063 勇者、考える
「はぁ~」
駄目だ…。朝起きて一番にこんな溜息をつくようじゃ…。
溜息の原因はわかっている。魔王、いや藤野といったか。あの少女の言った言葉のせいだ。
『禁術を使って異世界から貴方を召喚していもしない魔王をでっちあげ、あげくにこの国の王族まで悪者と偽って貴方に教えた。しかも出来もしない『元の世界に送り返す』とまで言って…。これだけとってもどれだけ嘘をつかれているかがわかりますよね?』
俺は……騙されていたのか?
あの少女の言葉が真実なら、俺は日本には帰れないことになる。なら俺は……この世界で生きていかなければいけないのか?
いや、あの少女も言っていたじゃないか。
『わたしの言葉も嘘かもしれないので、自分でよく考えてみて下さい』
彼女が嘘をついているのかもしれない…。
彼女が嘘をつくとしたら何のために?理由はある。勇者である俺から逃げるためだ。しかし彼女の言ったことが全て嘘だと言うには……彼女の態度はおかしいと思う。
彼女は2ヶ月ほど前に偶然この世界に来たと言っていた。日本の事も知っていた。わざわざ自己紹介までしていた。そして俺に攻撃しようとはしていなかった。
だが、彼女はこの世界に馴染んでいる。魔術も使っていた。たった2ヶ月で?それは無理なはずだ。宮廷魔導師が言っていたじゃないか。“初歩の魔術を使えるようになるまで、最低でも1年以上はかかる”と…。では彼女の魔術はどういうことなのだろう?召喚されて特別に能力を付加された自分でも、1ヶ月してやっと初級魔術が使えるようになったところなのだ。
……考えてみてもわからない。どういうことなのだろうか?
『自分でよく考えてみて下さい』
少女の言葉が頭に響く。考えてもわからないときはどうすればいいのだろうか?
そうだ、わからないなら聞いてみればいいのだ。
コンコンコン
「エレノア、いないのか?」
最初に訪ねたのは神官のエレノアの部屋だ。あの時に少女は言っていた。
『ああ、あの女性は事情をご存じのようですよ?後で聞いてみるのもよろしいのではないですか?』
あの時、少女の目はエレノアを見ていた。エレノアは何を知っているのだろうか?
しかしいないものは仕方がない。
次を探すとしよう。
「あ、3人とも、丁度良かった。聞きたいことがあるんだ」
部屋に寄ってみたが誰もいなかったので1階の食堂へと降りてみると、エレノアを除いたアデラ、フィリス、マチルダが3人でテーブルを囲んでいた。
アデラは女戦士でゲームに出てくるような、いかにもなきわどい鎧を着けている。武器は大きな斧で、戦闘では頼りになる前衛だ。フィリスは弓を扱うのが上手く、旅に必要な様々な技術も持っている。国を出てからは随分とお世話になっていた。マチルダは魔術師で、色々な事に詳しい。まだ若いが落ち着いていて、知識のない俺は色々な面で頼りにしている。
エレノアを含めて4人とも、俺が勇者として旅立つときに王様がつけてくれた大切な仲間だ。
「なあ、あの女の子の言っていたこと、どう思う?」
みんなあの場にいたので、直球で聞いてみた。
「俺は……考えてみたがよくわからなかった。だから、みんなの意見を聞いてみたいんだ…」
そう言って3人の顔を見てみたが、浮かんでいるのは……困惑だ。
「あたしは細かい事はよくわからない。王様にも勇者と一緒に行けとしか言われていないしな」
アデラは椅子の背にもたれながら、溜息といっしょに言葉を吐き出した。
「私も、アデラと似たようなものです。王様に言われてこのパーティにいます。ですがあの魔王、いえ、少女の言うことが真実であれば、私達はどうなるのでしょうね…」
続いてフィリス。最後の部分は俯きながら、呟くような声だった。
「私は……あの少女の言うことは筋が通っていると思います。彼女が魔王かどうかは別にして、彼女の知識は私の知らないことも知っているようでした。少なくとも、私の知っている範囲では彼女の言うことは間違っていませんでした」
最後にマチルダ。しかしマチルダは、何か思い詰めたような顔で口を開く。
「……エレノアさんには聞いてみたんですか?エレノアさんは何か隠していると思います。思えばこれまでの行動も、何かあればエレノアさんが意見をしていましたし、時には強引に行動を決めていたように思います。あの少女の言うことを信じるなら、エレノアさんは…」
マチルダが苦しそうに言葉を切った。
俺が召喚されてから1ヶ月、旅に出てからは2週間だ。たった2週間とはいえ、一緒に旅してきた仲間を疑うのは辛いのだろう。
しかし、みんなの顔を見ればエレノアを疑っているのがわかる。
「…後で俺がエレノアに聞いてみる。とりあえず、それまで俺は街を回ってあの少女について情報を集めてみるよ」
少なくとも、それで彼女が魔王かどうかは判断できるはずだ。
そう考えて、俺は宿屋を出て街の人に話を聞くことにした。
まずやってきたのは冒険者ギルドだ。彼女は冒険者として登録しているのだから、ここが一番情報を集めやすいと考えたのだ。
「人について聞きたいのだが、サクラ・フジノと言う冒険者なんだが…」
まずは受付でどんな人物かを聞いてみる。
「フジノ様ですか?ええ、冒険者として登録されていますが…。お教えできるのはどんな人物かと言うくらいですが、それでもよろしいでしょうか?」
「ああ、それでかまわない」
「わかりました。サクラ・フジノ様は2ヶ月ほど前に登録された冒険者です。黒目黒髪で背は低く、見た目は8歳くらいの女の子ですね。あ、これ本人には内緒ですよ?見た目は小さな女の子ですが、成人はしていて冒険者としての規定は満たしています。依頼の達成率は高く、ギルド内での評価も高いです。お教えできるのはこのくらいです」
「わかった、ありがとう」
お礼を言って受付から離れる。
表面上はポーカーフェイスだが、内心は驚きで一杯だ。
ええっ!?この世界の成人って、確か15歳だよな?あの身長で!?俺と2コしか違わないのか!?いや、もしかしたら俺よりも年上!!?マジで!?
驚きの情報だ。てっきり小学生か、上でも中学生くらいだと思っていた。
ああ、でもあの時の事を考えれば年上かもしれない。
そう考えなおして次の情報提供者を探した。
時間のせいかがらんとしたギルド内に一人、女性の冒険者がいた。
次はあの女性に聞いてみよう。
「すみません、少し人について聞きたいんだが……黒目黒髪の小さな女の子をしっているか?」
待ち合わせだろうか、椅子に座ってぼーっとしていたところに声をかけてみる。
「ん?なんだ…?サクラの事について聞きたい?貴様、どうしてサクラの事を聞くのだ?」
いきなり鋭い目で見られ、驚きながらもポーカーフェイスで適当な理由を並べる。
「噂で聞いたんだ。小さな女の子なのに冒険者だって。それにギルドでの評価もいいらしいし、一度どんな人物か知りたいと思って」
目の前の女性はしばらく睨んでいたが、やがてふっと目を反らした。
「……いいだろう。邪な目的ではないようだ。では聞かせてやろう。サクラは小さくて可愛くて…(中略)…以前に護衛で一緒になった時なんて…」
女性はかれこれ30分は話し続けている。その内容はあの少女がいかに可愛いかといった内容に終始している。しかも話はまだまだ続くようだ。
どうやって逃げ出そうかと考えていると、女性の待ち人らしき相手が現れた。
「あー、ごめん。遅くなっちゃった……ってなにしてんの?」
「む、なんだメリアナか。いや、サクラの事を聞かれたので少し話していたのだ」
「あらら、あ、ごめんね?この子、彼女の事になるといつもこうだから。気にしないで」
「こら、私はまだ話すことが…。おい、まだ1刻は喋れるぞ!?」
待ち人の女の人が相手をしてくれている間にこの場を離れよう。に、逃げるんじゃない?ぞこれは戦略的撤退だ!
……っていうか、まだ2時間も話すつもりだったのか?
冷や汗を拭きつつ、冒険者ギルドを後にした。