030 登録試験
「おはようございます。登録の試験を受けに来ました」
時刻は午前8時になる少し前。
わたしは冒険者ギルドの受付にいます。
いつも通りの時間に目が覚め、朝の準備を整えました。
今日の試験に合格すればわたしも冒険者。自分でも少し浮かれていた、と思います。
朝食にはまだ早い時間、人のほとんどいない、一日が始まったばかりの大通りを走りました。
朝の澄んだ空気の中を走り、汗を流して宿に戻り、朝食の時間まで出かける準備をしました。
少し早目の時間に朝食を取り終え、荷物を持って冒険者ギルドへ出発しました。
冒険者ギルドは昨日に比べ、朝の時間と言うことも併せてなのかかなりの人がいます。
ほとんどの人はテーブルのほうでお茶を飲みながら談笑しています。
そして何人かの人は奥のほうで壁と睨めっこをしていました。
あの壁に依頼などが張り付けてあるんでしょうか?
壁とテーブルを行き来している人もいます。
壁のほうにいる人は依頼を探して、テーブルにいる人はそれを待っている、という構図でしょうか。
受付のほうには何人かの人がいましたが、右端の受付が空いていました。
昨日、わたしの対応をしてくれた女性です。
わたしが試験を受けに来たと伝えると、受付にいた他の冒険者が一瞬、こちらを見て固まりました。
その目は「なんだこの子供は?」と言っていましたが、無視です、無視。今は時間が惜しいのです。
「はい、こちらが試験の依頼です。何か質問があれば伺います」
渡された木の板は、昨日見せてもらったセブル草の採取依頼でした。
「王都周辺の地図はありますか?」
一応、王都周辺の地理についての知識もありますが、25年前と変わっている所もあるかもしれません。今の地図があれば詳細な確認もできますし、持っていて損はありません。
「王都周辺の地図はこちらになります」
目の前には王都とその周辺が、それなりに細かく描かれた羊皮紙。ふむふむ。
「この地図って購入はできますか?」
「王都周辺の地図は正式な冒険者として登録されないと、購入はできません」
試験に合格してから、ですか。
「わかりました。では試験をお願いします」
さあ、これがわたしの冒険者への第一歩です。
「は、ではこの木札が試験中の証明になります。無くさないようにご注意ください。街の出入りの際に、この木札を見せていただければ証明書代わりになります。依頼完了時にはこの木札を返却してください」
そういえばわたしって、王都に入るときには寝ていて検問とか受けていませんでした。
検問でこの木札を見せればフリーパス、ということですか。
「では、いってきます!」
幾つかの注意事項などを聞いた後、受付の女性の「お気をつけて」の声と、周囲にいた冒険者の唖然とした視線に見送られてギルドを後にしました。
ギルドを出た足でそのまま街を出て、見せてもらった地図にあったセブル草が生えていると思われる場所に向かいます。
街を出るときにも検問の兵との遣り取りがありましたが、特に変わり映えのしない遣り取りだったので割愛します。
今の時間は午前9時を回ったところ、地図の縮尺を信用するならば、目的地まで約2時間と言ったところでしょうか。
聞いた話では、この辺りでは獣や魔獣はいないはず、ということでした。
たまに、獣が目撃されることもあるらしいですが、王都周辺や主要街道の付近では定期的な騎士の巡回と、目撃情報があれば騎士団がそれらの排除を行っている、とのことなので比較的安全らしいです。
景色を楽しみながら移動し、目的地付近に到着しました。
少し先に森が見える、浅い、小さな川の土手です。
早速、セブル草を探してみますとそれらしい草が一株、見つかりました。
近づいて確認しましたが、間違いないようです。早速ゲットです。
落ちていた枝を使い、根を掘り起こして土を払っておきます。
それを収納用の小袋にしまって、次を探します。
土手を歩きながら、順調にセブル草を回収し、依頼の10本を集めたころにはすでに12時。朝食を早めに食べていたこともあり、お腹の減り具合はピークです。
む、今更ながら気がつきました。
食べ物が保存食(干し肉と黒パン)しかありません。
街を出る前に何か買っておけばよかった…。
干し肉と黒パンでお昼を済ませれば、後は街に戻って報告すれば依頼は終了です。
簡素な昼食を終えて街に戻ろうとしたわたしの耳に草をかき分けるような音が聞こえました。
音はどうやら川を挟んだ向こう側から聞こえます。
わたしが荷物から木刀を取り出しながら警戒していると、川向うの土手に狼の姿が見えました。
周囲を見回してみますが、他に狼の姿やそれらしい気配はありません。
群れからはぐれた一匹狼でしょうか?
はじめての依頼でいきなりのイベントって、これもお約束、というやつですかね。
そんなことを思いながら、牽制として手頃な石を投げてみます。が、あっさりと避けられ、これがどうやら、逆にあおる結果となったようです。
「グルルルル」
狼はこちらを睨みながら唸りを上げ、一気に駈け出してきます。
小さな、しかも子供でも渡れるような浅い川では障害にすらなりません。
こちらに飛びかかってくる狼に合わせて身体をずらし、横から狼のお腹めがけて下から思いっきり木刀を振りあげました。
手に伝わってくる肉を殴る感触と、吹き飛んだ狼の「ギャウン!」という鳴き声を聞きながら、殴った威力に違和感を感じました。
わたしの力はあまり強くなく、大きなダメージを与えることは難しい、というよりもまず無理と思っています。気功術でそれを補ってはいますが、それがないと世間一般の女性よりもかなり非力な私では、打撃による有効打というのは難しいのです。
なのに今の一撃は気を上乗せしていないのにそれなりのダメージを与えたように見えました。
そういえば、今朝走った時も、ここまで歩いてきた時も、さらに言えば昨日買い物で荷物を持って歩いた時も、日本にいた時よりも疲れ方が少なかった気がします。
この世界に来て何か変わった、ということでしょうか?
「グルルル」
聞こえてくる唸り声に意識を戻すと、狼は少しよろけながら立ち上がり、こちらを睨んできました。
わたしが木刀を握り直して正面に構えて一歩踏み出すと、狼は一歩後ずさり、しばしの睨みあいの後に逃げて行きました。
逃げて行ったほうを少しの間、警戒しながら見ていたわたしは、狼が完全に逃げて行ったと判断すると「はぁ…」と溜息とともに力を抜きました。
「一応ギルドに報告はしたほうがいいんでしょうね」
こんなお約束な展開はなくてもいいのですが…。
わたしはもう一度ため息をつき、気を取り直して街に向かって歩き始めました。
「只今戻りました~」
午後3時前の、朝に比べて閑散としたギルドで受付に向かい、採ってきたセブル草をカウンターにおきます。
「おかえりなさい」
受付の女性がそれを確認しながら迎えてくれます。
「はい、セブル草10本確認しました。依頼完了です。ではこちらが報酬の銀貨3枚になります。お疲れ様でした」
差し出された報酬を受け取り、代わりに受け取っていた木札を返しておきます。
「試験は合格、ですね。それではこちらがフジノ様の冒険者カードになります。ご確認ください」
一日ぶりに渡されたカードを確認すると、昨日確認した内容と一か所だけ違うところがありました。
「ランク:F(1)」
昨日の時点では「ランク:-」となっていたところが変わっています。
「改めまして、冒険者ギルドへようこそ。カードについては昨日、説明したとおりですが、他のことについての説明をさせていただきます。まず、冒険者の義務として最低、月に1件は依頼を受けていただきます。他にも滞在している街や周辺の街が魔獣などに襲われた場合、ギルドの要請でその討伐への参加が義務付けられています。もしも特別な理由なく、これらの義務が果たされないときは、冒険者ランクの1ランクダウンが罰則になります。続いて冒険者のランクについてですが、最上位にS、それ以降にA~Fまで分けられています。フジノ様は現在Fランクになります。依頼にはそれぞれのランクに応じてポイントがあり、そのポイントを一定以上貯めることによってランクアップをすることができます。例えばFからEランクへのランクアップには30ポイント必要で、これはFランクの依頼を30個分に相当します。現在のポイントはカードのランクの後ろに表示されます。受けることが出来る依頼は基本としてご自分のランクの一つ上、FランクならEランクの依頼までが基本となります。また、パーティ指定の依頼は個人で受ける場合は依頼ランクのさらに1つ上のランクに相当しますのでご注意ください。最後に、冒険者カードは個人の身分証明にもなりますので、紛失にはご注意ください。紛失された場合は再発行となりますが、その際に手数料が2千ゴルシュかかります」
ふむふむ。
「以上となりますが、質問はございませんか?」
「あ、依頼の受け方ってどうするんですか?」
「はい、まず向かって左奥の壁に依頼の書かれた木札がかかっていますので、その中で受けたい依頼があればその木札を持って受付に持ってきてください。その際は冒険者カードも一緒に渡してください。受付が終われば依頼開始となります。途中でのキャンセルや期日を過ぎますと依頼は失敗となり、提示された報酬の一割を違約金として徴収いたしますので、期日や受ける時間などにご注意ください」
今朝人が一杯集まっていたところですか。
ふむ、しばらくはこの街で依頼を受けつつ、旅の資金を稼ぐことになりそうですね。
おっと、狼のことを報告しておかないといけませんね。
「あの、質問ではないのですが、王都の北東にある小川のあたりでセブル草の採取をしていたんですが、帰る前に狼に遭いまして」
「狼、ですか?怪我はしませんでしたか?それで、倒したんですか?」
「いえ、追い払っただけです。怪我もしていません。群れからはぐれたのか一匹だけでしたが、森のほうから出てきたみたいで。一応、報告をしておこうと思いまして」
「そうでしたか。ご無事で何よりです。狼の件は上に報告しておきます」
「お願いします。それじゃ、失礼しますね」
さて、無事に冒険者になれましたし……昨日の武器屋さんに行ってみましょう。
ふふふ、冒険者カードがあれば煩わしい説明をせずとも年齢が証明されます。
いざ、昨日のリベンジです。