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091 勘違い3

 6の刻の鐘が鳴り、もうそんなに時間が経ったのかと知った。

 5の刻過ぎにサクラと会い、それから1刻が過ぎたのだ。その間、二人の手は繋がれたままで、最初の頃こそ戸惑いもあったが、今ではごく自然に手をつないでいると思う。

 しかしそれも離さなければならないのかと思うと、少し、いや、かなり残念だ。だが、せっかくサクラが私の為に料理を作ってきてくれたのだ。それはかなり楽しみにしていたし、食べたいと思う。だがこの手を離すのは…。

 とても贅沢な悩みだとは思う。しかし私は、この時本気で悩んだのだ。そう、すぐには手を離したくなくて、彼女がどこか開けた場所を探そうというのすら喜ぶ程度には…。

 しかし、どんな時間にも終わりは来る。やがて適当な場所を見つけた彼女は、私が持っていた背負い袋を渡すように言ってきたのだ。彼女が準備するためには、この手を離さなければいけない。私は心で泣きながら、それでも表には出さないように苦労しながら背負い袋を彼女の前に差し出した。

 しかしサクラは背負い袋を目の前にして、繋いだ手を見て動揺したのだ!サクラもこの手を離すことを寂しがっている…。それがどれほど私の心を歓喜で満たしただろうか…!

 彼女は恥ずかしげにしながらも、私の手を離して背負い袋を受け取った。

 今まで手にあった温もりが消えたことは寂しく感じるが、彼女も寂しいのだと思うとそれも我慢できる。

 私は男らしく冷静に、大きく構えていればいいのだ。

 てきぱきと準備を進める彼女の姿を見ながら、全部私の為に用意してきてくれたのだと思うと嬉しく思う。

 茶まで用意してくれるとは、その心遣いも嬉しく感じる。

「さぁ、食べましょうか?」

 その言葉に我に返り、並べられたベントウを見て驚く。

 色彩豊かなベントウは、食べる前から食欲をそそるのだ。

「相変わらず、サクラの作るものは美味そうだな…。これは、サンドイッチとか言うものだったか?こっちは……肉や野菜か。見た目もいいし、とても美味そうだ」

 前に一度だけ食べたことがある料理の名前を思い出しながら言うと、なんとも嬉しい答えが返ってきた。

「王子はお肉が好きでしょう?偏るのはよくはありませんが、ピクニックのお弁当と言えば豪華なのが基本ですからね。赤いソーセージはありませんが、定番の物を詰めて来たんですよ」

 私の好みを知っていてくれたのか…!しかも、それを多く用意してきてくれたのだという。アカイソーセージとやらはよくわからないが、どれもとても美味そうだ…。

「む?私が肉を好きだと誰から聞いたのだ?」

 照れ隠しに聞いてはみたが、言ってからしまったと思った。私の好みを知っているのなんて、範囲が絞られるじゃないか…。

「見ていればわかりますよ。お肉を食べるとき、いつも嬉しそうじゃないですか」

 なんと!?つまりサクラは私の事を見ていたというのだな!?わざわざ私の好みを調べてまで用意してくれるなんて…。

 感動のあまり、思わず声に詰まってしまった。

「そうか…。よく見ているのだな」

 嬉しさで、声が震えないようにするのが精一杯だった。

「見ているのも楽しいが、それでは腹は膨れんな。頂くとしようか」

 それを誤魔化すように、サンドイッチに手を伸ばす。どれもこれも美味そうだ…。

 量がかなり多いようだが、せっかくサクラが作ってきてくれたのだ。残すなんて選択肢は最初から存在しない。私はとにかく食べた。胃が満腹を訴えようが、それを無視して食べ続けて、ついに全てが空になった時には苦しさで動けなくなってしまっていた。

 だが、今なら私はその苦しさすらも喜びに変えることができる。なんせ、この料理にはサクラの私への愛情が詰まっているのだ。それを食べきったということは、サクラの愛情をすべて受け入れたということなのだ!

 ……だから、動けないのは許してほしいと思う…。

 少し心配そうに見つめる彼女を安心させるために、私は笑顔を作って言った。

「美味いからって、食べ過ぎてしまったよ。少し休めば大丈夫だ」

 彼女の表情が、ほっとしたような、しかし呆れたような顔になった。作り過ぎてしまったとは思っているのだろう。そしてそれを、全部食べきるとは思っていなかったのだろう。

 わかる、わかるぞ。だが私は全部食べた。食べきったのだ!

 だがさすがに腹もきついので、少し横になろう…。

 穏やかな風と、暖かな日差しが心地よく感じる…。

 全てが私達を祝福しているようだ…。


 なんだ…?少しくすぐったい…。

「ん…、私は……眠っていたのか?」

 食後というタイミングと、日差しの心地よさに眠ってしまったようだ。

 ゆっくりと目を開けると、そこには私を覗き込むような黒い瞳があった。

「……おはよう、ございます…」

 可愛らしい、小さな唇が動く。

「……ああ…。どれくらい、眠っていた?」

 今だはっきりとしない頭で、彼女の瞳を見つめながら聞いてみる。

「そんなに時間は経っていません。4半刻の半分も経っていないかと…」

 瞳が少し揺らぐ。意外と短い時間だったのだな…。それよりも、どうして彼女の顔がこんなに近くにあるのだろうか?

「そうか、済まなかったな…。ところで、私は何を枕にしているのだ?柔らかくて気持ちがいいのだが…」

 この心地よい枕のせいで、いまだに頭が起きようとしないのだ。疑問に思うことがあっても、全てどうでもいいと思ってしまうほどに心地がいい…。しかし、私は布の上に寝ていたはずだ…。サクラが枕を用意してくれたのだろうか?それにしても気持ちのいい枕だ…。可能ならば譲ってもらえないだろうか?

 そんなことを思いながら、私は枕に手を伸ばした。

「ひゃぅっ」

 目の前の顔から、可愛らしい声が上がった。

 どうしたのだろう…?しかし、柔らかい枕だな…。温かくて柔らかいのに、弾力もあって…。いつまでも触っていたいとさえ思える…。

「お、王子…。それ、わたしの…」

 ……サクラの…?

 それを聞いた瞬間、今まで半分眠っていた頭が回転を始めた。

 目の前に覗き込むようにしている顔。頭の後ろに感じる、人肌の柔らかな感触。手に感じる柔らかく、弾力のある物…。

 それらが頭の中で繋がった。

 つまり、今私が触っていた物は…!

「す、済まない!寝ぼけていたようで…、本当に済まなかった…!」

 寝ぼけていたとしても、婦女子にする行為ではない。

 むしろサクラは好意で膝を貸してくれたのだ。それを撫でまわすような事を…。

 手に先程の感触が蘇る。

 慌ててそれを振り払いながら、必死に頭を下げた。

「い、いえ…、大丈夫ですから…。お気に召したのなら、よかったです…」

 ああ、彼女はなんて優しいのだ…。こんなことをすれば嫌われてしまっても仕方がないというのに…!なのに私ときたら…!

 忘れようとしても柔らかな、弾力のある感触が蘇り、そのたびにそれを振り払う。

 こんなことでは、彼女の顔がまともに見られない…。

 その時、傍らにある物が目に入った。

「あ、あー…。毛布を掛けてくれたのか…。済まなかったな…」

 毛布だ。それを畳み、彼女へと渡す。

「あ、いえ…。まだ風は冷たいですから…。風邪でもひくと大変だと思ったので…」

 彼女は毛布を受け取りながらも、そんな優しいことを言ってくれた。

 彼女はこれほど優しいのに、私はその優しさに付け込んで…!

 先程の起きぬけの私を殴ってやりたい。

 ふと、今日の目的を思い出した。

 そうだ、あれならサクラも喜ぶに違いない!

 そう考えた私は、すぐにそれを提案した。

「その、少し歩かないか?サクラに見せたい物があるんだ。とても珍しいものだが、綺麗なのでサクラも気にいると思うのだが…」

 そう、今日はあの光景を見せたかったのだ。

 彼女もすぐに頷いてくれた。

「はい、見てみたいです…」

 そうと決まれば、すぐに移動しよう。

 ……決して気まずい空気から逃げようと思っているわけでは無いぞ…?




**********

 わたくし達は、その光景を見て大切な事を思い出してしまいました。

「サ、サクラちゃんの料理…!」

 そう、お兄様達を追いかけることに夢中で昼食の準備をしていないのです。もちろん、忙しい時には昼食を取らないこともあるので普段ならそれほど気にはならないのですが…。

 目の前にあるのはサクラちゃんの料理です。その腕前は十分に知っていますし、時折吹く風がその香りを運んでくるのです…!空腹を意識したわたくし達にとって、これはまさに拷問ですわ…!

「姫様、落ち着いてください!暴れるとお二人に気付かれてしまいます!」

「離して、離しなさい!サクラちゃんの手料理が食べられるなら、気付かれてもどうってことありませんわ!」

「お腹が減りました…」

「あらあら」

「ああっ!お兄様、一人でそんなに…!わたくしの分も残しなさい!」

 視線の先で、お兄様が次から次へとサクラちゃんの料理を口に運んでいます。

 わたくしはシフォンに抑えられているせいで、手を動かすことしかできません。

 え?そんなに暴れて気付かれないのか?ですって?ふふん、連れてきたこの娘の魔術のおかげで、音を遮断しているのですわ。ですから、こちらで多少大きな声を出しても気付かれませんのよ?

「ああっ!それはわたくしが目を付けていたのに…!お兄様、後で覚えてらっしゃい…!」

「アリア、落ち着きなさいな。お料理ならまた作ってもらえばいいでしょう?」

「今、今食べたいんですの!シフォン、離しなさい!」

「駄目です!今は抑えて下さい!」

「美味しそう…」

「きーっ!」


 落ち着いたのは、サクラちゃんの料理が無くなってお兄様が横になった頃でした。

「はぁ、はぁ…。見苦しいところをお見せしましたわ…。もう大丈夫です」

 暴れたせいで、余計にお腹が減った気がしますわ…。

「あっ、見て下さい!サクラ様が殿下の頭を…」

「なんですって!?」

 シフォンの言葉に慌てて二人を見ると、サクラちゃんがお兄様に膝枕をしている所でした。

「お兄様!なんて羨ましいの!今すぐ代わりたいですわ!」

「お二人、ラブラブですねぇ」

「サクラ様ったら、素っ気ない振りをしてもやはり殿下のことが…」

「あらあら、若いっていいわねぇ…」

「サクラ様、そのまま口付けを…!」

「そんな!サクラちゃんの可愛い唇がお兄様なんかに…!?」

「あらあら、今夜あたり、私も陛下と…」

「ひぃぃ、私は何も見ていません、聞いていません!」

 しかしわたくし達の応援もむなしく、サクラちゃんはお兄様の髪を撫でているだけでしたの…。

 ですが、サクラちゃんの嬉しそうな笑顔を見ていると、わたくし達はそれ以上何も言えませんでしたわ…。

「キィっ!サクラちゃんの笑顔がお兄様に向けられているなんて…!」

「うふふ、サクラ様、可愛らしいですわ…」

「陛下に今夜は予定を入れないように言っておかないと…」

「ワタシハナニモミテイマセン…」


「しっ!殿下が目覚められたようですよ!」

「きゃぁっ!サクラちゃんの太腿になんてことを!」

「早く夜が来ないかしら…」

「ワタシハナニモキイテイマセン…」

 くぅっ、お兄様ったらなんて羨ましい事を…!後で覚えていなさいっ!

**********


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