057 久しぶりの依頼
わたしがお城から戻って10日ほど経ちます。
その間はリハビリ、というかごく普通に日常生活を送っていました。
いえ、依頼は受けていないですけどね。だってギルドは男の人ばかりですし…。
ちなみに王子はわたしが戻った日は来ませんでしたが、次の日からはこれまで通りに夕飯を食べに来ました。
これまで通り、というかやたらわたしに近づき、触ってくるようになったのですが…。
最初はわたしも近付かれただけで震え、触れられると完全に硬直していましたが、王子のしつこいスキンシップのおかげ(?)で硬直するようなこともなくなりました。
王子曰く、「リハビリだ」と言っていましたが…。震えながら涙を浮かべる女性に触る、というのはどうなのでしょうか…?
いや、結果としては男性恐怖症もかなりましになりましたよ?触られても一瞬、震えるだけになりましたし…。なにか釈然としないものを感じます。
まあ、こんな短期間で男性恐怖症が改善するのか?とも思いますが、「日が浅いからこそ短時間で良くなることもあります。時間がたって癖になると治りにくいのですよ」とはレンさんのお言葉です。実際に良くなってますしね。
ちなみにあのデブ親父の公爵様とお嬢様はそれなりの処置が下されたそうです。
デブ親父の方は罰金と家督を譲り、隠居すること。お嬢様の方は王都に近づくことを禁じられたそうです。意外と軽い罰だな、と思ったのはわたしだけでしょうか?
あ、レンさんお手製の魔具も頂きましたよ。腕輪だと防具の邪魔になるのでネックレスになりました。
試してみましたが、魔術も気功も使えるようでした。
それからは暇な時間に魔術の練習をしていました。知識だけはありましたしね。
そのおかげで前世で使えた魔術はほぼ、使えるようになりました。中級魔術までなら詠唱破棄も出来るようになりましたよ。えへん。
まあそんなわけで、そろそろ冒険者稼業を再開しようかと思っています。
生活費も稼がないといけませんしね。
というわけで、冒険者ギルドに来ています。
なんだか久しぶりです。前に来たのは……護衛依頼の報告で、もう半月も前になりますか。随分と間が空いてしまいました。
そしてギルドで久しぶりに受けた依頼は、Dランクのゴブリン討伐……のはずなんですけど…。
どうしてドラゴンがわたしの目の前にいるのでしょうか?
依頼内容は特に変わったところのない、王都から徒歩で半日ほどの場所にゴブリンが住み着いたので退治してほしいという内容でした。
朝一番でその依頼を受け、丁度方向が一緒だと言う馬車に乗せてもらうこと2時間、お昼前には依頼のあった村に到着しました。
すぐに村長さんに話を伺い(いつものやり取りは割愛)、すぐにゴブリンが見つかったという場所へ案内をしてもらいました。
聞いた話ではゴブリンの数は10匹程度で、順調にいけば今日中に王都へ戻れる筈でした。ええ、順調だったのです。そこに着くまでは…。
案内されたゴブリンの見つかった場所、というのは森の中のひらけた場所……つまり巣でした。
いえ、それはかまわないのですが…。
問題はそこにゴブリンが一匹もいなかった、ということです。正確には‘生きているゴブリン’がいなかったのですが。
そこらに散らばる、ゴブリンの死体らしき物体と血痕。
そしてなによりも……巣の中央にはドラゴンが居座っていました。
ここにいたゴブリンはこのドラゴンに殺されたのでしょう。
いやいや、そんなことよりも、です。どうしてドラゴンがこんなところに…?
ドラゴンといえば、ワイバーンやドレイク等の下級の種類でもSランク相当です。
ドラゴンの種類は古代種であるエンシェントドラゴンを頂点に、上位種であるノーブルドラゴン、中位種になるレッサードラゴン、そして下位種であるヒュドラやワイバーン、ドレイクといった種類に分かれます。
いま目の前にいるのは、形状からしてレッサードラゴン、です。
レッサードラゴンの住処は、辺境の山岳地帯のはずです。こんな場所にいるはずがありません。
「グルアァァァァァァッッッッッ!!」
いきなり響き渡った咆哮に驚いてドラゴンを見ると、その爛々と光る眼がこちらを捉えています。ドラゴンがいたことに驚く前に逃げるべきでした…!
見れば、案内に来た人はすでにいなくなっています。いい判断だと思います。
いえ、今はそんなことよりもどうやって逃げるか考えないと…。
「フハハハハハハハ!黒髪の娘か?珍しいな!なぜこのような所にいるのかは知らんが俺の部下にしてやってもよいぞ?」
誰もいないはずの森に、いきなり男の声が聞こえました。
「俺はここだ!」
ドラゴンの背に、人影が見えました。
ありえません。レッサードラゴンの知能は獣並みで、その上凶暴な性格をしています。そのドラゴンの背に人が乗るなど、ありあえない光景です。これが人以上の知能を持ったエンシェントドラゴンやノーブルドラゴンなら、まだわからないでもないのですが…。
「その顔、いいぞ小娘!どうして俺がドラゴンを従えているのか知りたいか!?いいだろう、教えてやろう!俺は魔王となる男だ!俺の開発した隷属魔術でな!しかしこの魔術は知能の低い相手にしか効果がないのが欠点でな。しかし天才たる俺は考えた。戦闘力が高くて知能の低い、レッサードラゴンを従えればいいとな!そしてその圧倒的な戦闘力を持って他を従えればいいのだ!!このゴブリンどもはその手始めとして部下にしてやろうとしたのに、話が通じなくてこのような結果となったのだよ」
はい?魔王?ああ、あれですね。14歳頃にかかると言うはしかみたいな病ですか。それに隷属魔術って…。いや、これは曲がりなりにもレッサードラゴンが言うことを聞いているようですし、本当かもしれません。
しかし聞いてもいないことを、ぺらぺらとよくしゃべります。自己顕示欲が強いのでしょうか?
「それでどうだ?小娘よ。俺の下僕2号として仕える栄誉をやるぞ?」
いやいや、何でこんなことになっているんですか?わたし、ゴブリン退治に来ただけですよ?それなのにドラゴンとか魔王とか、あげくに下僕だとかなんなのですか?急展開にも程があるでしょう!?
「さぁ!どうs……こら!急に動きだすな!!」
急にドスドスと響く音が聞こえ、気がつけば目の前には……ドラゴンの尻尾。
え?と思う間もなく、私の身体はドラゴンの尻尾に吹き飛ばされてしまいます。
まさか、先程までの口上は油断させるため!?油断させておいて奇襲とは、さすが魔王を名乗るだけの事はあります!つまり……卑怯者!!
吹き飛ばされながら、意外と冷静にそんなことを考えてしまいました。そんな状況ではないはず、なんですが。
わたしの身体は20m近く飛ばされ、バウンドしながら着地(?)しました。
「言うことを聞け!人が話している途中で走り出す奴があるか!!舌を噛むところだったではないか!」
魔王(仮)が何か騒いでいます。それが何かはわかりませんが。
いえ、わからない、というより聞こえない、と言うほうが正しいでしょうか?
さすが、最強と言われるドラゴンです。先ほどの一撃で、自覚できるだけでも腕、肋骨の骨折と、恐らくは内臓にもダメージがあると思います。たったの一撃でわたしは瀕死です。あれ…?わたし、こんなところで死ぬのでしょうか…?ああ、最後にお母さんのカレー、食べたかったです…。
それを最後に、わたしの意識は途切れました。