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049 ギルドでの一コマ

 次の日の朝、わたしは冒険者ギルドにいました。

 何をしているかって?

 依頼を”見上げて”いるんですよ。

 そう、ギルドの依頼は壁一面に木札が並んでいます。

 下は1mの高さから、上は2mを超える高さまで、等間隔に木札が並べてあります。

 登録した当初などは、依頼を探しに来た冒険者に埋もれながら、何とか隙間を見つけて探したものですが…。

 いつ頃からでしょうか?

 わたしが依頼を探しに来ると、気付いた冒険者の人達が隙間を開けて一番前で依頼が見れるようにしてくれます。

 おかげでわたしも、こうやってゆっくりと依頼を探すことが出来ています。

 上のほうですか?

 視力はいい方なので、見るのには困りません。

 上の方の依頼を取ろうとすると、見知らぬ冒険者の方が木札を取って、渡してくれます。

 最初のうちは一々、受付の誰かにお願いしていたので随分と助かっています。

 見ず知らずのわたしに優しくしてくれるなんて、冒険者って仲間意識が強いんだな、と思います。

 冒険者なんて乱暴な人がほとんどだと思っていましたが、認識を改める必要がありますね。

 そんなわけで、わたしは今、最前列で依頼を探しています。




―――――とある冒険者の視点―――――

 あ、あの子、今日も来ているな。

 私の視線の先には、140cmもないだろう、小さな女の子。

 この辺りでは珍しい、とても長い、黒髪の少女だ。

 初めてあの子を見たのは、1ヶ月くらい前だっただろうか?

 あの時はひどく驚いた記憶がある。


 あの日、私は普段通りにギルドに来て、仲間と合流し、依頼を受けようとしていた。

 私の仲間は、あたしが冒険者になった頃から一緒に組んでいた弓使いの女性と、偶々依頼で一緒になり、それからなんとなく一緒に行動するようになった戦士の男性と虎の獣人の男性の、4人で行動している。

 手頃な依頼を見つけて受付をしていると、あの少女がやってきた。

 朝の一番混雑する時間帯に、7歳くらいと思われる少女がギルドに現れたのだ。

 私はまず、その髪に目を惹かれた。

 真っ直ぐな、膝まで届くかどうかといった長さをリボンで纏めた、サラサラと揺れる黒髪。

 朝の光を受けたその髪は艶やかな輝きを放ち、まるで夜空に星を散りばめたようだ、と思った。

 触れるとどんな感触なんだろう。触れてみたい、と思った。

 次に目が行ったのはその顔立ち。

 ほっそりとした輪郭、細く、しかしはっきりとわかる眉。くりっとした瞳は、見るものを吸い込むような黒で。すっと筋の通った、小さな鼻。ピンク色の、血色のい小さな唇。

 それらがバランスよく配置され、少し大人びた、しかしその小さな体に相応な可愛らしい顔立ちをしていた。

 美少女。

 10人いれば全員、とはいかないだろうが、きっと8人はそう思う、美少女。

 残り2人?好みだろ、と思う。

 その少女は、少し興奮したように頬を上気させていた。

 かわいい…!

 私は目を奪われた。

 そしてすぐに、少女がこんな場所にいることに疑問を覚えた。

 ここは冒険者ギルドだ。決して無法者ではないが、行儀がいいとはいえない、荒くれ者が多く集まる場所。

 そんな場所に現れた少女は、周囲の視線も気にせずに真っ直ぐに空いている受付へと近付いた。

 依頼……か。

 できれば私達が受けたやりたい、と思ったが、すでに今回の依頼は受付に申請している最中だ。酷く残念に思う。

 それでも、どんな依頼をするのか興味が湧き、少女と受付との会話に耳を傾ける。

「おはようございます。登録の試験を受けに来ました」

 鈴を転がしたような、可愛らしい声だった。

 いや、そうじゃなくて!

 私は今聞こえた会話に、耳を疑った。

 この、小さな少女が、登録試験?

 ああ、そうか。私にも似たような時期はあった、と思いだす。

 冒険者というものに憧れ、初めて冒険者を見た時などは、すぐに私も冒険者になりたい、と思ったものだ。

 恐らくはそれが抑えきれずに、思わずギルドに駆け込んだのだろう。

 しかし、そんなことを考えてい私は、受付の言葉に耳を疑った。

「はい、こちらが試験の依頼です。何か質問があれば伺います」

 待て待て待て待て!どう見ても10歳にもなっていないだろう!?

 ギルドへの登録は、規則で成人をしていないと出来ないことになっているだろう?

 その少女は、登録試験を受ける条件を満たしていないではないか!

しかしその少女と受付は、私の驚きなど無かったかのように会話を続けている。

「では、いってきます!」

 その少女が、元気な声で挨拶をし、出て行った。

 唖然とする私や、それを見ていた他の冒険者の視線を受けながら…。

 それからしばらく、私達は動かなかった。いや、動けなかった、と言うべきか。

 依頼を受けにきたであろう、事情を知らぬ冒険者に奇異の目で見られながらしばらくそうしていたが、我に返った私は少女と話していた受付に思わず怒鳴りつけてしまった。

「おい、今の少女に試験とはどういうことだ!?どう見ても登録基準を満たしていないだろう!あんな子供に試験を受けさせるなんて、何かあったらどうするつもりだ!」

 周りの冒険者も私の意見に頷きながら、受付を見ている。

 しかし受付の女性は困ったような顔で、驚くべき発言をした。

「落ち着いてください。お気持ちはわかりますが…、ギルドとしても確認した上でのことです。彼女は登録基準を満たしています。私も信じられませんでしたが…」

 なん、だと…。それでは彼女は15歳以上と言うのか?あの小ささで!?

 信じられなかったが、しかし、ギルドはそれを確認したと言っている。

 ギルドが嘘をつく理由はない。ということは事実なのだろう。

 愕然とする私の近くで見知らぬ冒険者が、「合法幼女だ!」と叫んでいたので思わず殴り飛ばしてしまったが、まあ問題はないだろう。


 次の日から、彼女をギルドで見るようになった。

 試験は無事に終えて、正式に冒険者となったようだ。

 私がそれに気付いたのは偶然だった。

 いつも通りに壁に掛けられた依頼を見ていると、後方から「あぅ」だとか「見えない」だとか聞こえた気がした。

 何気なく後ろを見ると、小さな頭がぴょんぴょんと飛び跳ねているのが見えた。

 確認してみると、あの少女がいた。

 依頼を見ようとしているのだろう、冒険者の並ぶ後ろで必死に飛び跳ねていた。

 私は思わず身体をずらしてスペースを作ると、少女の手を引っ張って前に出してやった。

 少女は何が起こったのかわからないような表情をしていたが、状況を理解すると私を見上げて、

「ありがとうございます」

 と微笑みながら言った。

「い、いや、大したことではない」

 そう答えるのが精一杯だった。

 何だ、この動悸は?私はどうしてしまったんだ!?

 何とか落ち着こうと何度も深呼吸を繰り返していると、また、少女が飛び跳ねていることに気がついた。

 どうやら上の方にある依頼を取りたいようだ。

 一番上に並ぶ依頼は、小さな少女が手を伸ばしても届かない位置にある。

 手を伸ばして飛び跳ねているが、手が届いてもうまく取ることができないようだ。

 少女が手を伸ばしている木札を取って彼女に渡してやると、少し吃驚していたようだったが、すぐにふにゃっとした笑顔で、

「何度もありがとうございます。優しいんですね」

 と言った。

 彼女は木札を持ってぱたぱたと受付へと走って行ったが、残されたあたしはそこを動くことができなかった。

 多分、いや、確実に私の顔は真っ赤だ。

 思わず天井を見上げた私は、信じてもいない神に祈ってしまった。

「ああ、神よ…。感謝します…」

 この後、いつまで依頼を見ているんだ、と仲間に怒られてしまったが、今の私にとってはどうでもいいことだと言えよう。


 それ以降、私は依頼板で彼女を見かけると、さりげなく手を差し出すようになった。

 それを見ていた他の冒険者も、いつの間にか彼女に手を差し伸べるようになっていた。

 彼女のあの笑顔を他のものが見るのは許せない気はするが、彼女の手助けになるなら我慢するしかない。

 そして今日も、一人の冒険者が依頼板の前で天井を仰ぐ姿があった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――




 依頼板の前でわたしは、一つの依頼を見つめています。

 その木札には、「護衛:フルドへ往復 5名 報酬:銀貨40枚 期限:30日出発 ランク:D」と書かれています。

 フルドの街は王都から北へ2日の位置にある、それなりに大きな都市です。往復で4日。あちらでの滞在を含めてもそれほど長くはならないでしょう。報酬も悪くないですし・・・。

 それになによりも、他の街へいける、ということです。

 忘れているかもしれませんが、わたしの目的は日本へ帰る方法を探すことです。

 今は旅の資金稼ぎに王都にいますが、いずれは旅に出たい、と思っています。

 そう、これは予行演習として丁度いいのでは?

 わたしはこの依頼を受けることに決めて、木札を取って受付へと行きます。


「依頼の受理をお願いします」

 アイリさん(いつもの受付のお姉さん、名前を教えてもらいました)のいるカウンターで木札を渡し、依頼の詳細を教えてもらいます。

「護衛、ですね。30日の出発ですので、今受けられるとそれまで他の依頼は受けることができませんが、よろしいですか?」

 今日は28日、つまり2日間、空きができます。

「はい、大丈夫です」

 初めての遠出です。準備はしっかりとしたいと思います。

「わかりました。では依頼を受理します。出発は30日の4の刻。それまでに東門前の停車場、3番に行ってください。移動に4日、あちらでの滞在が1日です。移動中の食事は各自で準備となっていますので、注意してくださいね。こちらが受理証明になります。依頼人はアファガル・ヴェスタという商人です」

 ギルド印の入った木札を受け取り、早速必要な物を購入するために街に出ます。


 街を回り、色々と買い物をして家に戻ります。

 え?何を買ったかって?

 まずはおやつ代わりのクッキーやパンを作るために小麦粉を購入。備蓄もだいぶ減っていましたしね。バリエーションを作るためにレーズンや胡桃なども購入しました。

 他にはバターやミルク、チーズなども多めに購入します。

 クリームチーズをクッキーに挟むのもおいしいですよね。

 疲れた時用に、レモンの蜂蜜漬けも作るつもりです。

 レモンピールのクッキーやパンなんかもいいですね。お茶にも合いますし。

 他にもだいぶ減ってきた香辛料やハーブなども買いました。

 あと、色々なジャムやマーマレードも。

 え?食べ物ばかりで旅の道具はどうしたって?嫌ですねぇ、道具は冒険者になった時に揃えていますよ?わざわざ新しく買うものなんてないですし。

 それに旅の途中に味気ない食事なんて、我慢できないでしょう?それも4日も。

 食事は全ての基本ですよ?

 買って来たものを仕分けして、早速準備に取り掛かります。

 まずはパンですね。昨日焼いたパンがあるので、今日は胡桃パンを作ります。

 胡桃の殻を割り、中身を取り出してオーブンで加熱します。

 その間にパン生地作りです。

 胡桃が加熱できたらオーブンから取り出して、冷ましておきます。

 生地をこねたら胡桃を混ぜてなじませ、さらにこねて、偶に空気を抜くために叩き付けてまたこねます。

 こねこねこねこね、バシンバシン、こねこねこね…。

 こね終わったら、後は基本、普通のパンと同じです。

 発酵の為に放置しておき、クッキーを作ります。

 まぜまぜまぜ、ねりねりねり。

 レーズンを入れて、また練って。

 生地ができたら冷蔵庫で寝かせます。

 続いてクリームチーズの作成に。

 ミルクから取った生クリームとチーズを加熱してっと。

 冷ましてレモンを絞って…。おっと、この絞った皮はレモンピールにしましょう。

 軽く混ぜて分離したら、布で濾して…。

 冷蔵庫に入れて冷やしておきます。

 取っておいた皮でレモンピールの作成に……と思いましたが、レモンの皮が少ないです。レモンをさらに2,3個絞って、蜂蜜と混ぜて冷蔵庫に入れておきます。

 出来た皮でレモンピールを作成します。

 数度の煮込み・水洗いを繰り返し、短冊に切って砂糖を振りかけておきます。

 後は放置して明日、仕上げです。

 そろそろ一次発酵の終わった胡桃パンの続きにかかります。

 ガス抜きをして小さく千切り、形を整えて行きます。

 形を整えたら少し寝かせて、更にガス抜き、整形をして二次発酵をさせます。

 寝かせておいたクッキーの生地を取り出して適当なサイズに千切り、平たく延ばします。

 一通り延ばしたら、オーブンに投入。

 焼けるまでの時間、はちみつレモンをに飲みつつ、待ちます。

 クッキーが焼き上がれば取り出し、お皿に並べておきます。

 さて、胡桃パンの二次発酵が終わるまでに、ガラムさんのところに行ってみましょう。


 結論……さすがガラムさんです。

 多少いびつですが、小さな氷を作れる製氷皿と、大きな氷が作れる製氷皿ができていました。

 ぶつぶつ言っているガラムさんにお礼を言って受け取り、帰ろうとすると、職人として自分の作ったものの結果が知りたい、と言うことなので、夕方にでも家に来てもらうことになりました。

 家に帰って早速氷をセットです。


 家に戻り、冷凍庫に製氷皿をセットして、胡桃パンの仕上げです。

 表面に溶き卵を塗ってオーブンへ投入します。

 焼けるまでの時間は、後片付けです…。


 完成した胡桃パンとクッキーを収納して片付けを終わらせ、夕食の準備をしていると、ガラムさんがやってきました。

 食堂に案内し、目の前にお皿を置き、そこにナイフで出来たての氷を削り出します。

 ガラムさんは何をしているのかさっぱり無表情でしたが、わたしは二人分の氷を削り終わると、カップ(手頃な物がなかったんです)に氷を移してジャムをかけます。

「おい嬢ちゃん、なんだこれは?氷を食うのか?」

 初めて見るかき氷に、ガラムさんは戸惑っています。

「かき氷っていうんです。冷たくて、甘いジャムとよく合いますよ」

 わたしはスプーンで掬って一口、口に入れます。

 うん、かき氷です。

 欲を言えばシロップがほしいところですが…。

 ああ、はちみつレモンをかけるのもいいかもしれません。

 美味しそうに食べるわたしを見て、ガラムさんも食べることにしたようです。

「ん…?こいつは…」

 すぐにガラムさんは次の一口を食べました。

「あ、ガラムさん。そんなに急ぐと…」

 遅かったようです。

「うぁっ、頭が…!」

 こめかみを押さえながら、呻いています。

「冷たいものを一気に食べるとそうなるんですよ。溶けない程度に、ゆっくり食べて下さい」

 わたしの言葉に頷いて、恐る恐る口に運びます。

 ガラムさんはすぐに全部食べ切りました。

「最初は氷を食うなんて、どんなもんかと思ったが…。こいつは暑い日にいいな」

 気に入ったようです。

「他のジャムやマーマレードなども合うと思いますよ。好みのものをかけて楽しむんです」

「そうか…。しかしいきなり変な物を注文しに来た時には驚いたが…。嬢ちゃんは変わったことを思いつくんだな」

 失礼ですね。

「怪しい魔具屋さんがあるじゃないですか。ほら、大通りから2本離れたところの。あそこでこの冷凍庫を見つけたんですよ。それで食べたくなって…」

「ああ、あの道楽のところか…。また変わったもんを見つけてきたな…」

 あれ?あの魔具屋さん、結構有名なんでしょうか?

「ところでガラムさん、実はこんな道具があれば、もっとかき氷が簡単に作れるんですが…」

 そう言ってかき氷機の絵を描きながら、ガラムさんに説明します。

 上から押さえつけながらハンドルを回して、底に刃物がついた簡単な構造のかき氷機の絵を見せます。

「ほう、構造としては面白いかもしれんな。で、これを俺に作れってか?」

「やですねぇそんなこと言ってないじゃないですか。これがあればかき氷が簡単に作れますってだけですよ」

「ふん、まあそう言うことにしておくか。いいぜ、すぐにってわけにはいかねぇが、試しに作ってみてやる」

 あれ?実はガラムさん、かき氷が気に入ったんでしょうか?

「あ、わたしも30日から4日まで依頼で出かけるんです」

「なら、帰ってくるまでに試作は作っといてやるよ」

 おぉ、帰ってくる楽しみができました。

 ガラムさんは、どこか上機嫌で帰って行きました。


 ガラムさんが帰った後に夕食の準備を進めていると、いつも通りに王子がやってきました。

 夕食を食べ終え、食後のお茶を飲みながら、わたしは王子に30日~4日まで依頼で留守にすることを伝えました。

 王子は5日も楽しみがなくなる、とぼやいていましたが、そもそもは王子が勝手に食べに来ているだけです。

 まあ、4日の夕方には帰っているはずだと言うと、少しましになりましたが。


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