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085 お誘い

 ザアァァァァ…

 風に吹かれて、花びらが舞い上がりました。

 名前のごとく、桜色に色づいた花吹雪が視界を埋め尽くしました。




「都合のいい日に、庭園を見に来ないか?」

 それは3月も終わりに近づき、春めいてきたある日のいつもの夕食の時間でした。

 家に来た時からなにやら不審な態度をしていた王子が、食事の途中に急にそんなことを言い出しました。

「……は?」

 突然のことだったので、わたしは何を言われたのかわかりませんでした。というか、言葉も半分聞き逃していたのです。

「……すみません、もう一度言ってもらえますか?」

 わたしはミルクを一口飲んで、話を聞く体勢に入ります。

「サクラの都合のいい日に、城の庭園を見に来ないかと言った」

 ふむ…。お城の庭園と言えば、国内に限らず、珍しい花や植物が栽培されていたはずです。庭園というものの、その規模は植物園並で、大きな温室も


あったはずです。

 ……とまあ、それはいいのですが、問題は、今、どうしてわたしを誘うのかということです。

 一般的に考えれば、植物園のような場所に男性が女性を誘うということは、いわゆるデートのお誘いというやつでしょう。ですが、それは今回には当


てはまらないはずです。王子はわたしをそんな対象として見ていませんし、仮に見ていてもあのヘタレ王子が女性を誘うなんてことが出来る筈がありま


せんからね。

 次の可能性は、何か珍しい植物が手に入ったから自慢しようというものでしょうか?うーん、これは王子の性格から言えば、無いと思います。

 では別の可能性は……ただ単に、理由も無く誘った?……さすがにそれは無いでしょう。

 ならば……また王妃様かアリア王女にわたしを連れてくるように言われたとか?うん、この可能性が一番高いですね。

「いいですよ?いつにしますか?」

 久しぶりに王妃様やアリア王女に会うのもいいですし、たまには花を愛でるのも悪くありません。それに、わたしが首を縦に振らなければ王子が責め


られるでしょうしね。

 せっかくなので、お弁当を用意していきましょうか。多めに作っておけば、余っても夕飯のおかずにできますし、あの王族なら余り物でも喜んで食べ


そうですしね。

「ほ、本当か?私はいつでも……いや、明日は駄目だな…。明後日以降なら、いつでも都合はつけられるだろう。サクラの都合のいい日に決めてくれれ


ばいい」

 明後日以降ですか…。なら…。

「それじゃ、早い方がいいでしょうから明後日でどうですか?あ、時間はどうします?午後からのほうがいいんですか?それとも午前から?」

 明日、お弁当の材料を買って来て、寝る前に下ごしらえをしておけば、朝からでも大丈夫ですね。

「わかった、明後日だな。時間は……そうだな、5の刻頃でどうだろうか?そのくらいの時間に城の方まで来てくれれば大丈夫だ」

「わかりました。5の刻ですね?あ、せっかくなのでお弁当を作っていきますから、そう伝えておいて貰えますか?」

「む?ベントウ…?ああ、持ち運びをする昼食のことだな。わかった」

 さっきまでの挙動不審な態度もどこへやらで、王子はあきらかにほっとした表情で、夕食の続きを食べ始めました。

 ……王妃様かアリア王女かはわかりませんが、相当プレッシャーをかけていたんですね…。王子も大変ですねぇ…。

 なんとなく王子が可哀そうになったので、せめてお弁当には王子の好きそうなもの(お肉)を多めに入れてあげようと思いました。多めに入れても王


子の分が残っているかどうかはわかりませんが…。


 次の日は早く終わる依頼を受けて、いつもよりも時間を作ってお弁当の材料を買いに行きます。

 あ、これでも出来るだけ依頼を受けて、お金を稼いでいるのですよ?老後は悠々自適に暮らしたいと思っていますし、そうするためには若いうちに出


来るだけ稼いでおかなくてはいけませんからね。……まあ、祝福という名の呪いのせいで、わたしに老後があるかどうかは疑問ですが…。

 一応はランクBということで、高額な依頼も幾つかこなしていますし、ドラゴン討伐やこの間の雷鳥の分で大分稼ぎましたからね。普段は低ランクの


雑用系や採取の依頼を受けているのですよ。

 低ランクの依頼を受けるのは、他の低ランク冒険者の依頼を横取りしていると思われるかもしれませんが、少なくとも王都では冒険者の数が依頼の数


に対して不足していますし、採取系や雑用系は人気が無いので余っているんですよ。他の冒険者の人も、同じ時間をかけるなら出来るだけ高額の依頼の


方に流れてしまいますからね。わたしは採取系の依頼なんかは前世の知識もあって、ほとんどがその日のうちに終わらせてしまいますが、駆け出しの冒


険者では数日かけるのが普通です。なので、わたしのようにそういった不人気の依頼を受けているのは、ギルドからしても有難がれているのです。

 依頼のサイクルが早いおかげが、生活費を稼ぐ分には十分な稼ぎを出すことも出来ます。たまに高額の依頼を受ければ、それで十分すぎるほどの貯金


をすることができるわけですよ。

 ついでに言えば、最近は怪しい魔具屋さんと提携をして、色々な魔具の開発にも取り組んでいます。あの魔具冷凍庫や魔具ストーブを作った魔具屋さ


んですね。

 まだ実用化には至っていませんが、魔具炬燵や魔具扇風機、携帯魔具コンロなんかも製作中です。わたしの願望から始まったことですが、その魔具屋


さんも乗り気で試作品も出来ています。完成したら、売り上げの2割を頂くという契約になっています。魔具ストーブも1月の終わりには完成品を販売


し始めて、すぐに製作分は完売御礼となったそうです。魔具炬燵は冬の間に完成には至りませんでしたが、夏に向けて魔具扇風機を鋭意製作中です。

 話が随分とそれましたね。まあそんなわけで、老後に向けて色々とやってお金を貯めているのですよ。


 買い物を済ませて家に戻り、夕飯の支度と共に、明日のお弁当の下準備もしておきます。

 お弁当のメニューは、スタンダードにサンドイッチで、具材は卵にチーズ、ハム、ローストチキンや豚肉でメンチカツを作ってそれを挟んでみましょ


うか?それに野菜を組み合わせて、付け合わせには唐揚げにソーセージ、サラダにフルーツでいいですかね?魚系は、サンドイッチに合いそうなものが


無いのが残念ですよね。日本と違って、ツナ缶やサーモンなんかもありませんからね。

 とりあえず食パン用のパン種を先に作って…。

 寝かせている間にローストチキンを下準備して、メンチカツを作って…。

 今日作っておいても大丈夫なものは、今日のうちに作ってしまいましょうか。

 待ち合わせが10時なので、9時半頃に家を出ればいいくらいですよね?朝の時間に余裕があるのは有難いことです。

 時折じゃれついてくるエルをかまいながら、わたしは明日に向けて準備を進めました。


 約束の日の朝、いつも通りに起きて、いつも通りに朝食を摂り、いつも通りに出かける準備をする時間に、いつもとは違ってお弁当の準備をします。

 昨日のうちに下準備は済ませていたので、朝から焼いておいたパンを切り、具材を挟んでいきます。出来上がったサンドイッチをバスケットに詰めて


、別のバスケットには付け合わせというには豪華ですが、準備した物を詰めていきます。

 栄養や色合いを考えて、色とりどりに並んだバスケットを眺めて、わたしは満足して頷きました。

「さて、お弁当は完成ですね。時間は……少し前に4の刻の鐘が鳴ったばかりなので、結構ありますね…。お茶も用意していきましょうか?」

 お茶自体はメイドさんが用意してくれるでしょうが、咽喉が渇いた時に、すぐに飲めるお茶もあったほうがいいかなと思います。

 わたしは最近お気に入りの茶葉を用意して、お茶を淹れて魔法瓶に移しておきます。この魔法瓶、重宝していますよ。夏は外でも冷たい飲み物を飲め


ますし、冬は暖かい飲み物が飲めます。意外にこの手の魔具は出回っていないんですよね。今度、魔具屋さんに言ってみましょうか?保温の効果さえあ


ればいいので、すぐに作れるでしょう。

 っと、着替える時間が無くなってしまいますね。下手な格好で行くと、アリア王女や王妃様に無理矢理着替えさせられてしまうので、最初からそれな


りな恰好でいったほうがいいのです。

 ……あの辱めは、黒歴史ですよ…。

 女同士の気安さのせいか、チェックが下着にまで及ぶので注意が必要です。以前、いつも外に出かける服装で行った時などは、裸に剥かれて散々な目


に遭いましたからね…。

 あの時に無理矢理渡された下着を取り出します。

「……はぁ…、嫌、ですね…」

 思わず溜息が出てしまいます。手に取った下着は、光沢のある淡い青色。手触りは明らかにわかる高級なもので、シルクなのがわかります。

 素材だけでも高級な物であるとわかるのに、さらに染織までしてあります。この世界でも染織自体は一般としてありますが、それはどうしても高価に


なります。普通は見えない下着、ましてやシルクを染織するとなれば、上流階級でしか使う者はいません。

 まあ、それだけならそれほど嫌がることもないのです。なんせ、肌触りはとてもいいので、付け心地としては最高ですし、デザインも可愛いです。

 ですが…。どうして透けているんですか!?しっかりした生地は一部のみで、大部分が総レースってどういう仕様ですか!?近くで見たら、守るべき


場所まで丸見えじゃないですか!!

 この時、わたしは知る由もありませんでしたが、かなり後になって聞いたところによると、これはいわゆるところの“勝負下着”というものなのだそ


うです。

 しかしこの時のわたしはそんなことを知っているはずもないので、手にその下着を持ったままで、5分以上も悩み続けたのです。

 結局、どうせこれを穿かなくても、あの二人に捕まれば無理矢理着せられるのだからという結論に至り、諦めてその下着を着けました…。

 今日の服装はワンピースなので、肌着はスリップを選び、最近購入したオーバーニーソックスもどきの靴下を着けて、ガーターリングで留めます。

 最後に淡い、白に近いピンク色をした膝下のワンピースに、薄い青色のカーディガンを着て着替えは完了です。

 足元は編み上げのサンダルを履き、リュックにお弁当を詰めれば出かける準備は終わりました。

 ……今更ですが、これって傍から見れば随分と気合を入れたデートの恰好じゃないでしょうか?日本にいた頃でも、こんな恰好をしたことはありませ


んよ…?

 うーん……ですが、下手な格好をすると、王妃様やアリア王女が怖いですし…。それにもう着替える時間も無いですし…。

 まあ、王子とデートするわけでもないので気にすることもありませんか。

「エル、出かけてきますからね?暖かくなってきたので、家でゴロゴロしてばかりだといけませんよ?」

「に~」

 冬の間は仕方ありませんでしたが、今日は暖かいので外に出て運動をした方がいいと思います。それでなくても、最近運動不足気味ですし…。

「あと、ご飯はいつものところに置いていますから……わかっていますよね?」

「にゃ~」

 エルのご飯は、朝と夜は自分の分と一緒に用意しています。それとは別に、エルが外に出ないと思われる日……寒い日や、雨や雪の日などは日中のご


飯を用意しているのです。猫は一日に何回かに分けて食事を摂るそうなので、エルが外に出かけている日は自分で、家にいる日は何かを用意しているの


です。

 もちろん、外に出かけないと思っていても出かけている時もありますし、逆の日もあります。そのまま残飯になるのも困りますし、夏だと食べる前に


痛んでしまう可能性もあります。ですので、エルのお皿には保存の魔具を使用しているのです。これなら暑い日でも、ご飯を残した日でも腐ることはあ


りませんからね。え?猫の餌入れにお金をかけすぎ?いえ、そうでもありませんよ?一般に出回っている保存の魔具は、基本的にその保存期間は数ヶ月


~半永久ですが、この餌入れは数十日しか持ちません。そもそもが、これはわたしが作った物なので無料なのですよ。

 まあ、エルは賢いので細かく言わなくてもわかっていると思いますが…。

 時間も結構ぎりぎりになってしまったようなので、リビングに寝そべっているエルを置いて家を出ました。


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