064 勇者の結末
今度は街の人に聞き込みだ。
まずはそのあたりの店の人に聞いてみよう。
「黒目黒髪?ああ、サクラちゃんの事か?いい子だね。孫みたいに思っているよ」
「サクラちゃんかい?あんた、そんなこと聞いてサクラちゃんに変な事する気じゃないだろうね?もしそんなことしたら、あたしが許さないよ?」
「サクラちゃん?ああ、知ってるよ。一人暮らしをしているらしいな。うちにも偶に買い物に来てるよ」
「あん?ああ、あの嬢ちゃんか。面白い子だよな。あ、あんた知り合いなら顔を見せに来いって言っといてくれ」
「はい?ああ、あの少女ですか?ええ、お陰さまで役立たずと言われていた私の魔具が飛ぶように売れて…」
「サクラちゃん?あんた、あの子の知り合いかい?ならこれでも持っていきな。ああ、お代はいいよ」
「サクラ?貴様、サクラの事を嗅ぎまわっているのか!?ん?違う?ふむ、そういうことか…。ならば私が語ってやろう。サクラは…(中略)…あ、おい!待て!」
はぁ、はぁ…。なんだ、最後のやつは?なんか冒険者ギルドにいた女と同じ感じがしたぞ…。
いや、それより…。
とりあえず色々と聞いて回ってみたが、悪い噂の一つもないな。むしろみんな好意的だ。
やはり国王が俺に嘘を言っていたのか…?
少なくともあの少女が魔王と言うことはないだろう。なら、王家が魔王を匿っていると言うのも嘘と言うことになる。
とりあえず宿に戻って相談を・・・あれ?あそこにいるのはエレノアじゃないのか?一緒にいる男は誰だ?む、路地に入っていくようだ。どうしてそんな場所に…?
なんとなく二人の後をつけてきてしまったが…。
しかしこんな路地裏に来てどうしたのだろう?
「……ならばこの計画は失敗と言うことか?」
「ええ、勇者は対象の言葉を聞いて色々疑問に思っているわ。よほどの馬鹿じゃない限りは騙されていることに気付くはずよ。そうなるとまずいことになるわ」
「わかった。その前に排除しよう。勇者の誘導は任せる。場所は西の大河だ。いいな」
「任せて。決行は明日の午後で大丈夫?」
「問題ない」
その言葉を最後に、エレノアともう一人の男はどこかへ消えた。
「……なんだよ…。やっぱり騙してたのか…?」
誰もいなくなった路地裏で、俺の情けない声が静かに響いた。
どれくらい時間が立ったのだろうか?
すでに辺りは暗くなり始めていた。
俺はのろのろと立ち上がり、これからどうするのかを考えてみる。
しかし考えがまとまらない。
……このままじゃ、俺は明日殺される。逃げるか?だがどこへ?この世界を知らない俺がどこへ逃げると言うのだ?
ぐるぐると考えが頭を駆け巡るが、まともな事は何一つ浮かばない。
考えるのを諦めかけた時、誰もいないはずの路地裏に声が聞こえた。
「こんなところで何をしているんですか?えっと……高橋さん?」
声のした方を見ると、あの少女が立っていた。
「……藤野さん?どうしてここに?」
「私は買い物の帰りですよ。ここは近道なんです。まあ、滅多に通りませんが。それよりもどうしたんですか?この世の終わりみたいな顔をして…」
少女は心配そうな顔をしている。
それを見て、なんだかおかしくなってくる。先日まで命を狙って追いかけていた相手に心配されるなんて…。そう考えると何もかもどうでもよくなってきた。
「ははは!藤野さんの言うとおりだったよ!俺は騙されていたんだ!あの国王に、エレノアに、あの国に!それに気づいてしまったから、俺は殺されるらしい。無理矢理召喚されて、騙されて、最後は殺されるってどんなクソゲーだよ…!」
悔しい。疑いもなく騙されていた自分が。
悔しい。勇者だと言われて調子に乗っていた自分が。
悔しい。こんな自分を心配してくれる少女を殺そうとしていた自分が。
そして、憎い。俺を騙して、殺そうとしているやつらが。
しかし俺一人ではどうにもならないだろう。逃げても生きていく術がない。かといって立ち向かっても勝てる気がしない。
勇者だなんて言っても所詮は人間だ。一人の人間が国に勝てるはずがないのだ。
「それで、どうするんですか?そのまま殺されるのを待つんですか?」
彼女の声が響く。冷たい声だ。
「どうしろというんだ!?俺には国に立ち向かうほどの実力も、一人で生きていく力もない!日本に帰れるわけでもないし、どうしろと言うんだ!俺だって死にたくない!でも、何も思いつかないんだ…!」
叫んだ。叫んでもどうにもならない事はわかっているが、それでも叫ぶしかなかった。
俺の叫びを聞いて、彼女はそれでも静かに言った。
「なら、頼ればいいじゃないですか。国に対抗できる場所に、助けてくれと全てを訴えればいいじゃないですか。死にたくないのでしょう?」
何を言っているんだ?頼る?どこに?国に対抗できる場所?そんなものがあるのか?
「ついてきますか?その気があるなら同郷のよしみで口を効いてあげますよ?」
それだけを言うと、彼女は俺に背を向けて歩き始めた。
俺はどうしていいかわからなかったが、他に考えつかなかったので彼女の後を追いかけた。
彼女に連れて行かれたのは、一軒の家だった。
彼女は何のためらいもなくドアを開け、家の中へと入って行った。
俺は恐る恐るそれに続く。
人気のない家で、彼女は俺に座っているように言った。
しばらくすると、誰か来たようだ。
来客は男のようで、俺が座るリビングへとやってきた。
その男は街で彼女のことを聞いた一人だった。
「サクラ、彼は…?」
男は俺の事を見て、彼女に問いかける。
「自称勇者です。ソウティンス国で召喚された、わたしと同じ世界の住人です。高橋さん、こちらはこの国の第二王子のセドリム様です。王子に話してみませんか?」
ソウティンス国の名前で男がピクリと動いたが、俺はその後に続いた男の紹介でそれを気にするどころではなかった。
なんで一国の王子がこんな民家にいるんだよ!?っていうか、なんで藤野さんが王子と知り合いなんだ!?しかもかなり親しそうだぞ!!?
「ふむ、ソウティンス国で召喚された?もしそれが本当なら、かなり問題になりそうだが…。ここにいると言うことは危険はないんだな?タカハシとやら、何か話があるのなら聞こうか」
俺はセドリム王子の言葉でさらに驚いた。藤野さんの言うことが本当なら、ソウティンス国とこの国は敵対していることになる。その敵国の者が目の前にいると言うのに、危険はないと言って、さらに身元も不明な俺の話を聞くと言う。目の前の人物はかなりの大物か、それとも馬鹿なのだろうか?
しかし、もしも……もしもこの王子が俺の話を聞いて動いてくれるなら…。
藤野さんの言葉が頭に浮かぶ。
『国に対抗できる場所に、助けてくれと全てを訴えればいいじゃないですか』
あの時はわからなかったが、国に対抗できる場所と言うのは国の事だったとわかる。
敵対している国に保護を求めることができれば、確かに身を守れるだろう。
駄目で元々だ。話してみようと心を決めた。
いつの間にか用意されていたお茶を口に含み、唇を湿らせてから口を開いた。
「実は…」
「そうだったのか…」
事情を話し終えると、セドリム王子が深い溜息をついた。
「それで、君はどうしたい、いや、どうして欲しいのだ?」
深い碧色の目が、俺を刺すように見つめて来た。
「…できれば、俺達をこの国で匿ってほしいです。俺と、エレノアを除く3人の仲間は何も知らずに付いて来たんです。このまま国に帰れば殺されるだけだと思います。お願いします、俺達を助けて下さい!」
ソファに座ったままだが、出来る限り頭を下げる。
しばらくその状態のままだったが、やがて刺すような空気が和らいだのがわかった。
「条件がある。タカハシ、お前は騎士団に入ってこの国の為に働け。他の3人も能力によって処遇はこちらで決める。悪いようにはせんが、お前たちの望む通りにはいかないかもしれない。それでもいいなら俺が保護しよう」
俺に反論なんてあるはずがない。命を助けてもらうばかりか、この世界での生活の基盤を手に入れられるのだ。否だなんて答えるはずがない。
「お願いします!他の3人には話してみないとわかりませんが、説得してみせます!」
少し前までの絶望とは打って変わって、希望が見えて来た。
「わかった。だが、まだ他の者には話すな。少しでも怪しまれるとまずい。タカハシは何も知らない振りをして明日は誘導に従うんだ。心配するな。お前達には見つからないように人をつけるし、大河の方にも十分な人員をまわす。お前達はいわば囮になるんだ。そのくらいはできるな?」
多少危険でも、命を守るために必要だとわかる。俺は力強く頷いた。
「ご飯、出来ましたよ」
丁度タイミング良く、藤野さんの声がした。
「食べていけ。サクラの飯は美味いぞ?」
「ちょっと王子、作っているのはわたしなんですけど?」
笑顔で言うセドリム王子と不満顔の藤野さんを見て、思わず吹き出してしまった。
「ぷっ、くくく…」
「ちょっと、何笑っているんですか?」
それを見て、藤野さんは更に不満そうな顔をする。
なんだか久しぶりにまともに笑った気がした。
「うまっ!これ全部藤野さんが作ったのか!?」
「そうですよ?他に誰が作ったと思うんですか?」
藤野さんの料理はめちゃくちゃ美味かった。日本でもこれほどの味は食べたことがなかった。これ、お金とれるんじゃないのか?
そんな藤野さんの料理は、なんだかとても懐かしい味がした。
「おい、新入り!休んでないでもう一本だ!!」
俺は今、騎士団に入って新入りとして頑張っている。訓練は厳しいが、みんな気のいい仲間ばかりだ。
セドリム王子に相談した次の日、俺達は重要な話があるとエレノアに連れられて大河へと行った。そこで20人ほどの待ち伏せにあったが、すぐに50人ほどの騎士がやってきてそいつらとエレノアを倒してしまった。
事情を知らないアデラ、フィリス、マチルダの3人は目を白黒とさせていたが、俺が事情を説明すると納得したようだった。
そして3人も命を助けられたことと、国に騙されたことを理由にセドリム王子の指示に従うことになった。
アデラとフィリスは女性騎士になり、それぞれの得意な事を活かして頑張るようだ。
マチルダはこの国の魔導師に弟子入りして、もう一度学び直すそうだ。
俺は予定通りに騎士団に入り、この世界での生活基盤を手に入れた。
藤野さんには感謝するばかりだ。あの時、藤野さんに会うことがなければ今の俺達はいないのだから。
あれから一度だけ藤野さんに会った。まあ、ちょっと話をした程度なんだが、その時にパンや料理を少し分けてもらった。藤野さんの料理は美味かった。
藤野さんと会った次の日は、なぜか俺の訓練が厳しくなったのだが……気のせいか?
「ぼーっとしてんじゃねぇ!ここが戦場ならすぐに死んでしまうぞ!」
「はいっ!すみません!」
俺はそれなりに楽しくやれていると思う。




