045 夜会にて
次の日、昼食を食べてから、再び王城へ向かいます。
今日はお泊りが前提なので、客室のほうで準備をするようです。
以前、泊まったことのある客室へと案内されて、王妃様とメイドさんズ、今日はシフォンさんもいます。それと仕立屋さんに囲まれて、ドレスの仕上げ中です。
半刻ほどで仕上げも終わり、仕立屋さんが帰ればしばらく休憩。
休憩という名のお茶会が終われば、夜会の準備という名の、悪夢の時間の始まりです。
王妃様+メイドさんズが部屋を出ると、それと入れ替わりに入ってきた知らないメイドさんズ。
シフォンさんに肩を掴まれて、言われた言葉が、
「さぁ、サクラ様?お風呂の時間ですよ」
「え?お風呂?」
「そうです。さぁ、隅々まで綺麗にして差し上げますからね?」
「いえ、わたし、一人で入れますから!」
やばい、シフォンさんの雰囲気が危険なものになっています!
「駄目ですよ?これは、私たちのお仕事なんですから」
ひぃぃぃぃ!
逃げようとしたわたしを、シフォンさんは素早い動きで捕まえて、にこりと微笑みます。
「うふふふふ。さぁ、お洋服を脱ぎましょうね~」
やだ、その笑顔怖い。
誰か、助けて!!
もちろん、誰も助けてなんてくれるはずもなく、裸に剥かれてお風呂に放り込まれ、身体を洗われましたよ…。ええ、宣言通り、隅々まで…。
シフォンさんと新メイドさんズはツヤツヤした肌で、わたしの髪を拭いています。
対するわたしは色々な物を失い、されるがままです。
なんだか夜会に行く前に、体力も気力も無くなった気がします…。
「サクラ様の髪、長くてとても綺麗ですよね」
母譲りのこの髪は、密かな自慢でもあります。それを褒められると嬉しくなります。
「ふふ、ありがとうございます。でもちょっと、長すぎるかなって思うんですけどね。これだけ長いと、邪魔に思うこともありますし」
さすがに膝近くまであると、座るときにも気を使います。
冒険者になってからは、何度か切ろうと思ったこともありましたが…。
でも、昔から切りたいって言うと、母親にすごく悲しそうな目で見られるんですよ。
もし、日本に戻った時に短くなってたりしたら、きっと泣かれます。
それを考えると、切るに切れないんですよね。
ゆっくりと髪を梳かれる感覚に身を任せていると、シフォンさんからはまた、あの危険な気配がしてきました。
「さぁ、サクラ様。私達の腕によりをかけて、綺麗に仕上げて見せますわ」
鏡越しに見えるシフォンさんの目に、炎が見えた気がしました。
着ていたバスローブを脱がされ、下着を着けられ(いえ、下着くらい自分でつけようと思ったのですが…。人に下着を着けられるって凄く恥ずかしいものなんですね…)、ドレスを着せられて、髪を結いあげ、化粧を施されます。仕上げにアクセサリーを着けて準備は完了。
出来上がった自分を鏡で見た時は、それが誰だか分りませんでした。
いや、冗談じゃなくて。
だって、わたしは今まで化粧なんてしたことありませんでしたし。
母に言われて化粧水や乳液などは使っていましたが…。
「サクラ様、とても可愛らしいですよ。セドリム王子殿下にもきっと、満足していただけますよ」
うーん、確かに、客観的に見て可愛い、とは思います。自分のことですが。
でも、やはり女性としての魅力は…。
ささやか過ぎる胸と、肉付きの薄い腰回り。
それを意識すると、どうしても自分が魅力的だとは思えません。
ちらり、とシフォンさんを横目で見ます。
約170cmのすらりとした長身。
お仕着せの、体型の出にくいメイド服の上からでもわかる、推定Eカップの胸。
高い位置できゅっと締まったウエスト。
屈んだ時にはよくわかる、安産型の丸いお尻。
こういうのが、魅力的な女性というものではないでしょうか?
自分の身体と見比べると、おもわず溜息がこぼれます。
勝っているのはウエストくらい…。
王子が好きなのは、きっとシフォンさんのような女性です。
「そろそろ時間ですね。王子殿下との待ち合わせは控室でしたよね?」
こくん、と頷き、シフォンさんに先導されて、王子が待っているであろう控室へと移動します。
「こちらです」
そこは、ホールの近くにある控室の一つ。
軽く深呼吸をして扉を叩くと、中からは「入れ」の一言。
扉を開けて中に入ると、そこにはソファとテーブル、そしてソファには王子の姿。
「王子」
わたしが声をかけると、王子が顔をあげて……固まりました。
その表情は、驚いたように目を見開き、口も開いています。
しばらく待ってみましたが、なかなか動きだしそうになかったのでもう一度、声をかけてみます。
「王子?」
そろそろ、その間の抜けた顔を戻してください。
「あ、ああ。サクラ……か?」
「他の誰に見えますか?」
思わず、きつい口調になります。
まったく、誰のせいでこんな恰好をしてると思ってるんですか。
「そう、だな。すまん。ちょっと吃驚しただけだ」
驚くほど変わったでしょうか?
いえ、確かに鏡を見た時は誰?って思いましたけど。
「お時間までまだ少しありますので、お茶でもいかがですか?」
部屋に入ってきたシフォンさんが、すでにお茶の準備をしながら聞いてきます。
「お願いします」
王子の正面に座りながら、シフォンさんの淹れてくれたお茶を頂きます。
その間、王子は一言もありませんでした。
いえ、何か期待していたわけでもないんですけど…。
そのくせ、チラチラとこちらを窺うように視線をよこすのは、正直、鬱陶しいとさえ感じますが。
「何ですか?」
と聞いても、
「いや、何でもない」
としか答えませんし…。
シフォンさんはにやにやしていますが、何なのでしょうね?
そのうち、部屋の外が騒がしくなってきたことに気付きます。
この部屋は、ホールへ続く通路にあります。
どうやら夜会に参加する人が、ホールへと集まってきたようです。
わたし達も、シフォンさんに見送られて部屋を出ます。
王子はわたしの横に立つと、すっと手を出してきました。
わたしはそれに手を重ね、初めての、そして最後になるだろう夜会へと向かいます。
ホールへ入ってまず目についたのは、人。
広い、千人は入れるんじゃないかというホールに、たくさんの人。
天井は高く、そこには絵画が描かれています。
そして天井から吊るされた、きらきらと輝くシャンデリア。
室内を照らす光は、魔具でしょうか。
中央は大きく空けてあり、壁にはテーブルと、料理。
そして数段の階段と、その上には立派な椅子が二つ。
わたし達がホールに入ると、会場中の人がこちらを見ました。
その視線に、わたしの身体がぴくり、と震えます。
「普段通りにしていろ。私の傍から離れなければ、心配するようなことはない」
王子は空いている手でわたしの頭をぽんぽんと叩くと、ホールの中へと歩を進めます。
とりあえず、王子に恥をかかせないようにしないと。
中に入るとすぐに、一人の男性に話しかけられました。
見るからに貴族、といった風の、でっぷりと太った50くらいのおじさんです。
「これはセドリム王子殿下。王子殿下にはご機嫌麗しく。時に、王子殿下は最近、平民のところに熱心に通っておられるとかで…。そちらがその、噂の娘ですか?これは可愛らしい。王子殿下はいいご趣味をされていますな」
うわ、早速丸わかりの嫌みが来ましたよ。
っていうか、噂ってなんですか?王子は何してるんですか!?
「ご無沙汰しています。公爵もご壮健そうでなによりです。最近は新しい商売を始められたとかで。サクラ、こちらはヘラスミール公爵だ」
王子がイヤミオヤジを紹介します。
「初めまして、ヘラスミール公爵様。サクラ・フジノと申します」
言って、淑女の礼をします。
一応、前世の知識にこういった礼儀作法もあるにはあるんですが…。なんで男性だったのに、淑女の作法まで知っているんでしょうか?それも細かく。
まあ、今は役に立っているからいいんですが…。
王子と公爵は、完璧な淑女の礼をしたわたしに驚いています。
ただの平民と思っていたのが淑女の礼儀作法を完璧にしたんですから、それも仕方ないと思いますが。
「すみません、失礼してもよろしいでしょうか?彼女は初めての夜会なので、少し慣れるまではゆっくりとさせてやりたいのですが?」
「あ、ああ、そうですな」
「それでは失礼します」
先に復活した王子が、まだ混乱しているイヤミオヤジを言いくるめます。
「すまんな、いきなりあの公爵に捕まってしまうとは…。公爵の娘は私の婚約者候補の一人でな。恐らくは、いきなり現れたサクラの様子見と、牽制だろう」
つまり、王子のせいで嫌みを言われたってことですよね。
まあそのくらいはあるだろうと思っていましたけど。
「こんばんは、セドリム殿下。今夜は可愛らしいパートナーをお連れですな」
次に声をかけてきたのは、服の上からでもわかる、程よく引き締まった身体と真っ白な頭が特徴の、多分40代のオジサマ。
「これはグランツ伯爵。お久しぶりです。その節はお世話になりました」
このオジサマは、王子の対応も柔らかいです。
「いやいや、私に出来ることをしただけですよ。それよりも殿下。そちらのお嬢さんが噂の……ですかな?よろしければ、私にも紹介していただけますか?」
何を言ったのでしょうか?聞き取れない部分がありましたが…?
「サクラ、こちらはグランツ伯爵だ。私も騎士団の事でよく相談に乗ってもらっている」
「初めまして、グランツ伯爵様。サクラ・フジノです」
言って、淑女の礼。
「これはご丁寧に。礼儀もしっかりしておられる。いやいや、これは近いうちに良いものが見れそうですな」
「グランツ伯爵」
王子が鋭い声で伯爵を呼びます。
そして二人でアイコンタクトをしながら、チラチラとわたしを見ます。何でしょうか…?
首をかしげていると、王様と王妃様の入場を告げる声がします。
入場の音楽とともに入ってくる王様と王妃様。
ホール内の参加者は、そちらに向かって臣下の礼を取っています。
とりあえず、わたしも王子に促されて頭を下げておきます。
臣下じゃないですけどね。
「皆のもの、よく集まってくれた」
その声に、周りが顔を上げるのがわかりました。
「今宵は楽しんでいってくれ」
その言葉が終わると同時に、軽やかな音楽が流れ出します。
何人かの男女は、中央でダンスを踊るようです。
「サクラ、私は少し挨拶をしてくる。心細いかもしれないが、ここで待っていてくれ」
王子ともなると、色々なしがらみも多いのでしょう。
わたしは壁に寄って、一つの集団に向かう王子を見送ります。