083 目標発見!
次の日の朝、かなり早めに食事を終えて山へと向かいます。
まず山の麓まで2時間ほど歩き、そこから雷鳥の目撃ポイントまで登ります。
足にはかんじきを履き、身体は厚着と外套で防寒です。あまりに厚着すると、いざ雷鳥を見つけた時に動きが阻害されるので、ある程度の厚着ですが。まあ、魔具の外套があるので防寒はそこまで必要ではないのですが。
とにかく、念のために数日分の食料といざという時の着替えなどを持って山登りです。
猟師さんの先導で、雪に覆われた山道(?)を登ります。
目的の地点まで、猟師さんの足で3時間ほど…。その間、言葉も無く歩きます。雪に覆われた道は踏ん張りが利かず、歩き方から変わるので中々に体力を使います。それでもなんとか猟師さんに遅れないようについていきます。
どれくらい歩いたでしょうか?大分疲れてきたところで猟師さんの足が止まりました。
「この辺りで雷鳥を見たんだ」
その言葉にはっとして辺りを見回しますが、雪に覆われた山肌があるだけです。
……まあ、ずっと同じ場所にいるはずもないですよね…。
まずはこの場所を起点にして、周囲を探すことにします。まずは辺りの散策です。何か手がかりが無いか、調べるのです。
と言っても、わたしはそんなスキルは無いので猟師さんに頼ることになるのですが…。
雷鳥の足跡や、餌を取った跡、もしくは排泄物が無いかなどを調べます。
わたしも素人ながらに目を皿のようにして探してみます。
そうやって探し始めて、どれくらいが過ぎたでしょうか?お昼を食べることも忘れて探し続けて、いい加減空腹に耐えかねてきた頃でした。
「待てっ!雷鳥の足跡だ!」
踏み出そうとしていた足を、そのままの体勢で止めて足元を見てみます。
そこには確かに、何かの鳥の足跡がありました。
しかしそれは、とても鳥とは思えない大きな、そして水鳥のように水かきのような物がついた足跡でした。
雷鳥は体長が1mと少し、そして主に高山地帯や雪の深い場所に生息するために、その足には表面積を増やすために身体に似合わない大きなサイズと、水鳥のように水かきがあるとされています。そうやって柔らかな雪の上を移動するのです。
つまり、ここで見つかった足跡はまさしく雷鳥の物なのです。
足跡はここから山の上の方へと続いています。足跡の具合はまだ新しく、これを追えば雷鳥が見つかる可能性は高いです。わたし達はすぐにその足跡を追跡しました。
30分ほどの追跡の結果、開けた場所で雷鳥を発見することができました。真っ白な羽毛に包まれ、雪原の中に溶け込むようにして立っていたそれは、遠目からだと保護色になっています。
わたしは荷物を降ろし、猟師さんは巻き込まれないように離れるように促します。
それを確認すると、刀を抜いて構えました。
先手必勝、一撃必殺です!
刀に気を通し、大きく振りかぶると一気に振り抜きました。
刀から発せられた気が、見えない斬撃となって雷鳥に襲いかかります。
ギィィィィン!!!
雷鳥に命中した瞬間、まるで固いものを切りつけたような音が辺りに響きました。
雷鳥がどうなったのかは、命中した瞬間に辺りの雪が舞い上がったのでわかりません。が、音から察するに、何かしらの方法で防がれたのではないかと思われます。
わたしは刀を構えながら、油断なく雷鳥のいた方向を睨みつけます。自分に防御魔術をかけ、いつでも動けるように身体強化もかけておきます。
「クエェェェェェッ!!」
奇声が響いたかと思うと、いきなり目の前に光が走りました。
わたしは咄嗟に後ろに倒れ込みましたが、後ろにあった木が大きな音を立ててわたしの頭の上くらいから吹き飛んでいます。
どうやら、雷鳥からの反撃を受けたようです。
そう判断すると、すぐに起きあがって場所を移動します。
恐らく、あの威力では木の陰に隠れても全くの無駄でしょう。ならばすこしでも広い場所で、できるだけ避ける場所を確保したほうがましです。
それに近づかないと、雷鳥を倒すのは難しいようですし…。
舞い上がっていた雪が風に流されるように消え、そこには身体にパチパチと光を纏った雷鳥がこちらを睨んでいました。
どういう方法で一撃を防いだのかはわかりませんが、傷一つない様子から見るにやはり簡単にはいかないようです。
わたしは刀を握りしめる手に力を入れ、強化された身体能力を以って雷鳥に斬りかかりました。
「ヤァッ!」
気合一閃。横薙ぎに振り払うようにして斬りつけますが、やはり足元がしっかりとしていないせいか、踏み込みがどうしても甘くなってしまいます。それに踏ん張りが利かないので、全ての動作がワンテンポ遅れてしまうのです。
振り抜いた刃は雷鳥には届かず、今一歩のところで雷鳥は飛び退るようにして間合いを空けてしまいます。
距離を取った雷鳥の身体が光ったと思った瞬間、わたしは斜め前方へと身体を投げ出しました。
ドガァァァァァン!!!
まるで雷でも落ちたかのような轟音が響きます。
ちらりと視線をやれば、つい先ほどまでわたしが立っていた場所が水蒸気を上げていました。
……危なかったですね…。雷鳥はその名の通り、雷を操ることができるのです。いえ、操るというよりは自らの身体で発電をすることができるといった感じでしょうか?その威力は見ての通りです。
防御魔術もあるので一撃で動けなるようになるなんてことは無いでしょうが、それでも食らいたい物ではありません。
幸い、雷撃による攻撃は少しのインターバルが必要で、連続しては攻撃されません。次の攻撃が来る前に、わたしは足に気を流して踏み込みます。
一気に踏み込んでの上段からの斬り降ろし。しかしまたもや刀は空を切り、雪にその刃を食い込ませるに留まりました。
「クエェェェェ!!!」
雷鳥から奇声が発せられます。
それと共に、すぐ前で雷鳥の身体の放電が強くなりました。
「まずっ…!」
慌てて飛び退りますが、今度は雷鳥自身を中心として爆発が起こります
ドゴォォォォン!!!
明確な目標を定めず、前方の広範囲に対しての攻撃は、飛び退いた距離をものともせずにわたしを吹き飛ばします。
飛び退いたおかげか、それとも広範囲への攻撃の成果はわかりませんが、防御魔術を破ることができなかったようでわたしは無傷でした。それに、漫画のように頭から雪に突っ込むなんてことにはならなくて済みました。
「くっ…、さすがはSランクです…。簡単にはいきませんね…」
せめて地面がしっかりとしていれば、もっと動けるのですが…。
「フレイム・アロー!」
牽制として魔術を放ってみますが、やはり簡単に避けられてしまうか、雷鳥の身体を覆った放電に消されてしまいます。さすがに初級魔術では牽制にもならないようです。
それでも魔術を警戒してか、わたしが体勢を立て直すくらいの時間は稼げたようです。
……さて、どうやって倒しましょうか?わたしの攻撃はあと一歩のところで届きません。そして近付けばあの放電による攻撃がきます。離れていれば今度は雷撃です。考えられる方法は2つ。地面をどうにかするか、それとも雷鳥が逃げられなくするか、です。
地面をどうにかすると言っても、仮にアイスバーンにしてしまうと今度は滑って踏ん張りが利きません。炎で山肌を露出させても、それは局地的なものでそこを離れればまた元の木阿弥です。それに炎で雪を溶かしてしまうと、今度は雪崩の心配をしないといけなくなります。……まあ、今みたいに爆発を起こしまくっているのも危険なんですが。
とにかく、地面をどうにかするのは難しいですし、やったとしても色々と問題が起きます。ならばもう一つの、逃げられないようにするしかありません。
「アイシクル・ランス!」
氷でできた10本ほどの槍が、雷鳥に向かって飛んでいきます。直撃コースの3本は雷撃による迎撃を受けて空中で蒸発してしまい、残りは雪の上に突き刺さります。
「アース・スパイク!」
今度は雪の下から尖った岩が突き出てきます。
雷鳥は慌てたようにバタバタとそれをかわしました。
「ファイア・ランス!」
空中に現れた5本の火の槍が、雷鳥に向かって飛んでいきます。
「クアァァァァァッ!!」
先程の氷の槍と違い、5本全てが直撃コースで雷鳥に向かい、雷鳥はそれを迎撃しようと雷撃を飛ばしました。
もちろん、それは想定済みのことです。
わたしはその隙に射線をずらし、火の槍と雷撃がぶつかるのを横目に一気に雷鳥へと近づきました。
「ハァッ!」
横薙ぎに、雷鳥の首を目掛けて刀を振るいます。
雷鳥は咄嗟に避けようとしますが、その後ろにはアース・スパイクの名残の岩が、左右には氷の槍が牢屋のように突き刺さっています。普通なら魔術の終了で元に戻るのですが、今回は少しの間だけ残るように魔力を込めたのです。
慌てて雷鳥は翼を広げて空に逃げようとしましたが、その一瞬の遅れが勝負を決めました。
ザシュッ!
思ったよりも軽い音で、雷鳥の首を斬り飛ばします。
その斬り口からは血を噴き出しながら、名残のようにぱたぱたと羽を動かしていましたが、それもすぐに動かなくなり、やがて力尽きたように雪の上に倒れました。
「はぁ~…」
それを見て、わたしは溜息とともに雪の上に座り込みました。
「……お腹、空きました…」
捜索に夢中でお昼すら食べていません。その上で歩き回り、あげくに戦闘なんてしたものだから、一気に力が抜けてしまったのです。
せめて保存食を食べるべく、わたしは空腹でふらつく足に力を入れ、雷鳥に軽量化の魔術をかけて引き摺ってリュックのところまで戻りました。
保存食のパンと干し肉、それにクッキーと干した果物を食べてようやくお腹も落ち着きました。
お腹も落ち着いたところで、わたしは事前に打ち合わせていた通りに猟師さんと合流すべく、待ち合わせのポイントへと移動します。
待ち合わせは猟師さんが雷鳥を見たという、あの場所です。そこまで雷鳥を引き摺っていくと、それを見た猟師さんが驚きました。
「本当に雷鳥を倒したのか!?冒険者は見た目じゃないとは聞くが、それにしても…」
なにやらおかしな言葉が聞こえた気がしますね?誰がチビな子供ですって?え?そこまで言っていない?……まあいいでしょう。わたしも疲れていますし、ここで猟師さんにいなくなられても色々と面倒です。わたしももう16歳の大人ですからね、許してあげましょう。
さすがに捜索に時間がかかったので、今日のうちに山を降りるのは諦めます。この時点でも日が大分傾いていますしね。暗くなった雪山を歩くなんて無謀な真似はしませんよ?
猟師さんの話では近くに山小屋があるそうなので、今夜はそこで一泊して明日の朝に山を降りることにします。
30分ほど歩き(どこがすぐ近くですか!)、目的の山小屋につくと猟師さんが火を熾している間にわたしは小屋の隅で雷鳥を吊るして血抜きをします。血が大量に流れるので、その辺は小屋があまり汚れないように注意をします。
そして火にあたりながら、猟師さんの質問に適当に答えながら、保存食を少し齧って夕食にしました。
交代で火の番をしながら休み、朝になれば朝食を摂ってから山を降りました。
お昼頃に村へとたどり着くと、やはり雷鳥を見て一騒動ありましたが、そこは何とか切り抜けます。まあ、好奇心というよりも、どちらかといえば雷鳥がいなくなったお陰でまた狩りが出来るといった感謝のほうが多かったですが。
宿でお昼を食べ、そのまま部屋を取って温泉へ向かいます。
雷鳥は大きな麻袋に入れ、今回の為に持ち込んだ保存の魔具に入れて部屋に置いています。これだけでも雷鳥にわたしがどれだけ気合を入れてきたかがわかるでしょうか?
温泉と暖かな寝床で山登りの疲れを癒し(これでご飯がおいしければ最高だったのですが)、次の日の朝に馬車に乗って王都へと出発しました。