1.客人の回想、はじまり
R15と残酷描写アリは保険です。
たぶん、ゆるりとほのぼの。
「な、長かった……」
神宮寺リオナ、26歳、頑張りました!!
苦節三か月。
――― いや正確には10日なんだろうけどさ。
とにかく!
日常生活で当たり前のように口にすることが出来た、白くてふわふわのもっちもちのアレが!
キッチンにいけば必ず常備されていて、無くても、ちょっと近くのスーパーやらコンビニやら行けば気軽に手に入れることのできたアレが!!
ようやく! そう、三か月ぶりにようやく!!
私の目の前に現れてくれたのよっ!
ここに来るまで当たり前だったアレ、そう「軟らかいパン」にようやく私は再会したのだ。
酵母菌から作った自家製パンにね―――。
+ + +
きっかけは、今から三か月前のとある夜のことだった。
お給料も出て懐も温かく、友人同士で飲みに繰り出そうと意気揚々としていた7月末日のこと。
残業も30分程度と、夏の夜はまだまだ始まっていないとばかりの時間に会社を出た私は、駅を挟んで会社とは逆側の繁華街へと足を進めていた。
週末のカジュアルデイらしく、その日の装いは、オフホワイトのティアードキャミソールにオレンジの七分丈カーディガン、ロールアップした濃紺の七分丈デニム。シルバーチョーカーの真ん中は大き目の涙型のムーンストーンが揺れてるのがお気に入り。合わせてピアスもムーンストーン。足元は天然石が花の形になってちりばめられたチョコレート色のウェッジサンダル。そして肩からは、ラフィア素材で出来たお気に入りのブラウンのバッグ。
月末の面倒な精算業務も終わり、上司の機嫌も良かった上に、今日訪れるのは前から気になっていたお洒落なイタリアンダイナー。
女子会の面子は、高校・大学時代からの親友ばかり四人。久々の(とは言っても数週間ぶりだけど)集まりだけに今夜はきっと盛り上がるだろう。話が弾んで遅くなるようなら自分か誰かの家にお泊まりもいいかも。何を話そう、何食べよう、何飲もう。
20代女子はおしゃれもメイクもスウィーツも好き、可愛い物が好き。好きな物がたくさんあって、話題には困らない。
ああでも、女子会もいいけれど、デートなら気持ちはもっと弾むんだろうな。
だけど、残念ながら彼氏なし歴数か月。
お休みの日は、去年なら朝から出かけて海や山にドライブしたり、映画やライブに行ったりしてたけど、今や趣味のお洋服作りや、お菓子作り、ネット小説(ファンタジーものやラノベね)にハマってるちょっと寂しい感じもする過ごし方。
昨年冬、26になる誕生日の少し前に相手の浮気発覚という悲惨な別れをしてからはおひとり様な生活だけど、こんな陽気な夕方にはデートに向かうのが若い女の在り方ではなかろうか。そろそろ合コンに参加とかもいいかもなあ、今日会うメンバーに頼んでみようかな、なんて、楽しい週末の夜にテンションは上がりっぱなしだった。
そんな妙にテンションが高すぎた状態だったのがいけなかったのか。
いつもと違う道を選択して通ったのが不幸の始まりだったのか何なのか。
繁華街の中にある小さな公園を通った時のことだった。
視界に入っていたはずの小さなジャングルジムも、生垣も、その向こうを歩いていた人たちも、ビルの群れも夕暮れ時の雑多な喧騒も……全部が掻き消えた。
瞬き一つほどの一瞬で。
「――― え?」
そこは繁華街の中の公園でも無ければ、外でもない、石造りの古びた部屋の中だった。
そして、そこには……。
「ほお~、こりゃ長らくご無沙汰のお客人じゃ」
「そうじゃの。かれこれ三十年ぶりかのう」
「ここ最近、何かがおいでになりそうだって神官長の預言は当たったわねえ」
某映画の中に登場した魔法使いが着るような裾の長いローブ(黒ではなかったけど)を着た三人の老人・老女がいたのだ。それも丸いテーブルを囲むように椅子に座ってティータイムを楽しんでいるかのようにカップを手に! (いや、実際ティータイムを楽しんでいたんだけどさ)
って言うか! 何? 何なのココ!? 何のドッキリ!?
今って、一般人巻き込んだドッキリ流行ってんの!? これって誰に許可得てんの!?
もしかして某Yチューブとかで流されんの!?
それともまさか私既に飲んだ後!? 酔っ払いすぎて夢見てんの!?
まさか他人様のお家に忍び込んだ!? それとも事故に遭って頭でも打った!?
私死んじゃったのっ!?
ええ!? ええ!? ええええええーーー!?
頭の中を驚きの言葉と疑問がノンブレスで駆け巡るけど、私の口はぱっかーんと開いたままだ。
ああやだ、今年27にもなる女が間抜け面って恥ずかしいじゃないの! って言うか、このまんまじゃ虫入っちゃうかも! そんな意味を成さない思考に頭がパンクしそうになっていた時だった。
白いお髭をたくわえたお爺ちゃんがカップをテーブルに置いた後、ゆーっくりと立ち上がり、人の良さそうな笑みを浮かべて口を開いた。
「『お客人』のお嬢さん、驚いているだろうが不安に思うことはないよ」
「……………?」
おきゃくじん?
私の口はまだぱっかーんと開いたままで、目も同様だったけど、お爺ちゃんがニコニコとしているものだから、何となくほんの少しだけど落ち着きを取り戻した私はようやく口を閉じることが出来た。瞬きも。
そんな私を見て、他のお爺ちゃんとお婆ちゃんも立ち上がり、ニコニコしたままうんうんと頷く。
私がココにいるのって変じゃないの? ドッキリじゃないの? 夢じゃないの? 酔っ払ってないの?
ちょっぴり落ち着いたけど、やっぱりちょっぴりしか落ち着いていない私の頭の中に疑問がぐるぐる。
そして、私の反応には慣れているとばかり、ご老人たちは明るい声で私に答えをくれたのだ。
「そうそう。大丈夫。大丈夫。時期がきたらちゃーんと元の世界に還れるから」
「お嬢さんは、この世界にたまに現れる異世界からのお客人なだけのこと。この世界じゃお客人はちゃんと保護されておるからの」
「還れるその日までのんびり異世界ライフを過ごしなされ」
そう言って三人揃ってニコニコ。
「……………は?」
私はもう一度間抜けなまでに口をぱっかーんと開いた。
って言うか―――。
今、異世界って言ったーーーーー!?
神宮寺リオナ、26歳。
最近の趣味は読書だけど。
まさかのファンタジー世界突入のようです。
これって、ほんとドッキリじゃないの???