表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/149

037 一夜明けて

 朝日が昇り、街が動き始める時間。

「んぅ…、ふぁ……ぁ」

 ゆっくりと、眠りから目覚めて行きます。

 わたしの腕の中には、何でしょうか。固く、大きくて暖かいものがあります。

 それが何故か心地よく感じ、無意識に腕の力を強めてしがみついてしまいます。

 顔をこするように動かしていると、男性の声が頭上から降ってきました。

「おはよう、サクラ。起きたなら、そろそろ離してくれないか?」

 顔を上げると、疲れ切ったような、セドリム王子の顔があります。

 ゆっくりと視線を下げると、王子の首、肩、胸…。

 そこに自分がしがみついています。

 どうやら先ほどしがみついていたのは、王子の身体だったようです。

「ひゃっ!す、すいません!」

 かかっていた薄い毛布を跳ね除け、起き上がりながらベッドの足の方まで移動して、思わず正座をしてしまいます。

 あれ?でもなんで王子がここに…?

 ここ、私の泊まっている部屋ですよね?

 王子は起き上がりながらこちらを見て、顔を赤くしながら横を向きました。

「?」

 首をかしげながら、頭に?マークを浮かべていると、

「何か羽織ってくれ。目のやり場に困る」

 その言葉に首をかしげながら、自分の体を見ます。


 へ…?


「!!!!!はっ、裸!?なんで?なんでわたし裸!?」

 慌てて先ほど跳ね除けた毛布で体を包み、周りを見回します。

 服、私の服は…?

 服、ズボン、肌着、下着…。昨日着けていたものは、ベッドの脇の床に散らばっていました。

 王子の格好は胸をはだけてはいますが、大きく着崩れした様子はありません。

 でも、まさか…、いえ、そんなことは…。でも万が一ということも…。

 色々な事がぐるぐると頭を駆け回り、真っ赤な、泣きそうな顔で王子を見ていると、王子は大きく息を吐きだしました。

「はぁ~~~~。サクラ、昨日のこと、覚えているか?」

 いきなりの質問に、プチパニックになりながら必死に思い出します。

 えっと、昨日は宿に戻ったらお客さんが来てるって言われて、そこに行ったら王子がいて食事をして話を聞いて、その後お酒を飲んで…。

 ゆっくりと昨日の醜態も思い出します。

 恐らく、私の顔は赤くなっているでしょう。

「あの、はい。覚えて、マス…。ゴメンナサイ」

「そうか…」

 王子は短く、それだけを言いました。

「あの、でもわたし、トイレに行ったところまでは覚えているんですが、それ以降のことが…」

 そう、酔っ払ってトイレに入って、用を足そうとしたところまでは覚えています。

 王子はこちらをチラリ、と見て、そっぽを向きながら話しました。

「ああ、なかなか出てこなかったから、中を覗いてみたら眠っていた。もちろん、ちゃんと声をかけてから入ったぞ。中で倒れてるんじゃないかと思ってな。まあ眠っていただけだったが。それでトイレから連れ出して、部屋に連れて戻ったんだ」

「えっと、ご迷惑をおかけしました…。あ、ところで、トイレで眠っていたって、わたしの状態は記憶の限りではたしか…」

 王子は顔を赤くして、気まずそうにしています。

「え、もしかして…」

「あー、なるべく見ないようには気をつけたんだぞ?」

 その一言で、わたしの予想通りだとわかりました。

 わたしは顔から火が出るくらい、真っ赤になっているでしょう。

「えっと…、そう!そうですよね!トイレも薄暗かったと思いますし、翳っていて見えませんでしたよね!ね!」

「え?いや、薄暗くもなかったし、それに翳るほども…。どちらかといえば真っ白で生えてな「いやぁぁぁぁぁぁ!!!!」

「何を言うんですか!やっぱり見たんじゃないですか!それも覚えるほどじっくりと!王子の嘘吐き!スケベ!それに生えてます!薄らとですが、生えてるんです!わかりにくいだけなんです!!もうやだ!お嫁にいけない…!」

 王子に背を向けて叫ぶわたし。

 必死になって言い返す王子。

「だ・か・ら!目に入ったものはしょうがないだろ!あんな状態で眠るほうも悪いんだ!それに嘘は言っていない!‘出来るだけ’見ない様にはしたんだ!」

 それに嫁なんて行かなくても…などとぶつぶつと呟いている王子ですが、聞こえなかったことにします。この時点では見られただけです。

 それだけでもわたしの顔は火を噴きそうですが、その後のことも聞いておかなければいけません。

「それで、なんで王子はここで寝てたんですか?それになんでわたしは裸なんですか?」

 ここ、重要です。

「もしかして……わたし、王子と最後まで…?」

「そんなことはしていない!お前が!」

 そこまで言って、王子は大きく深呼吸をして言い直しました。

「サクラを部屋に運んでベッドに寝かせたんだ。そしたらいきなり、サクラが私の腕を掴んでベッドに引っ張り込んだんだ。その後身体にしがみつかれて、身体を起こそうとしたら余計にしがみついてくるし…。サクラを起こそうとしても起きないし、仕方なくそのままいたんだ。服は夜中に『暑い』と言って自分で脱いでいた。どうやっていたのかはわからんが、服を脱いでいる途中も抜け出せなかった。そのまま朝になった」

 王子が淡々とした口調で喋ります。

 振り返って王子の顔をよく見てみると、目の下にクマがあります。

「王子、もしかして寝ていない…?」

 恐る恐る聞いてみると、

「あの状況で眠れるわけないだろ」

 怒ったような口調で返されました。

 じっと観察してみますが、嘘を言っているようには見えません。

「あ、じゃあ本当に、わたしまだ…」

 呟くように言いながら、わたしの手は無意識に自分の股間に当てられます。

 乾いた、自分の肌の感触。

 ‘そういうこと’をされた痕跡はありません。

「お前!そういうことを男の前でするな!」

 毛布の下でどういう行動をしていたかわかったようです。

「そういうことだから!私に疾しいことはない!わかったら服を着ろ、私は部屋から出ている」

 王子は立ち上がり、ドアへ向かいます。

 その手がドアにかかろうとした時でした。


 コンコンコン


「おはようございます、サクラさん。いらっしゃいますか?」

 レンさんの声?

「「え?」」

 わたしと王子の声がかぶります。

 それは廊下にも聞こえたようで、

「ああ、いらっしゃいましたか。失礼しますね」

 ガチャ

 制止する間もなくドアが開き、レンさんが顔を覗かせました。

 そして胸をはだけている王子、ベッドの上で裸で毛布にくるまっているわたし、脱ぎ散らかされた衣服。それらを順番に見て、

「ああ、すみませんでした。お邪魔でしたか?僕は下で待っていますから、ごゆっくりなさってください」

 にこり、と微笑んで、そのままドアを閉めようとするレンさん。

 なにそのいい笑顔。

「ああああ!違います!ちょっとだけ待って下さい!王子も早く!」

「あ、ああ、レン導師。さあ、少しだけ廊下で待とうか」

 我に返って、慌てて声を上げるわたしと、それに促されてなんとか行動する王子。

 二人が廊下に出ると、急いで散らばっていた服を集めて身につけます。

 昨日着ていたものですが、緊急事態の今は時間優先です。

 身につけた衣服を軽くチェックしてから、ドア開けます。

「もう大丈夫です。入ってきてください」

 廊下に出ていた二人を、部屋に招き入れます。

 全員がテーブルに着いたが早いか、レンさんが口を開きました。

「いや、セドリム王子殿下が昨夜、お帰りになっていなかったので様子を見に来てみたのですが…。まさか、こういったご関係になられているとは…。言っておいて下さればこういった野暮なことは控えましたのに。いや、ようやく殿下にもお相手が出来ましたか」

 思いっきり勘違いしてます。

 いや、あの状況を見られれば勘違いされても仕方がない、とは思いますけども。

「勘違いしないでください。王子には昨日、お酒を飲んで潰れたわたしを介抱して頂いただけです。それ以上のことは何もありませんでした。帰れなかったのは、わたしが寝ぼけて王子を掴んだままだったかららしいです。そうですよね?王子」

 大筋では間違っていません。かなりの部分を省いてはいますが…。

 あんなこと、人に話せるものですか。

「あ、ああ。サクラの言うとおりだ」

「ですが何もなかった、というのなら、サクラさんがあんな格好だった理由は?」

「えっと、寝ている途中に暑くて自分で脱いだらしいです…」

 自分でそんなことを言うと、なんだか羞恥プレイを受けている気分です。

 王子、頷いてないで、ちょっとは説明してくださいよ。

「えー、まあ、それを信じるとしましても、ですね。恐らく城のほうではすでにそういう方向で認識されているかと…」

 はい?どういうことですか?

 ?マークを浮かべながら、レンさんと王子の顔を見ますが、レンさんは困ったような顔で、王子は何か心当たりがあったのか、気まずそうな顔で視線を避けます。

「昨日、セドリム殿下がですね。サクラさんに例の件を話に来る役目を自分が行く、と立候補したんですよ。最初は僕かレイリックが行こうかって言ってたんですが。もちろん、それは陛下や王妃様もご存じですし、宰相や一部の近衛騎士も知っています。それがいざ、出て行ってみれば朝帰り、となると邪推するな、と言うほうが難しいと思います。そういったわけで、城のほうではすでにそういう認識になっているかと思われます」

 すでに陛下や王妃様はそういった認識でしたしね、と付け加えるレンさん。

 え?なに?王子はわざわざ、自分から立候補してここに来たってことですか?それで朝帰り?

 いやいや、酔っ払って王子を捕まえてたらしいわたしも悪いとは思いますが、何しちゃってんですか、王子。

 仮にも一国の王子が伝令みたいな使いっ走りに立候補って…。

 そのせいで変な勘違いをされるし、そう言えば酔っ払ったのも、お酒を王子に勧められたからじゃないですか。

 責めるような目で王子を見ていると、

「いや、まあ、過ぎてしまったことは仕方がないな。うん。これからのことを考えたほうがいいだろう」

 爽やかな笑顔で何をほざいていますか。

「何言ってるんですか。元はと言えば酔っ払ったのも王子の責任ではないですか。ああ、もう!わかりました、わたしはほとぼりが冷めるまで、お城には近づきませんから」

 お城に近づかなければ、王族に会う確率はぐんと減ります。実際、あれから昨日まで一度も会っていなかったですし。

「ええ?それは困ります。王妃様や第1王子殿下、それに王女殿下もサクラさんにお会いしたいと仰っていたのに」

 わたしの言葉にレンさんが意外な反応を見せました。

「はぁ?なんで他の王族の方までわたしに会いたいんですか?」

「例の件を説明する際に、サクラさんの話も出ていまして。それで興味を持たれていたようでしたが。今回のセドリム王子殿下の事で、こちらに来る前にできれば連れてくるように、とまで仰られてまして…」

 ま た 王 子 が 原 因 で す か ?

「命令でないなら行きませんよ。もっとも、命令でも行く気はありませんが」

 この王族、自由すぎやしませんか?

 地位も何もない、ただの一冒険者に王族が簡単に会うなんて…。

「まあまあ、サクラもこう言っているし、今はこれでいいだろう?母上達にはうまく言っておいてくれ。そのうち会う機会もあるかもしれんしな」

 だから、原因の王子が言うなってことですよ。

 まあ確かに、会う機会はある‘かも’しれませんよね。可能性は0じゃないですし。

 積極的に作りたいとも思いませんがね。

「そういえば、なんでわたしなんかと噂になるんですか?流してましたけど、レンさんさっき『ようやく殿下にもお相手が』とか言ってましたよね?王子なら婚約者の一人や二人はいるものなんじゃないんですか?」

 そう、そもそも王子にきちんとしたお相手がいるなら、こんなことがあっても火遊び程度としか思われないはずです。

「あ~、なんといいますか、その、ですね」

 やけに歯切れの悪いレンさん。

「いないんですよ」

「は?」

「いないんですよ、セドリム王子殿下には婚約者が」

 え?いないって…。しつこいようですが、仮にも王子ですよ?

「なんで?なんでいないんですか?この人、第二とはいえ王子ですよね?身長はどれくらいか知りませんが、見たところ平均近くはありますし、身分も王子と言う、ほぼ最高のものです。国王にはならないでしょうけど、公爵家相当になるはずです。それに加えて顔もいい、騎士団の先頭に立つ武勇もある、性格はちょっとヘタレかもしれませんが悪くないはずです。どうみても超優良物件じゃないですか。何でそんな人に婚約者がいないんですか?」

「ヘタレとはなんだ、ヘタレとは。ちなみに身長は184だ。そうか、サクラには私はそんな好条件に見えるのか」

 なんだか嬉しそうですね、王子。

 身長、184cmもあるんですか。四捨五入してやっと140cmなわたしと比べるとすごい差です。ちょっと分けろ。10cmでいいから。

「正確には、婚約者‘候補’はいるんです。サクラさんが仰ったように、王子は婦女子に人気がありますからね。ただ、なぜか婚約は断られているんですよ」

 いざとなればよりどりみどりですか。イケメンめ。

「婚約者となると、色々うるさくなるからな。私はまだ21だ。兄上が結婚してからでもいいだろう?」

「ふむふむ、つまりまだまだ遊びたい、と言うことですか?」

 まあ、その見た目なら放っておいても勝手に女性から寄ってきそうですしね。

「そんなことはしてないぞ。単に婚約者となると、煩わしいだけだ」

「その年齢でもう枯れているんですか?あ、それとも性欲はそういったお店で発散してるんですか」

 確かに、特定の女性と、となると面倒そうですものね。

「お前…。自分の事となると真っ赤になるのに人の事なら平気なのか?」

 いえ、まあ前世ではわたしもそう言ったお店にはお世話になったようですし。

 殿方にはそういったことも必要だ、というのは知っているつもりですしね。

 自分の事は未知の事で、免疫がないだけですよ?

「ン、ゴホン。まあそう言った理由で婚約はしていないんだ」

「はぁ、じゃあ噂は消えるまで待つしかない、と言うことですか」

 人の噂も75日といいますが、この世界に来てまだ20日ほどしか経っていないわたしには、随分と先の事に思えますけど…。

「それで、サクラは今日はどうするんだ?今日も依頼を受けるのか?」

 強引に話題を変えてきましたね。

 まあ、それに乗っかることにします。

「いえ、今日は下宿を探してみようと思います。一応、この街をベースに動くつもりですし、昨日聞いた話ではだいぶ節約できそうですし、料理も自分でできるそうですからね。ですのでまずはギルドにいって、そのお話を聞いてみようかと思っています」

 いい下宿が見つかればいいですけど…。

「そうか、なら私も少し付き合おう。レン導師はどうします?」

 え?王子ついてくるんですか?戻らないとまずいんじゃ…?

「僕は城へ戻りますよ。仕事もありますからね。陛下には伝えておきますので、ごゆっくりして下さい」

 それでいいのか?王子。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ