082 聞き逃せない噂
ドガァァァァァァン!!!!!
一面真っ白な世界に、轟音が響き渡ります。
衝撃で舞い上がった雪煙りに覆われながら、わたしは魔術を駆使して“目標”へと斬りかかります。
しかし慣れない雪上でのせいか、今一歩のところで刀は空を切り、雪にその跡を刻むだけとなりました。
「クエェェェェ!!」
“目標”が奇声を上げ、バチバチと身体を発光させます。
「まずっ…!」
慌てて飛び退りますが、それよりも早く放電が始まりました。
ドゴォォォォン!!!
閃光と、直後に大きな爆発音がして、わたしは辺りの雪と共に吹き飛ばされます。
「くっ…、さすがはSランクです…。簡単にはいきませんね…」
咄嗟に防御魔術を展開したおかげで傷一つ負ってはいませんが、慣れない場所での戦闘ということもあってドラゴンのようにはいきません。それに場所が場所です。このままだと、いつ雪崩が起きてもおかしくはありません。
わたしは刀を握りしめ、舞い上がる雪の向こうの“目標”を睨みつけました。
それはいつものように、冒険者ギルドに依頼を探しに来ていた時のことでした。
いつものように依頼を眺めていた時、ざわついた喫茶室のほうから断片的な単語が聞こえたのです。
「……雷鳥…、見た……テスラ山…、……」
その単語に、思わずわたしはその声がしたほうを振り向きました。
視線の先では数人のグループがお茶を飲みながら、噂話に花を咲かせているようです。
わたしは依頼掲示板から移動して、その冒険者グループの傍に行ってみました。
「あの、今の噂……もう少し詳しく聞かせていただいてもいいでしょうか?」
冒険者のグループは突然掛けられた声に驚き、そしてわたしを見て再び驚きましたが、わたしの顔をしばらく見た後に頷きました。
昔ならわたしを見ただけで「ここは子供の来るところじゃねぇ」だとか、「依頼の受付はあっちだぜ?」だとか言われていましたが、わたしもここに馴染んできたのか、最近ではそのように言われることもなくなりました。
……もしかして、わたしも冒険者としての風格が出てきたということでしょうか?皆さんもそれを感じ取って言わなくなったとか…?ふふふ、わたしももう16になりましたしね!大人として認められてきたということでしょうか?
おっと、それよりも今の話を聞かないと…。
「大した話じゃないぜ?ここから北西に6日ほどのところにテスラ山があるだろう?なんでも、その山で雷鳥が出たって話を聞いたんだ。近くの猟師が見たって話なんだが、雷鳥がこんな南に現れるなんて珍しいだろ?俺は旅の商人から聞いたんだけどよ、結構下の方で見かけたらしいぜ?まあそのうち討伐依頼でも出るんじゃないか?」
「そうですか…。ありがとうございます」
ちなみに情報はお金で売買されます。冒険者もそれを知っているので、普通はこんな風にぺらぺらと喋ったりはしません。まあ、それが一般の街道付近の話なら、安全の為に情報開示が義務付けられますが…。今の話のように、まだ出回っていない噂話などでも普通なら金銭でやり取りがされます。
なら、どうして簡単に教えてくれたのかというと…。
「いいってことよ。なんせあの雷鳥だからな…。どうあがいたって俺達には倒せねぇし、依頼が出りゃすぐに知れ渡るしな。依頼でもなきゃ、あんな物騒な怪物、わざわざ会いに行こうとも思わねぇからな」
そう、雷鳥とはギルド指定のランクSの魔物です。普通はもっと北、この辺りだとソウティンス国にいる魔物です。その名前の通り、雷を操るというか、電気ウナギのように身体から雷を発生させて攻撃してくるのです。それだけでも脅威なのですが、基本的に高山地帯に生息していて滅多に人のいるところまで出てくることがありません。つまり、倒すためにはえっちらおっちらと山登りをしないといけないのです。空気の薄くなった高山地帯での戦闘ともなれば、まず普通の冒険者では全力を出し切ることができません。
そう言った理由から、雷鳥は単体の強さとしてはランクSながらも、冒険者の間では実質はランクSオーバーとして扱われているのです。
さらに雷鳥が有名な理由もあります。
それは……その味です。特に冬の雷鳥は身が締まりながらも脂がのっていてジューシーだという噂です。美食家の間では幻の食材とも言われていて、滅多に市場に出ることが無い超高級食材なのです。
そんな食材……いえ、魔物がテスラ山の、それも高山地帯では無く山の下の方で見かけられたなんて…。
討伐依頼が出れば、依頼ランクはSのはずです。Bランクのわたしでは受けることができませんが…。しかし、まだ依頼は出ていません。依頼が出された後にそれを知っていて討伐に行くのは違反となりますが、依頼が出る前なら違反にはなりません。
わたしはそそくさとギルドを後にして、隣の雑貨屋さんに雪山装備を買いに行きました。
待っていてください、わたしのご飯!
雪山装備を一式整え、食料を買い込んだわたしはエルをシフォンさんに預けて(雪が降るとエルが出かけないので)、馬車を借りてテスラ山を目指して出発しました。
馬車に揺られること6日、予定通りにテスラ山付近の村へ到着しました。
村へ着いたわたしは宿を取り、まず聞き込みをします。
幸いと言っていいのかわかりませんが、雷鳥のせいで狩りに行けなくなっていたらしく、雷鳥を見かけたという猟師さんに会うことができました。
猟師さんの話しでは、雷鳥は山の中腹の下層部、登り始めて半日くらいの場所で見かけたという事でした。ただ、それは雪山に慣れた猟師さんの感覚であって、わたしだともっとかかるだろうということでしたが…。
交渉の末、ガイドとして猟師さんを雇うことができました。かなり渋っていましたが、雷鳥を発見したらすぐに逃げてもいいという条件付きで引き受けてもらいました。まあ、その分料金もかなり上乗せになったのですが…。
わたしだって馬鹿じゃないので、ガイドなしで冬の雪山に登ることが自殺行為だってことは知っています。いくら半日の距離とはいえ、必ずそこで雷鳥が見つかる保証もないですし、そうなれば雪山で一泊、なんてこともあり得るのですから。雪山を舐めてかかって遭難なんてことになったら目も当てられませんからね。多少高くても、背に腹は代えられないのです。え?素人が食材目当てに雪山に登ること自体がおかしいって?それは言っちゃだめですよ…。
出発は明日の朝ということで、今日は宿に戻って英気を養います。
なんと、ここの宿には温泉があるんですよ!しかも露店風呂!いいですよね、雪化粧をした山を見ながら温泉なんて、風流です。和の心です。
早速、夕食前に温泉に入ります。温泉は3度入れと言いますからね。他に宿泊客もいないようなので貸し切り状態です。
あまり大きくはありませんが、それでも5人以上が入っても余裕があるくらいの広さはあります。無理をすれば泳ぐことだってできますよ?いえ、泳ぎませんけどね?
温泉でさっぱりして、夕食に舌包みを……打てないのが残念ですよね…。つい日本の温泉旅館と同じように考えていましたが、温泉があっても料理はこの世界のものなんですよね…。それを酷く残念に思いながら、夕食を食べました。
夕食を終えてしばらく食休みをして、もう一度温泉に入ります。
日のあるうちに入る温泉とは違って、夜に入る温泉もまた味がありますよね。いくつかのランタンに照らされて浮かび上がる温泉は、昼とはまた違った景色を見せてくれます。
お湯を堪能した後は、やはり冷えたミルクです!コーヒー牛乳やフルーツ牛乳が無いのが残念で仕方がありません。温泉で温まった身体に、冷えたミルクがたまりません!コップ一杯のミルクを飲み干し、明日に備えて部屋に戻って就寝です。