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【改定後投稿予定】客人の選択  作者: NINO
第一章 : 客人、情熱を注ぐまで
22/23

20.客人の回想、異世界なのにリアルな悩み

 

ちょっとパン話からズレますが、第一章の回想中にどうしても入れたい話だったので。ほんとに些細なことで悩む主人公のあれこれ。


 

 

 

「うーーーん、やっぱり使い過ぎだわ……」


 酒屋でワインビネガーの取り寄せを依頼した後、食料品店で野菜を購入。

 その後、雑貨屋に寄り道して我が家に戻った私。


 寝室にカーテンも付け、ご機嫌で作った今日の夕食も済ませ、食後のお茶で一服。

 ここまでは昨日からのハイテンションのままだったんだけど、ダイニングテーブルの上に広げた一冊のノートを前に現在は「うーうー」唸っていたりする。

 広げたノートの傍には、神殿から持ってきたそろばんに鉛筆。


 何で唸っているかって、家計簿をつけてみたからだ。


 薄々「何となくつけないとマズイかも~」なんて思っていたけど、マズイどころじゃないと判明。

 ここ数日に私のお財布から飛んでいったグラバは相当な額だった……。


 引越し費用として、家賃二か月分:12万、保証金:6万、購入家具:20万、ストーブ2台:3万、脱水機:5万、寝具・タオル類:6万、調理器具:2万、食器類:1万、雑貨:1万――― 計56万グラバ


 そして、自分で料理をするようになるまでの3日間で使った費用、ランチ3日:2,400、外食3日:6,000、木の日の買い物(食材・容器・ワイン、他):44,570、布代:6,000、今日の買い物(野菜):750、家計簿ノート:500――― 計60,220グラバ


 引越しに関する費用は支度金60万から出したので問題は無い(たぶん)。


 それ以外の支出も、先月の神殿でのお給料9万グラバからなので、貯金には手を出してないから何とかセーフ(たぶん…)。明日の土の日には、プリムラからの週給5万400グラバが初のお給料として手渡されるけど、その前に家計簿をつけて良かったような気がする(たぶん、いや、かなり)。


 いくら引越ししたからと言って―― ましてや憧れの蔦ハウスに住めたからと言って――この金額は使い過ぎのような気がする。いや、使い過ぎでしょ、特にここ2、3日。


 そう言えばと視線を移せば、工房の帰り道に寄った中古家具屋で購入した白いミドルキャビネット(3万グラバ)が視界に入る。別に急いで買う必要も無かったけど、どうしても欲しくなってしまった。

 次に視線が移った先にはストーブ。とりあえずはダイニングで使う1台でいいはずなのに、ついキッチンにもって2台買った。

 天井を仰げば2階の寝室を思い出す。真新しい寝具も同じく――― パミス家の立派なベッドにあわせて、寝具屋で一番高い布団を購入してしまった。


 極めつけは……「脱水機」だろうな。

 クガタチストリート沿い東側にある「回路(かいろ)屋」と言う、元の世界で例えると家電製品店で勢いで購入。クガタチで脱水機を所持しているのは高級宿や富裕層の一部くらいで、そこを合わせてもクガタチの人口の1%ほどの数しか出回っていない高級日用器具。月に金貨1枚(5万グラバ)の上級信奉石を使う贅沢な器具。

 いくら自分で信奉石を作れるからって、ちょっとこれは無かったかもしれない。

 いや、実際あって助かってるけど。

 

 でもそもそも支度金60万って宿で二か月余裕で過ごせる金額なのよねえ、それをたった2,3日で使った私って……。


 (これが無駄の多い贅沢な買い物ってやつかしら…)



「お給料が既に税引きの手取りで良かったわ…」


 思わず独り言がこぼれた。

 税金のことまで考えてお金を使わないといけないとなると、ますます家計簿が手放せない。いや、もう手放しちゃいけない気はするけど。


 まさかファンタジーな異世界トリップしてまで家計簿つけるとも思わなかったけど、税金のことまで考えるとも思わなかったわよ。



 ちなみにこの世界の税について本格的に説明すると―――


 この世界の税制の主となるのは「労働税」。日本で言うところの所得税である。


 この「労働税」の税率は年齢に応じて一律とされている。

 割合は収入に対して、16から18歳までは1割、22歳までは1割5分、60歳までは2割5分。それ以外の年齢の者や、専門の学院などに通学している間は免除される。

 労働税はすべて国に納められ、町や都市でそれぞれで徴税は禁止されている。


 労働者は、日雇い・短期就労・長期雇用・正式雇用に関わらず身分証を提出することが必須とされ、また労働者自らが国指定の機関に申告しなくとも税は労働して支払われる給与から差し引かれることとなっている。つまり雇用者に提示される労働の報酬は、この世界では税を抜いた手取りということだ。


 この世界には日本で言うところの「住民税」といった住んでいる場所に対しての税制は無い。国に対して支払う税のほとんどが「労働税」といった労働に対しての税金とされているということだ。働いていなければ税金もかからないが、日本でいう生活保護や失業保険のような保障は一切無い。また年金制度も無い。

 ゆえに、働かなければ生きていけないに直結するのがこの世界である。労働者は賃金の中から銀行に預金するなどをして生活設計を立てることとなる。


 直接的な金銭という保障は無いものの、国がスポンサーにもなっている公的機関での行事への参加や学校での教育は無料、神殿医療院での治療や投薬も3割負担。また、民を守る警備隊の運営も税からまかなわれているが、徴兵制度がないことを考えれば、民への還元は結構なものと言える。


 ――― ってところかしらね。


 後は相続税とか地価税とか法人税とか、元の世界ほどじゃないけど多少の税の種類はあるみたいだし、税率も住んでいる地域で違ってくるみたいだけど、私が働いて家を借りて気にするのは、労働税だけだからまあ難しくはないわね。


 この税金に関しては『客人』もこの世界の民と同様って話なんだから、いろいろ考慮してくれるって言うんなら税金も考慮してくれればいいのに! って思わなくもないけど、これまでかなり融通きかせてもらってるもんねえ。こればっかりは了承するしかないわよね。


 それを考えると、プリムラでのお給料ってやっぱり高額なのよ。

 手取りで週給5万400グラバ。時給換算すると1,200円だけど、税込だと1,600グラバってことになるんだから。クガタチの生活水準で考えるとかなりの高給取りになるってことよね、私。


 それを聞いていたから自然に頭の中で計算して「結構稼げるからって、お金使っても大丈夫」って勝手に思い込んでたんだろうなあ。蔦ハウスにかなり浮かれていろいろ揃えたくなって…結構自由になるお金もあったから余計に金銭感覚が緩んでたんだわ、私。

 

 それってまさしく「根拠の無い自信」ってヤツよね!

 

 でもって、後から悔いる…まさしく後悔するパターンに陥る見事な「考え無しな行動」ってヤツよね!



「ああもう! ほんとダメ! ダメダメ! これからはほんと気をつけなきゃマズイのよ、私! 結構なお給料もらえるからって、家計簿つけてるからってそれで満足するだけじゃダメだなのよ、リオナ! せめていくらまで使ってOKで、いくら貯蓄にまわすって線引きしないと、私、絶対調子に乗ってバカスカ買い物するわ…」


 ある意味、黒歴史だ。自分で自分に叱咤激励。


 まさしく、私、ママの血を引いてるよ…って感じで自分で自分に言い聞かせるように声に出して拳を握ってる。

 

 だけど、これはほんとに一度気持ちを引き締めて、しっかり現実を見て衝動で行動(=買い物)しないように自分を律しないとマズい。明日以降から貰えるお給料から生活費と家賃を捻出して、貯金も出来るように頑張ろう。

 銀行に貯金している分(信奉石で稼いだ分や神殿でのデザインパターン報酬)は何かの時のためにとっておかなきゃ。

 

 

 …と、そこまで考えて、ふと思い出した。


 デザインパターン報酬と言えば――― 神殿だけじゃなく、プリムラでもデザインパターンのお買上げってことがあったばかりなのよねえ。

 それは私が神殿から町に来る時に携帯していた<トートバッグ>で。元の世界だとランチトートって言われるサイズのバッグのことね。これも結局は臨時収入18万グラバになったんだけど…。



「―― うーん、お金貰えるのは嬉しいんだけど…かと言って、あんまり現代知識ニートみたいなのでお金稼ぐのも、スッキリしないものなのよねえ」


 お金の使い過ぎももちろんマズイけど、予想外に臨時収入が多いって言うのも、意外と精神的にキツかったりするのだと実感する今日この頃。

 

 「パン」の悩みが終わったと思えば、次は「お金」の悩み。

 


 実にリアルだけど――― これが私の最新の悩みなのよねえ。

 

 

 

 + + +




 そもそもの始まりは、クガタチ初日の夜。


 パミス夫妻と初顔合わせの日の夜、お世話になったパミス家でのこと。

 仕事にかけては素晴らしい情熱を持つメリア夫人は、私の服だけでなく、しっかりと“持ち物”にもチェックを入れていた。



『リオナちゃんのバッグはオリジナルなのかしら?』


 メリア夫人にお屋敷で聞かれたのは、神殿から町に来る時にあわせて作った手提げのバッグ―― <トートバッグ>のことだった。

 ランチサイズのそれは、日本にいた時から愛用していた物を真似て作った物で、表地は小豆(あずき)色に黄金(こがね)色と白の大きな花模様が一つだけ入った物で、内布は濃い珊瑚色と白のストライプ。中が見えないようにファスナーも付けたお気に入り。

 内側には大き目の内ポケットも付けてあって、身分証なんかはそこに入れてあるの。

 他にも大きさ違い・色違いの物も2つほど作ってあるんだけど、普段はその小豆色のランチトートを使っているのよ。

 

 どれも自作だけど、聞かれたその時は素直に『元の世界では当たり前にありましたよ』って答えたの。そうしたら、夫人はちょっと考えこんだみたいなんだけど、すぐにニッコリ笑って『こちらの世界には無いデザインなのよねえ。デザイン料はお支払いするから使ってもいいかしら?』と尋ねてきた。

 

 それがはじまりだったのよね…。


 その時は深く考えずに『どうぞ』って言ったんだけど、今思えば、あの時に深く考えて答えればよかったと思う。


 こっちって、女の人が持つバッグって大体がポーチなのよね。いわゆる「巾着袋」。


 買い物に出かける時は、籐か木の皮をなめして編んだ籠、バスケットね。それか簡素な袋に毛が生えたレベルの薄いお稽古バッグみたいな物。マチをつけるって発想が無いみたい。大きな物を持つ時は風呂敷包みか、あとは厚手の布で作った肩掛け鞄(学生の通学かばんよ!)。

 都会だと、革製の鞄があるけど、女性が持つのはクラッチバッグとかビーズ一杯のパーティーバッグとか、そういった実用性の少ない小さ目の物か、小型のボストンバッグ。この世界ファスナーあるからね(それも『恩恵』らしいんだけど)! 男性だと学生鞄みたいな留め金がついているタイプを持ってることが多いみたい。


 だから私が作ったトートバッグみたいに立体的で、口が大きく開いて、肩掛けにもなって手提げにもなるタイプのバッグってすごく斬新なんだとか。

 その話を聞いて、私もついついアドバイスしちゃったのよ。



『これを縦長にしてマチ幅少なめにしたファスナー付けたタイプとか、仕切りを付けたタイプの物だと男性も使いやすいですよ。本とか書類とか入れられますから。革製なんかだと高級感出ますねえ』


 …って。


 そうしたらなんだかやる気になっちゃったみたいで、貴族といった富裕層がパーティーに出かけたりする時には持たないかもしれないけれど、普段使いとか商人とか庶民にはいいかもって話になったのよねえ。

 『あなた~試験的に売り出してみない~?』って、またまたバルド氏とピンクワールド作ってたから話半分にしか聞いてなかったんだけど…。


 そしたら、プリムラ初出勤の午後、応接室に呼ばれて、トートバッグを試験的どころか本格的に売り出すって話になったのよね。どうやら、月の日の午前中早々にパミス商会上層部とプリムラのトップ(主任たちね)で話し合ったら『売れる』って答えが出たみたい。


 そうなると、一応この世界での(・・・・・・)デザイナーとなる私には当然、デザイン料が支払われる。


 最初提示されたランチトートのデザイン料は、百万グラバ!


 女性用・男性用、アレンジされたタイプの物も含めてのデザイン料、つまりパミス商会の独占になるとのことだけど、あまりの金額の大きさに目眩がして、断固拒否。


 パミス商会で販売すれば、国内だけで年間で4千個は売れるらしい。男性用や卸用も考えれば1万個は堅いとか。ターゲット層を考えて幾つか種類を作るとは言え、平均して1個2千グラバで販売しても2千万の利益。そこから人件費やら運搬費やら原価を差し引いても1,500万の純利は望めるので、百万のデザイン料ということらしい。


 デザイン料の買い上げなので、一度買えばその後は毎年売れるだけ商会の利益となる為、デザイン料としては破格でも何でもないどころか安いくらいなのだとか。

 その安いというのも、私の性格を既に解っているらしいパミス夫妻が考慮して抑えた額だと言う。これが王都のデザイナー同士の話なら2百万は普通なのだとか。


 だけど、それでも私には到底受け入れられない金額だった。

 だってこれは本当に私オリジナルじゃないもの。


 服であれば、自分の好みが存分に入るし、パターンを起こす時も自分で考えてアレンジするから納得できるものの、小物は大体において元の世界の既製品を真似たような物だ。


 そこで、パミス夫妻と3人だけで話し合って、税抜きの手取りで18万グラバに落ち着いた。

 

 本当は一桁くらいにしてほしかったけど、そこは相手もビジネス。

 

 『リオナちゃんの三か月のお家賃をうちで負担したと思ってくれればいいのよ~』とメリア夫人に言われ。

 『君に断られるとうちはこのデザインを手放さなくてはいけなくなるし、他のデザイナーたちにも金払いが悪いと不安がられるんだ』とバルド氏に言われ。


 おまけに―――


『もしここでうちが採用しなかったとしよう。そして誰かがリオナさんのバッグをどこかで見て、これはいい! そう思うとする。その誰かはすぐにどこの商品か調べ、どこの物でもないと分かれば自分で作ってどこかの商会に売り込むか、商品化して売るだろう。どちらの場合も原案のデザイナーがリオナさんだとも言わないし、うちのオリジナルだと言って、無茶な値段設定をするかもしれないね。クガタチは田舎町だが神殿のお膝元ということもあって王都や大きな町からの人間は多く来るから意外と目ざといよ』


 とまで言われ…。


 パミス商会またはプリムラの商品ならば、その名前が付いたタグが付けられる。たとえ他の商会がパミス商会の物を真似ても、その時には二番煎じな上に、価格もあまり変えられない。

 

 そこまで説明されたら、首を縦に振らざるを得なくなる。渋々だけど納得したのよ。


 そして、さすがにデザイン料が安過ぎるってことから、初日の挨拶まわりで訪れた倉庫で購入したカーテンなどの生地代はパミス商会持ち。今後も従業員割引は通常の5割引きではなく8割引きということに取りきめられたのよねえ…。


 もちろんその話は、プリムラの工房メンバー全員には知らされていない。

 知っているのはメリア夫妻のほか、パミス商会所属の役職持ちのメンバーだけ。つまり、プリムラでは夫人の秘書さん2人にリシェル主任・マーサ副主任・ヴィヴィアン。


 その5人にも知られてどんな目で見られるんだろう? ってちょっとビクビクしてたんだけど、全員から『勿体ないわね。2百万のデザイン料だったら私ならすぐ飛びつくわよ』くらいで終わってちょっと拍子抜けしたのはほんとの話。


 ヴィヴィアンにいたっては『百万でも断ったんだって? 奢ってもらおうと思ったのに~』って。どうも話を聞けば、このメンバーはいろいろと新しいデザインを生みだしていて、しょっちゅうじゃないけど、物によってはデザイン料を特別能力給で支払って貰っていたりするのだとか。


 それでも私が不安そうな顔だったのか、本人達がすぐに欲しいと思ったのか(後者だと思う…)、話が決まったその日に試作品が出来て、今では工房のメンバーのほとんどが持っているため、今後売り出し始めても「メリア夫人か主任たちがデザインしたのかしら?」って思われるようにしてくれたのは本当にありがたいと思ったわ。


 それに―――


 『みんな最初のデザインが売れた時はそう思うのよ』とはリシェル主任。

 『いきなり大きなお金入ると自信にもなるけどプレッシャーにもなるのよね』とはマーサ副主任。

 『だけど、認められたって証だから次からは堂々とするといいわ』とはヴィヴィアン。


 今思えば、この言葉があったからこそ、私は主任やヴィヴィアンたちと仲良くなれたんだと思うし、デザイン料の買上げに対しての抵抗はそんなになくなったんだけどね。


 さらにだけど、よく考えたらプリムラ出勤初日、私は<トートバッグ>を持って工房には入らなかったのよ。先に店舗に入ってメリア夫人の秘書さんに預けてから工房に行ったから。きっと、こうなることを予想してたんだと思う。そういう先見性が優れている部分もパミス夫妻の凄いところなんだとは思ったわ。


 そういうことがあっての臨時収入だったんだけど、それ以来、作る物や持っている物が工房でもチェックされてる感じなのよねえ。嫌な視線とかじゃないんだけど、やっぱり私の作る物は、こちらの世界の人と違う視点で作ってる部分が多いから、技術的に取り入れられるなら取り入れようってことなんだろうなあ。

 

 まあ、私だって日本の商社で企画開発なんて言う、売れそうな物を探して売るって仕事してた訳だし、普通に考えれば同じことするわ。売れそうな物ならチェックするし、他に出し抜かれないように手を出すわよね。


 だから、今日作った<エコバッグ>だって、リシェル主任もマーサ副主任も「売れそう」って判断したんだと思う。私からすれば「まさか、こんなチョー手抜きなエコバッグで?」って感じだけど、見たことも無い人からすれば便利そう・斬新って思うし、彼女たちプロからすれば、生産面やコスト面から考えても悪くないって思うはずよね。

 実際、元の世界でも売れてるからこそ私も作り方知ってる訳だし。

 

 これでまたデザインパターンを買い上げられて、パミス商会で取り扱われるようになるのかなあ? って考えるのに比例して、この世界に便利な物が広まるのは嬉しいって気持ちも正直言えばある。

 それに『客人の恩恵』と違って特許じゃない分、気持ちはまだ楽でもある。

 

 けれど、連続で続くと何とも言えない感情が生まれてくるのも現実。


 「これでまたデザイン料うんぬんになるの? 正直面倒だなあ…」って言うのが私の本音。

 

 やっぱり「完全に私のオリジナル!」って物なら胸を張れるんだろうけど、元知識がある物だからよねえ。別に私、潔癖症ってわけじゃないし、わかってはいるんだけど……なんか結構、かなり複雑なのよ。


 って言うか、たぶん―― ううん、確実にそこにお金が発生するから余計に気持ちが複雑なんだ、ってことなのよね。

 

 まだ入社? して1週間も経ってないのに、新人が次から次へと新しい物生むって他の人から良く思われないんじゃないかな、とか無駄に考えこんじゃうんだよね。これって組織で働く現代日本人っぽい考え方だとは分かっているけど…。


 おそらく根底にある「世界を共有してない(異なる)人」ってことに対する不安はそうそう払拭は出来ないってことよね。


 だからリアルな悩みになると言うか…疎外されたらどうしようって言う不安を持っちゃうんだと思う。

 きっとそれをメリア夫人やヴィヴィアンに言ったら「あらまあ~リオナちゃん無駄に考え過ぎよ~」とか「また真面目過ぎ!」って大笑いされて終わっちゃいそうな気もするけど。

 


「……これも病気の一種と思って、うまく付き合うしかないよねえ」


 はあ、と盛大に溜息を吐いて椅子にもたれかかる。

 ちらりと傍に置いてあるランチトートと小さくまとめたエコバッグを見遣った。



「ラノベとかにある異世界トリップ物なんかだと、こんなにリアルにお金のこと考えてない感じしたんだけどなー」


 まさかこんなに“お金”のことでリアルな悩みが生じるとは。

 普通のラノベとかだったら「お金がないと生きていけない」で切羽つまるのに、「お金貰って困る」ってどんな贅沢な悩みよ、ねえ。

 

 …ってそこまで考えが行きついたところで、やっぱり「私は幸せなんだな」って気づいた。

 


「またパンの時と同じこと繰り返してるわ、私」


 死ぬほどの苦しみを味わってるわけじゃないんだから、何を無駄に思い悩んでるんだか。

 そもそも無駄遣いしてた人間が悩む内容じゃないわね。


 一日やそこらじゃそんなに簡単に成長しないって分かっているけれど、さすがに連日で似たようなマイナス思考のループに陥る自分に苦笑する。今回は自分で気づけただけ進歩しているのかも知れないけれど。



「まあ、それでもしばらくは変に悩みたくもないから他のバッグは作らないでおこうかなあ……当分、必要無さそうだし。感謝祭もあるし、パンとお爺ちゃんたちのことを先に考えよ」


 そうだ、自ら悩みを作る行動しなきゃいいんだから…って、まだどの行動が悩みや問題に繋がるか判断できるほど動いてないんだし。イチイチ悩んでたらキリが無いわよね。


 お金で悩むなら、まずは浪費癖をなんとかしないと。うん。

 悩むポイントズレてた! 反省! 何かあったら素直に人に聞いてアドバイス貰おう!

 

 

「それに…出来るところから、だよね」


 そう自分で決めたばっかりなんだから!

 せっかくテンション上がってきたところなんだから。やることもたくさんあるんだから、まずはそれから。自分勝手に落ちちゃダメだよね。

 


「よし。反省終了! お茶も飲んだし作業しますか」


 うん、頑張ろう。

 


 

 + + +




 気持ちも切り替えて、とりあえずはとキッチンに移動。

 

 やることリストにも書いたけど、いろいろ作り置きしておきたいなと思う物を毎日少しずつ作っていこうと決めたのよ。毎日の積み重ねって大事だよね。

 今日作るのは<自家製カッテージチーズ>。


 鍋でミルク1リットルに塩小さじ1ほどを入れた物を加熱したものにレモン果汁を入れて分離させて、水分を落としただけっていう、超簡単な物。これも大して時間はかからないので、水分が十分に切れて粗熱も取れたら容器に入れて冷庫で保存。

 そうそう。こちらの世界も元の世界と同じく計量カップやらスプーンやら基準となる分量と器具が同じなのは助かるわ。秤は天秤なんだけどね…。


 少しだけ小分けして、リンゴのスライスにハチミツと一緒にかけたらちょっとしたデザートよ。思わず、ワインのボトルに手が伸びたのはご愛嬌ってことで。


 一杯だけと決めてキッチンの作業台でしっかり食べて飲んだら、さくっと移動。

 ノートやそろばん、筆記用具を片付けたダイニングテーブルに広げたのは紙と靴。明日の予定でバブーシュ(室内履き)を作るつもりなんだけど、小物作りは何気に時間がかかるのよね。だから先に型だけでも取ってパーツごとに切っておこうかな、と思ったのよ。


 パミス商会の倉庫にはいろんな生地があるんだけど、フェルトみたいな物はさすがに無くて、何か芯になるような物といったら軟らかめの革しか無いの。

 革は結構豊富で、物によっては安く買える。ベルトや鞄や服の材料にもなるんだけど、私みたいに芯代わりにする人はいないようで、それでセルジュさんにも驚かれたみたい。


 今回は薄い革をフェルト芯代わりに使用。本当は革その物で室内履きを作ってもいいんだけど、針を通すのに時間がかかりそうだから、表地は厚手の起毛タイプの布にしたの。

 だって、針と金づち持って作業するって、どこの革職人よ、って感じじゃない? 出来なくはないけど、それはさすがに本職に任せるわ。



「そう言えば、プリムラって革職人いないわよね」


 ヴィヴィアンや他の小物担当は、革を使ってコサージュ作りすることもあるって言ってたけど…。



「うーん、明日にでも聞いてみよ」


 呟きつつ生地や革にハサミを入れる。作業してると独り言増えるのよねえ。

 

 そして集中すること数時間。作業も終了。

 

 後は順序良くミシンで縫って、合わせていくだけ。

 気が付けば壁の時計は11時。



「うわ、ダッシュでお風呂入らないと!」


 明日も朝早いしね。

 凝った肩をお風呂でほぐしたら、温かいベッドでゆっくり寝よう。


 まだちょっぴりしこりはあるけれど……大丈夫。

 私がするのは、まずは自分が出来ることから。



 うん、きっといい夢が見られる気がする。


 おやすみなさい……。




--- --- ---


<自家製カッテージチーズ レシピ>

・ミルク 1リットル

・レモン果汁 20ml(お酢でもOK)

・塩 少々(一つまみ)


1.鍋にミルクと塩を入れて加熱。

2.1を煮立たせないように混ぜて、沸騰直前でレモン果汁投入(お酢でもOK )

3.レモン果汁入れたらすぐに、ミルクが塊と水分に分離。ふつふつと分離が始まったのを確認したら火を消して蓋代わりにふきんをかけて20分ほど放置。

4.粗熱が取れた頃にはチーズ部分がしっかりしてくるので、それを清潔なふきん(ガーゼ代わりね)を敷いたザルにあけて落とす。

※しっかり水分を出させるために、シンクの底にざるごと放置。

(シンプルな料理って放置プレイ多いわよね。)

5.十分水分を落とせたなら、軽くまとめるようにして密閉容器にしまって冷庫にイン。これで完了。




 

次回投稿は明日(3/26)8時を予定。


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