077 剣術大会
大会の会場に近づくと、独特の熱気が伝わってきます。時折大きな歓声が上がっているので、試合中のようです。
わたしは人混みをかき分けながら、試合の見える場所まで移動しました。
地面を蹴る音、金属のぶつかり合う音が響きます。
中央に用意された舞台(?)では二人の騎士が剣をぶつけ合っていました。
今攻めているほうが騎士Aとして、もう片方が騎士Bとしましょう。
騎士Aの剣が薙ぎ払うように騎士Bを襲いますが、騎士Bはそれを後ろに飛び下がってかわします。しかし、騎士Aはそれを追いかけるようにして斬り返し、今度は下から剣を跳ねあげます。騎士Bの剣がそれを受けますが、咄嗟に受けたせいで踏ん張りが利かないのか、騎士Aの勢いを殺すことはできずに剣を弾き飛ばされました。
そのまま騎士Aの剣が騎士Bの首に突き付けられて試合終了です。
ここで歓声が上がり、騎士Aが観客に対して手を振っています。
と、なんだか淡々と中継してみましたが、正直あまりレベルの高い試合だとは思えませんでした。
周りにいる人に聞いてみればそれもそのはず、今の試合は新人騎士の決勝戦だったそうです。貴族のお坊ちゃん同士の試合だったということですね。しかしそれでもこのレベルと言うのは、正直ゴブリンの方がましなのでは?と思うくらいのものでした。こんなので大丈夫なんでしょうか…?
ちなみにメインの試合はこの後だそうです。
正騎士の中からの選抜で、トーナメント形式の試合を勝ち進んでの準決勝だそうです。
さっきの試合よりは面白くなりそうですね…。
しばらく間が空いて、控室らしき方から二人の騎士が現れます。
鎧は胸と胴部分、それに脛や腕を覆っただけの簡易的な物のようです。先程の新人騎士は鎖帷子?チェインメイルというのでしょうか?それを着ていましたが、今度の騎士は局所を覆うだけのようです。これも実力差なのでしょうか?武器は直刃の片手剣です。
二人が舞台の中央で向かい合います。お互いに剣を合わせてから離れました。
観客も緊張からか、ピリピリとした空気を発しています。
「はじめ!」
審判の合図で、片方の騎士が一気に前に出ます。都合上、やはりこちらを騎士Aとします。相手はもちろん、騎士Bです。
ギィン!
金属の打ち合う音が会場に響きます。
突撃の勢いと体重を乗せた一撃でしたが、騎士Bはそれを剣の根元の部分で受けました。
やはり先程の新人騎士とは違い、動きも威力も段違いです。
しばらく鍔迫り合いをしていましたが、騎士Bが身体をずらすようにして力を抜きました。それに引っ張られるように、騎士Aの体勢が少しだけ崩れます。
それを狙い澄ましたかのように、騎士Bの上段からの打ち下ろしが騎士Aに襲いかかります。
ガギィン!
なんとか、といった風で騎士Aがその斬撃を防ぎましたが体勢が崩れています。これでは次の攻撃が凌げるかどうか…。
ギィン!ギィン!
まるで遊ぶように、騎士Bの攻撃が騎士Aを襲います。が、明らかに力を抜いています。それでいて、決して騎士Aに体勢を立て直させないような攻撃の仕方です。
これは…、騎士Bは遊んでいますね…。
準決勝まできて遊ぶ余裕があるのは凄い実力だとは思いますが、決して趣味がいいとはいえません。
観客は盛り上がっていますが、騎士Aは遊ばれているのがわかっているのか、なんとか体勢を立て直そうとしています。
よく見れば、騎士Bの口元が笑っています。
……本当に趣味が悪い…。
ギィン!
あがくように出された騎士Aの一撃も、軽く弾かれてしまいました。そのせいで騎士Aに絶対的な隙が生まれます。
騎士Bの剣が大きく振られます。このままだと、騎士Aはかなりの怪我を負うことになります…!
絶体絶命かと思ったその時。
「それまで!」
審判の声が響きました。
騎士Bの剣が、騎士Aの脇腹の手前で止まっていました。
「ワァァァァァ!!」
決着がつくと、観客の声援が大きくなりました。が、もしもあの時に審判が止めなければ、恐らく騎士Bの剣が騎士Aの脇腹を打ち据えていたでしょう…。
いくら刃を潰した模擬戦用の剣とはいえ、鉄の塊です。あのまま全力で振り抜かれれば、鎧の上からとはいえかなりの衝撃がくるはずです。
実力はあるようですが、とても騎士に向いているとは言えない性格のようです…。
また、しばらく間を空けてから二人の騎士が出てきました。恰好は先程の騎士と変わりないようです。
……って、片方は王子じゃないですか!?準決勝まで残るとは、ただのヘタレじゃなかったんですね…。
「はじめ!」
審判の合図とともに、今回は両方ともが前に出ました。
大きな音を立てて剣が打ち合わされます。
二度、三度と剣が打ち鳴らされ、そのたびに観客が沸きます。
ふむ…、王子も中々やりますね。打ち合っているにもかかわらず、軽く捌いているように見えます。対する騎士、騎士Cと呼びましょうか。騎士Cは顔に焦りが見えます。
五度目の打ち合いの瞬間、騎士Cがよろめくように下がりました。そこに王子が一気に畳み掛けます。
体重を乗せた一撃に耐えきれず、騎士Cの手から剣が離れ、直後に騎士Cの目の前に王子の剣がピタリと合わせられました。
「それまで!」
凄く安定感のある試合運びでした。王子の事を少し見直さなければいけないかもしれませんね…。
次の決勝戦は、王子と騎士Bですか…。正直、あの騎士Bの戦い方は好きになれません。不本意な気もしますが、ここは王子を応援するとしましょう。
実力的にはそれほどの差は無いようには思えますが、力では騎士Bのほうに分があるでしょうか?
しばらくの休憩の後、王子と騎士Bが舞台に現れました。
舞台の中央で、二人が何か話しているように見えますが…。何を話しているかまではわかりません。
やがて二人とも離れて、開始位置まで下がりました。
「これより決勝戦を行います!それでは……はじめ!」
合図とともに打ち合いが……始まることも無く、二人とも動きません。睨みあったままです。
しばらくその状態が続き、観客がじれ始めた頃に王子が動きました。
しかし一気に距離を詰めるのではなく、ゆっくりと歩いて騎士Bに近付きました。しかも剣は下げたままです。これには観客も呆気に取られています。
騎士Bは警戒するように剣を構えていますが、王子はそれに構うことも無く変わらぬ足取りで近付いていきます。
剣の間合いに入った時、焦れたのか騎士Bが踏み込みながら突きを放ちました。しかも防具をつけていない顔を狙っています!
しかし、王子はそれを読んでいたかのように下から剣を跳ね上げて騎士Bの剣を弾きました。そしてすぐに次の攻撃を繰り出します。
ギィン!ガギィン!
騎士Bは劣勢に立たされています。何度も剣で攻撃を受け、必死に体勢の立て直しを図っています。まるで騎士Aと騎士Bの試合を、立場を変えて見ているようです。
違うのは、王子の攻撃が手を抜いていないと言うことでしょうか。騎士Bはなんとか防いでいますが、きっちりと防御しないと防ぎきれない攻撃ばかりです。騎士Bがミスをすれば、そのまま試合が決まってしまうかのような攻撃です。
騎士Bの顔に焦りが浮かんでいます。対する王子の顔は冷静です。冷静に、騎士Bを追い込んでいます。
ギィン!ギィン!
何度も剣を打ち合う音が響いています。
騎士Bは誰が見てもわかるほど劣勢です。最初のような余裕は全くありません。額にも見てわかるほどの汗が浮かんでいます。
やがて焦ったような騎士Bの攻撃が振るわれますが、それに合わせたような王子の一撃であえなく弾かれてしまいます。騎士Bに大きな隙が生まれます。
そこへ王子の攻撃が襲いかかりました。
騎士Bは必死に剣を戻してなんとかその攻撃に剣を合わせましたが、不自然な体制で王子の剣を止められるはずもなく、騎士Bの剣は弾かれて手を離れてしまいます。
完全に無防備になった騎士Bに、王子の攻撃が振るわれました。
「そこまで!」
審判の合図とともに、王子の剣が騎士Bの脇腹の横でピタリと止まります。
王子が剣を引くと、騎士Bは力が抜けたように地面に座り込みました。
……王子、わざと狙いましたね…。先程の騎士Aの仕返しですか?趣味がいいとはいえませんよ?いえ、すっとしましたけど…。
それにしても、王子って結構強かったんですね…。意外です。昨日のパレードの時といい、今の試合といい、いつもの王子じゃないみたいです。そういえば、夢の中でも熱い目でわたしを見て…。
……って、思い出しちゃったじゃないですか!ああ、もう!どうして王子の事でこんなにドキドキしないといけないんですか!?くぅ、きっと今のわたしは顔が真っ赤になっています…!煩悩退散、煩悩退散…。
あれです、きっとギャップのせいです!いつものほほんとしたヘタレ王子のくせに、昨日今日と真面目な事をするからいけないんです!俗に言う、ギャップ萌えとか言うやつですよ!一時の気の迷いです!
わたしは自分に言い聞かせるように、「気のせい」と何度もつぶやきました。
舞台の上では王子が王様と笑顔で話をしていました。
それを見て、わたしはまたも鼓動が速くなった気がしました。