076 お祭り最終日
「ちょ、王子…!?」
「サクラ、名前で呼んでほしい…。セドリム、と…」
「え?いや、待って下さい!何を…?んむっ!?」
え?なに?なんですか!?今、わたし王子に口付けされてます…!?
「んふっ…、やっ、待って、ひぁっ…!」
舌が!口の中に王子の舌が入ってます!!
苦しくなるくらいに王子の口がわたしの口を塞ぎ、王子の舌が口の中で暴れてわたしの身体から力を奪っていきます。
どれくらいの時間でしょうか?わたしが苦しくなって力の抜けた手で王子の腕を叩いた時、やっとわたしの口が解放されました。
「……すまない…。でももう我慢できないんだ。サクラ、君の全てが欲しい…。私の物になってくれ…」
「え?王子、ちょっと…?」
「セドリムだ」
「え?あ、セドリム……様…?」
一応王子なので、敬称は必要ですよね?
しかし、そう呼んだ瞬間に王子の顔がトロンとした顔つきになりました。
「サクラ…!」
え?とわたしが思う間もなく、力の入らなくなった身体を押し倒されました。
ぼふっとスプリングの効いたベッドに身体が沈みます。
え…?ベッド?いつの間に…?
急な展開に唖然としていると、いつの間にか腕を頭の上で押さえつけられています。
そして陶酔したような王子の顔が、わたしの目の前に降りてきました。
「サクラ…。優しくする…。だから…」
再び王子の唇が、わたしの唇に…。
「きゃぁぁぁぁぁぁ!!!」
わたしは悲鳴を上げながら飛び起きました。
心臓がドキドキしています。
「に~」
エルが抗議するように、わたしの腕を叩いていました。
「エル…?あれ…?今のは、夢…?」
周りを見れば、今わたしがいるのは寝室のベッドの上。部屋もいつもの家の寝室です。 いつも通りの寝巻に、いつも通りのベッド。そこにはエルがいつも通りに寝ていました。
「やっぱり、夢でしたか…」
しかし、なんという夢を見てしまったのでしょうか…。あんな…、まさかあの王子とあんなことをする夢なんて…。
まだ心臓がドキドキしています。恐らく、顔も真っ赤でしょう。
「なんて生々しい夢だったんでしょう…。夢は願望を表わすと言いますが、まさかわたしにそんな願望が…?いえ、きっと気の迷いです!昨日のパレードが原因に違いありません!多分、久しぶりに王子の、しかも余所行きの顔を見たからです!ちょっと見直したとか、そういう風に感じたのも気のせいです!でないと、王子とわたしがあんなこと…。あはは、あるわけありませんよ!なんせ王子はおっぱい星人なんですから!ねぇ?あははは…、はぁ…」
なんだか自分の言葉で自分にダメージが入った気がしました。
「にゃ~」
てしてし。
エルの慰めるような猫パンチが、さらに気分を沈めました…。
今朝の夢のせいか、なんとなく気分の乗らないまま、お祭り最終日の屋台の準備に取り掛かります。と言っても、家から塩ダレを持っていき、網と炭を用意するだけですが。
鶏肉はお肉屋さんが配達してくれていますし、それを屋台の中で適当なサイズに切って串に通すだけです。
ということで、今はお肉を切って切って切まくっています。
「まったく!あんな夢を見たのも!全部!王子が悪いんです!」
辺りにはダンダンと、物騒な音が響いています。どんどんとお肉が切られていきます。
「あれは!絶対に!わたしの願望じゃ!ありません!からっ!」
屋台の前を通る人からは何事かと覗き込まれますが、お肉を切っているのを見るとそのまま何も言わずに去っていきます。
「ふぅ…、このくらいあればしばらくはいいでしょうか?しかし、どうしてわたしが王子の事で悩まなくてはいけないんですか…。それもこれも、いつも王子がヘタレなのがいけないんです。いつもはヘタレなくせに、たまにあんな顔をするから…」
昨日のパレードの時の王子と、夢でわたしに迫ってきた王子の顔が浮かび、慌ててそれを振り払います。
「きっと王子がわたしの一番身近な男性だから夢に出て来たんです。……そう言えば、わたしの周りの男性ってあんまりいませんよね…。ガラムさんは友人と言うよりは知人の方が近いですし、他に男性と言えば高橋さんやお店の人くらいですし…。むぅ、近い年齢の男性がいません…」
そういえば元の世界にいた時も同じ年頃の男の子は、友人どころか知人と呼べる存在もいませんでしたね…。もしかして、わたしの人生ってあまり男性と縁がないのでは…?
むぅ、このままだとわたしの人生って、寂しいものになるのではないでしょうか…?
早急に改善する必要がありそうですね…。
考えながら手を動かしていたら、いつの間にか切ったお肉が無くなっていました。
そろそろ火を熾して開店しなければ…。
「いらっしゃいませ。5本ですね?30ゴルシュになります。はい、ありがとうございました」
初日と昨日に引き続き、今日も朝から客足は快調です。この分だと今日も早く店じまいになりそうです。
「いらっしゃいませ」
焼いて焼いて焼いて、売って売って売って…。空いた時間にはお肉を切って串に刺して…。凄く忙しいです。
「お待たせしました!え?お一人様5本までとさせて頂いているんです。すみません」
少しでも気を抜くと、いつのまにかお客様が待っている、なんてこともあります。売れ行きが順調なのはいいですが、忙しすぎるのも考えものですね…。
お昼近くになると行列ができました。うう、手が足りませんよ!?
「はい、5本ですか?焼き上がるまで少々お待ちください」
ああ、もう!焼いた傍から無くなっていきます!お肉が!串がぁぁぁ!!
……。
はぁはぁ…。
なんとか捌ききりましたよ…。
昨日以上の人出でした…。もう用意したお肉も無くなりましたよ…。
あれですね、こうやって見てみると、日本人って凄くマナーがいいんだなと思いました。
何のことかって?行列ですよ。
日本人は自分で最後尾を探して並んでくれますが、こちらの人はそういったことを気にしない人もいるんです。いえ、むしろ多いと言うか…。
数人の行列ならすぐに捌けるので問題なかったのですが、ある程度の人数を超えると酷いのなんのって…。横入りは当たり前で、串を渡そうとしたらそれを横から奪おうとしたり、並んでくださいと言っても逆切れしてきたり…。
最後にはきちんと並ばないと売らないと言えば、少しは大人しくなってくれましたが…。
話では外国人は並ばないとか、日本人のマナーはいいと言う話を聞いたことがありましたが、まさかこんな異世界に来てそれを実感することになるとは…。
とにかく、今回のお祭りでの売る焼き鳥は完売です。屋台は明日業者が回収することになっているので、わたしは後片付けをすれば終わりになります。
さて、残りの時間はどうしましょうか…。今日は剣術大会をしていましたね。それを見に行ってみましょうか?この時間なら後半戦がまだやっているはずですし、丁度いいかもしれませんね。
確か、会場はお城の中の訓練場だったはず…。
参加者で誰か知っている人はいるでしょうか?