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092 勘違い4

 サクラに見せたい物は、庭園のずっと奥にある。

 距離はそれなりにあるのだが、一年のうちでも短い間しか見ることが出来ないので、是非一度見せておきたいと思うのだ。

 道中、会話はあったものの、先程の気まずさのせいか二言か三言で終わってしまう。そのたびに違う話題を探して会話を続けるのだが、どうしても固さが取れないのだ。

 せっかく楽しませたいと思っていたのに、私のせいでこんなことに…。

 だが、あの光景ならこの空気も何とかできるのではないだろうか?

 そんな期待をしながらも、他力本願だと自分に言い聞かせて話題を探す。

 そうこうしているうちに、目的の場所が近付いてきた。

 サクラはどんな反応をするだろうか…?

 私が初めてその光景を見た時は、幻想的な美しさに声も出なかったものだ。

 やがて視界が開け、その光景が目に入った。

 ……やはり、いつ見ても美しい…。

 その光景に見惚れながらも、サクラの様子が気になってその顔を横目で見てみた。

 彼女は、固まっていた。

 驚きに目を見開き、目の前の光景に吸い寄せられるようにしてふらふらと足を踏み出したのだ。

「……これは…?」

 やがて、ぽつりと小さな声が聞こえた。

 その声は、確かに震えていた。

「これが見せたかった物だ。東方の国と貿易を始めた時に、記念にと苗木を贈られたのでここに植えたんだ。最初は小さな苗木だったのだが、今ではこれほどまでに立派になって、毎年美しい花を咲かせている。なんという木かは知らないのだが、サクラに見せたいと思ったのだ。この国でも、ここにしかないものだ」

 そう、近隣の国にもない、この国で、ここでしか見ることのできない美しい木。

 10年以上の月日をかけて、ここまで立派に育ったのだ。

 名前も知らない木だが、毎年この時期に美しい花を咲かせてくれる。

「桜…」

 彼女が何かを呟いた。

 そこで、ようやく彼女の様子がおかしいことに気がついた。

「サクラ…?」

 ただ驚いているだけでは無い。彼女は、この木の事を知っている…。何故かそんな風に思えたのだ。

 そしてそのまま、サクラがこの光景に消えてしまいそうな気がした。

「桜の木です…。名前の通り、わたしの名前の由来になった木です。まさか、この世界で見ることができるなんて…」

 ……驚いた…。まさか、彼女の名前と同じ木だったなんて…。そしてどこか納得した。小さな花が必死に咲き乱れる様は、彼女の姿に重なるのだ。

「桜の木は、わたしのいた国でも有名な木でした。桜にまつわる話はいくつもあり、美しく咲いてぱっと散るその様は、日本人の心として見られていました。日本と言えば桜というほど、日本人にとっては身近な、そして大切な木なんです…」

 私は何も言えずに聞いていた。何か言うと、大切な物が失われるような気がしたのだ。


 ザアァァァァァァ…


 吹き抜ける風が、地面に落ちた花弁を舞い上がらせる。枝についた花も一部が落ち、風によって踊るように舞っていた。

 これが、見せたかった光景だ。

 私が初めて見た時に、心を奪われた光景…。

「……桜の木があるなら、ここでお弁当を食べればよかったですね。わたしの国ではお花見と言って、桜の木の下でみんなでお弁当を食べる習慣があるんですよ?もちろん、お酒なんかも飲んだりして騒いで…。毎年の恒例行事なんです」

「サクラ…」

 無意識に、彼女の名前を呼ぶ。

 今度はそうしないと、そのまま彼女がこの花の中に溶けてしまうような気がして…。

「大丈夫ですよ?……少しだけ、思い出してしまいましたが…。この木を見れてよかったです。もう見られないと思っていましたから、とても嬉しかったです」

 彼女は笑顔を見せるが、それはどこか虚ろに感じる。

 やはり、元の世界の事を思い出しているのだろうか…?

「……そうか…。なら、記念に枝でも持って帰るか?すぐに散ってしまうが、数日は持つだろう?下の方の枝なら手が届くからな」

 そんな彼女の笑顔を、いつもの優しい笑顔を取り戻したくて、そんな事を言ってみる。

 冗談ではあるが、これで彼女が元気になってくれるなら本気でもいい。

 私はその木に近付いて、手頃な枝に手を伸ばそうとした。

「待って下さい!桜の木は、枝を折るとそこから腐りやすいんです!だから折っては駄目です!」

 慌てたような制止の声に、伸ばしかけた手が止まる。

 彼女の方へ振り向くと、必死な顔をしていた。

「わたしの国には“桜切る馬鹿梅切らぬ馬鹿”という諺がありまして、桜の木を切ることを戒めているんです。これにはさっき言ったように、桜の木は傷が付くと腐りやすいというのもあるのですが、桜の木は根元に近い枝に花をつけますから、手が届くところの枝を切ると見た目のバランスが悪くなったりします。“自然をそのままで見て楽しめ”という意味も含まれているのだと聞いたことがあります」

 何と…。つまり私は止められなければ“馬鹿”になるところだったのか…。知らなかったとはいえ、危うく彼女の思い出の木を傷つけるところだったのだ。

「そ、そうだったのか…。済まない…」

「いえ、わたしも迂闊な事を言ってすみませんでした。王子は知らなかったのですから、仕方がありませんよ。ですが、今後は注意してくださいね?」

 知らないとは罪、か…。昔に誰かが言った言葉が頭をよぎる。そう、今は彼女のおかげで間にあったが、もしかしたら木を傷つけることで彼女を傷つけていたかもしれないのだ。

 失ってから後悔しても遅い。後悔しないように、知識をつけなければ…。

「王子!伏せて下さい!」

 思考に耽っていたところに、サクラの鋭い声が聞こえた。

 何事かと思う前に、その小さな身体が私を突き飛ばし、私を守るように前に出た。

「くっ…!」

 彼女が唸った途端、風が起こった。

 先程よりもかなり強い風だ。サクラは大丈夫だろうか?

 そう思って前を見た途端、私は動けなくなった。

 目の前で、布が揺れていた。

 いや、それはいい。よくはないのだが、いいとしよう。

 だが、問題はその先だ。

 揺れていた布は、サクラの着ていた服だったのだ。

 サクラの服はワンピースで、強い風にあおられてそのスカートがはためいている。

 わたしは尻もちをついて、地面に倒れていて、その前にサクラが立っている。

 その状態でスカートが捲れれば、当然見えるのは…。

 淡い青色だった。

 それはいいとしよう…。問題は…。

 なんという下着を着けているんだ…?

 サクラの外見からは想像もつかないような、それは男心を煽るような下着だった。

 端的に言えば、透けていたのだ。

 どこが、ということはなく、ほぼ全体が…。

 レースなのだろうその下着は、色合いのせいかサクラの白い肌がわかってしまう。

 目をそらさないといけないと思いながらも、それには絶対に目をそらさせない魔力が宿っているような気がした。

 結論を言えば、私は風がやんでスカートが元に戻るまでその光景を見つめていた。

「大丈夫ですか?急に突き飛ばして済みませんでした。魔力の流れを感じたものですから…」

 サクラが何か言っているが、私はまだ衝撃から立ち直れないでいた。

「王子?どうしたんですか?先程のは風を起こしただけで、攻撃の意図は無かったようですが…。もしかして、何かあったのですか?」

「……い、いや…。ちょっと驚いただけだ…」

 実際はちょっとどころではないのだが…。少し回転し始めた頭でそんなことを考えながら、なんとか声を捻りだした。

「恐らく、ですが…。先程の風の魔術はアリア王女の指示で行われた物だと思います。この庭園には王族が一緒でないと入ることができませんし、魔術が使われたと思える方向にアリア王女の姿が見えました。他にも数名いたようですが、今はどこかへ行ってしまったようです。どういうつもりなのかはわかりませんが、少なくともこちらを害する意図は無かったように思えます」

 今の風は、アリアの仕業だったのか…。魔術なら、私には察することはできないが、サクラが反応したのも頷ける。

「……王子?どうかしたんですか?やはり先程突き飛ばした時に、どこか怪我でも…?」

 サクラが心配そうに覗き込んでいたが、私の頭は先程の事を処理するので一杯だった。

「王子、はっきりと言ってください!何かあったのでしょう?言ってもらわないとわかりませんよ!?」

「……いや、本当に怪我は無いんだ…。ただ…」

 ぼんやりとしながら受け答えをしているせいか、どうもサクラを苛つかせてしまっているようだ。

「ただ、なんですか?はっきり言ってください!」

「あー、その、な?見えたんだよ…」

「何が見えたんですか?」

「だから、……だ…」

 こんなことを言うのも恥ずかしい。しかしサクラは気になるようで、しつこく問い詰めてくる。

「聞こえません、もっとはっきりと言ってください!」

「だから、さっきの風で、スカートが捲れたんだよ!」

「……は?」

「断っておくが、見ようと思っていたわけじゃないからな!?ただ、偶然、位置の関係で見えてしまったんだ!」

 事故、そう、事故だ。私が突き飛ばされたせいで、偶然、視線の低い位置にいた。そこへ風の魔術で、偶然、サクラのスカートが捲れた。

 その偶然が重なった事故なんだ!

 サクラは状況を理解したのか、顔を真っ赤にして俯いてしまった。

 それを見て、私はよせばいいのに余計な事を言ってしまうのだ。

「その、な?人の趣味にとやかくは言いたくはないが、ああいう下着は……スカートの時は止めた方がいいんじゃないだろうか?」

 あれが他の男に見られていたら、と思う。そんなこと、絶対に許せるはずがない。が、今回のように事故という可能性はあるのだ。ならば最初から、あんな下着は穿かないほうがいい。そう、私といるとき以外は、だが。むしろ私の為に穿いてくれるなら歓迎だ!

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 耳をつんざくような声が響く。思わず耳を塞いだほどだ。

 サクラは絶叫をして座り込み、何かをぶつぶつ言っている。

 サクラには悪いが、アリアにはこの言葉を贈りたいと思う。

 アリア、よくやった!




**********

 お兄様達を追いかけた先にあったのは、見たことも無い木でしたわ。

 それは淡い桃色の花をたくさんつけて、まるでお伽噺の世界のようでした…。

 風が吹くと花びらが舞い、幻想的な風景でしたの…。

「……凄いですわ…。こんな場所が、庭園の中にあっただなんて…」

 わたくし達は今何をしていたかも忘れて、その光景にしばし見惚れていました…。

「待って下さい!桜の木は、枝を折るとそこから腐りやすいんです!だから折っては駄目です!」

 サクラちゃんの切羽詰まったような声が聞こえて、わたくしは本来の目的を思い出したのです。

「はっ!貴女、早くあの二人の会話を拾いなさいな!」

 魔術師の娘に指示を出すと、その娘は慌てて魔術を使い、それでようやく二人の会話を聞くことができましたの。

「……という意味も含まれているのだと聞いたことがあります」

 なんでしょう?あまりいい雰囲気とはいえませんわね…?

「どう思います…?」

「そうですね…。サクラ様は何やらあの木の事を知っておられるように感じられますが…」

「……そうですわね…。ですがそれよりも、今の二人の雰囲気ですわ。先程までの甘酸っぱいものがありませんわ…。こんなに綺麗な風景の中だというのに…」

「サクラ様と殿下ですからね…」

「全く、あの子ときたら…」

「さっきの花が舞うのは素敵だったです…」

「それですわ!もう一度風を起こせば、また雰囲気が変わるはずですわ!貴女、魔術で風を起こしなさいな」

「ええ!?そんな、危ないですよ!」

「わたくしの言うことが聞けないというの!?風を起こすだけでしょう!?それともそのような魔術も使えないと言うの!?」

「い、いえ…、魔術は使えますけど…。ですが…」

「早くしなさいな!そして幻想的な風景の中で、二人はついに…。きゃーっ!そんな、まだ早いですわ…。でも、サクラちゃんももう16…。今日、サクラちゃんは大人への一歩を踏み出すのですわ…!」

「どうなっても知りませんからね!?うう、どうして私がこんなことを…」


「そ、そうだったのか…。済まない…」

「いえ、わたしも迂闊な事を言ってすみませんでした。王子は知らなかったのですから、仕方がありませんよ。ですが、今後は注意してくださいね?」


「行きます…!」

 魔術師の娘がそう言った瞬間、風が巻き起こりました。それは考えていたよりも強く、花を舞わせるなんて優しい物ではありませんでしたの…。

「貴女、何を…!?」

 まさか、この機に乗じて二人に危害を加えるつもりでは…?

 そんなことが頭をよぎり、慌てて魔術師の娘に詰め寄ります。

「ひぃっ、だから言ったじゃないですかぁ!魔術だと、威力を弱めてもこうなるんですよぉ…!」

 どうやら、害する気はないようでほっとしましたが…。それでもこの風は危険ですわ…。

 二人の方を見れば、サクラちゃんが倒れたお兄様の前に立って、風に耐えているのがわかりました。

 可愛らしい色のワンピースが、風に煽られてはためいています。

「早く風を止めなさい!今すぐですわ!」

「無理ですぅ!時間で組んであるので少ししたら勝手に止まりますが、意図的に止めるのは私では無理なんですぅ!」

「なんですって!?ああ、もう!サクラちゃん、頑張ってください!」

 健気にお兄様の前に立ち、足を踏ん張るサクラちゃん…。それを見ているだけしかできないのがもどかしいですわ…!

 やがて娘の言った通り、しばらくすれば風が収まりました。

 しかしほっとしたのも束の間で、サクラちゃんがきょろきょろと何かを探しているではありませんか!

「気付かれましたわ!見つかるのも時間の問題ですわ…。逃げますわよ!」

「ええ!?そんな、遠隔魔術に気付くなんて、同じ術者でないと無理ですよ!?しかもその術者を見つけるなんて、それこそ魔導師クラスじゃないと出来ません!」

「サクラちゃんは魔術を使えますのよ?」

「ついでに言えば、その実力も魔導師クラスだと聞いております」

「ええっ!?それを先に言ってくださいよ!」

「とにかく、逃げますわよ!」

「あらあら、もう終わりなの?」

 わたくし達は慌ただしく、その場を逃げるように去りました。

 あの場所から十分離れて、ようやく歩き出したところで、後ろからサクラちゃんの悲鳴が聞こえたのですが、わたくし達にはその原因を知ることができませんでした。

**********


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