10.客人の回想、町へ
3/14:街道をメインストリート表記(汗)。メインロードに修正。
神殿から放り出され――― もとい、独り立ち推奨されてやってきました。
人口3千人にほどの小さな町『クガタチ』。
この国の王都からは馬車で一週間もかかる南の辺境とも言える町なんですって。
だけど、南神殿に一番近い町ともあって、それなりに行商人や観光客はいて賑わっているみたい。そうね、辺境の割に3千人ほどの人口って多いようにも思うしねえ。
それに、何よりもこの町の名物にビックリよ!
いくつかあるんだけど、まずその一つが乳製品。
町の周辺は、神殿を進行方向前として左手は森しかないんだけど、右手は川と大草原。そのあちこちに放牧されている牛さんたち。馬車の御者台に座っていたから見えた時ははしゃいじゃったわよ。
最初は大きな茶色い岩かと思ったら、のっそり動くんだもの。
叫んじゃったよ「うしー!?」って。
御者のおじさんに笑われちゃったわ。まあ、それから町までの道すがら、町のことをいろいろ教えてもらえてラッキーだったんだけど。
もう一つの名物はオリーブオイル。
神殿と町との間に広がる森がまばらになる辺りから、クガタチの東側にある山の斜面まで植わっているのがオリーブの木。オリーブの栽培はクガタチに限らず、南大陸の色んな場所で当たり前のようにされているそう。個人の家の庭なんかにも植わってるくらい日常に当たり前の植物なんだって。
道理で神殿でも質のいいオリーブオイルを気前よく分けてくれたわけだわ。
そして!
御者のおじさんとの会話で一番ビックリしたのが、酪農とオリーブと同じく町の名物になっている“とあるもの”。
なんと……温泉! だったりするのよ。
クガタチの町は、オリーブ林も広がっているそんなに標高の高くない山の麓にあるんだけど、昔からこんこんと湧き出る源泉があるとかで、今は町の山側には温泉をひいた宿や浴場なんかが立ち寄る人の人気スポットみたい。
山そのものは活火山とか休火山ってこともなくて、オリーブの他は、鉄や鉱石が多少採れるだけのどこにでもある山らしいんだけどね。
いやはや、クガタチって名前を聞いた時に「ん? 盟神探湯?」なんてマニアックな疑問を頭に浮かべちゃったけど、ある意味ビンゴだったわね。その話をしようと思ったら長くなっちゃうので割愛どころかスルーさせてもらうけど、とにかく、温泉はお風呂好きの日本人にとっては嬉しいもの。
この三つの名物が産業となっていることと、由緒ある南神殿に近い町ってこともあって辺境にしては結構な発展ぶりだとか。聞けば酪農も温泉もオリーブオイル作りも『客人の恩恵』によって発達したって言うしね。生活水準がそれほど高いってわけじゃないらしいけど、住みやすい町って感じなんでしょうね
町に着くまでは「広いけど超鄙びた神殿だったしなあ…町じゃなくて村なんじゃ?」なんて思ってたけど、到着して周囲を見てみれば立派に町だったわ。
ラノベなんかでよくある設定の、中世ヨーロッパの城塞都市のような町を囲む何メートルもの高さの分厚い壁とかは無かったけれど、獣除けといった感じの瓦礫と粘土で作られたような1.5メートルほどの高さの石壁がぐるりと囲ってるっぽい(ところどころ崩れてて役に立つのか甚だ疑問だわ)。
そして神殿から続く幅広い石畳の道(街道)を遮る門なんかも当然なくて、街道が町の真ん中を突っ切っているのが丸わかり。一応、神殿側(南)からの町に入る場所には左右に結構大きな石造りの建物があって、そこが町の警備隊の南屯所と宿舎なんだとか。
警備服っぽい制服を着た人が立っていて、御者のおじさんが渡した通行証をチェックしていたわ。
この屯所と宿舎、どの町も共通なんだけど、王都から続く街道が通る場所には必ずあるらしく、町への出入りはちゃんとチェックするんだとか。町の北側にも同じような建物があるんですって。
私も神殿で発行された身分証明書を提示したのよ。
そうそう。身分証明書!
名刺入れくらいのサイズで、茶色の皮の貼られた二つ折りの物なのよ。名前と生年月日と出身地が記された物なんだけど、私の場合は出身地が神殿ってことになってるの。
実際に神殿の中には神官同士で結婚して生まれた子供がいることも多くて、その場合出身地は神殿のある町か神殿名になるんですって。それで私が神殿出身でもおかしくないのよ。
今の南神殿には小さい子供はいないけど、夫婦は結構いたのよねえ。独身の人も多かったけど(って言うか、この世界の神殿勤めって肉食べるのもOKなら結婚もOKって自由度の高さに感心しちゃったわ)。
この茶色の身分証明書には客人ってことは記されていないの。
実はもう一つ同じサイズの緑色の皮の身分証明書を持たされているんだけど、そちらに客人ってことが記されているのね。
まあ…あれよ、下手に教えて無駄に騒ぎを起こすことが無いようにってことね。手提げのバッグにはどちらも入れて携帯するようにはしてるけど。
何せルイジールお爺ちゃんにくどいほど言われたのだ。
何かあったら、すぐに緑色の身分証明を出して保護神官は南神殿のルイジール・グラセルだと言え、って。印籠ですかい。
でも、警備隊の人に身分証明書渡す時、ちょっとドキドキしたのよねえ。
だって…この時が、この世界に来て初めての神殿関係者以外の人との会話だったんだもの。40代くらいの渋いおじさんだったけどさ。
「神殿への納品帰りか。いつもご苦労さん」
「はい、ありがとうございます。ただいま戻りましたよ」
私を馬車に乗せてくれた御者さんは、この町の品物を自分の商品と一緒に定期的に神殿に納品しているおじさんで、警備隊の人とは顔なじみなのかニコニコしながら挨拶を交わしている。行きは自分と荷物だけだったのが、帰りは私を乗せているから当然警備隊のおじさんは私にも声をかける。
「そちらのお嬢さんは、神官さんか? 巫女さんか? 今日は買い物かい?」
身分証をこちらに返しながらも、しっかり確認するあたりベテランだわあ~。
確かに今日の私は神官の纏うローブ姿ではなく、白いハイネックのレースブラウスに紺色のスクエアカットの長袖ワンピース(膝下丈ね)、茶色い革の編み上げブーツ。寒いので手編みのショールを巻いている、この世界一般的な娘さんスタイルだ。
寒いと言いつつ、スカートのポケットにはしっかり自分で作った温石忍ばせてるけどね。
そうそう。温石と言えば!
祈祷部門からの餞別で下級・中級の信奉石と熱石・冷石・温石の特別石を結構な数いただいちゃったのよね。「町での生活で不自由しないように」って。いざとなったら、3日間しか使えなくても自分で作るつもりだっただけに、ありがたいわ。
…っと、質問されてるんだから答えないとね。
私も御者のおじさんを見習ってニコニコしながら、馬車の後ろ(荷車だから幌も付いてないのよ)に置いてあった行李を指差して答えた。
「神官見習いです。買い物だったら良かったんですけど、今日からしばらくこの町で住むことになりまして」
「へえ、そうなのかい。クガタチ神殿にかい?」
「いえいえ。親戚の家がお店をやっておりまして、人手が足りないんでそちらに手伝いに」
「なるほど、ちなみにその店の名を聞いても構わないか?」
おおう、完全に職質っぽい。嫌な感じを受けないあたり、この人ほんとプロだ。
「ええ、プリムラってお店ですが、ご存じですか?」
「ほう、パミス夫人のところか。そりゃいい店に雇われることになったんだな」
「あはは、神殿に勤めている巫女が祖母なんですけど、そのパミス夫人が姪にあたるらしいんです。私からしたらちょっと遠い親戚になるし、今まで神殿勤務だったからお会いしたことなかったんですけどね。この度、縁があって」
「なるほどな。そういうことなら了解だ」
「ありがとうございます。何かご入用でしたらご贔屓に」
「はは、分かったよ。なかなかに商売上手なお嬢さんだ。町で困ったことがあればいつでも屯所に来るといい。俺はディムと言う。警備隊のクガタチ南屯所の副隊長だ」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
おお、ディムさんと言うのか。町での知り合い一人目ゲットだわ。
それに、そこそこに偉い人と知り合えるのは、幸先がいい。困った時は遠慮なく頼らせてもらおう。
しっかし、私が喋った内容というか私の人物設定、ほんとバッチリ通用したわ~。
実はこの設定、考えたのはルイジールお爺ちゃんなんだよね。あれだけ私の町行きをゴネてたお爺ちゃんだけど、決定した後の行動は早かった。客人が無事に町で生活出来るようにと、誰に話しても疑問に思われず問題の無い…だけど身元はしっかりしているという設定を考え、ライオスお爺ちゃんやイルメルお婆ちゃんの承認を得るとすぐに総務部門長をはじめとした各部門長にしっかりと根回しした上で身分証明書を発行してくれたのよね。
神殿では一般神官扱いだったけど、見習いって肩書きにしたのも、下っ端だと動きが自由だからって理由。うーん、細かく考えられてるよねえ。
あの行動力と緻密さはさすが副神官長様だわ、って再認識しちゃったわ。
この時、設定上だけどイルメルお婆ちゃんが私の祖母ってことになったこともあって、お婆ちゃんもライオスお爺ちゃんも私のこと「リオナ」って呼んでくれるようになったのよねえ。
どうもルイジールお爺ちゃんがジジバカ全開で「リオナ、リオナ」って呼ぶのがちょっぴり羨ましかったんだとか。「私だってリオナのこと、本当の孫みたいに思ってるのよ」だって。照れちゃったけど嬉しかったなあ。
ライオスお爺ちゃんもお婆ちゃんと同じようなこと思ってくれいたのか「私もそう呼ぶかのう」って言いだした時には私よりもルイジールお爺ちゃんが「なぬ!?」って反応した。
お婆ちゃんの「リオナ」呼びはまだ許容できたみたいなんだけど、ライオスお爺ちゃんが私のこと「リオナ」って本当に呼び捨てしたら、ルイジールお爺ちゃんってば「何でお前がリオナを呼び捨てるんじゃ」ってマジで怒っちゃってさ。
そんなルイジールお爺ちゃんに、ライオスお爺ちゃんはシレっと「私にとってもリオナはかわいい孫じゃ。信奉石の作り方は私が教えたしの。孫弟子と言っても差し支えあるまい」なんて言って張りあうし…。イルメルお婆ちゃんが「忙しいんだからいい加減になさい!」って叱らなかったら、あのまま言い合ってたんじゃないかなあ…。
ああ、思いだしたら早速ホームシックだよ。いかんいかん。
+ + +
南屯所のディムさんと別れてから、訪れたのは町の商店街。
クガタチの町は、真ん中を突っ切るように敷かれたメインロード(街道)を中央に東西に建物が並んで広がっている。建物は石造りやレンガ造りの物が多くて、素朴だけどどこか懐かしい感じ。意外と2階建ての家屋が多いみたい。中には3階建の物とかあって、思った以上に町らしいかも。
赤い屋根や水色の屋根のお家とかあって、結構メルヘン。
町並を見ている内に、不意に、ヨーロッパ旅行で訪れたフランス南部のサン=レミ=ド=プロヴァンスを思い出した。ノストラダムスの生地で、画家のゴッホが『星月夜』を描いた町。
あそこも人口1万人と小さな町だったけど、それをさらにコンパクトにした感じ。サン=レミ=ド=プロヴァンスと割と近いアルルの町並も漠然と思いだされたけど、こじんまりした家屋とか、カラフルな木扉とか、緑の蔦が這った壁や手入れされた植え込みの多さとかがサン=レミ=ド=プロヴァンスを彷彿させる。
うわー、本当に観光気分になっちゃうよ!
馬車で進む道なりに視界に入る町の雰囲気にテンションがどんどん上がっていく。
その内に町の中央辺りの辿り着いた。そこには大きな噴水があって、メインロードに交差するように大きな道が左右に伸びてるの。ロータリーみたいな感じって言えばわかるかな?
駅前とか複数の道路が集まる交差部になる場所に大きな噴水とか花時計とかを設けて、ぐるっと車や人を周回させて目的の道に進ませる感じ。それと同じね。
噴水自体はそう大きくも小さくもない物なんだけど、ここが町の中心部っぽいからか、丸いスペースは結構大きめに取ってあるのか、馬車や人の行き来を妨げないデッドスペースには花壇に露天やベンチがあって、ちょっと休める場所になってるの。
ここを中心に南北は王都へ続く街道。
東西は、大草原のある西側が商店街。山方面の東側が温泉宿街に続いているみたい。
きっとここが町の人の待ち合わせ場所やお祭りのメイン会場になったりするんだろうなあ。
うわあ…花祭りとか感謝祭とか、すんごい想像しちゃったよ。
石畳が敷かれた道は馬車が通っても良い道とされていて、メインスロードを左に折れた時は思わず噴水を振り返っちゃってさ。御者のおじさんに笑われちゃったよ。おのぼりさん丸出しよねえ。
御者のおじさんは、アルウィンさんといって粉屋のおじさんなんだって。この日も、他の店の商品と一緒に麦粉を大量に神殿に納品した帰りなんだって。
後日、再会した時はいろいろ話してお互いビックリしちゃったよ。
そうこうしながら、商店街のある店舗の前に到着。
荷物と一緒に下ろしてもらった後、アルウィンさんに挨拶して馬車を見送った後、振り返る。
ディムさんにも言った通り、イルメルお婆ちゃんの紹介でやってきたお店『プリムラ』。
幅10メートルは余裕でありそうな立派な建物に思わず溜息が洩れる。
オフホワイトの土壁の右側に山吹色に塗られた両扉を中央に、2メートルもの幅がありそうなガラス張りのショーウィンドウが左側に。ガラスなんてすごく高いのに贅沢に使われているあたり、かなりランクの高いお店なのかも。
ディスプレイされている2体のマネキンが着ているドレスや帽子も素敵で、うっとりしちゃった。
おまけに、ショーウィンドウには綺麗な若緑色のひさしがかけられていて、その上にびっしりと重なるような青々としたアイビーがさらに素敵感をアップさせている。
かなりレベルの高いファサードのお店よね。
なんだかドキドキしてきたわ。
名前は思いっ切りジャパニーズな「クガタチ」の町ですが、イメージはヨーロッパ南仏の小さな町。
サン=レミ=ド=プロヴァンスってすごく素敵なんですよー。
次回投稿は明日(14日)を予定。




