089 勘違い1
やった、ついにやったぞ…!
今日、夕食の席で思い切ってサクラを庭園に誘ってみた。とても緊張したが、彼女は少し考えて頷いてくれた。
……できればすぐに頷いてほしかったのだが、それはさすがに欲張り過ぎというものだろう。
とにかく、明後日は……その、市井で言うところの逢引と言うやつだ。
くっ、いかん…。顔がにやけるのが止まらないぞ…。
そこっ!たかが逢引に誘っただけとか言うな!貴様にとっては小さな一歩かもしれないが、私にとっては大きな一歩なのだ!
しかし、しかしだ…。相手はあのサクラなのだ。私の押しが弱いせいもあるが、サクラ自身にも問題があると思うのだが…。私なりにアプローチをしているのだが、一向に気づく気配はない。これを機会に、少しでも近づけたらと思う…。
もう一つ心配なのは、母上とアリア、それにシフォンの3人だ…。いずればれるだろうが、せめて逢引が終わるまではばれないように気をつけないと…。何を言われるかわからないし、下手をすれば妨害すらされかねんからな…。注意しないと…。
次の日は、浮かれていたのが自分でもわかった。が、どうしようもないので許してほしいと思う。なんせ、明日はサクラと逢引なのだ。いつも二人で会ってはいるが、今回は私が誘い、サクラがそれを受け入れてくれたのだ…!これまでとは意味が違う!
それに、明日はサクラがベントウとやらを作ってきてくれるという。私の為に、わざわざ料理を作ってきてくれるというのだ!これは期待していいのではないだろうか?
明日が二人の関係を踏み出す一歩になればいいと、切に願うばかりだ。
ついに、ついにこの日が来た!
思わずいつもよりも早く目が覚めてしまった。
昨日は待ち遠しくて早く眠ってしまったからな…。子供のようだが仕方がないと思う。
しかし、私が早く起きてしまうと侍女達も慌ててしまうだろう。なので、いつもの時間までは部屋で過ごそうと思う。
ああ、5の刻が待ち遠しい…!
朝食も、つい急いで食べてしまった。朝食を早く食べても約束の時間は早まらないというのに…。
時間は9と3刻。もう少ししたら移動しよう。約束は5の刻だが、サクラを待たせるわけにはいかないからな。
服はこれでいいだろうか?サクラはどんな服装で来るのだろうか…?あまりに気合を入れた格好だと、変に思われるだろうか?やはりここはいつもの……いや、やはりそれなりな恰好で…。
おっと、そろそろ移動したほうがいいな。
うむ、この服装なら大丈夫だろう。髪も大丈夫だな…?よし、門へと急ぐとしよう。
む?向こうにいるのはアリアではないか…。どうしてこんなところで会うのだ?できるだけ、さりげなく通り過ぎよう…。
「セドリム兄様、何か隠し事をしていらっしゃるでしょう?」
チッ…。もう少しだったのに…。
「何を言い出すのだ?私は別に隠すようなことなど…」
「気がつかないとでも思ってらしたのですか?昨日、いえ、一昨日に帰ってきてらしてから、様子が変でしたわ。サクラちゃんと何かあったのではないですか?」
……我が妹ながら、鋭いと言うしかあるまい…。だが、今日は邪魔をされるわけにはいかんのだ。
「気のせいだろう。いつも通りだったぞ?お前の勘違いではないか?」
上手く言えているだろうか?いや、自身を持て、セドリム。今日の成功はお前にかかっているんだ!
「……そう、あくまで知らないと仰るのですね?」
「何もないのに、何かあるとは言えんだろう?そろそろいいか?私も用事があるんだ」
睨むような目つきに見透かされているような気もするが、このままここにいては不利になるだけだ。それに、ここで時間を取られるとサクラを待たせることになってしまう。
「……わかりましたわ。呼び止めて申し訳ありませんでした」
どうやら誤魔化せたようだ…。
「いや、かまわない。ではな」
アリアに背を向けて、城の入口に向けて歩いて行く。
背後でアリアが睨んでいる気がするが、気にしないようにしよう。
アリアの視線を感じなくなり、そこでようやく息を吐いた。
……全く、心臓に悪いな…。
だが、これで邪魔されずにサクラに会うことができそうだ。そう思うと、顔がにやけてくる。
しかし、それもしばらく進むと消えざるをえなかった。
「セドリム王子殿下」
「シフォンか…」
アリアを誤魔化したと思ったら、次はシフォンか…。厄介な…。
「何か用か?」
溜息をつきそうになるのを何とかこらえる。時間はぎりぎりだ。早く会話を終わらせて門へと急ぎたい。
「申し訳ありません。お聞きしたいことがありましたので…」
「……なんだ?答えられることなら答えよう」
だから早く行かせろ。
声には出さないが、心の中でそう付け加える。
「では恐れながら…。サクラ様と何かありましたか?」
心臓が跳ねた。
全く、アリアといい、シフォンといい…。どうしてこうも鋭いのだ…?
心の中で悪態をつきながらも、表面上は冷静を装って答える。
「何もないが?どうしてそう思うのだ?」
後で聞かなければよかったと、後悔することになる質問だった。
「一昨日、セドリム王子殿下がサクラ様の家から戻られてから、様子がおかしいと感じましたので…」
……そんなにわかりやすかっただろうか?たしかに一人でいるときはにやけていた自覚はあるが…。人のいる場所では気を付けていたはずだ。それなのにアリアに続き、シフォンにまで見抜かれるとは…。もっと注意しないといけないということだろうか?
「……気のせいではないか?いつも通りに食事をしてきただけだぞ?」
「そうでしょうか?失礼ながら、かなり浮かれておられるようでしたので、お二人の間に何かあったのではないかと思ったのですが…。そう、例えば逢引の約束など…」
本当は、全部知っているのではないだろうか…?いや、シフォンは昨日も仕事だったはずだ。サクラと会う機会は無かった。ならば、予想だけで言っているのだろう。
推測だけで言い当てるとは、恐るべし、だな…。
それよりも、そんなに浮かれていただろうか…?シフォンが鋭いだけか?とにかく、次からは気をつけないとな…。
「お前の気のせいではないか?用がそれだけなら、私は行くぞ。用があるのでな」
「……お呼び止めして申し訳ありませんでした」
完全には納得していないだろうことは、その声でわかる。だが、仮にも王子という相手だ。王族が話を打ち切ったのだから、話を続けるにはよっぽどでないと無理だ。悪いが、今回は王族という立場を利用させてもらおう。
背中にシフォンの視線を感じながら、私は急ぎ足にならないように歩いた。
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セドリム兄様の様子がおかしいですわ…。一昨日、サクラちゃんの家から戻って来てから、なにやら浮かれていますの。
最初は気のせいかとも思ったのですが、次の日も変わらないんですの。人目のある場所では普段通りにしていますが、人目が無くなればにやにやとしているのです。
……これは何かありましたわね…。女のカンがびんびんと反応しますわ。
もしも二人に進展があるなら、それはわたくし達の知らないところで進行されるのは我慢できませんわ!何があったか、必ずつきとめて見せますわよ!
今朝も朝食の時にそわそわとしていましたし、調査をしませんと…。まずは、本人に事情聴取ですわね。お兄様の部屋から移動するときは、ほぼこの廊下を通ることは調査済みですわ。ここで待ち伏せすれば、必ずお兄様を捕まえることができるはずですわ。
あっ、来ましたわ。早速事情聴取ですわよ!
何気ない風を装ってはいますが、その雰囲気は明らかに浮かれていますわよ?お兄様もまだまだですわね。
何も言わずにすれ違おうとしたところで、お兄様を呼び止めます。
予想通りというか、ばればれというか…。呼び止めた瞬間、肩がピクリと跳ねましたわよ?あれで隠しているつもりなのですから…。
「セドリム兄様、何か隠し事をしていらっしゃるでしょう?」
「何を言い出すのだ?私は別に隠すようなことなど…」
もう、ばればれですわよ…?声も若干震えていますわ。これで隠しているつもりなのですから、可愛いというかなんというか…。
「気がつかないとでも思ってらしたのですか?昨日、いえ、一昨日に帰ってきてらしてから、様子が変でしたわ。サクラちゃんと何かあったのではないですか?」
ですから、正直に白状してくださいまし。
「気のせいだろう。いつも通りだったぞ?お前の勘違いではないか?」
はぁ…。先ほどよりも、声の震えが大きくなっていますわよ?
「……そう、あくまで知らないと仰るのですね?」
「何もないのに、何かあるとは言えんだろう?そろそろいいか?私も用事があるんだ」
そうですか…。できれば穏便に済ませたいと思っていましたが、それならば仕方ありませんわよね?
「……わかりましたわ。呼び止めて申し訳ありませんでした」
「いや、かまわない。ではな」
ふふふ、あれで上手く誤魔化せたと思っているのですから、本当に甘いですわ…。
さて、お母様に報告しないと…。あの様子だと、何かあるのは今日……それも早い時間帯ですわね…。
「お母様、セドリム兄様とサクラちゃんに何か進展があったようですわ。すぐにおいかけましょう」
部屋に入るなり、要点だけを伝えます。シフォンも捕まえたいところですが、時間は一刻を争います。
お母様はさすがというか、今の話だけで理解をされたようです。すぐに立ち上がり、場所を確認して部屋を出て行かれました。
もちろん、わたくしもその後を追いますわ。こんな面白そうなこと、見逃せるはずがありませんもの…。
幸い、シフォンはお兄様を探す最中に見つけることができましたわ。さらに幸いなことに、シフォンはつい先程までお兄様とお話しをしていたらしいですわ。その内容も、サクラちゃんとのことに関してですって。さすがは同士ですわね。もちろん、その情報は有効に活用いたしますわよ。早速、わたくし達はお兄様の移動した方向へと急ぎました。
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