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066 王子、頑張る1

 私は今、真剣に悩んでいる。

 え?お前は誰だって?ソビュール王国第二王子のセドリム・アル・ソビュールだ。覚えておいてくれ。

 で、私が何を悩んでいるかと言うと…。

 数刻前に母上とアリア、それに侍女のシフォンに言われたことが原因だった。


 今日は私の仕事も少なく、時間ができたので母上のご機嫌伺いに顔を出したのだ。

 しかしタイミングが悪かった。

「母上、セドリムです」

 母上の私室にノックをして声をかけると、中から返事が聞こえた。

「セドリム?丁度いいわ。入ってらっしゃい」

 私は首をかしげた。侍女ではなく、母が直接返事をしたこともそうだが、丁度いいとはどういうことなのだろうか?

 ……嫌な予感がする。

 私はこの時、その直感に従うべきだったのだ。

「失礼します」

 しかしこの時の私は何も考えず、違和感を感じながらもそのまま部屋へと入った。

「母上、ご機嫌はいかがですか?」

 まず母上に挨拶をして、次に部屋にいたメンバーに気がついた。

「……どうしてアリアとシフォンがいるんだ…?」

 母上の私室にいたのは、妹のアリアと侍女のシフォンだった。

 いや、アリアはまだいい。王女が王妃の私室を訪ねていてもおかしくはない。

 だがシフォンは侍女とはいえ、客室付きだったはずだ。なぜシフォンがここにいる?

 部屋の前で感じた嫌な予感が膨れ上がった。

「二人は私が呼んだのです。セドリム、貴方の事を話していたのですよ」

 頭の中で「逃げろ」と警鐘が鳴り響く。

「……他の侍女はどうしたのですか?」

 そう、この部屋にはシフォン以外の侍女がいないのだ。本来なら何人もいるはずの母上付きの侍女も、アリアの侍女もいないのだ。これは3人が何か内密な話をしていたのだと想像できる。しかもそれが私の話だと…?

「侍女はシフォンが一人いれば大丈夫よ。他の者は下がらせているわ」

 ……ここは危険だ。

 そう判断した私は、すぐに部屋を辞すことを決めた。

「では母上、お顔も拝見しましたので私は失礼します」

 そう言ってさっさと退出しようとした。

 ……したのだが…。

「待ちなさい」

 思わぬ強い口調に、扉へ向かおうとしていた身体がピタリと止まる。

「座りなさい」

 王妃の威厳を纏わせた、静かだが逆らえない雰囲気にしぶしぶ空いている席へと腰を下ろした。

 すぐに私の前にお茶の入ったカップが置かれる。

「時間はあるのでしょう?せっかくだから貴方にも直接聞きたいことがあります」

 私はこの時点で色々と諦めた。母上は私が今日の仕事が終わっていることを察している。いや、もしもこの後仕事が残っていようと、逃がすつもりはないのだと理解した。

 アリアもシフォンも何も言わずに母上の言葉を待っている。

「単刀直入に聞きます。セドリム、サクラはいつ娘になるのですか?」

 何を言われたのかわからなかった。

 いや、言葉は聞こえていたのだが…。

 私は母上の顔を見詰めたまま、言葉を理解するのにしばらくの時間を要した。

「……今、なんと?」

 ようやくそれだけを言葉にした。

「サクラはいつ、貴方の妻になるのかと聞いたのです」

 聞き間違いであってほしかった。

 しかし、二度目に言われた言葉は最初よりも明確に、間違えようのない言葉で私に向けられたのだ。

「……予定はありませんが?」

 そう、予定どころかまだ何の進展もないのだ。私だって一度や二度、いや、三度や四度、それ以上にその光景を想像したことはある。


 サクラは異世界から来たと言う小さな少女だ。

 この国では珍しい、黒目黒髪を持った少女。そして見た目は10歳に満たない子供のような小さな身長。それでいてその体術は素晴らしく、騎士団の男達でも敵うものは少ないだろう。

 それに加えて少女の言う、前世の記憶。それは25年前に暗殺されたこの国の宮廷魔導師だという。

 さらに最近、とある事件がきっかけで魔術も使えることが分かった。

 しかも今は神から神器を賜り、その神器を以って竜殺しも行ったという、強者の冒険者でもある。


 そんな少女だが実際は料理が上手くて家庭的、性格は少し捻くれてはいるが、見た目は人形のように可愛らしくてたまに見せる笑顔がとても印象的だ。

 そしてその小さな身体でちょこまかと動く姿は小動物的な可愛らしさもある。

 一度無理を言って母上やアリアにも会わせたが、二人がその時にサクラの事を随分と気に入ったのもわかっている。シフォンに至ってはサクラを妹のように可愛がっているのも知っている。

 そんな3人が集まって、このような事を相談していたというのか…?

「予定がない?貴方は2ヶ月も時間があって何をしていたのですか?毎日サクラの家に訪れているのに、まだ何もしていないと言うのですか?」

「ですが母上、私とサクラはそのような・・・」

「黙りなさい。貴方の気持ちはわかっているのです。ならばいつまでもうじうじしていないで、男らしくアプローチをしたらどうですか?」

「そうですわ、お兄様。お兄様がお優しいのは知っていますし、サクラちゃんの気持ちが自分に向くまで待っているのもわかりますが、時には強引に迫ることも必要ですわよ?女は殿方に強引に迫って欲しいと思うものですわ」

「ですが殿下、サクラ様を傷つけるようなやり方は許容できませんので覚えておいてください」

 私の反論を封じるように、3人が畳み掛けるようにそれぞれの意見を述べる。

 だが、私もただ言われてばかりのつもりはない。

 ……効果があるかどうかは別にして。

「母上もアリアもシフォンも、私達のことを考えてくれるのは嬉しいが、これは私とサクラの問題だ。私には私のやり方がある」

「黙りなさい。貴方に任せていても、この2ヶ月で何の進展もなかったではありませんか。せっかく私達が協力した夜会も成果は上げられませんでしたし…」

「しかしそれは…」

「反論は認めません。いいですか?3日のうちに何かしら成果を出しなさい。もしも何の成果も無かった場合は……わかっていますね?」


「はぁ~」

 思い出しただけでも溜息が出る。

 たった3日で何をしろと言うのだ…。

 出来るものなら私だってサクラともう少し親密になりたい。そしていつかはあの小さな唇や白い肌をこの手で…。

 何度か見た、少女の肢体が脳に浮かぶ。

「セドリム!聞いたぞ、ついに婚約者を決めたんだって!?」

「うわぁ!あ、兄上、ノックくらいして下さい!」

「何度もノックはしたぞ。ん?どうした、顔が赤いぞ」

「なんでもありません!それよりも、なんですか?婚約者って…」

 変な事を考えていたときに急に声をかけられたものだから、心臓がバクバクいっている。

 落ち着け、セドリム。ここは冷静になれ…。

「ふっ。母上達が言っていたのだ。近いうちにセドリムに婚約者ができるはずだと。もちろんサクラの事なんだろう?俺は賛成するぞ。あいつが俺の妹になれば美味い料理が食えるからな」

「……あの人達はっ!私達はまだそんな関係ではありません。だからその話は嘘です」

 頭が痛くなってきた。これが女というものなのか?

「ふっ、まだ、ということはお前にはその気があるのだろう?さっさと押し倒すなりしないと、他の男に掻っ攫われてしまうぞ?」

「いいから私達の事は放っておいてください!私はこれから出かけるので失礼します!」

 母上達に続いて兄上まで…。私にどうしろと言うのだ…?


 悩んでいる間にいい時間になったので、サクラの家に来てみたのだが…。

「返事がないな…」

 何度か声をかけてみたが、反応がない。

「玄関は開いている、しかし返事がない…。まさか、サクラの身に何かあったのか?」

 慌てて玄関を開けて中に入る。

「サクラ!どこにいる!?大丈夫か!?」

 キッチンにもリビングにもいない…。


 ガタン


「む、そっちか?サクラ?」

 音がした方へ、足を忍ばせて近付いてみる。

「にゃ~」

 その時、急に何か小さいものが飛び出してきた。

 続いて飛び出してきたものに、思わず動きが止まった。

「待ちなさい!あ、王子、その猫を捕まえて下さ……い?」

 相手も私を見て、動きが止まる。

 サクラだ。

 先程まで探していた少女。それは間違いない。

 だがその姿は…。

 風呂にでも入っていたのだろうか、一糸まとわぬ姿で肌は上気し、ピンク色に染まった肌は少女とは思えない美しさを醸し出している。

 そして艶やかな黒髪からは、乾ききっていないのか滴が落ち、その内の幾筋かが肌を伝っていた。

 ゴクリ、と咽喉が鳴った。

「あ、サクラ…?えっと、これはその……呼んでも返事もなかったし、ドアも開いていたんで…」

 その姿に見とれながら、乾いた唇でなんとか言葉を紡ぐ。

「あ…、それはすみませんでした。お風呂に入っていたので…」

 サクラは状況が理解できていないのか、身体を隠すことも忘れて私の言葉に受け答えをしていた。

「にゃ~」

 ふと、足元で何かが鳴いた。これが先程飛び出してきたものの正体か…。

「その猫は…?」

「あ、拾ったんです。なんだか懐かれたみたいで…」

「にゃ~」

「そうか…」

「はい…」

「にゃ~」

 なんとも言えない空気が漂う。

「それで……そろそろ何かで隠してくれると…。目のやり場に困るのだが…」

 その場に居たたまれなさを感じ、つい私はそんなことを口にしていた。

 本来ならまず目を背けるなりしてから言うべき言葉を…。

 しかしそれで現状を理解したのか、サクラの顔が徐々に赤く染まっていく。

「……きゃぁぁぁぁぁぁ!!見てないで後ろを向くなりしてくださいよ!」

 その悲鳴でようやく硬直が解けたかのように、私はあわてて後ろを向いた。

「す、すまん!」

 なんとかそれだけを告げてリビングへと逃げだした。


 その後の食事は会話もなく、お互いに気まずい空気のままだった。

 はぁ…。1日目でこんな事で大丈夫なのか…?

 後二日で進展させろと言うのはかなり無理があると思う。

 そう思いながら、私はとぼとぼと城へと帰った。


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