035 あの人と食事会
「サクラ、久しぶりだな。元気にやっているようじゃないか」
「え?あ、はい。お久しぶりです。じゃなくて、どうしてセドリム王子がここにいるんですか?」
「ははは。もちろんサクラに会いに、と言いたいところだが、用があってきたんだ」
「は?わたしにご用、ですか?なんでしょうか?」
王子のその言葉に、わたしの頭の中は「?」でいっぱいです。
「ああ、まあそんなに急ぐこともない。食事をしながら話そう」
その言葉が終わるのに合わせたかのように、食事が‘二人分’運ばれてきました。
「王子も食べるんですか?」
「なんだ?サクラは腹をすかせている私に、目の前で食事をしているのを見ていろというのか?」
「いえいえ、そんなことは言ってませんが。ただお城のほうに食事が用意されているのでは、と…」
「大丈夫だ。こっちで食べてくると言ってある」
いやいや、仮にも王族がこんなところで食事することがどうかと思うのですが。警護とか毒見とか…。
ああ、食べ始めちゃいましたよ…。
仕方なく、わたしも食事に手をつけます。
「それで用、というか報告なんだが」
半分ほど食事が進んだところで、王子が話を切り出します。
「ライル・ディストの件の犯人とソドム・カラル・バルシニアの件が片付いたのでな。それの報告をしておこうと思って来たんだ。サクラも一応は当事者だっただろう?」
ああ、そういえばそんなこともありましたね。
まだ20日も経っていないはずですが、なんだかずいぶん前のように感じます。
とりあえず、今は王子の話を聞いてみましょう。
「まずライル・ディストのほうだが、ギルダス・ソムル・ランバートをはじめ、9名が拘束された。計画に加担したのは10名だったらしいが、1名はすでに死亡していた。拘束した9名はサクラの予想通り、全員ソドム・カラル・シルバニアに雇われていたらしい。金銭か、昇格を餌に犯行に及んだ、ということだったようだ。その中で、ギルダスを含め4人は騎士団に残り、上の役についていたが、他の5人はすでに騎士団を辞め、実家を継ぐなどしていたようだ。すでにそれぞれには厳罰を処してある」
王子はそこで一息つき、ワインを口に含みました。
「まあ、今は後釜の役につける騎士を選定中だ。ライル・ディストの件はそんなところだ」
ふむふむ。
話を聞きながら食事を進めます。
しかし、なんだか今日の夕食は普段より豪勢な気がします。
肉の質などもいつもよりいい気が…。
「次にソドム・カラル・バルシニアだが、拘束されたところまではサクラも知っての通りだ。その後、王都に護送されて尋問となったんだが、最初はなかなか認めなくてな。まあ、あの書類とギルダス達の自白を突きつけてやってようやく、認めたんだ。処罰としても元宰相と言う立場もあって色々と手間がかかってな。横領の額や密売、ライル・ディスト殺害の罪で昨日、処刑が終わった。その息子もな。バルシニア家も取り潰しとなった」
処刑、と聞いて少し嫌な気分になりますが、前世のわたしを殺す指示を出した張本人です。そうなっても仕方ないだけのことをした、と思うわたしの死に対する倫理観というのはこの世界の、夢で見た前世の影響を強く受けているのでしょうね。
そういえば、この世界に来た時に盗賊の死体も見ましたが、ほとんど何も感じませんでした。少しでも嫌な気分になったのは、日本で生活した影響でもあるのでしょうか。
話を聞いているうちに食事も食べ終わりました。
「報告はそれだけだ。食事をしながらする話ではなかったかもしれんがな。それと、サクラの冒険者になった祝いにきたんだ。大分遅くなったがな。騎士団のほうから聞いたぞ。昨日もずいぶん活躍したそうじゃないか」
「それは…、ありがとうございます。王子も元気そうですね。それにしてもずいぶんと耳が早いですね。事情を聞かれたのは今日の午後のことですよ?」
「ちょうど、騎士団のほうに顔を出してたものでね。その時に聞いたのさ。お、来たようだ」
その言葉と同時に、テーブルにグラスとワインボトルが置かれ、代わりに食べ終えた食器が片付けられます。
「祝い事といえば酒だろう?」
王子は微笑みながらワインを開けてグラスに注ぎ、そのグラスをわたしの前に置きました。
王子は自分のグラスにもワインを注いでいます。
「すみません。わたしの国ではお酒は20歳にならないと駄目なんです」
「この国では年齢による制限はないぞ?」
そう、ですね…。先ほどの話を聞いて考えてしまったことで、少し気分が沈んでいましたし…。せっかくなのでお酒を飲んでみるのもいいかもしれません。
「それじゃ、せっかくなので頂きますね」
わたしがグラスを持つと、王子もグラスを持って少し掲げました。
「ああ、サクラの冒険者としてのこれからと、その目標が叶うことを願って……乾杯」
「乾杯」
一口、飲んでみます。
「意外と飲みやすいですね。それに甘い…」
「このワインは女性にも飲みやすいものらしいな。そういえば、サクラは料理はしないのか?とても美味かったので、出来ればまた食べたいと思うのだが」
「宿では無理ですね。街の外に出た時も、あまり料理をする時間はありませんでしたし」
「では下宿なんてどうだ?部屋にもよるらしいが、長期で考えるなら宿よりも安くなると聞く。探せば希望にあう部屋もあるだろう」
「下宿ですか…。自炊を前提にしたところならいいかもしれませんね」
ちびちびとワインを飲みながら、話を続けます。
「ですが、値段や部屋の条件を見てみないと分かりませんね。冒険者でも下宿って出来るものなんですか?」
「私も詳しくはないが、聞いた話では冒険者の下宿もそれなりに多いらしいぞ。特に一つの街を拠点にする冒険者の場合は。そのほうが安くつくらしいからな。ギルドで聞けば何かしらわかるかもしれんな」
「ギルドでですか~?聞いてみるのもいいかもしれませんね~」
2杯目のワインを飲み干して、3杯目を注ぎます。なんだかふわふわしてきました。
「おい、大丈夫か?顔が真っ赤だぞ?」
「ふふ。大丈夫ですよぉ。ちょっとふわふわしますけど、問題ありませんよ?」
「なあ、酔ってるだろ。もう飲まないほうがいいんじゃないか?」
「あはは、何言ってるんですかぁ。たった2杯で酔ってなんていませんよぉ?お祝いのお酒なんでしょぉ?ほらほらぁ、王子ももっと飲みましょうよ~」
そう言って王子のグラスにワインを注ぐわたし。
「いやいや、どう見ても酔ってるだろ。もうやめておけ。めちゃくちゃ酒に弱いんだな。かなり弱い酒なんだがな。身体が小さいせいでアルコールに弱いのか?」
「むぅ~。また子供扱いしましたね。わたしは大人だって言ってるじゃないですかぁ。いいですよ、わたしが大人だってわからせてあげます!」
わたしは一息でグラスをあけ、王子の手を掴んで自分の胸に引き寄せます。
「ちょ、おま、なにをいきなりしてるんだ!サクラが大人だってわかったから!だからやめろ!」
胸に触れる直前に、慌てて手を引きもどす王子。
それを受けてむっとするわたし。
「ああ、そうでした。王子はおっぱい星人でしたね。わたしのささやかな胸なんて触る価値もありませんよね~?」
「だから胸の大きさは関係ないと言っただろう。もういいから飲むな」
「ふーんだ」
そう言って席を立ちましたが、急に立ち上がったせいか、足元がふらついて床に座り込んでしまいます。
「いきなりどうした?立てないのか?」
「立てないんじゃありません。立とうと思ったらちょっとふらついただけですぅ~」
「だから立てないんだろうが、まったく…。それで?急に立ち上がってどうしたんだ?」
王子がわたしを立たせながら、問いかけてきます。
「なんでもありませんよぉ?ちょっと、トイレに行こうと思っただけですよ~」
王子の手を借りて立ち上がり、ふらふらと壁に向かって歩き出すわたし。
「あー、もう、酔っ払いが!そっちじゃない、こっちだ」
明後日の方向へ向かうわたしを見かねて、王子が肩を抱くようにしてトイレへ誘導してくれます。
「あはははは、それじゃいってきまーす」
その後、トイレに座ったところでわたしの意識は途切れました。
日本では20歳未満の飲酒は法律違反です。未成年者はお酒を飲まないようにしましょう。