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097 説明

 廊下を走る足音で目が覚めました。

 ばたばたという音に加えて、「病院ではお静かに!」という声も聞こえます。

 その足音が部屋の前まで来たかと思うと、ノックもなしに扉が開きました。

「桜!無事なのね!?」

「お母さん、お父さんも……兄さんまで…」

 母を先頭に、父と兄も続いて病室に入ってきます。

 少し遅れて、看護師さんも入ってきました。

「急がれるのもわかりますが、廊下を走らないでください!私が婦長に怒られるんですよ?」

 怒るポイントが少しずれている気がしますが、それでも家族は看護師さんに頭を下げています。

「以後、注意してくださいね?私は警察の方へ連絡をしますので、しばらくはゆっくりと、ですが、くれぐれも騒がないようにお願いします」

 おお、警察へ連絡するのは覚えてくれていたのですね。それにきちんと家族に釘をさして行きました。

「桜…、本当に桜なのね?無事でよかった…!」

 久しぶりに感じる母の温もりは、とても懐かしく感じました。

「お母さん、ちょっと苦し…」

「急にいなくなったと思ったら…。2ヶ月半もどこにいたんだ?」

 口調は怒っているのですが、頭を掻き回す手は優しさを感じます。

「きゃっ、お父さん…。髪がぐちゃぐちゃになるじゃないですか…」

「全く、俺達がどれだけ心配したと思っているんだ…」

 元気なわたしに、呆れるように言う兄。

「そのことですが…。もうすぐ刑事さんが来ると思うので、それから話します」

「……さっき看護師の人が警察に電話するって言っていたけど…。それに刑事さんって、どういうことなの?」

 あー、やっぱり突っ込まれますよねぇ…?

「それも一緒に話すので、しばらく待っていてもらえませんか?多分、後10分もすれば刑事さんも来ると思うので…」

 そう言うと、いまいち納得はしていないようでしたが、10分程度だと中途半端になると思ったのか、それ以上追及するのは止めてくれました。


 刑事さんが来るまでの間、家族がどれだけ心配していたかを聞かされました。

 わたしがいなくなったあの日、帰りが遅いことを心配した母は美春や智子に電話をし、教師に電話をしても居場所が分からないとなると、手当たり次第に探しまわったそうです。次の日になっても学校にも行っていないことがわかると、すぐに警察に捜索願を出したそうです。それでも居場所が分からず、休みのたびに街頭に立ち、ビラを配って情報提供を呼び掛けていたそうです。

 もちろん、誘拐されたわけでもないので犯人もいません。が、それを知る術のない家族は電話が鳴るたびに、犯人からではないかと期待をしたと言います。ここで期待?と思う方もいるでしょうが、いなくなって数週間もすれば、犯人からといえどもわたしの行方が分かるのではと思ったそうです。

 それを聞いて、不覚にも涙が出そうになりました。これだけ心配されて、心配をさせていたのだと、改めて思い知ったからです。心配すると言うことは、それだけ愛されているのだと言うことですから…。

 そこまで聞いた時に、扉をノックする音がしました。どうやら刑事さんが来たようです。

「どうぞ」

 入室を促すと、すぐに午前中にきた二人組の刑事さんが入ってきます。続いて、なぜか女医さんも入ってきました。

 刑事さんは家族に挨拶をし、女医さんも同じように挨拶をします。

 自己紹介が終わったところで、わたしは話を切り出します。

「まず、いまからわたしの話すことは夢でも何でもありません。全て実際に起こった出来事です。それを前提に聞いてください。それと質問は最後に聞きますので、話し終わるまでは黙って聞いてください」

 とは言っても、やはり夢か頭がおかしくなったと思われるでしょうが…。

 一通り顔を見回すと、わたしはゆっくりと話し始めました。

「事の発端は、6月の終わり……わたしがいなくなった日の放課後でした。授業を終えて帰ろうと階段を下りていたら、あー…、足を滑らせて階段から落ちてしまったんです。しかしそこに床は無く、真っ黒な穴が開いていました。わたしはその穴に吸い込まれるようにして落ちて行き、違う世界に落ちました」

 ここでもう一度顔を見回すと、やはりというか、みんな何を言い出すんだ?といった表情です。……普通、そうなりますよね…。

「……皆さんの気持ちはわかります。が、全て真実です。それで、向こうの世界でこちらに帰る手段を探しながら生活することになりました。詳細は省きますが、途中で帰る方法が無いことがわかり、そのまま向こうで生活を続けることになりました。一応、生活手段はありましたし、色々ありましたがなんとかやっていけるようにはなっていました。それが先日、ある事が切欠だと思うのですが……すみません、わたしもよくわかっていないのですが、恐らく、偶然が重なってこちらに戻って来ることができました。雨の中で倒れていたと言うのは、その結果だと思います。実家から離れた場所だったのも、何か理由があるのかはわかりません。とにかく、わたしはこことは違う世界で、10ヶ月以上を暮らしていたんです。証拠は……すみません、ここに運び込まれた時のわたしの持ち物はありますか?」

 最後は女医さんに問いかけました。女医さんは頷いて、部屋に備え付けられている棚から服と鎧、それとポーチを持ってきてくれました。

「……これだけ、ですか?他には何もありませんでしたか?」

 刀が見当たりません。まあ、持っていたら持っていたで問題になりそうですが…。

 女医さんはそれだけしかなかったと言っているので、刀はあちらに置いてきてしまったのでしょう。

「そうですか。わたしのいた世界というのは、こちらで言うところの中世ヨーロッパくらいの文明でした。それと、魔法も存在する、いわばゲームや小説のような世界でした。この鎧やポーチにも魔法がかけられていて、少し特別な力を持っています。例えばこの鎧は、素材は皮なのに金属のような固さを持っているだとか、このポーチは見た目以上に物を入れることができる、などです」

 魔具は魔力が無いと効果を失いますが、わたしという魔力源が近くにあったためか、機能は失っていませんでした。

 ポーチに入っていた物を取り出して見せると、みんな最初は興味深そうに見るのですが、すぐに訝しげな顔になります。

 まあそれもそのはずで、見ただけでは何に使うのかがわからないものばかりなのですから…。

「これはライターの代わりですね。こっちはランタンで、こっちは携帯ウォシュレットのようなものです。これは……水を集めることができます。これで実演してみましょうか…。ちょっとコップを取ってもらえますか?……ありがとうございます。では見ていてくださいね…」

 手順に沿って魔具を発動させると、魔具の底からぽたぽたと水滴が落ち始めます。もちろん、もっと多くの水を出すことも出来るのですが、そうするとすぐにコップが溢れてしまうのです。こうやって見せる分には、このくらいが丁度いいのです。

 案の定、他の魔具は原理などが想像できるでしょうが、水を出すというのは想像がつかなかったようで、みんな驚いて水滴を見ていました。

「これは誰にでも使えるように作られた物です。もちろん、もっと多くの水を出すことも出来ます。これで少しは信じていただけたでしょうか?」

 それぞれの顔を見てみますが、両親は純粋に驚いた顔で、兄はどこかキラキラとしています。単純に興味を持ったのでしょう。さすが隠れオタクですね。女医さんは「まさか……いや、そんな非科学的な事が…。しかし…」などと呟いています。刑事さんは二人とも顔を見合わせて、難しい顔をしていました。

「それと、時期はわかりませんが、高橋 一さんという男性の方が行方不明になっているんじゃないでしょうか?確か、18歳だと言っていた気がします。その方も同じ世界にいましたよ?高橋さんは戻っては来れないと思いますが…」

 刑事さんの顔が、さらに難しい物に変わっていきます。そりゃ、異世界にいるなんて言われても困りますよね…。

「わたしが戻ってこれた理由もわかりませんし、彼が戻ってこれる可能性は、かなり低いと思います。一応言っておきますと、彼も生活基盤を手に入れて元気にやっていましたよ」

 こんなこと言われても、どうしようもないでしょうが。

「以上ですが、なにか質問はありますか?」

「はい!なあ、それって俺にも使えるのか?」

 兄よ…、自重してください…。最初の質問がそれですか?

「……ええ、使えると思いますよ?手順さえ踏めば、誰にでも使えるようになっていますから…。ですが、多分ですが、わたしから長期間離しておくと使えなくなると思います」

 そう、この世界には魔法や魔物がいないのです。必然的に、大気中に魔力が存在しない、もしくはかなり薄いものになっていると思われます。つまり、魔具にとってのエネルギー源が無くなるのです。

「ええ~、そっか…。貰おうと思ったのに…」

 おい…。あげませんよ?

「あっ!はいはい!ってことは、桜も魔法って使えるのか!?」

 全く、この兄は次から次へと要らんことばかり…。

「直接関係のない質問は受け付けません。兄さんは黙っていてください」

 途端にしょんぼりとする兄。良い気味です。しばらくそうしていてください。

「あー、ちょっといいだろうか?」

 お、年配の刑事さんです。

「ええ、どうぞ?」

「正直言って、こんなこと誰も信じてはくれないだろう。俺達だって、目の前でそれを見せられても未だに……だからな。そこで、だ。藤野さん、もう一度署の方へ来て説明をしてもらえないだろうか?」

 そりゃ、わたしだって逆の立場ならそう思います。それを報告書で読んだ人は、なおさら信じられるはずもないでしょう。

 わたしはにっこりと笑って言いました。

「お断りします。警察への説明義務は果たしたはずですが?それとも、事件でもないのに無理矢理わたしを連れて行きますか?」

「……だよなぁ…。じゃあ、その水の出る道具だけでも…」

「最初はいいとしましょう。ですが、その後はどうするのですか?先程も言いましたが、これはわたしから離していると使えなくなるんですよ?1回や2回程度なら、マジックか何かだと思われておしまいです。ではそれ以降は?何もできなくなった道具で何を証明するのですか?」

 そこまで言うと、刑事さんは頭をガシガシと掻きながら下を向いてぶつぶつと言っています。「報告が…」とか「書類が…」とか言っていますが、わたしの知ったことではありません。

「そもそも、こんな報告をしても誰も信じないでしょう?なら最初から別の報告をすればいいのです。記憶喪失でも何でも、適当な理由を上げればいいじゃないですか。……そうですね、神隠しにでもあって、その期間の記憶が無くなっていたとかでどうでしょう?少なくとも、異世界に行っていましたと言うよりは信憑性はあるんじゃないでしょうか?」

 わたしにとっては、刑事さんがどう報告しようが害が無ければいいのです。話すことは話したので、悩むのは帰ってからにしてもらいたいと言うのが正直なところです。

 唸っている刑事さん達を横目に、魔具や鎧をポーチに仕舞っていきます。ポーチは口にさえ入れることができれば、容量は関係なく入れることができるのです。鎧も部分ごとに分ければなんとか仕舞うことができました。

 みんなはそれを見て、またも驚いていましたが…。

「神隠し、ねぇ…。まあ、確かに異世界というよりはましだよなぁ…。仕方ない、何か適当な理由を考えるとするか…。ふぅ…、では我々はこれで失礼します…。おい、帰るぞ」

 まだ驚きに固まっている若い刑事さんを突っつきながら、刑事さん達は帰って行きました。

 ようやく一仕事を終えましたが、まだ次が残っています。

「先生、父や母に話があったのでは?」

 窓の外を見ると、すでに空は赤く染まっています。家族が帰るにせよ、こちらで泊まるにせよ、あまり時間をかけるのもよくないでしょう。

 わたしの言葉で気を取り直したのか、女医さんは咳払いを一つしてから両親に向き直りました。

「あー、先程も自己紹介をしましたが、藤野さんを担当しています、加藤と言います。お嬢さんの事でお話があるのですが…」

 あまりにも突飛な話の後で現実的な話になると、妙な感じがしてしまいます。慌てて居住まいを正す両親に、不謹慎ながらも少し笑ってしまいました。

「と言っても、身体の方は健康ですし、特に問題があると言うわけではありません。少々身体の方が動かしにくいようですが、それもすぐに問題が無くなると思います。それで……お嬢さんは一週間前に意識を失った状態でこの病院に運び込まれました。つきましては、今からでも入院の手続きをお願いしたいと思いまして…。退院の方は、お嬢さんが動けるようになればいつでも大丈夫だと思います。恐らくは2,3日もすれば問題ないと思います」

「あ…、ご迷惑をおかけして、すみませんでした。すぐに手続きをさせていただきます」

 父と母が、一週間も手続きなしで入院していたことに気付き、慌てて頭を下げます。

 女医さんは笑いながら、「かまわないですよ」と言っていますが、病院としてはやはりまずいのでしょうねぇ…。

「ではお母様は事務の方へ…。ああ、ご家族の方は今日はどうされますか?本来なら一人しか宿泊は認めていないのですが、事情が事情ですし、幸い、個室ですからここに泊まられるなら今日だけは許可を出しますが?」

「あ、はい。お願いします。何から何まで、本当にすみません…」

「ふふ、お気になさらずに…。では行きましょうか」

 女医さんと母が出て行った後、父と兄は「夕飯を買ってくる」と言って出て行きました。兄は色々と聞きたそうな顔をしていましたが、父に小突かれながら出て行きました。

「はぁ…」

 疲れました…。

 ぽふっとベッドに身体を預けて、天井を見ながら考え事をします。

 アルセリアの事、この世界に帰ってきたということ、これからの事…。

 そういえば、戦争はどうなったのでしょう?少なくとも、あの状態からだと魔術は発動しなかったはずです。まあ、今更わたしがどうこう言ってもどうしようもありませんが…。

 それよりも、問題はこれからの事です。わたしは2ヶ月半、いなくなっていたわけですから色々と問題も出るでしょう。幸い、学校は夏休みを挟んでいたので出席日数は問題ないでしょう。ただ、試験を受けていないので補習は確定でしょうが…。それに、落ち着いたら美春と智子にも連絡をしないといけませんね…。携帯は……リュックの中に置いてきてしまいました…。

 それと、家族にはもう一つ重要な事を伝えていません。いつかはわからないけれど、またアルセリアに行く可能性です。わたしの魂自体がアルセリアに引っ張られていると、自称神様も言っていましたからね…。恐らくは、そう遠くないうちにアルセリアに行くことになるのではないかと思います。根拠は無く、ただそんな予感がするだけですが…。

 いなくなる……文字通り、この世界から消えてしまうことを、あれだけ心配してくれていた家族に伝えるのは心苦しいのですが、可能性がある以上は伝えておいた方がいいでしょう。また、あんなに心配させてしまうよりはましだと思います。……いついなくなるかもしれないと言う、不安を与えることにもなるのですが。

 それに、わたしには自称神様の呪いもかかっています。こちらに居続ければ、いずれは年を取らないことがばれるでしょう。その時、陰口を受けるのはわたしだけでは無いのです。

 ですから…、出来ればわたしのことがばれる前に向こうに行きたいとも思います。

 向こうの世界なら魔術もありますし、こちらよりもまだ理解もありますし、どうにでもなります。

 せめて……せめて、この世界にいられる間は安心してもらえるよう、精一杯親孝行をしておきましょう。と言っても、まだ脛かじりの学生の身なので、何が出来るとも限らないのですが…。


 それから30分ほどして、それぞれが病室に戻ってきました。

 わたしは病院食ですが、久しぶりの家族揃っての食事です。……家族にとっては2ヶ月半、私にとっては10ヶ月半ぶりですが。

 和やかな夕食を終えると、話は自然とわたしの異世界での生活に移ります。とは言っても、あまり血生臭いことは伏せておきます。家族に心配をかけるような内容も伏せておきます。王子や王族のくだりで母は目を輝かせ、父と兄は顔を顰めていました。夜会での話になると、母は「私も一度でいいからそういう場に行ってみたいわ」などとほざいてくれました。わたしだって、出来ることなら変わって欲しかったですよ…。もう二度とあんな面倒臭い場所になんて行きたくありません。

 かなりはしょったダイジェストでしたが、一通り話し終えたころにはすでに消灯時間が迫っていました。

 わたしは最後に、またあちらの世界に行く可能性があることを伝えます。もちろん、今度は帰ってこられる保証なんて全くありません。むしろ帰ってこられない可能性の方が高いでしょう。

 父と母は驚き、次に辛そうな顔をしましたが、兄は無反応でした。

「大丈夫……と言っても気休めにしかなりませんが、あちらの世界で生きて行くための基盤はありますから…。それに、どうなったとしても、わたしが二人の娘であることには変わりありませんから」

 本当に、気休めにもなりませんね…。嫁に行くのとはわけが違うのです。あちらに行ってしまえば、今生の別れとなるのですから…。

 それでも、伝えずにいなくなるよりは伝えておいた方がいいと思うのです。生きているかどうかすらわからないよりは、違う世界ででも生きていると思ってくれた方がいいからです。

 再開したその日に、こんな話をするのもどうかとは思ったのですが、この機会を逃せばいつ話せるかもわからないのです。後はこれをどう受け止めるかは、両親に任せます。

 それ以降は言葉も無いまま、眠りにつきました。


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