8.客人の回想、神殿事情
『客人』がこの世界に現れ、この世界で過ごすにあたって切っても切れないのが「神殿」という場所。
それは客人が現れるのがグラナバス神に決められた(らしい)各代表格神殿だからって理由が第一なんだけど、たぶん、それって見知らぬ場所に現れた異世界人によって、この世界の人とは異なる知識や技術を不用意に伝えられたり、良くない影響を及ぼされたり、下手に権力を持たれたりしないようにと考えられた対応策だと思うんだよね。
もちろん、この世界の人間による逆の作用(つまり利用される)の回避策とも言える。
最初は「なんて異世界人に親切な世界(神様)なんだ!」って感動してたけど、この世界で生きていくための知識を得るにつれ、あることに気がついた。グラナバス神があながち親切なだけじゃないってことに。
つまりね、私のような客人を神殿は保護・生活支援してくれるけども、それって悪く言えば間違いを起こさないようにって監視でもあるわけよ。
自己利益のための我がままは通用しないし、倫理的に許されない行為にはちゃんとストップがかかるしね(してないけど)。
もちろん、客人本人の意思は無視もされないし、気持ちも自由にさせてくれるし、神殿の人たちは私を大事にしてくれるし対等に付き合ってくれるけど、気がつけば双方合意の上でコントロールされてるってことだよねえ…。
下手に利用もされないけど、客人本人が『恩恵』を自ら“自分の能力に無理のないレベル”で広めるのはウェルカム、みたいな。
それに気付いたとき、怒るとか悲しいとかって気持ちは全然なくて。
むしろうまいよなあ…って、妙に感心しちゃったよ。
だってさ。
ラノベとかゲームの世界だと、不条理な召喚とか義務を押し付けるとかで話が始まって、主人公が怒ったり泣いたり酷い目に遭ったりやたらと持ち上げられたり立ち上がったり戦ったり…だけど、その場合、大体のエンドは、主人公サイドも不条理サイドもそれなりの結果を得るじゃない?
ハッピーであれ、アンハッピーであれ。
だけど、この世界への召喚ってそういうことまったく起こらなさそうなんだよねえ。
こっちでの生活も保障してくれるわ、元の世界に戻っても時間の問題は多少あっても神様補正で何とかなるわ、あちらでの家賃や税金なんかも心配になって聞いてみれば、なんとストックしてある客人の特許料からいつの間にか引かれてるとか……ありがたいけど、グラナバス神ってそこまで細かいの!? ってさすがにつっこんだわね。選ばれる客人も、独身または養育や介護や身体問題・金銭問題の心配が無い人間ばかりだって言うしさ。
もう、選定が細かすぎる上に至れり尽くせり過ぎて、ある種のホラーとも思ったよ、ほんと。異様なまでの心づくしがありがたいとは思うけどね。
そこまでリアルな神様が大事にする世界であり、意向を伝える場所だからかな。
神殿って、単に神を信奉し、感謝と祈りを捧げるだけの場所ではないんだよねえ…。
グラナバス神を信仰し、神代から続く『託宣』とその導きを世界に伝える役割を持つ場所でもあるけど『客人の恩恵(技術・知識)』を、この世界と人のための広める機関が神殿とされているのよ。
だから国(王族をはじめとする権力中枢)とは、ほどよい距離をもって協力体制を保つけど、あからさまな権力を持つことは許されていない。しかも、その辺隠したりしないから余計に私が持ってた「信仰・宗教・教会」のイメージは早々に崩れ去ったのは確か。
神殿と国の関係にしたって、見た感じ・聞いた感じは良好し、その関係が崩されることは無いだろうなあって理由は明らか。
『恩恵』を与える客人を保護するのが神殿だけだとしても、神殿はその恩恵を独占することなく、国どころか世界に広めることをグラナバス神の託宣によって義務付けられているし、何より信奉石の売上(電気・ガス代よ。そりゃ莫大な利益よ)だって税金代わりに30%が国に納められてるって話だもの。
奉納者への能力給30%と国への納付を除いて神殿は40%のアガリ。
だけどこれで神殿の運営やら人件費とか何やらまかなってるんだから、神殿が丸儲けってことにはならないのよ。そりゃ国も神殿と上手に付き合うし、下手な横入れもしないわよねえ。
…っていうか、そう言ったリアルな経済事情も学ばされてたり、お手伝いとは言え労働した分のお給金頂いたりで、既に自分がこの国の住人って感じになってたわ、あはは。
そんなあまりにもほのぼの健康生活の毎日で「召喚」とも「誘拐」とも思ってなかったよ、最近まで。それだけ『客人』としての生活が普通になってたのよ。もう、完全に「旅先(異世界だけど)で生活費稼ぐ生活」だと思うわ。
還れるのが前提だからって大きいわ。
私がこういう認識して毎日過ごしている辺りで、この世界で生きることに合意してるんだもんね。召喚でも誘拐でもなく招待って言うのが近いかも…って、つくづく思った。
そういうところも含め、グラナバス神って平等なんでしょうね。
『客人』には不自由な思いをさせないし、人間らしく扱う。
でも、まさかの客人による被害が無いように過保護なまでにこの世界を愛して大事にしている。
そういった認識を持つようになった上で、神殿生活を送っている私だけど、何となく流れに任せて生活しているだけじゃないのよ。ちゃーんと、神殿で編み出された客人研修制度「客人独り立ちシステム(私が名付けたんだけどさ)」に則って生活しているのよ。
ちなみにそのシステムをフローチャートで説明すると…以下の通りって感じね。
学習:この世界の知識を得る(一か月目)
↓
生活習慣:生活習慣・風習に慣れる(一~三か月)
↓
労働:神殿内にある各部署をまわって手伝う中で、
自分の適性に合った職業を調べる(二~三か月)
↓
研修:町に行って一人で生活出来るか、
無理なく働けるか実地体験(三か月目後半~)
↓
独り立ち:町で独り暮らしスタート(四か月目~)
最初にこのシステムの話を聞いて、実際にその生活を始めてるんだけど、まるで海外研修のようだと思ったわね。
これも過去の『客人の恩恵(特許)』のお金でまかなわれているって言うんだから、ほんと私にとっても客人さまさまよね。
で。実際にこの研修制度? が行えるのって、神殿の組織形態があるからだと思うのよ。この世界においての神殿の位置付けってかなり大きいの。何せ人口2千万の5%(100万人)もの神殿関係者がいるって、相当だと思う。一大組織だわね。
まあ、ガス会社・電気会社兼ねてるしね…。
だから私みたいに現代日本の大手商社で働いてた人間にとって、神殿ってその仕組みを理解すればするほど面白いし、助かるんだよねえ。だって、知識は得て生活習慣もOKってなったところで、いきなりどこかで働け! って言われても躊躇するもの。
生きる為なら必死で働くのは当然なんだけど、事務スキルは得意だけど接客は苦手っていう人間に酒場で客の相手しろって言われても厳しいものがあるもの。
そして実際に話を聞けば、神殿内の専門部署ってぶっちゃけ多いと思う。複合企業か!? とツッコミたいよ、ほんと(マジで組織形態は会社組織だと思う)。
その内訳を大きく区分すると、実働部門と内勤部門と特殊部門の三つ。
実働部門は、薬草園・農園・養蜂場・医療院・祈祷部門・調理部門・衣料品部門・設備工作部門・清掃部門・宿舎管理部門・警備部門と、目に見える技術や肉体労働が必要とされる部門のこと。ちなみに信奉石作成は祈祷部門でのお仕事だ。
内勤部門は、総務部門・経理部門・法務部門・図書部門・特許部門と、実務能力や知識、頭脳労働が必要とされる部門のこと。特許部門は申請される特許案件を調査・精査して国の担当者と協議して特許権を発行、管理する部門ね。
特殊部門は、参詣部門・星暦部門・地理研究部門・文字学部門・祈祷書部門・養育院といった特殊な知識や技術が要される部門。祈祷書部門は過去の文献や託宣から古い祈祷の言葉の意味(言霊だね)を解析・研究したり、新しい祈祷を作りだす部門のことなんだって。養育院は神殿に入った年少の子供や、神官(巫女)夫婦から生まれた子供を育てる託児所みたいな場所。他は割愛。
これだけの部署があるって相当な大企業だよ。各国の各町に神殿ってあるし、そりゃ世界に従業員が100万人いてもおかしくないよ。むしろ少ないんじゃとか思うわ。
南神殿だって、広いだけで超鄙びた感じする所だけど、実は400人もの神官・巫女さんがいるのよね。
私は二か月目のほとんどを実働部門の一部で過ごしたんだけど、三か月目は内勤部門に研修なのよね。特殊部門はこの世界特有の機密情報なんかもあるから最初から門外。
この世界にそろばんがあるって聞いた時は、ちょっとはお役に立てるかも~って思ったんだよねえ。
そろばんが使えますって言ったら、経理担当の神官さんは喜んでくれたもの。ただ、今はそう忙しくないとかで、忙しい時期の決算期には私はここを卒業して町で暮らしているだろうから…って、ガックリされちゃった(ぬか喜びさせちゃってかえって悪いことしたなあ)。
でも、そろばんがある(これも過去の客人の恩恵ね)から、町の商会なんかで経理仕事もいいかもって思っちゃった。
そういう風に内勤部門を三か月目に朝からまわって、この世界の事務仕事を教わって、ある程度適性が判明したら三か月目後半から町に実地研修。半月の研修後にそのまま町で暮らすのが一般的なんだそう。
その研修も町での仕事が合わなければ、一度神殿に戻って再度適性診断して、違う職に就くか、そのまま神殿内で働くかってなるみたい。
ここまで丁寧な研修制度があるのは、客人の保護や監視だけが理由じゃなく、多分これまでの客人にもいろんな人がいたからみたいね。
いくら脳天気な私みたいなタイプが客人に多いと言っても、違う世界からやってきた人間(老若男女問わず)の価値観がすべて合うとは言いきれないもの。
中には、どうしても生活習慣が合わない人やこの世界を受け容れられないって人もいたって話よ。ま、そういう人は早々に元の世界に還るか神殿で過ごすらしいけどね。グラナバス神の選定が入ってるにしても、その辺は個人の思考や感情だからどうしようもないわよね。
ちなみに、強制的に還される人とかいなかったんだろうか? って疑問には、ルイジールお爺ちゃんが「…かなり昔はそんなこともあったらしいのう」と答えてくれた。
ちょっと間が空いたってことは、結構デリケートな問題なのかもしれない。もう少し突っ込んで聞いてもよかったのかもしれないけど、頭でっかちになって動けなくなるのが嫌なのでやめた。きっと本当に私(客人)に必要な話なら、授業で先にしてくれたと思うんだよね。
そうそう。地球とは違う異世界からの客人だと『騎士』とか『冒険者』とか『僧侶』もいたみたい!
そう言った人は忠心を誓う主の元に戻りたい気持ちが強かったり、魔物や害獣を倒すハンター生活に身を置き過ぎて緊張が取れなかったり、自分が信じる神は元の世界の神だけだ! と言って、早々にこの世界を去ったとか…よっぽどその話の方がファンタジーだったわ。
そうして、私個人としては、三か月目は神殿内部で働いたり、色んなイベント(神事だけどね)のお手伝いすることを楽しみにいろいろ計画していたんだけどさ。
そ・れ・な・の・に!!
西(秋)一月目も終わりを迎えようという5週目半ば。
総務部門で感じた嫌な予感が大当たり!
なんと、私は神殿から放り出される羽目に遭ってしまったのだ。
別に悪いことしたとか嫌われたとかじゃないわよ?
そうならざるを得ない事態が発生しちゃったのだ。




