070 おまけの試作品
「アベリア王女、どうだったでしょう?どれもなかなかのものだったと思うのだが」
「そうですね…。どれも食べたことのないものばかりでしたが、私は栗のムースというのですか?あれが一番良かったと思います。もちろん、他の物も素晴らしくて美味しかったのですが…。このようなお菓子が今回のみ、というのは残念でなりません。ああ、でもサクラ様が(ゴニョゴニョ)されると食べる機会が増えますよね?これはセドリム殿下に頑張ってもらわないといけませんね」
「そうですね。アベリア王女も応援してやってください」
え?なんですか?どうして二人でわたしを見ているんですか?あれ?他の方までどうしてそんな生温かい目で見るんですか?ねぇ?
「これはまだまだ無理そうですね…」
「うむ…」
「セドリム兄様は押しが弱いですから…」
「本人は全然気づいていないしな…」
「早く安心させてほしいですわね…」
ええ?今度はどうしてそんな憐みの視線に?
「あー、サクラ、まだ箱が残っているようだがあれはなんだ?」
え?おお、そうです。梅酒ゼリーが残っていました。おまけのつもりだったんですが、この空気から逃れるために利用しましょう。
「えっと、依頼内容とは違いますが、試作してみたんです。よろしければ食べてみませんか?」
返事を聞く前に、さっさと箱を取り出して開けました。
給仕さんがすぐにみんなの前に配っていきます。
「夏に作った梅をお酒に漬けた物をゼリーにしてみました。季節の果物ではありませんが、食べてみてください。あ、梅は種があるので気をつけて下さいね」
ゼリーがグラスの中で光を受けて淡い色に透けています。その中には2粒の梅。みんなの目がグラスに注目しています。
ふう、これで誤魔化せたでしょうか?おまけで作った物が、意外な役に立ちました。
しかしどうしてわたしがあんな目で見られないといけないのでしょうね?
そう思いながら、自分の分を食べてみます。
……うーん、漬かり具合が甘い気がします。もう少し先にならないと美味しくはならないみたいですね。でも風味は出ていますし、これはこれで…。
「あら、このゼリーはお酒の風味が強いのですね?それに少し酸味があって、爽やかな気がします」
「ふむ、これは単品でも食べられるな」
「もう少し酒が強くてもいいな」
ふむ、それなりに評価は高いようですね。
うーん、これなら葡萄を白ワインで漬け込んだものをゼリーにしてみても良かったかもしれませんね。時間が足りませんでしたけど。
「……サクラ、これはアルコールが入っているようだが大丈夫なのか?お前はその、酒に弱いだろう?」
「え?ああ、このくらい大丈夫ですよ。アルコールと言ってもゼリーですし、作っている最中に大分飛んでいますから」
王子は心配症ですね。いくらお酒に弱いと言っても、ゼリーで酔うわけ無いじゃないですか。わたしだってその辺りは気をつけていますよ。
「それよりもどうですか?今回は梅酒ですけど、梨や葡萄を白ワインで漬けて同じようにゼリーにしてみたらどうかなと思うのですが」
いっそ梨のコンポートをそのままゼリーにしてみるのもいいかもしれませんね。あれならすぐに作れますし。
「ん?ああ、そうだな。サクラがいいと思うなら作ってみてもいいんじゃないか?」
「む、随分どうでもよさそうな答えですね?せっかく意見を聞いているのですから、王子がどう思うかを言ってください」
「いや、そう言われても私にはどういう物になるのかがわからないから答えようが…。サクラ?顔が赤いが大丈夫なのか?」
「大丈夫ですよ。わからないのならきちんとそう言ってください。でないと、どうでもいいようにしか聞こえないじゃないですか。……ん、やはり実はちょっと酸っぱいですね。もうしばらく寝かせればよかったですか」
「なあ、本当に大丈夫か?休んだ方がいいんじゃないのか?」
「もう、大丈夫ですってば~。王子は心配症ですねぇ~。そういう王子の方が大丈夫ですか?ふらふらしていますよ?」
言葉通り、わたしの視線の先では王子がゆらゆらと揺れています。わたしのことをお酒に弱いとか言っていたわりに、王子の方が酔っ払っているじゃないですか。
あれ?王様や王妃様も酔っ払ったのでしょうか?アリア王女もセドリム王子もアベリア王女もゆらゆらしていますよ?あれれ?みんなお酒に弱かったのでしょうか?
「ああ、もう食べるな」
「あっ!ひどいです!」
王子がわたしのスプーンから梅を奪ってしまいました!しかも指で摘まんで!
「せっかく最後に食べようと取っておいていたのに!返してください!……あむっ」
わたしの前から梅を奪い去ろうとする腕を捕まえ、そのまま口に含みます。
「あら…」
「ふむ…?」
「まあ…」
「ほぅ…」
「あらあら」
「ん……ちゅ…、むぐ…」
やはり少し酸味がありますが、これはこれで美味しいです。じわりと口の中に果汁?が広がるのもいいですね。
「サ、サクラ…?」
「んむ、れろ…ちゅぷっ」
じっくりと梅を味わってから王子の指を口から離しました。
カラン、と音を立ててグラスに種を吐き出します。
「あれ?どうしたんですか?顔が真っ赤です……よ…?」
視界がぐらぐらと揺れたかと思うと、そのまま意識がぷつんと途切れました。