058 神様?
「……き……い。……さい」
ゆらゆらと、身体が揺れています。わたしはどうなったのでしょうか?
「いい加減、起きなさい!」
「ふぇっ!?」
いきなり大きな声が響き、思わず間抜けな声をあげてしまいました。
「やっと起きたか。全く、手間のかかる」
目を開けると、真っ暗な空間が広がっています。
そしてわたしの前には白い貫頭衣を着た、白髪の……お爺さん?
「ここは…?それに貴方は…?」
わたしはさっきまで森にいたはずです。そこで自称魔王の男と出会って、ドラゴンの尻尾で…。
ということは、ここはあの世ですか?
「似たような所じゃが、違う。ワシはお主らの言うところの『神』じゃ」
え?違う?え?何ですか?髪?いえ、頭は薄そうですよ?
「失礼な奴じゃな。その髪ではない。『神様』じゃ」
は?神様?自称魔王に続いて今度は神様ですか?
「言っておくが、ワシは自称ではないぞ。正真正銘、『神様』じゃ」
え?なんで?わたしの考えていることがわかるんですか?
「だから言っておろう。『神』には造作もないことじゃ。ここは先程までお主がいた現世と、お主らが言うあの世との境にある場所じゃ。ワシがお主をここへ連れてきたのじゃ」
えっと、お爺さんが神様だとして、ここがその境にある場所として、どうしてわたしをこんな場所に連れて来たんですか?
「落ち着きなさい。それをこれから説明をしてやろう。まずはここに連れてきた理由じゃが……そもそもが手違いだったのじゃよ」
はい?手違いって…何がですか?
「だから、全てじゃ。お主の前世、ライルが死んだことも、転生したお主がこの世界に来たことも、全てが手違いだったのじゃ」
はぁ!?前世で死んだことも手違い?このわたしが世界に来たことも手違い?どういうことですか?さっぱりわかりませんよ!?
「あ~、本来ならライルはあの場では死なず、後30年は生きる予定だったのじゃが……ちと失敗しての。いや、悪いと思ったからすぐに転生させたのじゃが…」
は?失敗って、何失敗したんですか!?そんな簡単に死んじゃうんですか!?そのお詫びに転生って…。
「いやいや、あのような失敗は滅多に起こるものではない。本来ならあり得んことじゃしの。まあ、それで転生をさせたのじゃが。お主がこの世界に来たのも、元々の魂がこの世界のものだったせいじゃろう。お主の魂とこの世界が引き合って空間がつながったのじゃよ。急いで転生させたせいか、前世での記憶も残っていたようじゃし、そのせいでこの世界と繋がりやすくなってしまったのかの」
……じゃあ、わたしが前世で殺されたのも、この世界に来てしまったのも、全部神様(仮)のせいなんじゃ…?
「じゃから(仮)じゃなく、正真正銘の神じゃと言うておろうに。まあ、つまりそう言うことじゃの。いや、すまんかった」
すまんですむかぁぁぁぁ!!!あんたなんて自称神様(笑)で十分だぁぁぁぁぁ!!!
「ひどいのぅ。こうやって謝っておるというのに。まあそれは置いておいて、じゃな」
いやいやいやいや、それ、置いておくことじゃないですから。重要ですから!
「まあ聞きなさい。そこで、じゃ。せっかくじゃからお主に特別に何かしてやろうと思っての。まあ、詫びと思ってくれていいがの」
いや、そんなのどうでもいいので元の世界に返して下さいよ。そのほうがよっぽどいいですから。
「ああ、それは無理じゃ」
え?無理ってなんでですか?貴方、自称神様(笑)なんでしょう?なんで無理なんですか?
「じゃから違うと言うに…。さっきも言ったじゃろう?お主の魂とこの世界が引かれ合っていると。仮に元の世界に戻っても、また同じことが起きるぞい?まあそれ以前に、こちらの世界からあちらへは行くことができんのじゃよ」
どうしてですか?わたし、転生であちらの世界に行っているじゃないですか?それにあの穴を通ってこっちに来てますし…。あの穴を逆にたどれば戻れるんじゃないんですか?
「そう簡単な事ではないのじゃよ。お主、こちらの世界に来る時に‘落ちて来た’じゃろう?お主のいた世界はこの世界にとって上位にあたる世界なのじゃよ。つまり‘落ちる’ことはできても‘登る’事はできんのじゃ。一方通行なのじゃよ。お主の転生の時も、かなり無理をしたんじゃぞ?魂だけならなんとか出来たが、身体も伴っては無理じゃ」
じゃあ、あれですか?わたしは一生をこの世界で過ごさないといけないのですか?
「まあ、簡単に言うとそう言うことじゃな」
……この自称神様(笑)め、簡単に言ってくれましたね…?元はと言えば貴方が原因じゃないですか!なら無理矢理にでも何とかしなさい!あちらには家族も、友達もいるんです!そう簡単に諦められるものじゃないんですよ!!
「じゃから詫びに何かするというておるじゃろ。もちろん、あちらの世界に戻す事以外じゃがの」
だ・か・ら!それ以外に望みなんてないと言っているじゃないですか!!
「ほれほれ、早く言わんと時間がないぞい?」
はぁはぁ…。え?時間?
「お主、死にかけておったじゃろ?お主が瀕死になったお陰で、こうやって魂だけを引っ張ってこれたのじゃよ。ああ、身体の方は再生をさせてるからすぐに回復するじゃろ。この場所のタイムリミットはお主の意識が回復するまで、ということじゃ。身体の再生は終わっておるから、意識が回復するのはもうすぐじゃの」
え?あ、そういえばわたしドラゴンに…。へ?回復って……えっと……あの、ありがとう、ございます…?
「これくらいかまわぬよ。それよりも願いを早く決めんと、ワシが勝手に決めるぞい?」
え?いや、ちょっと待って下さい?そんなこと言われても…。えっと、あの。
その時、急に身体が引っ張られる感覚がしました。
「ふむ、時間切れのようじゃの?まあ、伝える必要のあることは全部伝え終えたしの。それでお主の願いじゃが…。身体能力は十分にある、魔術も使えて魔力も十分…。ほかには……そうじゃな、永遠の若さ、でどうじゃろう?女子には永遠の夢じゃろう?」
は?永遠の若さ…?ってもしかして…。
「お主はいまの姿のまま、死ぬまでその若さを保てるのじゃ。嬉しいじゃろう?」
死ぬまでこのままって…。ちょっと待って下さい!そんなこと望んでなんて……あ、今笑いましたね?わかってて言ってるでしょう!?取り消してください!今すぐに!
「ふぉっふぉっふぉっ。さて、なんのことやら?それだけでは可愛そうじゃからの?特別じゃ、お主の武器にも祝福を与えておこう。ほれ、そろそろ時間じゃ。次に会うのはお主が死んだときかの?ではの」
待てぇぇぇぇぇぇ!!!何が祝福だ!呪いじゃないですかぁぁぁぁぁぁ!!!解いていけぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!
「ふぉっふぉっふぉっふぉ…」
ドスンドスン
「グギャァァァァァァオォォォォ」
……あれ?わたし、いままで…?
さっきのは、夢……ですか?
「キシャァァァァァ!!」
「フハハハハハハハ!貴様らの力はその程度か!!」
「怯むな!散開して足を狙え!!」
あはは……そうですよね、あれが本当にあったことなんて…。
「グルォォォォォォォ!!」
いやだって、今でさえ子供に見られるのに、これ以上成長しないなんて……ねぇ?
うん、そうですよ。夢です。日本に戻れないというのも夢なんです。
「くっ…、踏ん張れ!ここで倒さないと、次は近隣の村や町、王都にも被害が出るぞ!」
「フハハハハハハ!無駄だ、無駄無駄ぁ!この魔王の下僕1号の前に平伏せ!」
あれ?身体が動く…?どこも痛く、ない…?
わたしはドラゴンの尻尾にやられて瀕死のはずじゃ…?
じゃあ、あれは……まさか現実…?
「ギャオォォォォォォォォ!!」
ドスンドスン
「っるさーーーーい!!!」
人が真剣に考えている時に傍でばたばたと…!
「うふふふふふふ…。そうですよ、そもそもこいつらも原因なんですよ…。あの自称神様(笑)が出てきたのも、元はと言えばこの自称魔王が卑怯な奇襲攻撃をしたからです。それがなければ祝福と言う名の呪いを受けることもありませんでした…。ふふふ、お仕置き、してもいいですよね…?」
わたしはゆらり、と立ち上がり、武器を抜いてドラゴン+自称魔王へと近づきます。
「っ!君!危険だ!下がりなさい!!」
甲冑を着込んだ男性がわたしに何か言っていますが、無視です。
「さぁ、自称魔王……覚悟しなさい…?」
いまのわたしには、相手がドラゴンだろうと負ける気がしません。一種のトリップ状態でしょうか。
「む、黒髪の小娘か?貴様、死んだはずでは…?」
ビュオッ
ドラゴンの前足が迫ってきますが、対抗して張ったわたしの防御結界に阻まれます。
「むっ?魔術師か!?」
ドンッ ドンッ
何度も前足による攻撃が来ますが、防御結界はびくともしません。
「うふふふ、駄目ですよぉ?大人しくしないとお仕置きしちゃいますよ?」
「グルァァァァァァァァァ!!!!」
ブンッ!
わたしを一撃で瀕死に追いやった、尻尾の一撃が来ます。
「ふっ」
ザシュッ
「ギャァァァァァァァァ!!!!」
わたしの一振りの攻撃で、わたしを狙っていた尻尾は根元から切れて飛んでいきました。
「馬鹿な!!一撃で尻尾を斬り飛ばしただと!!?」
自称魔王の驚く顔が見えます。
一般的にドラゴンの鱗は鉄よりも硬く、皮膚も岩よりも硬いと言われています。それを一撃で、しかも直径3m近くある尻尾を斬り落としたのですから、驚くのも当然です。
「うふふ、言ったじゃないですか?大人しくしないとお仕置きって…」
この時のわたしは、なぜかそれが出来て当然、と感じていました。後から考えるとこの威力は、あの自称神様(笑)のいう「武器の祝福」の効果でしょうか?
バサッバサッ
尻尾を斬られたせいか、ドラゴンの翼が大きく羽ばたきます。一旦、空に逃げるつもりでしょうか?
「まだお仕置きは終わっていないのですから、逃がしませんよ?」
素早く、刀を振ります。
「グギャァァァァァァァァ!!!」
あっさりと片方の翼が斬り落とされ、浮かびかけていたドラゴンは無様に地面に転がりました。
それでもドラゴンはもがくように暴れ、前足でわたしを踏みつぶそうとします。
もちろん、そんな苦し紛れの攻撃に当たるわたしではありません。
「シッ」
前足を上げたところに近づき、刀を一閃して根元から斬り落とします。
それでもしつこく、今度はその口で私を飲み込もうとしてきたので、首を斬り落としました。
首を一撃で落とされたドラゴンは断末魔を上げることもなく、何度か大きく震えながら、次第にその動きを無くしていきました。
「馬鹿な……レッサードラゴンはSランクオーバーだぞ…?それをこんな子供が一人で、しかもあしらうように倒すとは…」
最初にわたしに声をかけて来た甲冑の男性が、呻くように何かを言っています。
しかしそれよりも、あの自称魔王です。自称魔王へのお仕置きはまだ終わっていません。
倒れて動かなくなったドラゴンの背に上がってみると、そこにへばりつくようにして伸びている自称魔王の姿がありました。どうやら、飛びあがった時に落下した衝撃で気絶してしまったようです。あの程度で気を失うとは、軟弱ですね。
しかしこのままではお仕置きができません。わたしはまだドラゴンの周りで突っ立っている、甲冑の男性に頼むことにしました。
「すみません、自称魔王がドラゴンの背中で伸びているので降ろしていただけますか?」
わたしの声で、呆然としていた甲冑の男性は我に返ったように動きだしました。
「あ、ああ、わかった。おい、お前ら!いつまで呆けている!早く魔王と名乗る男を拘束しろ!」
ふむ、あの甲冑の男性がこの集団の指揮官のようですね。
甲冑の男性の声で、他の男達が慌てて動きだしました。