047 言い訳
ん…、あたま、いたい…。
朝、だと思います。
そう思うのは、閉じた瞼の上からでも光を感じるから。
朝だというのに、いつもよりすっきりしない頭。
身体も重い、気がします。
まだ、起きたくない…。
そう思うのは、腕の中にある温もりのせいでしょうか?
その、温もりが腕の中から逃げようとします。
「やぁ、だめ…」
無意識に声をもらし、温もりにしがみつきます。
逃がさない、というわたしの気持が伝わったのか、温もりはそれ以上動かなくなります。
わたしは満足して、再びゆっくりと意識を手放します。
ガチャ
「おはようございます、サクラ様。朝で、す…?」
意識を手放そうとした時、女性の声が聞こえてきました。
「あらあらあら?まあまあまあ!」
眠い…。
「いや、これは!違うんだ!」
続いて男性の声。
再び、腕の中から温もりが逃げ出そうとします。
「ぁ、やだぁ・・・」
逃がさないように強くしがみつくと、また、動きは止まりました。
「あらあら、サクラ様ったら。寝ぼけちゃって可愛らしい。殿下も大変ですわね」
「そう思うなら、なんとかしてくれ…」
んぅ……うるさい、です…。
「うふふ、これは王妃様や王女殿下にもお知らせしないといけませんわ」
「ま、待て!これ以上話をややこしくするな!」
何…?朝から騒がしい…。
「ん…、ふわぁ~…」
もそもそと起き上がり、眠い目をこすりながら、身体を伸ばします。
「いけません、サクラ様!」
何かが身体に巻き付きます。
「ふみゅ……おはよー、ございますぅ」
まだ目がしょぼしょぼします。
「さぁ、サクラ様?お着替えをしましょうね~。あ、殿下は出て行って下さいね」
だれ…?でんか…?
わたしは聞こえる声のままに、身体を動かします。
気を抜けば、すぐに眠ってしまいそうです。
ようやく目が覚めたのは、声のままに顔を洗った時でした。
「ひゃっ、冷たっ」
なに?いまのなんですか?
驚いてきょろきょろするわたしと、それを見てくすくすと笑っているシフォンさん。
今、何が起きたのですか??
状況が把握できないわたしに、シフォンさんがタオルを差し出します。
とりあえず、渡されたタオルで顔を拭いていると、
「寝ぼけたサクラ様も、とても可愛らしかったですよ。貴重な物が見れました」
すっと差し出された水を飲むと、ようやく頭がすっきりします。
感じていた軽い頭痛も、いつの間にか収まっています。
頭に?マークを浮かべてシフォンさんを見ていると、扉を開けて王子が入ってきました。
「あれ?王子、おはようございます。どうしてそんな恰好なんですか?」
王子の姿は肌着、といいましょうか?いわゆるTシャツのような物を着た、ひどくラフな格好です。ズボンはきちんと穿いているので、余計に違和感を感じます。
「お前が脱がせたんだろうが。覚えてないのか?」
わたしが?いつ?覚えてないってなにを?
「サクラ、お前は昨日、夜会で酒を飲んで倒れたんだ」
昨日……夜会……お酒…?
あ…。
「そうだ!王子、説明してもらいますよ?アリア王女の事とか!」
昨日、アリア王女の事を聞こうと思って、それで…。それで…?
「とりあえず服を着させろ」
王子は椅子にかかっていた上着を取ると、それを着ました。
「それで?色々と聞かせていただきたいのですが?」
椅子に座るわたしと、テーブルを挟んで座る王子。
シフォンさんはにこにこしながら、テーブルの横に立っています。
「まず、どうして昨日、夜会にアリア王女がいたのか、説明してください」
王子は大きく息をつき、死刑を言い渡される前の囚人のような面持で口を開きます。
「……すまなかった。あれは、母上やアリアの命令だったんだ…」
はい?なんで王妃様やアリア王女がそんなことを…?
「私が最近、ずっとサクラのところに行っていただろう?それを知った母上達が、サクラに会いたい、と言い出してな。ずっと断っていたんだが…。私に婚約者がいないことと、昨日の夜会の事でパートナーとして連れてくるように言われたんだ。もちろん断ったんだが…。なぜか父上も乗り気で、最終的には婚約者を決めるか、サクラを連れてくるかを選べと言われて…。サクラに頼んだ理由も母上が考えたものなんだ」
わたしなんかと会って、どうするつもりだったんでしょう?
いや、それよりも。
そもそも、王子が毎日ご飯を食べにこなければよかったんじゃないですか?
それがなければ王妃様達も、こんなことを考えたりはしなかったはずです。
「理由はわかりました。ですが、そもそも王子が、毎日ご飯を食べにこなければこんなことにはなりませんでしたよね?これからはやめてもらえますか?」
こんな面倒な事に巻き込むのは、これっきりにしてください。
「え?いや、それは困る!それだとサクラに会う理由が…」
「は?何が困るんですか?よく聞き取れなかったのでもう一度言ってください」
王子は顔を赤くしながら、しどろもどろに言います。
「いや、だから、だな。その…、サクラの料理が、だな、食べられなくなるのは寂しいと思って、だ。サクラの料理は美味いからな、うん」
褒められて悪い気はしませんけども…。
シフォンさんが小さく「ヘタレ…」と呟いた気がしましたが、気のせいでしょう。
「だからといって、今回のようなことは困るんです」
面倒事に巻き込まれるのは御免です。
「いや、今回のようなことは起こらないように気をつける。あー、母上やアリアは……偶に会ってくれれば、暴走することもない、と思う…。
自信なさげに話す王子。
「はぁ~。わかりました、もういいです。王妃様やアリア王女のことは、王子に言っても止められないでしょうし…」
ここで折れてしまうわたしは、やはり甘いのでしょう。
まあ、王妃様やアリア王女が王子では止められない、というのも事実だと思いますけど。
この王族の頂点は、多分王妃様。そして次点が王様で、僅差でアリア王女とエドウィル王子。セドリム王子は再下層だと思われます。
「それで、わたしは昨日、何があったんですか?王子に今の話を聞こうとしたところから記憶がないんですが」
「それは…、サクラがジュースと間違えて酒を飲んでしまったからだ。それもかなり強いやつをな。その後すぐに倒れて、私がこの部屋に運んできた。例によってサクラにベッドに引き摺りこまれてしがみつかれたんだが、なぜかすぐに私の服を脱がせたんだ。その後はいつもの通りだ」
えっと…、確か近くのウェイターからグラスを…。
あれ、お酒だったんですか…。
それで、王子がわたしを運んだ?この部屋まで…?
「うふふふ、殿下ったらサクラ様を抱っこして運んだんですよ?ホールからこの部屋まで」
うわぁぁぁぁぁぁ!聞きたくなかった!
ホールからここまでってかなり距離あるじゃないですか!
しかも夜会の当日、その会場からって…!
なんという羞恥プレイ!!
しかも王子を脱がせたって……何してんですか、わたしは!
さらにその後はいつも通りってことは……また裸で抱きついていたんですか!?
知りたくなかった!!!
「寝ぼけて殿下に抱きついているサクラ様、可愛かったですわ~。殿下が手を抜こうとしても、ぎゅっとしがみついて…。あぁ、王妃様達にも見せたかったです…」
わたしが赤くなって悶えていると、シフォンさんがさらに強力な爆弾を投下しました。
「しがみっ…」
聞きたくなかった!知りたくなかった!
「その、ご迷惑をおかけしました…」
なんとか絞り出すように、謝罪の言葉を述べます。
「いや……大丈夫、だ」
王子も顔を赤くして横を向いています。
シフォンさんは……顔が赤いのは一緒ですが……くねくねと悶えています。
見なかったことにしましょう…。
微妙な空気のままの時間は、朝食に呼ばれるまで続きました…。




