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056 その後

「サクラ様!気が付かれましたか!?よかった…」

 ぼーっとする頭でゆっくりと部屋を見回していると、部屋に入ってきたシフォンさんは一瞬、驚くように目を開き、すぐにわたしの傍へ駆け寄りました。

「シフォンさん…?あれ?わたし…?」

 なぜシフォンさんがいるのでしょう?シフォンさんがいるということは、ここはお城?

 わたしはどうしてここに…?

 確か、ジョギングをしてして、変な男達に攫われて…。

「っっっ」

 思い出して、身体がびくり、と震えます。

 そう、わたしはあのお嬢様に薬を飲まされて…。

「サクラ様?気分が悪いんですか?」

 シフォンさんの心配そうな声に、はっとして顔を上げます。

 いけない、心配させてしまいました。

 わたしは大丈夫。何もされなかった…はず。

 あの時の事を思い出そうとしても、薬を飲まされたあとは靄がかかったようにはっきりと思い出せません。

 ですが、最悪の事はなかった、と思います。

「いえ、大丈夫です。それより、わたしはどうしてお城にいるんですか?」

 思い出そうとすると吐き気がこみ上げてきますが、それを何とか飲み込んで聞いてみます。

「サクラ様……覚えていないのですか?サクラ様は2日も目を覚まさなかったんですよ?」

 2日…?わたし2日も眠っていたんですか?

「サクラ様、お腹は空いていませんか?ずっと眠っていらしたので、何か食べたほうがいいですね。スープでもお持ちいたしましょう」

 シフォンさんはそれ以上何もいわずに、部屋を出て行きました。

 何だか凄く気を使われているのがわかります。

 それから、少しはっきりとした頭で、もう一度部屋を見回します。

 ……何度か見た、お城の客室。

 私の服装は……薄手の夜着です。シフォンさんが着替えさせてくれたのでしょうか?

 何となくそんなことを考えていると、シフォンさんが戻ってきました。

「サクラ様、ゆっくりと飲んでください」

 わたしをベッドに端に座らせて、スープの入ったお皿とスプーンを渡してくれます。

 お皿には具のない、ポタージュ。

 2日ぶりに口にするものに、胃が驚かない様に気を使ってくれたのでしょうか?

 言われるままに、ゆっくりとスプーンを口に運びます。


「ご馳走さまです」

 ゆっくりと、ポタージュを飲み終えたわたしからお皿を受け取ると、シフォンさんは安心したように微笑みます。

「それで、あの、シフォンさん。わたしは「サクラ!」

 どうしてここにいるのか尋ねようとした時、扉が勢い良く開かれてセドリム王子が入ってきました。

「王子…?」

 王子はわたしが起きているのを見ると、ほっとした表情を浮かべてつかつかと歩いてきます。

「無事でよかった…!」

 そしてぎゅっとわたしを抱きしめました。

 まだ王子が何か言っているようですが、それよりもわたしの心は別の事でいっぱいになりました。

 男の人に触れられている。

 そのことで一杯になり、つぎに浮かんだのは……恐怖。

 あの男達の手が思い出されて、わたしは動けなくなります。

 身体は震えだし、目に涙が浮かんできます。

「サクラ…?」

 震えるわたしに気がついたのか、王子はわたしを抱きしめていた腕をほどき、わたしの顔を覗き込みます。

「いや……こないで…。いや…」

 震える唇からは言葉が漏れ、さらに涙があふれてきました。

「殿下!サクラ様から離れて下さい!」

 シフォンさんの、声。

 それと同時に、ふわりと柔らかい物に包まれました。

「サクラ様、もう大丈夫です。私がついていますから!」

 声とともに、髪が優しくなでられています。

 次第に身体の震えは落ち着きますが、涙は止まりません。

 わたしはシフォンさんの胸に顔をうずめながら、何とか涙を抑えようとします。

「サクラ…」

 何とか落ち着きかけた時、王子の声と、伸びた手が目に映りました。

 びくり、と身体を震わせ、シフォンさんにしがみついてしまいます。

 王子は伸ばした手の行き場所を失い、気まずそうにしました。

「殿下。サクラ様に触れないでください」

 シフォンさんは私を守るように、抱き締めました。

「すまない…」

 王子から、呟くような声が聞こえました。

「お取り込み中、申し訳ありません。落ち着かれましたら、お話を伺いたいのですが?」

 新たな声に顔を上げると、王様とレンさん、それに宰相や団長までいました。

「しかしサクラ様は…。今も酷く怯えています。なのに話をしろ、というのは酷じゃないでしょうか?」

 わたしを抱く腕の力を強めながら、シフォンさんが反論します。

「それはわかっているが、こちらも早急に調べる必要があるのだ。レンの話によると、サクラは魔術を暴走させたらしい。それもかなりの規模でだ。それについて何らかの対処をせなばならん。それに、サクラを攫った者についてもな」

「……わかりました」

 王様からの指示に、シフォンさんはしぶしぶ、といった感じで頷きます。

「それでは、何があったか話してもらえるか?」

 王様に促されて、わたしはシフォンさんに抱き締められたまま、ぽつぽつと攫われた時の事を語りました。

 ジョギングの帰りに男達に囲まれて気絶させられたこと、薄暗い部屋で目が覚めてあのお嬢様に会ったこと、そしてお嬢様の言葉。その後、薬を飲まされて…。

 覚えていることを淡々とした口調で話しました。

 極力、事実のみを述べることで何も考えないようにいたおかげか、それほど心は乱れませんでした。

 幸い、と言っていいのでしょうか。シフォンさんの証言で最悪の事はなかった、ということです。

 ……シフォンさん、どうやって調べたんですか?

「あの女か…!」

 話を聞き終わった王子が手を握り締めて、吐き出すように言いました。

「今までも怪しげな噂は聞いたことがあったが…。すぐにでも問い質してやる!」

「セドリム!落ち着け。まだ話は終わっていないぞ」

 すぐにでも飛び出していきそうな王子を、王様が窘めます。

 王子は不満そうですが、逆らうようなことはしないようです。

「それで、サクラさん。僕達があの部屋に駆け付けた時には、サクラさんの魔術が暴走していましたが…。覚えていませんか?」

 今度は王様に代わってレンさんが、質問をしてきました。

「いえ、覚えていません…。薬を飲まされてからの事は、ぼんやりとしか…」

「そうですか。それも仕方ないかもしれませんね。見たところ、あのとき飲まされた薬は通常の数倍はあったようですし。あの薬は……普通は飲み物などに数滴垂らす程度で十分な効果があるんですよ」

 下手をすれば廃人になっていた可能性もあります、と恐ろしいことを言われました。

 改めてお嬢様の悪意を感じ、恐ろしくなります。

「となると……やはり無意識で使った、と考えるのが妥当ですね」

「待って下さい。サクラ様は今まで魔術を使ったことがないんですよね?それなのに、無意識で魔術を使えるものなのですか?」

 これはシフォンさん。もっともな質問ですね。

「普通ならあり得ません。ですが、サクラさんならあり得ると思います。その理由としてですが、これは魔術の基礎になりますが、魔術を使うためにはまず自分の中にあるエネルギー、魔力の素、ともいいますが、これを認識することから始めます。そのエネルギーを魔力へと変換して魔術を使うのですが、サクラさんは『気』といいましたか、それを扱うことができます。魔力と気は、元をたどれば同じエネルギーだと聞いています。そしてサクラさんの前世はライル師です。つまりは魔力を扱うことは理論的には可能なのですよ」

 レンさんが、冷静に分析を述べて行きます。

 しかし、それを遮るのはシフォンさんの声。

「待って下さい!サクラ様の前世って…。そんなこと初めて聞きました!」

 ああ、シフォンさん以外はここにいる人たちはみんな知っていますが…。

「そのことは後にしろ。レン、続きを話せ」

 王様の命令では、シフォンさんも黙るしかないようです。

「はい。問題は、サクラさんが今まで魔術を使えなかったのに、どうして急に使えたか、ということです。ここからは推察になりますが…。魔封じの魔具のせいだと思います。魔封じの魔具は、厳密には魔力を封じるものではありません。先ほど説明した、魔力の素から魔力へ変換するのを阻害する効果を持ったものを魔封じと呼んでいます。これはさらに細かく言えば、一般的に魔力の素から魔力へ変換する効率を10とすると、魔封じの魔具を着けた状態ではその効率が1以下になります。このせいで魔術に必要な魔力が足りなくなり、魔術が使えなくなっているのです。もちろん、その分魔力を増やしてやれば魔術は発動しますが、通常の魔術師だと無意識でその魔術に必要な分しか魔力を使用しませんので、実質は魔術が使えなくなるのです」

 ほうほう、25年前にはそんな魔具なかったので初めて知りました。

 っていうか、これって機密事項なのでは?

 こんな簡単に喋っちゃっていいんですか?

 そんな心配をよそに、レンさんの講義は続きます。

「そして恐らく、ですが、サクラさんは最小で使える魔力の素が大きすぎるのだと思います。魔術師は魔力の素から魔力へと変換するときに、通路のようなものを作って変換しています。サクラさんは、この通路に対して魔力の素が大きすぎるのではないかと思うのです。そのせいで魔力へ変換できないのではないでしょうか?『気』のほうはわかりませんが…。少なくとも、僕が感じる限りではサクラさんの魔力は一般的な魔術師の数人分は軽くあります。魔封じの魔具によって、ようやく魔力の素が変換できるサイズになった、と考えると辻褄が合うのですよ」

 え?もしかして魔封じの魔具をつければ魔術が使える?

 少し期待してしまいます。

「サクラさんは今、魔術が使えますか?」

 いきなり話を向けられて少し戸惑ってしまいますが、とりあえず試してみます。

「……我が望むは小さき炎」

 初歩の魔術を使ってみますが、やはり発動しません。

 それを見て、レンさんが懐から何かを取り出しました。

 それは……手枷…。

「すみません。嫌でしょうけど、着けてもらえますか?」

 言いたいことは、わかります。

 ですがそれは…、あの時の事を思い出させるものです。

「サクラ様…」

 動かなくなったわたしに、シフォンさんの心配そうな声がします。

 わたしは何度か「大丈夫」と心で呟き、口を開きました。

「シフォンさん、お願いします」

 レンさんに頼まなかったのは……やはり触られるのが怖かったからでしょう。

 一定の距離から近付かれなければ何とも思わないのですが…。

 ガチャリ、と音をさせて、わたしの腕に手枷が嵌められました。

「それでは……大丈夫ですか?」

 レンさんの言葉に、頷いて返してもう一度、魔術を試します。

「我が望むは小さき炎」

 瞬間、ボッ、と指先から少し浮いたところに火が灯りました。

「「おお」」

 部屋にいた人達から、驚きの声が上がります。

 ……手枷を嵌められた状態なので様になりませんが。

 魔封じのおかげで魔術を使うことができましたが、気功が使えないのはいただけません。

 試してみますが、やはり気功は使えないようです。

 先程のレンさんの説明だと、もっと多くの気を練れば使えないこともない、らしいですが…。多分、そんなことしたら倒れます。よくても疲れて動けなくなるか…。

 それに魔術を使えても手枷を嵌めて、なんてことは御免です。

 それを伝えると、レンさんが何でもないように言いました。

「それなら、何か別の物で作ればいいでしょう。そうですね・・・腕輪や指輪、ネックレス等がいいでしょうか?ああ、魔力の変換だけに影響するように制限をかければ大丈夫だと思いますよ。3日後には用意できると思います」

 いとも簡単に言われましたが、レンさん曰く、「理屈がわかっているのだから作るだけ」と言われました。いや、確かにそうですけど…。言うほど簡単じゃないと思いますよ?

 どうやらかつての不肖の弟子も、25年の間に随分と成長していたようです。

 宮廷魔導師であるレンさんが、どうしてそんなものを用意してくれるのかというと、「王子のせいで迷惑をかけたから」だそうです。そういうことなら遠慮なく、貰っておきましょう。

 あれ?わたしのトラブルってほとんどが王子絡みな気が…。

「そういえば、どうしてわたしはお城にいるんですか?」

 一通りの話が済み、少し落ち着いたところで疑問に思っていたことを聞いてみます。

 返ってきた回答は簡単でした。

「騎士の一人がサクラが連れて行かれる所を見ていてな。私に報告に来たんだ。それで騎士団を連れて救出に向かったわけだが…。踏み込んだ後にサクラが気絶してしまったので城に連れてきた」

 お城の方が安心だから、だそうです。

 あまり覚えていないのですが、わたしは気絶したんですか?それに2日も寝ていたなんて……薬のせいでしょうか?

 その疑問にはレンさんが答えてくれました。

「魔力の使いすぎだと思いますよ。魔術が暴走している時のサクラさんは、ほとんど意識がないようでしたし。暴走した魔術もなかなかのものでしたからね。ああ、薬の方はこちらに着いた後で解毒をしました。何かの薬を使われているのはわかりましたからね」

 あー、魔力切れが原因でしたか。2日も寝ていたとなると、結構危なかったのかもしれません。


 軽く言っていますが、通常、魔力切れになっても数時間~1日程度で起きれるようになります。これは無意識にリミッターが働いているからだと言われます。しかし、意識のほとんどない状態で暴走させたわたしは、リミッターなど関係なく魔力を使ったのでしょう。下手をすれば、命にも影響があったかもしれません。そうなる前に気絶したのは、不幸中の幸いというべきでしょうか?


「さてと…、では公爵家には仕置きが必要だな」

 王様のいきなりの発言に、みんな吃驚します。

 王様、その笑顔黒いですよ?

「しかし父上。仕置きと言っても今回の事では処罰を与えるには…。それなりの事をしでかしたのは確かですが、被害者のサクラは平民です。悔しいですが、それほど重い処罰にもできません」

 あぁ、お嬢様は公爵家でわたしはただの平民ですものね。大したことは期待できないでしょう。

「ふん、それくらい承知している。今回の事だけではない。これまでの所業も含めてのことだ。なあ、レン。そうだろう?」

 ニヤリ、と笑いながら、王様はレンさんを見ました。

 だから笑顔が黒いですってば。

「はい。調べた限りでも同じような事が4件、過去にありました。他にもいささか目に余る行為も幾つか見受けられました。親である公爵様も他の貴族との収賄や領地での不当な税率の引き上げ、さらに領内で禁じられている麻薬を栽培していますね。まあ、他にも色々とされているようですが」

 苦笑しながら、レンさんが懐から出した書類を読み上げます。

 あのお嬢様、毎回あんなことしていたんですか?女の嫉妬って怖いですね…。それにあのデブ親父も、見た目通りの悪人でしたか。

 いや、それよりもなんでレンさんがそんなこと知っているんですか?むしろいつ調べたんですか?

「以前からあの公爵家には探りを入れていたんですよ。色々と裏でやっているようでしたからね」

 わたしの方を見ながら、説明してくれます。

 え?なんで考えていることが分かったんですか?

「顔に書いてありますよ」

 レンさんはそう言って、再び苦笑します。

 あれ?わたしってそんなにわかりやすいですか…?


「とにかく、サクラはまだ本調子じゃないだろう?よくなるまでゆっくりしていくといい」

 とは王子の言葉です。

 うーん、言われて少し歩いてみましたが、少しふらつきます。

 お言葉に甘えて、せめて普通に歩けるようになるまではお世話になることにしました。


 といっても、大して時間はかからず、お昼過ぎには足元もしっかりしました。

 ここまで回復すれば、後は大丈夫だと思います。

 家に帰ろうとするとシフォンさんに引き止められましたが、そう長い間家を空けていられない事情もあるのです。

 その事情と言うのは……冷蔵庫です。

 もう二日半、家に帰っていないのです。まだ大丈夫とは思いますが、これ以上放置すると食材が危険な事になります。

 それがなければ、もう少しお世話になることも考えたのですが…。男性はまだ怖いですし。

 そんな理由でわたしは2日半ぶりに家へと戻ったのでした。


 ちなみに食材は無事でした。


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