004 運命の分かれ道だったのかもしれない
ズルッ!
「わたっ、うわっ、きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…」
キーンコーンカーンコーン。
「きりーつ、礼」
「桜ー、美春ー。今日帰りどうする~?」
放課後になり、智子が声をかけてきました。
「今日は帰りに道場に寄ってから買い物の予定です」
わたしは道着の入った鞄と木刀の入った袋を見せながら答えました。
「そっか。美春は?」
「あたしはちょっと図書館で勉強していこうかな、試験も近いし」
美春は帰る準備をしながら答えます。
「げ・・・もうそんな時期だっけ?」
「期末考査までもう2週間ないですよ?」
わたしは呆れながら智子に言います。
「智子もギリギリになって慌てないでたまには早めに勉強したらどうですか?」
今は6月も終わりになる頃。
期末考査は7月の2週目にあったはずです。
「ん~…、美春ぅ~」
情けない声を出しながら美春に助けを求める智子。
「毎回同じこと繰り返すんだから、今回くらいちゃんと勉強しなさい。教えてあげるから」
ばっさり斬られてしょんぼりしながらも、智子は自分の机から教科書を取り出してます。
聞き分けはいいんですよね、続かないけど。
周りを見渡すともうほとんど教室には人がいません。みんな早いですね。
「智子と美春は図書館ですね。それじゃあわたしは道場へ行きますね。それじゃまた明日」
そう言ってわたしはドアに向かいます。
「「またねー」」
後ろから二人の声が聞こえます。
まさかこれが運命の分かれ道になろうとは…。
廊下を歩いていると開いた窓から風が吹き込んできました。
梅雨の合間にしては湿った感じのない、気持ちいい風です。
今日みたいな天気を「五月晴れ」っていうんですかね。
バサバサバサッ
少し先の階段のほうから何かが落ちる音がしました。
階段に行ってみると、すぐ先で一人の女生徒が何やらあわてています。
見てみるとどうやらプリントを運んでいたようで、先ほどの風でプリントが崩れて散らばったようです。
落ちたプリントを拾おうと手を伸ばした途端に、持っていたプリントが雪崩を起こしています。
ドジっ娘ですか?萌えですか?
このまま見ているのも面白そうですが、わたしも道場へ行く予定があります。
無視して通り過ぎるのも何ですし、この階段は通り道です。
仕方ありません。
「手伝います」
そう声をかけてプリントを拾おうとした時でした。
「え?え?きゃっ」
バサバサバサッ
驚いた拍子にさらに雪崩発生。
これではきりがありません。
「これ以上手間を増やさないよう、貴女はプリントを押さえていてください」
呆れながらそう言いつつ、わたしは荷物を置いて回収作業に入りました。
「これで全部ですか?」
集めたプリントの束を重ねつつ、女生徒に確認をします。
「あ、えっと……多分、はい、大丈夫、だと思います…」
「はっきりして下さい。大丈夫ならもう落とさないように早く持っていって下さい。」
わたしがそう言うと慌てた様子で、
「は、はいっ、大丈夫です!あの、ありがとうございました!」
そう言って頭を下げようとして、またも雪崩を起こしそうになりました。
わたしは慌ててプリントを押さえます。
「いいですから、さっさと持っていって下さい」
そう告げると女生徒は慌てて階段を降りて行きました。
「全く……こんなこと柄じゃないんですが…」
わたしは一つ、ため息をつきながら時間を確認しました。
「あ……もうこんな時間ですか。また師匠が拗ねますね」
もう一つ、ため息をつきながら置いた荷物を取りに階段を登ります。
「さて、急ぎますか」
荷物を持って先を急ごうとします。
この時、急がずに落ち着いていればと、しばらく振り返るたびに思うことになります…。
早く帰ろうと急ぎ足で階段を数段降りたところで、また風が舞いこみました。
ヒュゥゥゥ……パサ…
どうやら先ほど雪崩を起こしたプリントの一枚がどこかに残っていたようです。全部集めたはずなのですが…。
そして「偶然」にもそのプリントが踏み出したわたしの足元に落ちたではありませんか。
急いでいたわたしは勢いよくそのプリントを踏んでしまい、足を滑らせることになりました。
普段ならそのくらいでバランスを崩してもすぐに立て直せるのですが、残念ながら今のわたしは両手にそれぞれ木刀・道着袋・鞄・お弁当袋と手荷物がいっぱいです。
それでもなんとか身体を捻ってバランスを保とうとします。
とっさに階段の手すりに手がかかりました。
思えばこれがいけなかったのかもしれません。
素直に尻もちをついていたほうが安全だったようです。
なんと、わたしの身体は手すりに置いた手を軸に半回転、つまり階段の下を向いていた身体が階段の上を向くことになりました。
「え、ちょ、うわっ」
そしてバランスを崩していたわたしの身体は、遠心力と重力に負けて階段の下に向かって落ちていきます。
「うわっ、ヤバッ」
とっさに危険を回避しようと落ちながらも高さを確認、受け身をとろうとしました。
しかしなぜか想定した状況になりません。
そう、なぜなら…。
目線の先の踊り場には白いリノリウムの床ではなく、まっくろな穴のような何かがありました。
ええ、みなさんがご想像の通りです。
ズルッ!
「わたっ、うわっ、きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…」
わたしの身体はそのまままっくろな穴のような何かの中に落ちて行きました。