084 雷鳥、その後
行きと同じく6日をかけて王都に戻ると、そのままギルドへと向かいます。
例によって時刻が中途半端なので、ギルドにはほとんど人がいません。
わたしはまず依頼掲示板を覗き、雷鳥の討伐依頼の木札を持って受付へと行きました。
「すみません、この依頼をお願いします」
いつものごとく、受付はアイリさんです。
「フジノ様、この依頼はランクSです。フジノ様では受けることができません」
もちろん知っていますよ。
「はい、ですから、雷鳥の討伐完了報告です。あ、証明として雷鳥は外の馬車にのせてあります」
「……確認しますのでしばらくお待ちください」
アイリさんは何とも言えない顔をして、奥にいる人と何か話しました。
少ししてから何人かの男性が外に出て行き、また戻ってきました。
わたしの見ている前でアイリさんと何か話した後、そのまま奥の部屋へと入っていきます。
「フジノ様、確認ができました。雷鳥の討伐依頼の完了を承認いたします」
そう言って、報酬の入った袋をカウンターに置きました。
わたしがそれに手を伸ばすと、その手がアイリさんに掴まれました。
「……フジノ様?少々お話しがあるのですが、よろしいでしょうか?」
剣呑な光を湛えたその瞳に、わたしはこめかみに一筋の汗を流しながら頷いていました。
「結構です。それではあちらの部屋でお話しをいたしましょう」
わたしはコクコクと頷くことしかできませんでした…。
「10日前に討伐依頼が来たのに、どうしてフジノ様が雷鳥を倒されているのですか?まさか、偶然なんて事は言いませんよね?いくらフジノ様がレッサードラゴンを倒す実力を持っていても、危険なものは危険なんです。何のためにギルドの規約があると思っているのですか?今回はうまく倒せたようですが、毎回上手くいくとは限らないんですよ?そもそも、フジノ様は…」
わ、わたしが悪かったのでお説教は勘弁してください…。
この後約2時間、わたしが必死に頭を下げて許してもらうまでお説教は続きました。
ようやくアイリさんのお説教地獄から解放され、雷鳥と戦った後よりもふらふらになりながら馬車に乗って買い物に行きました。馬車は保証金を払い、日数指定で借りているので明日までに返せばいいのです。まあ、馬の餌代もかかるのでこの後返しに行きますが。
必要な物を買い、ついでにお城までエルを迎えに行きます。
その帰りに家に荷物を降ろし、馬車を返却しに行きました。
……本当なら今夜は雷鳥のフルコースの予定だったのですが、お説教のせいで時間も気力もなくなりました。
なので今夜は簡単メニューです。
メインはパン入りグラタンにして、簡単なサラダと焼き鳥です。スープはジャガイモのポタージュにします。もちろん、手抜きですが。
次の日は朝から雷鳥の解体です。……と思っていたのですが、考えてみればわたしは解体をしたことなんてありません。いえ、やり方は知識としては知ってはいるのですが…。普通に日本の街中で生活をしていると、まず鶏の解体をするなんてことはありませんし…。そもそも、サイズも問題です。
なので、朝からお肉屋さんに行って解体の依頼をしました。
お肉屋さんも雷鳥の解体なんて初めてなのでとても驚いていましたが、半分を売り渡すことで快く引き受けてもらえました。
まあ、かなり頑張ってもサイズがサイズですからね…。とても食べ切れるものじゃありませんよ。半分でも食べきるのが大変そうですしね…。
ちなみにわたしは内臓系はあまり好きじゃないんですよ。父や兄はハツや砂肝、レバーなんかが好きだったみたいですけど、わたしはササミや腿肉のほうが好きなんです。
え?味覚が子供だから?失礼な…。
とにかく、解体はお肉屋さんに任せておきます。7の2刻、つまり3時頃には終わるということなので、今夜のメニューでも考えながら待つことにします。
メインは胸肉の香草焼きで、定番の唐揚げなんかもいいですけね。照り焼きやローストチキンもいいですし、ササミでシンプルなサラダも美味しいです。ソテーにしてもいいですし、ササミのチーズカツも美味しそうです。あ、涎が…。
どれを作るにせよ、極上と噂の雷鳥です。ああ、夜が待ち遠しいですね…!
お昼を過ぎてから、今日はかなり早くから夕食の準備に取り掛かります。メインに負けないように、スープやサラダにも力が入ります。
もちろん、雷鳥の解体が終わればすぐに料理できるように下準備も万端です。
じっくりとスープの出汁を取りながら、他の料理の下準備を済ませます。
そして2時半を回った頃に、約束の時間よりは少し早いですが、待ち切れずにお肉屋さんに行ってみました。
すると、丁度解体も終わったところらしく、それぞれの部分を袋に分けていたところでした。
わたしは早速、自分の分を袋に詰めて家へと持って帰ります。残りのお肉の買い取り代金は後日ということで話はついています。
さあ!本日のメインです!
まずは胸肉の香草焼きです。お肉を調味料に漬け込み、そのまましばらく寝かせておきます。
その間に、ローストチキンを作ります。これは今からだと浸けこむ時間が足りないので、魔具でズルをします。短時間で、実質数時間漬け込んだように誤魔化すのです。その後にオーブンでじっくりと焼きます。
それからササミを使ってカツを作ります。香草焼きやローストチキンがジューシーになるので、唐揚げよりもササミのほうがいいと思ったからです。
ササミでチーズと紫蘇に似た香草を包み、衣をつけて準備をします。これも揚げるのは時間ぎりぎりになってからです。
足元には、待ちきれないのかエルが纏わりついてきます。
「駄目です。わたしだって我慢しているんですから、エルも夕飯までは我慢してください。それとも、今少しだけ食べて夕飯が抜きになってもいいんですか?」
そう言うと、エルは諦めたように下を向いてしまいました。
「に~」
どうやら今我慢をして、夕食を待つことにしたようです。
卵を茹で、ベーコンと合わせてサラダを作り、冷蔵庫へと入れておきます。
スープも具材を放り込んで、さらに煮込んでいきます。
ちなみに今日のスープはキャベツに人参、牛蒡に玉葱、ジャガイモといった、具だくさんの野菜スープです。
こういった手間のかかる作業も、夕食の為と思えばいつもよりも楽しく感じてしまいます。
ああ、どんな味なんでしょう…?伝説とも言われる雷鳥のお肉…。
いつもよりも時間が長く感じますが、それでも時間は過ぎて行きます。やがて日も傾き、辺りは暗くなってきます。家の中も明かりをつけないと見えなくなってきました。
そろそろ香草焼きをオーブンに投入です!
ふふふ、美味しくなって出てきてくださいね~?
オーブンをセットして、焼き上がるまでにササミカツを揚げます。
出来た物から順次、お皿に盛りつけていきます。
ササミカツが揚がったころに、オーブンの方も焼き上がったようです。
香草焼きと入れ替わりに、オーブンにローストチキンをいれて仕上げの焼きを入れます。
テーブルに盛りつけたお皿を並べて行けば、夕食の完成です!
スライスしたレモンやドレッシングなども準備し、パンを籠に入れて並べておきます。
スープは王子が来てから、お皿によそいます。
本当はシフォンさんも誘ったのですが、さすがに昨日の今日でお休みは取れないということで諦めました。エルを預かってもらったお礼をしたかったのですが、またの機会にします。
テーブルに並べられた料理を眺めていると、玄関から声が聞こえました。
どうやら王子が来たようです。
挨拶もそこそこに、さっさとテーブルについてもらいます。なんせ、料理の最中からずっと我慢していたのです。雷鳥を早く食べてみたいんですよ!
スープをよそい、準備ができたところで食事開始です。
まずは、香草焼きを切り分けて…。
ああ、この匂いだけでもたまりません!切った面から肉汁が溢れてきます…!王子もゴクリと咽喉を鳴らしています。
では早速…。
お肉を口の中に入れ、ゆっくりと咀嚼します。口に入れた瞬間に、香ばしいお肉の風味と香草の香りが鼻に抜け、次の瞬間に口の中に肉汁が溢れてきます。
お肉はとても柔らかいのに歯ごたえがあり、噛めば噛むほど味が染み出てくるようでした。
噂にたがわぬ濃厚な美味しさ…。まさしく極上の素材です!ドラゴンステーキの“珍味”なんて色物とは、比較にもなりません!!
足元ではエルもがつがつとお肉に齧りついていました。
王子なんて、あまりの美味しさに固まっています。
あまりの美味しさに、食べる手が止まりません。
多いかなと思っていた量も、いつの間にかぺろりと無くなり、ついでのようにサラダやパンも無くなっていました。
ちなみに、食事中は無言でした。食べることに集中しすぎて、会話なんてありませんでした。
お皿の上が空になり、それでようやく手が止まったのです。
「ふぅ…、予想以上の美味しさでした…」
食べ過ぎて、少しお腹が苦しくも感じます。しかし、それでも目の前にあれば手を伸ばしてしまうくらい美味しかったです。
「そうだな…。毎日あれが出てくれば、絶対に太ってしまうな…」
止められない止まらない。まるで某CMのように、本当に手が止まらないのです。
しかしあれだけ食べたにもかかわらず、まだお肉は今回食べた以上に余っているのです。……恐るべし、雷鳥…!
戦いでの強さもさることながら、死んでからもわたしを苦しめるなんて、なんという魔物でしょうか…!