038 引越し準備
結局、その後すぐにレンさんはお城へ戻り、わたしと王子は朝食を食べることになりました。
わたしと王子が一緒に朝食を取るのを見て、宿のご主人が何やら複雑そうな顔をしていましたが、意味がわからなかったのでスルーしておきます。
朝食を終え、その足でギルドへと向かいます。
丁度、朝の混雑している時間でしたが、いつもの受付のお姉さんに聞いたところ、2階に行くように言われました。
2階ではそういった相談を受け付けているそうです。
混雑する1階を抜けて、2階へと移動します。
2階に上がってすぐに、それらしい受付がありました。
「おはようございます。こちらで下宿の案内をしていただけると聞いたのですが」
冒険者カードを見せながら、受付にいた男性に聞いてみます。
「ああ、はい。フジノ・サクラさんですね。ええ、下宿をお探しですか?こちらで案内できるのは業者まで、となります。あらかじめ、希望があればそれに応じた業者を紹介できますが?」
この男性は、冒険者カードを見て一瞬だけ固まりましたが、すぐに何事もなかったように答えてくれました。
「そうですね、まず前提として自炊ができるところ。それとお風呂にいつでも入れるところがいいです。立地などは特に希望あありませんが、できればそこそこには治安がいいところがいいですね」
「ええっと、治安がいい場所で、となるとこちらの業者になりますね。これが紹介状代わりになります。この業者は地図で言いますと……ここですね。カンタールという業者です」
ギルドの印の入った木札を受け取り、業者の場所を確認します。
「カンタールさんですね。ありがとうございました」
地図で教えてもらった業者へと移動します。
「おはようございます。ギルドに紹介を受けてきたんですけど」
小さな、普通の家の1階を改造したようなお店が、カンタールという不動産屋さんらしいです。
「はい、カンタールへようこそいらっしゃいました。ギルドの紹介状を確認させて頂きます。はい、確かに。ご用件は下宿のご案内でよろしいでしょうか?」
わたしから木札を受け取ると、すぐに営業トークがきました。
「それでお願いします。希望は料理ができることと、いつでもお風呂に入れること。それと治安がそれなりにいい場所です」
ギルドと同じように、希望を伝えます。
「そうですね、丁度、お客様にいいお部屋がありますが…。相場よりも少し、お値段がかかりますがよろしいでしょうか?」
相場っていくらなんでしょうか?そのあたりの知識はありませんし…。
「えっと、おいくらでしょうか?」
「はい、1月毎の契約になりますが、銀貨30枚になります。相場は銀貨15~20枚ですので高く感じるかもしれませんが、立地も良く、お薦め出来るお部屋ですよ」
銀貨30枚、今の宿の10日分ですか。それくらいなら大丈夫ですね。やはりこちらでも、宿暮らしと言うのは高くつくものなんですね。
「一度、お部屋を見たいのですが、大丈夫ですか?」
「はい、問題ありませんよ。これから行かれますか?」
もちろん。
不動産屋さんに案内されて、またも移動です。
「こちらになります」
案内されたのは、小さな庭付き1戸建ての2階建ての家。
こじんまりとしていますが、レンガと木造を組み合わせたような、しっかりした作りのようです。
場所も王城に近い、大通りからは1本だけ入った場所。治安のいい場所のようです。
「では中へご案内します」
不動産屋さんは鍵を開けて中に入ります。
??
誰も住んでいないのでしょうか?
中に入ると、玄関、廊下、リビング、キッチン、お風呂、トイレ、寝室と、ごく普通の家のように感じます。
続けて2階へ案内されましたが、ベランダ付きの部屋が2つとベランダのない部屋が1つあるだけです。
部屋は特に変わったところのない、ごく普通の部屋です。
「あの、どなたも住んでいないんですか?それに部屋も普通の部屋に見えましたが?」
疑問は解消しておかないと、困ることになりますからね。
「はい、この家は以前住んでいた方が引っ越して行かれまして。その後、下宿として使うことになりました。この家が1つの下宿となっていますので、見た感じは普通の家と変わりないと思います。家具などはそのまま使っていただいても結構ですよ」
それって下宿じゃなくて借家じゃ…。
っていうか、これで銀貨30枚って安いんじゃ…。
「この家の持ち主は、子供が独り立ちして奥さまも亡くなったそうでして。そのお子さんと一緒に暮らすことになって手放すことにしたそうです。昔、冒険者をしていたらしく、管理できそうな冒険者に下宿として使ってほしいとのことでした。もっとも、そうなったのはつい先日でしたので、お客様は運がよろしかったですね」
なるほど、特に何かあって手放したわけではないんですね。
しかし、一人で住むには広すぎる気もしますが…。
それでも一戸建てなら気兼ねなく、好きなようにできますね。
小さいながら庭もありますし。
家具もあるので、足りない分を補う程度で済みそうなのも助かりますね。
「それじゃ、ここでお願いします。いつから入れますか?」
「そうですね、明日までは清掃などのを行いますので、明後日の朝から入っていただけます。ああ、生活に必要なものは今日から入れて頂いてもかまいませんよ」
お店のほうに戻りながら、契約についての説明を聞きます。
下宿の契約を終え、大通りに戻ったところで王子はお城に戻るようです。
「無事に下宿が決まってよかったな。では私は城に戻る。またな、サクラ」
「王子もお気をつけて。噂のほう、きちんと誤解を解いてくださいね?」
王子はわたしの言葉に苦笑いを浮かべながら、お城に向かって歩き出しました。
さて、わたしは必要そうなものを買ってこないといけませんね。
気合を入れ直し、まずは荷物を入れるためにリュックを取りに宿に戻ります。
食器に調理道具、シーツや枕に毛布…。ああ、掃除道具やお風呂の道具なども必要です。
他には石鹸や洗面用具に、意外と必要なものは多いですね。
わたしは1日かけて様々なお店を回り、新しい生活に必要と思える物を購入しました。
それらは自分で運べるものは新たな家に運び込み、そうでないものは2日後に運んでもらえるようにお願いしておきます。
一応、お客さんがあっても大丈夫なように(今のところ予定はありませんが)、食器は複数、用意しておきます。寝具も予備を含めて2セットの購入です。
家具が据え置きなので、予備とか他の部分にお金を回せるのはありがたいことです。
その日はこれで終了。
2日目は、午後にガラムさんのところを訪問。それ以外は調味料や食材を見て回る予定です。思えばこうして街を見ながら買い物をするのって、この世界に来てから初めてじゃないでしょうか?
宿のご主人に調味料や食材のお店を聞いておきます。こういう情報収集って大事ですよね。
そうそう、下宿には大きめの冷蔵庫(のような魔具)も残してあったので、日本にいた時と同じように保存ができるのが助かります。
魔具については以前も説明しましたが、その動力源は、基本は大気中の魔力の残滓やそれが分解されたエネルギーです。
基本的に魔具は、自動的にそのエネルギーを吸収し、動力源へと変換しています。
しかし、長時間発動し続けるような、今回の冷蔵庫もどきなどはその動力源が足りません。そこで、魔力を蓄えた『魔力石』という、いわば電池のようなものを使うことになります。この『魔力石』は自然に回復もしますが、魔術師が所持しておけばかなりの速度で回復します。魔術師の、常時漏れている魔力を吸収するらしいです。魔術は使えませんが、一応、わたしも魔力が漏れているようなので、持っていれば回復するでしょう。
宿のご主人に教えてもらったお店を回りながら、食材や調味料を購入していきます。
久しぶりの料理、色々と食べたいものもあります。さすがにお味噌や醤油などはありませんが、お酢やお砂糖などはありました。もっとも、お砂糖は黒砂糖で値段も少し高めでしたが。
買ったものは、明日の午前中に届けてもらうようお願いをして(量が多かったのでサービスらしいです)、露店でお昼を食べて、ガラムさんのお店へと向かいます。
ガラムさんのお店では、まず出来上がった刀を受け取り、その後に製作途中の革鎧を確認します。身体に当ててみたり、その状態で紐で固定してサイズを確認したり。
今のところは問題らしい問題はありませんでした。
明日の夕方には仕上がって、魔工師のほうに預けるということなので、時間があれば試着に来ることになりました。
買った刀を腰に下げて、残った時間で香辛料や小物を見に行きます。
買い物をしている途中、巡回中らしき二人連れの騎士に会いました。
その騎士達になんとなく、軽く会釈をしてすれ違いましたが、通り過ぎた後に後ろから
「おい、あの子だぜ、例の噂の…」「え?どう見ても……本当にあんな子が?」
なんて声が聞こえてきました。
振り向くと、先ほどの騎士達がこちらを見ています。
なんだろうと思っていると、すぐに騎士達はどこかへ行ってしまいました。
少し気になりながら、思い当たることがないので忘れることにしました。
幾つかの香辛料と、ガラス瓶を何個か購入して今日のお買いものは終了です。
せっかく料理をできる環境になるのですから、パンも自作のふわふわのものを食べたいと思います。
私が作ったことのあるのはリンゴ酵母を使ったパンです。
手順を思い出しながら、リンゴ1個とお砂糖を購入しておきます。
宿で早速、酵母造りです。