12.客人の回想、天然には敵いません。
さて、美男美女夫婦との地獄のような時間もようやく終了です。
バルド氏が、業者との面会とかで自分の商会へとこの場を去ったからね!
どうやらプリムラの隣に建っているこれまたハイセンスな建物が、パミス商会クガタチ本部らしい。
ピンクの空気やらママパパ発言にダメージを受けた後、ようやく口にできた紅茶はだいぶ冷めたてたけど、その温い紅茶が喉を滑り落ちた時、なんだか生き返った(現実に戻れた)と心中大喜びだったよ、まったく。
ティータイムがてら、メリア夫人とお話して分かったことは結構意外なことが多かった。
夫人は、イルメルお婆ちゃんの実姉にあたるお母様と王宮に勤める役人のお父様の間に生まれたお嬢様だったんだって。王都で生まれ、割と裕福な家庭で育った彼女は高等学校にも通っていたんだそう。16になったら夜会デビューの予定もあったとか…貴婦人候補だったってことね。
でも14歳の時に馬車の事故でご両親を亡くされ、一人娘だった彼女は、イルメルお婆ちゃんのいる南神殿に引き取られ、あそこで成人まで過ごした過去を持ってたの。
ご両親を亡くされたばかりの当時は、悲しみと寂しさに泣き暮らしてばかりいたそうなんだけど、お婆ちゃんの深い愛情で少しずつ元気になり、その時に神殿の衣料品部門で服や小物を作る楽しみを知ったんですって。
衣料品部門で様々な講師から技術を得ることに貪欲になって毎日を過ごし、服飾関係の道へ進むという夢を持って頑張っていた時にバルド氏と知り合った。その後はお婆ちゃんから聞いた通り、王都で働いて結婚・出産ってサクセスストーリーを歩んで今に至ってるのよね。
1年前、クガタチに拠点を移したのも、バルド氏の出身地という理由だけでなく、多感な少女時代に母代りとなって自分を慈しみ育ててくれたお婆ちゃんにすぐに会える距離で生活したいって理由があったんだとか。
お婆ちゃんからは、パミス夫妻のことやパミス商会のことは聞いていたけれど、メリア夫人の過去については聞いてなかったから驚いた。まあ聞かされてもデリケートな内容なだけに私も困っちゃっただろうけど。
メリア夫人は敬愛しているイルメルお婆ちゃんに孫のような存在(私)が出来たと伝えられた時、とても嬉しかったんですって。いくら近くの町に住んでるからって、毎日顔を合わせる環境じゃないものね。
お婆ちゃんの最近の手紙には私と話したお喋りの内容とか、私が何をやって笑わせてくれたとか、私がどんなにいい子かって書いてあって、とても楽しそうな雰囲気が伝わってきたんだって…その話聞いてすんごく照れちゃって、モジモジしちゃったよ。
だからお婆ちゃんの手紙を読んで以降、これまでずっとメリア夫人もバルド氏も私に会いたくてたまらなかったんだとか。それでお婆ちゃんにも面会を願い出たんだけど、「今は無理」という返事をもらって、私のこと、神官ではないのかしら? もしや…と思ったみたい(素晴らしい勘よねえ)。
そうしたら案の定、今回の神殿での騒ぎの話とともに私が客人だと知らされ、驚きつつも、お婆ちゃんの依頼(私の勤め先のことね)に「うちで預かるわ」と即返答してくれたんだとか。
メリア夫人は「リオナちゃんは叔母様の孫のようなもの。つまりは私たちの娘のようなもの。娘を親の私たちが助けなくて誰が助けるっていうの~」なんてありがたいことを力強く言ってくれるけど、たぶん、彼女自身がご両親を亡くされ独りになってしまった過去があるから、私に対する同情やら親愛の気持ちが余計に強まったんじゃないかと思う。
だからこそ、会えて感動のあまり夫婦揃って最初から飛ばしちゃったみたいなんだけど…。まあ、私と会える今日をずっと楽しみにしてた! なんて言われたら、暴走もいたしかたないのかな。何よりも、パミス夫妻が雇用主になってくれたことは、私には本当にラッキーでありがたい状況なんだから。
改めて感謝の気持ちを伝えたら、メリア夫人は「何を言ってるのよう、リオナちゃんの方が大変だったじゃないの~」と言うけど、ちょっと照れてるみたいで、年上の女性だけどかわいいって思っちゃった。
つかさず言われる「ママって呼んで」攻撃には参るけどね…あははー。
そして私が『客人』ってことも、マイナスポイントにはならなさそうだと、この時分かったんだよね。
メリア夫人が「お仕事以外で聞きたいことはあるかしら~?」ってうまく誘導してくれて、その流れで確認してみたのよ。私が『客人』であることは事実だし、迷惑をかけるんじゃないか? って。
あっさり「それは無い」って答えが返ってきて拍子抜けしちゃったけど。
「お客人だってことはあまり考えなくても大丈夫よ~。お客人はそもそもグラナバス神のお客様なのよ~? そんな存在に悪さする人なんていません。…まあ世の中にはお客人を利用する人もいるのは確かだけど、南神殿に近いこの町にはお客人を利用するような愚か者はいないと思うわ~」
「そうですか。それなら良かった…ちなみに、客人ってバレる可能性って高いと思いますか?」
「ん~どうかしら。リオナちゃんは通常より早く神殿を出てきていることもあって念には念をいれて、あなたがお客人ってことは、この店では私と夫しか知らないから大丈夫だと思うけど~。それに、お店の皆にはあなたのことは神殿出身者って伝えてあるから、多少の生活習慣の違いがあっても大して気にしないわよう」
「そういうものなんですね」と胸を撫で下ろす私だったけど、メリア夫人の次のセリフでちょっぴり固まった。
「それにもし知られても、南神殿や私たち夫婦が保護者なんだもの~。誰も何も言えないし、言わせないわよ~」
「…………」
コロコロと鈴を鳴らすような声で笑うメリア夫人は、見た目上品マダムだけど、天然さん。そして結構腹ぐ…失礼、強かなのかも…。うん、まあ…頼りにさせていただきます!?
そんなお互いの身の上話やら相談をした後は、お仕事の話。
あのカオスは何だったのか? 仕事モードになったメリア夫人は口調こそ変わらないけども、服に対する情熱は本物で、私が着ているワンピースやレースブラウスについて幾つも質問をしてきたり、どんな物が作れるか確認したり、この世界での最近のファッショントレンドを教えてくれたり…。
かなり有意義な時間を過ごせたんじゃないかって思ったわ。
「ん~、聞きたいことはあらかた聞けたし、今日はこの辺でお開きかしらねえ~。お付き合いしてもらってありがとう」
「はい。ありがとうございます。こちらこそ有意義なお話を聞かせていただけました」
「うふふ……来月から一緒に仕事出来るのを楽しみにしてるわね~」
「ええ、よろしくお願いいたします!」
気がつけば結構な時間、お喋りしていたらしく、応接室の壁に掛けられた立派な時計の針は夕方の4時に近くなっていた。神殿で早めの昼食をいただいた後、馬車に乗って町へ向かい、こちらのお店に到着したのが1時半だった筈。どうやら2時間は話をしていたらしい。これからすぐに宿に向かわないと暗くなりそうだ。
行李を持って行くのは厳しいから、こちらに置かせていただいて明日の洋服と下着だけ持ってお暇しようかな、なんて思っていたら、応接室の扉が開いた。
「お待たせ。話は終わってしまったかな?」
「あら、あなた~。お疲れ様」
うわ、二人揃った! また仲良く二人でソファに座っちゃったよ!!
ちょっぴり慌てるも、バルド氏も面会の後ということもあってビジネスモードだ。安心した~。
「リオナちゃんって、本当にセンスがいいのよ~。今日着ているお洋服、すべて自作なんですって~。ワンピースは神殿の衣料品部門がデザインパターンを買ったっていう噂の物なのよ~。細かく見せて貰ったけど、裁断も縫製もうちのベテランさんたちと張る腕前よ~」
「ほう~それは凄い。さすがに女性をジッと見つめる訳にはいかないが、確かにそんな感じだね。メリアが言うからにはかなりの実力の持ち主ってことだな。いやあ、即戦力だね、ありがたいよ」
「それにねえ、レースブラウスのレースも、ストールもお手製なんですって~! デザインセンスも素敵よ、彼女」
「そりゃますます頼もしい! メリアが手放しで褒めるのを久々に聞いたなあ。でも気持ちは分かるな。婦人物以外にも刺繍や編み物も出来るとは今の衣料品部門長に聞いていたからね。大したものだ」
二人の会話に、違う意味で恥ずかしくなる。
ピンクワールドも困るが、あまりの褒め言葉の連続もある種のプレッシャーが発生するって、今、初めて知ったわ…うっ。
「ひとまず三か月ほどの短期だからって、簡単な作業をお願いするつもりでいたんだけど~…考えが変わっちゃいそうだわ~」
「まったくだ。リオナさん、君ならちゃんとうちで通用すると思うんだ。うちでの専属を考えてみるのはどうだろうか?」
「あはは…ありがとうございます。でも、それは今の私には大きすぎるお話ですし、神殿からもちゃんと伝わっているとは思うのですけど、町での実地研修も無しでのスタートなので、当初の予定通りでお願いします。もしお忙しいようなら、出来る範囲でお手伝いもさせていただきますから」
「そうねえ。まだ来たばっかりだものね~。まずは働いてうちの良さを分かってもらってからね! 私もリオナちゃんに負けないよう頑張らないと~。リオナちゃん、よろしくね~」
「ふむ、残念だけど、この話はまたいずれ…かな。それにメリアの本気が久々に見られるなら、まずはリオナさんとの出会いに感謝だね。これからよろしく頼むね」
ふはー、さすがはやり手のお二人だ。
冗談混じりだけど、かなり本気のスカウトだった感じがする。チャンスは見逃さないようにするって貪欲さが成功の秘訣ってことなんだろうなあ。
ほんと、最後は自分なりの考えでちゃんと締めくくれて良かったよ。
まあ“まずは”逃がしてくれたんだろうけどね。
そうして、この後も夫妻と話をして、さらに細かく私の担当業務を決めた。
内容は、お店で扱っている商品の売り子と、刺繍やレース作成、ニット製品の作成、裾上げ・ボタン付けといった簡単な縫物仕事。
メリア夫人も認めてくださった通り、パターン起こしも裁断も縫製も出来なくはないけど、長年プロとして励んでいる信厚いベテランさん達の仕事を取ることも無いしね。
そして勤務時間とお休みについて。
プリムラでの勤務時間は朝10時から夕方4時まで。お休みは週に1日。
お店そのものは特にお休みの日は決まってないそうなんだけど、私は基本的に日の日に休むことにした。事前にお願いすれば、連日でお休みをいただくことも可能とのこと。
日本で会社勤めだった時は、朝9時から夕方5時までがフルタイムで、その後2~3時間の残業は当たり前。下手すると休日出勤していたくらいだから、ここの勤務時間を聞いて、どこのパートタイムだ!? オーストラリアか!? って思っちゃったけどね。
まあ、6日間勤務ってことを考えれば妥当なのかな? とも思えなくないけど…。
そしてお給料について…って言うか、正直コレに対してはちょっと微妙。
いや、悪いんじゃないよ? 良すぎたんだよ。
だって、お昼休みや小休憩を挟んで正味5時間あるか無いかの勤務時間だと言うのに5万400グラバの週給だって言うんだもん。日給にしたら大銅貨8枚ちょっと(8,340グラバ)! 結構な高収入よね。
さすがにおかしいと思って「本当にその勤務時間とお給金は正規の時間と額ですか?」ってつっこんだら、メリア夫人は目を丸くして「あら気が付いちゃった~?」と。バルド氏は苦笑して「確かに違うんだけどね」と。
問い詰めたら『神殿からの実地研修と同じ条件で』というあのお三方(言わずもがなジジババ三人衆ですよ)からの厳命らしい。まったく甘やかし過ぎだよ。
本来なら、プリムラで一人前と認められた従業員の(クガタチでの)労働体制と給与は、朝9時から夕方5時までの7時間労働、勤務6日の週給制で5万400グラバ。時給1,200グラバってことね。これはクガタチ水準からするとかなり高い報酬にはなるみたい。一月で25万2千グラバだもんね。
見習いはもう少し低くて、ベテランさんは能力給が加算といったところ。
貴賤・年齢・性別関係なく、個人の能力を平等に評価して報酬を出すっていうのがこの世界のスタンダードらしくって、ボーナスもないんですって。
だから「私は勤務時間も短いので時給でお願いします!」って言ったんだけど、それは聞きいれてもらえなかった。
曰く、神殿からの依頼は絶対な上に、実は、客人は町で生活するようになってから2年間は神殿から少々の補償が出るらしく、これを私が断ると、雇った側がピンハネする気か? 客人を脅したのか? って神殿から事情聴取の担当者がやってきてしまうんだとか。
実際にピンハネして罰を受けた雇用主も過去にいたからなんですって。
雇用主が何もしていなくとも、客人の意思だとしても、雇う側も下手に神殿から目をつけられたくないので、そこは容認してもらえないだろうかとまで言われ、渋々だけど受け容れたわよ。
これが正規で雇われるようになったら、客人に支払われる額は“最低でも”正規給与の1.2倍となるように加算されるらしいから、これまた一悶着ありそうだわ。
それも、異なる生活水準で暮らしてきた客人に対する措置の一つだと言われれば確かに文句も言えないんだけどね。だって私も元の世界でそれなりにお給料をもらってた一人だもの。
それに、加算される分は神殿持ち(過去の客人の特許料から算出)だし、雇用主が負担ってわけでもないらしいしなあ。うーん、福利厚生がしっかりしていると思えば諦めもつくんだろうか。
こうなったら頑張って恩返しするしかないよねえ……。
+ + +
そして話も終わってお開き! となる筈が……何故こうなった?
気付けば、私、パミス夫妻のお屋敷(お家じゃないわ、お屋敷よ! 豪邸よ! )の豪華な客室のこれまた豪華なベッドで横たわっております。あれ?
プリムラの応接室でメリア夫人の「リオナちゃんはこれからどうするの~」って質問に、うっかり「これから宿を探します」って馬鹿正直に答えたら「まあ~~」って気の抜ける驚きの声が。
その後は「いけないわ~、初めての町でたった一人で寂しく寝るなんて~。うちにいらっしゃい、ママと寝ましょう~。バルド、あなたもそれでいいわよねえ?」「もちろんだともメリア。リオナさんはイルメル様の孫でもあり、私達の新しい娘でもあり、うちの新しいデザイナーでもあるんだから。さあ、遠慮しないでパパとママと家に帰ろう」…ってスローリーマシンガントークと共に、恐ろしいピンクのカオスが炸裂!
「いえいえいえいえ」
当然、遠慮なしに首をぶるぶる横に振りました。手も一緒に。
いやいや、久々に一人が満喫したいし、温泉楽しみにしてたし、あなたママじゃないし、一人で寝れるし、私娘じゃないし、ましてやデザイナーじゃないし、あんたもパパ言うな!!
――― とは、大人ですから口にはしませんでしたが、心の中で盛大につっこんだ。
だけど、当然、私がこの二人に敵う訳もなく。
いくら遠慮しても夫人は馬耳東風。しまいには「うちの娘と息子は親離れが早くてね。もう何年も前から仕事と勉強でずっと他所にいるから寂しくって~」なんて言葉についほだされてまい、頷いたのが後の祭り。すごい勢いで荷物と一緒に馬車に乗せられ、10分もしない内に豪勢な屋敷に到着。
食事やらお風呂(温泉だった!)やら着替えやら、とにかく何から何まで世話を焼かれて、その間ず~~っと、メリア夫人のスローリーマシンガントークに付き合わされ…時折、バルド氏と頬を染め合う空間にも否応なしに付き合わされ―――。
かろうじて主張をもぎ取れたのは一人での就寝だった。
軟らかい高級布団に潜り込んだ時、盛大な溜息が出ちゃったのは言うまでもない。まあおかげでホームシックに陥ることもなかったけどね。もしかして、これを狙ってたんだろうか? まさかなあ…。
(でも、あの二人だしなあ……)
ぶっちゃけ、当面どころか、いつまで経っても敵わなさそうだ。
そう言ったところも――― 似てるんだよねえ。うちの両親に。
「……ま、おかげで町暮らしもなんとかやっていけそうなのは確かだし感謝だね」
この世界に来て口癖になった「感謝」という言葉にお爺ちゃんたちやお婆ちゃん、神殿の人たち、パミス夫妻…そして、パパやママや兄妹弟たち家族を思い出しながら、深い眠りに落ちた。
今回は結構難産でした。
ちなみにオーストラリア(シドニー)に旅行すると、デパートなんかは遅くて18時までとかで結構驚かされます。
法律では、労働時間が38時間/週と決められているとか。
次回投稿は、明日(3/16)の予定。
……が、1万字以上書いて、どんどん方向性がズレてると気づきボツコーナーに orz
なので新しく書いてます~。多分大丈夫だと思うんですが、もしかしたら3/17の可能性も。




