044 ドレス
次の日、いつも通りの朝の準備と、自分の昼食用と、恐らくは食べに来るであろう王子二人分、さらに数人分のサンドイッチを作り(食パンは昨夜のうちに焼いておきました)、バスケットに入れてお城へ向かいます。
お城の門番へ用件を伝えると、話は伝わっていたらしく、すぐに一室へ案内されました。
「失礼します。サクラ・フジノ様をご案内いたしました」
案内してもらった兵士の声に、中からは「入ってちょうだい」と、女性の声がしました。
兵士の人がドアの前から横へ移動したので、わたしに開けて入れということなんでしょうか。
「失礼します…」
一声かけてからドアを開けて中に入ると、いきなり私の視界がふさがれました。
「ふぎゅっ」
え?なに?今どうなってるんですか?
わたしの視界は、薄い青色しかありません。
身体は柔らかいもので包まれています。
そして頭の上にはさらに柔らかい感触が。
「きゃー!聞いてたけど小さーい!かわいいー!きゃー!」
さらにぎゅっと、身体を包む力が加わります。
「ほら!お母様も見て下さい!」
オカアサマ?
いやそれよりも、苦しい、です。
息はできるのですが、頭を押さえられていて、それが微妙に締まっています。
「アリア、落ち着きなさい。ほら、苦しそうじゃないですか。離しておあげなさい」
その声に、やっと身体が解放されます。
「ぷはっ」
大きく息をつき、解放された視界で部屋を見回して、やっと状況を理解します。いえ、理解はできませんでしたが…。
わたしの前に、キラキラした顔で立っているのはアリア、と呼ばれた女性。推定身長175cm。胸も大きい・・・推定Fカップ。さっき頭の上に乗っていたのはこれですか。
その向こうのテーブルには、お茶を飲む、見た目20代後半くらいの女性。座っているのでわかりませんが、おそらく身長は170cmを超えているでしょう。胸は推定Eカップ。いや、Fかも。この人が「お母様」と呼ばれた女性のようです。
もいでいいですか?いいですよね?
そしてその向かいに座っているのが、王様?なんでここに?
目を移すと、ソファにはエドウィル王子とセドリム王子が向かい合わせに座っています。
壁にはメイドさんが3人。
「セドリム兄様!こんな可愛らしい子を隠していらっしゃったなんて、酷いですわ!教えて下さっても良かったじゃありませんか」
ん?セドリム王子を兄と呼ぶ、アリアと言う名前の女性…?
わたしの記憶が正しければ、この女性はアリア王女…?
じゃあ、アリア王女が「お母様」と呼ぶ女性は、王妃様!?
なんでここに王族が揃ってるんですか!?
「サクラは冒険者なんだ。紹介する機会もなかったのはわかるだろう?それに今紹介しているんだからいいじゃないか。それよりも、アリアも自己紹介をしたらどうだ?」
紹介?なんでわたしが、王族に紹介されないといけないんでしょうか?
「そうですわね。初めまして、わたくしはアリア・イサ・ソビュールですわ。第一王女をしていますのよ」
そう言って、優雅に微笑むアリア王女。美人さんです。絵になります。
「初めまして。私はエリス・リムサ・ソビュール。王妃です」
椅子から立ち上がって、こちらも優雅に挨拶をする王妃様。やっぱり美人さんです。
っていうかどう見ても30行ってないですよね!?身体も細いし、とても3人も子供がいるとは思えません!
「サクラ、自己紹介を」
いつの間にか、わたしの隣に来ていたセドリム王子がそっと肩に手を置きました。
なんで手を置くんですか?
なんだか生暖かい視線を感じながら、とりあえず、挨拶を済ませます。
「初めまして、サクラ・フジノです。冒険者をしています」
ぺこり、と頭を下げます。
頭を上げたその前には、顔を真っ赤にしたアリア王女がいます。
あ、と思ったその時には抱き締められていました。
「っきゃー!やっぱり可愛い!セドリム兄様、この子貰っていいですか!?」
「やめんか、アリア。離れろ」
ぐいっ、と後ろに引っ張られる感覚。
アリア王女から離れたかと思うと、今度は後ろから肩を抱かれて(?)います。
「もう、セドリム兄様ったら…」
状況についていけずに戸惑っていると、王様からの一言でとりあえず、状況は動きました。
「挨拶も済んだようだな。ひとまず座って説明をしてはどうだ?サクラは何もわかっていないように見えるぞ」
全然、わかりません。
部屋の隅にお昼を詰め込んできたリュックサックを降ろし、王子に手を引かれてソファに座ります。
ソファに座ったはずなんですが…。
ひょい、と抱え上げられたかと思うと、なぜかアリア王女の膝の上にいました。
そして逃げられないように、お腹の部分に手が置かれています。
そしてわたしの両肩には、柔らかい塊がのっかっています。
柔らかいんですが…重い、です。
頭を動かせば、ふにゅふにゅとした感触。
……羨ましくなんてありませんよ…?
「あら?肩がとても軽くなりましたわ」
頭上から聞こえるその言葉に、殺意が芽生えたのは仕方のないことだと思いませんか?
わたしだって、肩が凝ったとか言ってみたいです!
大きくても邪魔なだけだとか言ってみたいんですよ!
持ってない人間の心なんて、持っている人間に分かりっこないんです!!
わたしのやさぐれた心をよそに、セドリム王子が説明を始めました。
「昨日も言ったが、サクラにはこれからドレスを作ろうと思っている。まあ、私が立ち会うわけにもいかないので、母上とアリアがついてくれることになっているから、心配しなくても大丈夫だ。時間があまりないので、大変だとは思うが…」
そう言われても、ドレスを作ったことなんてないのでよくわかりません。
「大丈夫ですわ。わたくし達がにお任せ下さい。素敵なドレスにして見せますわ」
「さぁさぁ、殿方は部屋から出て行きなさいな。セリア、仕立屋を呼んで頂戴」
王妃様は、王様と王子二人に部屋から出て行こうように言うと、壁にいたメイドさんに指示を出します。
「それではな。サクラ、頑張れよ」
頑張るって何をですか?
おっと、忘れるところでした。
「セドリム王子、昼食なんですが」
部屋から出て行こうとした足がピタリ、と止まりました。
ご飯に反応したんでしょうか?
「簡単な物ですが、用意してきたのでよろしければ…」
王子は驚いたように見つめてきました。
そんな驚くようなこと言いましたか?
どうせ、たかりに来るだろうと思って用意しておいたんですが…。
「あ、他の皆さんの分もありますので、よろしければ一緒にどうですか?」
また生暖かい視線を向けていた、他の王族にも声をかけてみます。
「必ず食べに来よう」
即座に反応するエドウィル王子。
「ふむ、セドリムが通い詰めるほどだ。どのようなものか味わってみるのもいいかもしれんな」
王様の一言で、お昼を一緒に取ることが決まったようです。
昼食の時間になればこの部屋に来ると言い残して、男性陣は部屋を出て行きました。
そしてここからが、わたしの試練の始まりでした。
さっきの「頑張れ」の意味を知るのは、この後すぐのことでした…。
男性陣と入れ替わりに、数人の女性が入ってきました。
この人たちが仕立屋さんのようです。
「さぁ、サクラちゃん?採寸をしまわよ~?」
ぞくり、と背筋の震える声がしたかと思うと、後ろから抱き締められました。
「採寸をするのに、服は脱がないといけませんわね♪」
嫌な予感がして抜け出そうと暴れますが、お腹を押さえられていてうまく身体が動かせません。
「うふふ。大人しくしていないと、手元が狂いますわよ?」
片手でお腹を押さえて、空いた手で服を脱がそうと、身体をまさぐられます。
「ひゃっ」
その手が服の下に入り込み、素肌を撫でます。
「やだ、やめて下さい」
必死に抵抗しますが、動きを封じられている状況では身体を捩るのが精一杯です。
「駄目ですわよ?きちんと測るには服を脱がないと」
「自分で脱げますから!ん、ゃん」
「遠慮しないで、手伝いますわ」
「遠慮なんて、ふぁ、して、ません!くすぐった、ひゃぅ」
なんか違う!絶対違う!
「うふふふふふ」
「やぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
10分後、ぐったりして後ろから抱きかかえられるように立つ、わたしの姿がありました。全裸で…。
なんでも、下着から作る必要があるとかで…。
そりゃ、わたしはそんないい下着なんて持っていませんが。
どうせ見えないし、普通の下着でいいんじゃないかと言うと、ものすごい勢いで怒られました。
「いいですか?ドレスが女の戦闘服と言われるように、下着は心の甲冑なのです。見えなくても下着にこだわってこそ、女は強く、美しくなれるのです!」
よくわかりませんが、譲れないことだったようです。
身体のあちこちの寸法を計られ、布を巻きつけられます。
お人形にでもなった気分です…。
ぼーっと立っていると、視線の先では王妃様とアリア王女、それにメイドさんズが顔を突き合わせてきゃいきゃい騒いでいます。
「絶対にピンクが似合うわ!」
「いいえ、セドリム王子の瞳に合わせた薄いグリーンがいいと思います」
「白というのも可愛らしくていいのではないでしょうか?」
「ここは妖艶な黒のレース、というのもいいのではなくて?」
「「「王妃様、大胆ですわ!」」」
え?何の話?
ドレスは何と言うべきでしょうか、エンパイアドレスが一番近い、と思います。
肩は隠れてはいますが、胸元までV字に入った襟元。
胸の下で絞られたハイウエストで、そこから裾までが自然に広がっています。
というのも、デザイン画を見せられただけですけどね!
このデザイン画だと谷間が見えてますけど、わたしに谷間なんて出来ませんよ?
絵にも負けたよ、チクショウ。
コルセット?縋りついて勘弁してもらいました。
あんな窮屈そうなもの、とてもじゃありませんが着けたくなんてありません。
実際は、わたしが着ける事の出来るサイズが無かったらしいですが…。
下着はビスチェで、下はペティコート。その上にドレスを着けるらしいです。
身体に布を巻きつけられ、チクチクと仮縫いが進みます。
生地や色などはあちらの女性陣が決めていたようで、何の相談もありませんでしたが。
着るのはわたしなんですけど…。
あ、色は薄いピンク、日本で言うなら桜色、です。生地は絹、だと思います。
というか、わたしが今回の事を引き受けたのは昨日の夜、ですよね?なんで仕立屋さんだとか生地だとか、こんなに準備が整っているのでしょうか?王族の権力?
仮縫いが終わり、服を着替えると、時刻はもうすぐお昼です。
そろそろお腹をすかせた王子たちが来るころです。
メイドさんズに手伝ってもらって、持ってきたバスケットをテーブルに並べて行きます。
メイドさんズは並べ終えるとお茶の準備です。
昼食の準備が終わったのを見計らったかのように、王族の男性陣が現れました。
「サクラ、今日は何を作ったんだ?」
セドリム王子は嬉しそうに、聞いてきます。
「サンドイッチですよ。パンに色々なおかずを挟んだものです」
「パンに挟むのか?スープもないし、とてもじゃないが、固くて食べれないんじゃないのか?」
あの固い黒パンに挟んだらそうなるでしょうね。
「とりあえず、食べてみて下さい」
バスケットのふたを開けて、勧めます。
「白い…。これ、パンなの?」
「なんだこれは?すごく柔らかいぞ!」
「これなら、スープがなくても食べれそうですわ」
初めての食パンに、驚く人達。
「サクラ、これはいつものパンと違うようだが?」
黒パン以外を知っているセドリム王子も、食パンを見るのは初めてです。
「これは食パンといって、そのまま食べても焼いても美味しいんです。バターやジャムをのせて食べてもおいしいですよ。今日はサンドイッチを作るつもりだったので、焼いておいたんです」
わたしが説明しながら、一つとって食べてみせると、王族の人達もそれぞれ口に入れました。
「これは……柔らかくてふわふわ、しかし弾力があって…。挟んである物の味も伝わる。中に挟んである物も、チーズに、これはレタスか?しかしこのソースは…。このような物、初めて食べるぞ!」
「本当、わたくしのにはベーコンとタマネギかしら?それにソースが良く合って、とても美味しいですわ!」
「私のには卵、かしら?茹でた卵を潰してペースト状にしてあるのね?でもしっかりと味があって、ちょっとピリっとしているけれど美味しいわ」
「俺のは鶏肉のローストと野菜が挟んであるぞ。鶏肉にしっかりと味がついていて、これならいくらでも食べれそうだ」
「私のは……これは前に食べた、ポテトサラダとかいうやつか?む、少し味が濃い目にしてあるのか?相変わらず、サクラの料理は美味いものばかりだな」
あっという間に持ってきたサンドイッチは無くなります。
「いや、美味かった。これはセドリムが毎日通うのもわかるな」
「本当に。二人が一緒になれば、毎食、美味しいものが食べられるんでしょう?羨ましいわ」
「セドリム兄様、ずるいですわ!こんな美味しいものを一人で食べていただなんて!そうですわ、サクラちゃんに王族専用のコックになって貰えばいいのですわ!そうすればわたくし達も毎食、サクラちゃんのお料理が頂けますわ!」
あれ、また雲行きが…。
「アリア、無理を言うものじゃない。サクラは冒険者なんだ。今日だって好意で作ってきてくれただけなんだぞ」
「もう、セドリム兄様はずるいですわ!サクラちゃんを独り占めにして!」
とりあえず、危機は去った……のでしょうか?
「それで、ドレスのほうはどうだった?大変だったろう?」
最後の部分は、ぶつぶつ言っているアリア王女のほうを見ながら言いました。
「そうですね…、疲れました…」
わたしもアリア王女を見ながら、項垂れます。
「……お疲れ」
労いの言葉って、こんなに温かいものだったんですね…。
「今日はこれで終わりだな。明日は午後に来てもらえばいい。ドレスの仕上げと、その後に夜会の準備だ。大変だとは思うが、よろしく頼む。それと明日は遅くなると思うので、城に泊まっていってくれ」
どうやら今日は、これで終わりのようです。
これ以上いるとアリア王女に捕まりそうなので。さっさと退散することにします。
ほら、こちらを見て手をわきわきさせてますし…。