061 勇者の事情
「はぁはぁ、やっと……みつけた…、ぞ!はぁ…、今度こそ、逃がさん!」
「ふぇ?(もぐもぐ)」
自称勇者と3度目の邂逅は、王都から離れた森の傍でした。
自称勇者と出会った次の日、わたしはいつも通りにギルドで採取依頼を受けました。
そして順調に依頼をこなし、今は持ってきたお弁当を食べている所です。
「わざわざこんなところまで追いかけて来たんですか?(もぐもぐ)」
しつこいと言うか、執念深いと言うか…、ご苦労なことです。
「探すのに苦労したんだぞ!あちこちで聞きまわり、依頼を受けたのを聞いて追いかけて来たんだ!昨日はよくもコケにしてくれたな!!」
全く、静かにしてくださいよ。ご飯がおいしくなくなるじゃないですか。
「勇者様~、まってくださ~い」
遅れて到着したハーレムメンバーの女性達。
「それで、何のご用ですか?(もぐもぐ)」
「食うな!俺の話を聞け!!」
聞いているじゃないですか。食べながらですけど。
「何度も言っているだろう!?魔王を倒すのが俺の使命だ!!だからお前を倒すんだ!!」
「それはそれは、大変な使命ですね(もぐもぐ、ごくん)」
「だから食うな!魔王たるお前を倒せば俺の使命は終わるんだ!」
だからわたしは魔王じゃないと言っているのに…。
「わかりましたから、とりあえずご飯でも食べたらどうですか?お腹が減っているからそれだけ怒りっぽくなるんですよ。ご飯を食べて落ち着いてください」
「うるさい!ってお前、そのパンはなんだ!?それ、もしかしてサンドイッチか…?」
おや?
「サンドイッチを知っているんですか?」
この世界にサンドイッチは無いはずです。というかサンドイッチにできるパンが無いのです。
「知っているも何も、俺の世界では当たり前にある食べ物だ。こっちの世界では固いパンしかなくて見たことはないがな。何でお前がそれを持っているんだ?」
俺の世界?こっちの世界…?
「自分で作ったからに決まっているじゃないですか。他に誰が作ってくれると言うんですか?」
まあ自称勇者に言っても仕方のないことですが。
「それよりも、俺の世界とかこっちの世界とかどういうことですか?」
「なんでお前にそんなこと教えなきゃいけねーんだよ」
む、ならば…。
「ではこのサンドイッチを差し上げますので話しませんか?」
取引です。しかし自称勇者は手強かったです。
「い、いらねーよ!なんで魔王がそんなことを知りたがるんだよ!?」
「こんなに美味しいのに…。これは卵を茹でて潰してマヨネーズとマスタードを和えたものです。むぐ…。残念です…」
お、動揺していますね。もう一押しですか?
「こちらはシンプルに表面を炙ったベーコンを胡椒とケチャップと一緒に挟みました。ベーコンの塩気と胡椒のピリッとしたアクセントが良く合いますよ」
自称勇者の目がサンドイッチに釘づけになっています。
「そしてこちらはチキンをハーブと一緒に焼いたものをスライスして、マスタードとレタスでサンドしています。中々の自信作です。ああ、でもわたしはお腹が一杯なのでもう食べれないですね。ちょっと作り過ぎてしまいました。せっかく作ったものですが、帰りに門番の方にでも食べてもらいましょうか…」
さぁ、これでどうですか?
「チッ、仕方ねーな!もったいないから俺が食べてやるよ!」
ふっ、ちょろいですね…。美味しい食べ物の前には自称勇者とて膝まづくのです!美味しいのは正義なのですよ!
「ふふ…。ではどうぞ?」
自称勇者は差し出したサンドイッチを恐る恐る口に運びます。そして一口食べて…。
「こ、これは…!」
二口目は大きな口を開けてがぶりと噛みつきました。凄い勢いで食べています。
あっという間に一つ目が無くなりました。
自称勇者は一口も喋らず、残りのサンドイッチを平らげていきます。
取り巻きの女性達は唖然としてそれを見ています。
最後の一口を食べ終え、私の差し出したお茶を飲んでようやく息をつきました。
「久しぶりにまともな味の物を食べたぜ…」
「では話していただけますか?俺の世界とかこっちの世界の意味を…。あ、まさか勇者と名乗る方が食べ物だけ奪って逃げる、なんてことはありませんよね?」
バスケットを片づけながら言った言葉に、勇者が固まりました。
顔を窺えば、しまった、という表情を張り付けています。
ふふ、わたしの作戦勝ちですね。
「はぁ、わかったよ…。信じられねーかもしれないが、俺はこことは違う世界から召喚されて来たんだ。俺の元いた世界は魔法なんてなくて、代わりに違う技術が発展していたんだ。そこでは食べ物ももっと味があって、さっきのサンドイッチみたいなものも普通に食べれたんだ」
ふむ…、異世界からの召喚ですか。たしかに召喚の魔術は存在しています。しかしそれは、禁術として使用を禁止されていたはずです。理由としては召喚を行うのに十人以上の魔術師の犠牲と、10日もの儀式を必要としたからです。そんな魔術を使って召喚を行うとなると…。
「その召喚を行ったのは、どこの国でしょうか?」
状況から察するに、恐らく…。
「……ソウティンス国だ。俺はそこに召喚されて勇者だと言われたんだ。魔王が降臨したから倒して世界を救ってくれ、と」
やはりですか。ソウティンス国とはソビュール王国の北に位置する軍事国です。王子の話では数年前から国境で小競り合いが起きていて、先月も小さな戦闘があったらしいです。
それでなくても、二つの国の関係はあまりよくないようです。寒い気候のソウティンス国と温暖で豊かな国のソビュール王国。ソウティンス国は、その豊かな土地を求めて昔からちょっかいをかけていましたし…。
「わたしが魔王だと言うのも、ソウティンス国で言われたのですか?」
わたしの質問に、自称勇者は渋い顔で頷きます。
「そうだ。ソビュール王国に黒目黒髪の魔王がいる、と。そして魔王は王族によって匿われているので、その王族も倒さなければいけないんだと言われた」
「勇者様、そのような事を魔王に話さずとも…!」
取り巻きの一人が割り込むようにして叫びました。
「“沈黙”と“拘束”を」
まだ話の途中なので魔術を使って大人しくしてもらいます。わたしが呪文もなく魔術を使ったのを見て、自称勇者と取り巻きの女性が色めき立ちました。
「静かにして下さい。まだ話の途中ですよ?」
そもそも沈黙も拘束も中級の魔術です。このくらい、魔導師なら簡単に使えるでしょうに…。
大人しくなった自称勇者の一行を見て、話を再開します。
「それで、勇者様は何の疑いもなくその言葉を信じたのですか?」
情報とは一方からの物だけでは信用度はかなり落ちます。複数の視点からの情報を纏めて、その上で判断することが必要なのです。それを行っていないこの自称勇者は、やはり自称でしかないのでしょう。
「……王様がそう言ったんだ。一国の王の言葉だぞ?間違いなんてないだろうが」
馬鹿ですね。大馬鹿勇者です。このまま無視してもいいのですが、しつこく追いかけまわされるのも鬱陶しいのでアドバイスくらいはしておいてあげましょう。
「王様だからといって嘘をつかないとは限りません。いえ、そういった立場の人だからこそ、自国の為になるならいくらでも嘘はつくのです。貴方は召喚されたと言っていましたが、誰が召喚したのですか?そして帰る方法は?それは確実なのですか?確認しましたか?嘘ではないとだれが証明してくれるのですか?もしも嘘だった場合はどうするのですか?それらの事を確認もしないで、ただ言葉に踊らされているようじゃ、話にもなりませんよ?」
私の言葉に、自称勇者の顔色が変わります。
「そ、そんなこと言っても…。魔王とこの国の王族を倒せば元の世界に帰れるって言われたし…。俺にはそれを確かめることなんてできなかったし…」
「王様は黒目黒髪の者が魔王だと言ったんですよね?少なくともわたしは黒目黒髪の人をわたし以外には知りませんが、わたしは魔王ではありません。ついでに言いますと、わたしも2ヶ月ほど前に異世界からこの世界に来た人間です。わたしのいた世界は地球の日本と言う国でしたが、わたしの場合は召喚ではなく、偶然でした」
それを聞いて、自称勇者が俯いていた顔を上げました。その顔には驚きが張り付いています。
「地球?日本って…、俺も日本から来たんだ!」
同郷、ですか…。なら、これも言っておかないといけませんね。
「そうですか…。残酷ですが、日本に帰ることはできません。不可能なんですよ。少なくとも、生きたままでは」
自称勇者の顔色がどんどんと悪くなっていきます。
「それと、せっかくなので色々と教えておきますが…。まずソウティンス国とソビュール王国は非常に仲が悪いのです。といってもソウティンス国が一方的に仕掛けてきているのが実情ですが。今も国境では小競り合いが続いています。それと召喚魔術は禁術に指定されています。その禁術を使ってまで貴方を召喚したのは、どうしてなのでしょうね?ついでに言うと、歴史書を見ても過去2000年、魔王と言う存在は認められていません。ああ、自称で魔王を名乗る人間なら、先日に牢獄に幽閉されたと聞きましたが。その自称魔王も魔物を一匹操るのが精一杯だったようですが」
実際はレッサードラゴンと言う大物を操っていたのですが、それは言わなくてもいいでしょう。
「つまり、禁術を使って異世界から貴方を召喚していもしない魔王をでっちあげ、あげくにこの国の王族まで悪者と偽って貴方に教えた。しかも出来もしない『元の世界に送り返す』とまで言って…。これだけとってもどれだけ嘘をつかれているかがわかりますよね?まあ、わたしの言葉も嘘かもしれないので、自分でよく考えてみて下さい」
すでに自称勇者の顔色は、青を通り越して白になっています。
取り巻きの女性に目をやれば、3人は顔色を悪くして勇者を見つめていますが、先程叫んでいた女性だけは口をパクパクとさせています。
「ああ、あの女性は事情をご存じのようですよ?後で聞いてみるのもよろしいのではないですか?」
その言葉に、女性の口がピタリと閉じました。
自称勇者の視線がわたしとその女性との間を何度も往復しています。
「わたしから言えるのはこれだけです。ああ、最後になりましたが自己紹介をしておきますね。わたしは藤野 桜、こちら風に言うとサクラ・フジノですね。冒険者をしています。日本の東京都出身です」
貴方は?と視線で問いかけると、自称勇者がゆっくりと口を開きました。
「…俺は、高橋 一だ。日本の、神奈川県出身…」
「では高橋さん、もう一度ゆっくりと考えてみて下さい。わたしは依頼の途中なのでこれで失礼しますね。ああ、魔術は後4半刻もすれば解けますから」
そう言って立ち上がり、王都へ向かって足を進めます。自称勇者が手を伸ばしたのが視界の端に映りましたが、無視します。厳しいようですが、自分で考えて結論を出さないといけないことなのです。それに……わたしも元の世界に帰れないことを、完全に納得できたわけではありませんし…。
項垂れる自称勇者とその取り巻きの女性達を残し、わたしは王都へと歩きます。