客人としてこの世界に現れたことも結構あったりするそうな。そうした客人たちの話によると、時間の流れはこちらの方が元の世界の二倍の速さだと言う。つまり、この世界で二年過ごした後、自分の世界に戻ってみれば、元の世界は一年しか経っていなかったそうなのだ。
だが一年という時は確実に経ていたのだ。自分の不在はどう扱われていたんだろうか? と、その客人は当然不安もひとしおだった。それなのに、何故か周囲の様子に変化がなかったのだと言う。
元の世界では一年もの間、自分がいなかったことは明らかなのに、どんな因果関係なのか、捜索願いも出されていなければ、自分の家族にも変化が無かったとか。
ただ、この一年はどうだったか? と尋ねてみれば、個々人のことは色々と教えてくれるが、客人であった人間(自分)のことに関しては何故か霞がかかったようにぼんやりとしているらしく「いつも通りだったと思うけど……」と、聞かれた家族も「あれ?」と首を傾げるような答えを返す始末。
まあよくは分からないが、これも神様レベルの何かが働いたってことだろう、ってことになった。
本人の様子(成長速度)にしても同じような感じらしい。
こちらの世界では二年過ごしたが、元の世界では一年分ほどの成長しか見えなかったという(髪の伸び具合とかお肌の感じでそう判断したらしい)。
またその逆で、元の世界で三年暮らした後に戻ってきた人は、こちらで六年経っていることにはならず、こちらと同じく三年のままなんですって。うーん不思議。
そんなこんなで、この世界を何度も訪れた客人たちの話によれば、お互いの世界の関係について、いろいろと釈然としないところはあるが、長い旅行生活を送ったと思えば、人生の良い思い出だろうって締めくくっちゃったんですって(なんだか随分おおらかな人ばっかりよねえ)。
だからか、もっとすんごい大胆な客人だと、二度目は妻や夫、子供を伴って現れて、この世界に定住しちゃって子孫残した人もいるんだって。まあその辺は神様の差配なのか、そういう人が王侯貴族といった権力者になることはほとんど無いみたいなんだけどね。
だけど、残されている手記や話を耳にすると、客人には案外そういうマイペースなタイプの人が多いみたい。どうやらこれもまた、この世界の神様の客人の選定条件に入っているんじゃないかってことなのよね。
当然、私もそういうタイプに当てはまるんだろう。
話を聞かされるだけ聞かされて「そっか。じゃあ現地で生活費稼ぐ安全な旅行って思えばいいのね」で落ち着いちゃったんだもの。
ほんと今思えば、この偉大な有識者とされるお三方の指導だったからこそ、私はすんなりとこの世界を受け容れることが出来たのだろうし、この世界の『客人』としての在るべき姿を理想的な速度かつ自然な形で理解することが出来たんだとしみじみ思うけど……よく考えなくても、ほんと脳天気よねえ、私。