081 寒い日と言えば…
夕方になる前には2階部分の掃除も終わり、今から夕食の準備です。
ふふふ、今日みたいな寒い日はお鍋ですよね!出来れば炬燵でお鍋とかをやりたかったのですが、それはいつか炬燵を作った時に取っておきましょう。
この日の為にポン酢も作っておいたんですよ?
お鍋の材料は鶏つくねと豚肉、白菜、マッシュルーム、椎茸に春菊もどきの香草にきりたんぽです。お豆腐がないのが残念でなりません…。お豆腐って自分で作ると大変なんですよね。必要なにがりもありませんし…。ちなみにねぎも入れたかったのですが、猫には毒と聞いているので諦めました。食べさせなければ大丈夫じゃないかと思うかもしれませんが、個体にもよりますが、ねぎの入った汁だけでも危険な場合もあるそうなのです。わたしはねぎも好きなんですが…。
まあ、無理な物は仕方がありません。早速材料の準備に移ります。
まずはお米を炊いて、その間に鶏のつくねを作ります。
トントントン……ダン!ダン!ダン!ダダダダダダダ…
鶏肉を切って、切って、切って…。ミンチになるまで叩くように切り続けます。
程よくミンチになったところで生姜、お酒に塩、卵白を適量混ぜて捏ねます。エルがいるのでねぎは入れません。適度に混ざれば卵黄も落とし、粘りが出るまで混ぜればタネの完成です。後は少しずつ捏ねて団子状にし、お皿に並べておきます。
さて、次はきりたんぽです。
きりたんぽはご飯の代わりです。さすがにお鍋にパンは……ねぇ?かといってそのままご飯と言うには今回のお鍋だと不向きです。お鍋の締めの代名詞のおうどんもありません。ですのできりたんぽという選択となったわけです。
ちなみに商会から仕入れたお米は日本の物と違って粒が大きく、甘みは薄いです。あのお米独特の美味しさは薄いのです。まあ、日本のお米は何度も品種改良がされた上での味ですしね。お米があるだけでも良しとしましょう。普段、わたしが食べるときはお米5の麦5で炊いています。だって、お米は東の国からの貿易品なので高いんですもの…。
ですが今日は、お米10で炊いています。これだけでちょっと贅沢な気がしますよね?
炊き上がったご飯を潰していきます。確か、潰し過ぎてもよくないんでしたよね…。お米の形が少し残っているくらいがちょうどいいと聞いたことがあります。
……このくらいですかね?これを適当に丸めてから木串に刺して、棒状に伸ばして…。
お、いい感じに出来ました。後はこれを焼けば出来上がりですよね。早速暖炉の火で焼きましょう。
炙るようにしながらきりたんぽを焼くと、香ばしい匂いが部屋に満ちてきます。表面に焦げ目がつく程度に焼き、串から抜いて食べやすいように半分に切っておきます。
これで手間のかかる材料の準備は終えました。残りの材料は水で洗い、適度なサイズに切っておけばいいでしょう。あ、椎茸には十字の切り込みを…。これは必須ですよね?
さて、材料を準備し終わったなら、次はお鍋の方の用意です。
ふっふっふ、ついにこの土鍋の出番が来たようですね!ガラムさん経由で陶器を作っている職人さんに依頼して作ってもらったのです!お鍋と言えば土鍋!これは外せません!
まずは昆布で出汁をとります。煮立ってきたら火力を下げ、そのまま具材を投入していきます。出汁をとった昆布は取り出すことが多いそうですが、うちの方式ではお鍋に限ってそのまま継続です。
お鍋が出来るまでに大根おろしを作っておきます。ポン酢に大根おろし、定番ですよね。
やがてぐつぐつとお鍋も完成に近づいてきます。仕上げはテーブルに移動して、コンロに……コンロ…?
「ああっ!!」
なんという凡ミス!この世界にカセットコンロなんてあるわけないじゃないですか!ここまで用意したのに、最後の最後でミスをするなんて…!このままではお鍋の魅力が激減してしまいます!!
なんとかしないと…。
いくら冷めにくい土鍋とはいえ、熱源なしでは冷めてしまいます。発火の魔具では火力が弱すぎますし、まさかテーブルに竈を組むわけにもいきませんし…。
むぅ…。
……あっ!あの方法なら、適度な火力を維持できます!少し不格好になりますが、この際、そんなことは言っていられません!
まず鍋敷き代わりになる布をテーブルに敷いて、その上に大きなフライパンを載せて…。
暖炉から炭をいくらかフライパンに移して、その上に土鍋を置けば…。
少しぐらつきますが、そこは木切れで補強です。
これで火力の調整も出来ますし、火力が弱くなれば炭を補充すれば復活します。
ふふふ、この程度のミス、わたしにかかれば障害にもなりませんよ!
おっと、いいタイミングで王子もやってきたようです。この寒い中をご苦労なことですね。まあ、寒い中やって来てのお鍋は格別でしょうが。
王子をテーブルに着かせて、お椀とポン酢を用意します。
「これはなんだ…?」
目の前のお鍋を見て、王子が戸惑うように質問をしてきました。
「何って、お鍋ですよ。わたしの国の料理です。色々な具材を入れて煮込むのです。寒い日には最適の料理ですよ?」
そろそろ出来上がったでしょうか?
蓋を取ると、一気に湯気が立ち上りました。
ぐつぐつという音が、お鍋の完成を主張していました。
「お椀にこのポン酢を入れて、お鍋から好きな具を取ってポン酢で食べるんです。お好みでお鍋の汁を混ぜるのもありです。こちらの大根おろしを混ぜるのもさっぱりして美味しいですよ」
王子と自分のお椀にポン酢を適量入れます。そして自分のお椀には大根おろしを入れ、お鍋から白菜を取ってポン酢につけて口に運びました。
「あふっ、あふっ…」
……急ぎすぎました。あまりの熱さに、口の中で躍らせるようにして冷ましながら咀嚼します。
「……とまあ、このようにして食べるのです。お鍋は煮立っているので、口の中を火傷しないように気をつけて下さいね?」
秘儀、棚上げ!
先程の失態は無かったことにします。
今度はつくねをとり、少し冷ましてから口に入れます。
うん、やっぱり寒い日にはお鍋ですよね。
しかし、正面に座る王子は戸惑うようにしたまま、お鍋に手を伸ばそうとしていません。
「食べないんですか?温まりますよ?」
「……いや、何と言うか…。こういった料理は初めてなのだが、その、一つの鍋からそのまま取って食べるというのが、な…」
……ああ、日本人には普通のことでも、外人さんには違和感が強いのかもしれませんね。特に王族ともなると、取り分けられたものしか食べたことが無いのかもしれません。もしかしたら、そのまま箸をつけるという行為は下品だと考えているのかもしれませんが…。まさか、こんな場面で自分が日本人だと再認識するとは思いませんでした。
「こうやって食べるのが、お鍋の正式な食べ方なんですよ。こうして一つの料理をみんなで食べることによって、その絆を強くする効果もあると言われいるんですよ?」
嘘は言っていません。実際、お相撲さんなどはそうやって同じお鍋で食べることで、仲間意識を強くすると聞いたこともありますし、同じ釜の飯を食べた仲という言葉もありますしね。
「まあ、それはわたしの国の風習なので、王子が手を出しにくいのであればわたしが取り分けますが?」
わたしも無理に押し付けることは好きではありません。無理矢理形式を押し付けたところで、美味しいとは思えないからです。せっかくのお鍋ですし、美味しく食べたいですし、食べて欲しいと思います。
そう思い、王子のお椀を受け取ろうと手を伸ばしかけたところで、難しい顔をしていた王子が口を開きました。
「いや、それがこの料理の食べ方なら、それに従うのもマナーだろう。どれ、この団子を貰ってみようか…。……熱っ!」
「大丈夫ですか!?気をつけて下さいって言ったじゃないですか!はい、お水です」
これもお約束というやつなのでしょうか?ろくに冷ましもせずにつくねを口に運び、その瞬間に熱さに驚いてつくねはお椀の中に落ちました。
王子は差し出した水を一気にあおり、一息つきました。
「ふぅ、すまなかった…。大丈夫だ。少しヒリヒリするが、火傷はしていないと思う。これからは気をつける…」
「幾つかをまとめて先に取っておけば、食べるころには冷めていますよ」
アドバイスをすると、「そうか」と言って野菜などをお椀に入れています。
「はふっ、むぐ…。……むぅ、これはまた、何と言うか…。美味いのは確かなのだが、素材の味と言うのか?それが活かされていて、さらにこのポン酢というのが絶妙だな。それに身体の中から温まるようだ…。なるほど、寒い日に食べる料理というのも納得ができるな」
「お気に召したならよかったです。大根おろしはいかがですか?さっぱりしますよ?」
「ふむ、頂こうか…。……むっ?確かにあっさりとして…、しかしその中にピリッとした辛さが程良くアクセントになっている…。これはこれで美味いな」
王子の反応もいいようです。やはりお鍋は一人でつつくものじゃありませんしね。一人鍋とか寂しい気がします。
王子がお鍋に手を伸ばし始めたので、わたしも具材を追加しながら自分の分をお椀に取ります。
おっと、エルのご飯も忘れちゃいけません。
確か、キノコ類は猫は食べないんですよね。春菊もどきも香りの強いものは避けた方がいいと聞きます。
他のエルが食べられそうな物を幾つか取り分け、冷ますためにしばらくテーブルに置いておきます。
この熱々が食べられないなんて、猫って不便ですよね。
少し冷めたところで、お皿をエルの前に置きます。
「にゃ~」
一声鳴いて、がつがつとお皿の中身にかじりついています。
……しかしエルって、拾ってから数ヶ月過ぎていますが、全然サイズが変わりませんね…。このくらいの時期の猫って、それこそ一日単位で大きくなるものだと思っていたのですが…。いまだに子猫サイズのままってどういうことなんでしょうか?それとも、そういう種類なのでしょうか…?
「この丸い物はなんだ?肉……のようだが…。口の中で汁が溢れて美味いな」
エルを見ながら首をかしげていると、王子の声がしたのでそちらを見てみます。王子はつくねをフォークに刺して眺めていました。
「それは鶏肉を細かく刻んで団子……丸めたものです。つくねと言います。ちなみにこちらの白いほうはお米を炊いたものを磨り潰して固めたものです。お腹の持ちがいいんですよ……って、つくねがほとんど残っていないじゃないですか!?そればかり食べないで、他のもちゃんと食べて下さい!」
お鍋の中に入っていたつくねが1個しか残っていません!それなりに数は入れてあったはずなのに…。わたしだってつくねは好きなんですよ!?
「王子の分のつくねはもう無しです!残りのつくねはわたしが食べます!」
そう言うと、王子は何とも情けない顔をしながら項垂れてしまいました。
そ、そんな顔をしてもだめですよ!?食べ物の恨みは大きいのです!
「他の物も食べるから、少しくらい食べてもいいだろう?あまりの美味さに止まらなかったんだ…。こんなに美味い物が目の前にあるのに食べられないなんて、拷問だ…」
……美味しいと言ってもらえるのは嬉しいのですが…。それに、好きなつくねを気に入ってもらえるのも嬉しいと思います。が、それとこれとは話が別です!わたしはつくねを守り抜きます!!
「駄目です。王子は沢山食べたんですから、我慢してください」
ぴしゃりと言うと、王子はさらに情けない顔になりました。
これではわたしが悪いことをしているみたいじゃないですか…。
「……少しだけなら、食べてもかまいません。少しだけですよ!?きちんと他の物も食べないと上げませんからね!?」
はぁ…。なんだかんだと言っても、ああいう顔には何故か弱いんですよね…。日本にいたころ、兄の悪戯を怒った時にご飯抜きにしたのですが、あからさまにしょんぼりとされるとついつい許してしまって…。
わたしが許可を出すと、王子は顔を上げ、酷く真面目な顔で「わかった」と言って白菜に手を伸ばしました。
わたしは溜息をつき、残りのつくねをお鍋に投入しました。
お鍋が食べたくなったので書きました…。
鶏つくねが好きです。