028 冒険者になろう?
わたしは今、レイリックさんに案内されながら王都の大通りを歩いています。
雰囲気は映画などでよく見る中世ヨーロッパの綺麗な街並みですが、レイリックさんの説明を聞いてみると、綺麗なのは大通りやある程度大きな通りだけで、少し王都の端に行けば下町、というか清潔とは言い難い場所もあり、そういった場所は治安が悪いのだということです。
そういった場所には行かないように、と注意を受けながら、また、お店の説明を受けたりしながら歩いていきます。
お城から少し離れると露店が目立つようになり、それに伴って人も増えてきました。
昨日は王都の中を移動するときは馬車で、しかも私は寝ていましたから、実際に王都を見るのは初めてです。前世のわたしはあまり王都のほうへ出てこなかったようで、わかるお店と言えば魔術や魔具関連のお店と酒場(カイル様を迎えにきたお店)くらいです。
レイリックさんから聞いた話をまとめると、王都は西にお城があり、その周囲を囲むように北、西、南を貴族の屋敷が囲んでいます。
そしてお城の東に街が広がっています。王城に近いほど高級なお店が並び、大通りを中心にしてお店や家が建っています。
王都の東の端、大通りから離れるほど治安が悪くなり、一部はスラム化しているらしいです。
大通りに並ぶ露店や屋台を見ながら、人ごみでレイリックさんを見失なわないように気をつけながらついていくと、レイリックさんは一つの建物の前で止まりました。
建物を見上げると、レンガ造りの3階建てくらいの大きさで、「渡り鳥」の文字と、鳥の絵の描かれた看板がありました。
わたしが看板を確認して、レイリックさんに目をやると、レイリックさんは扉を開けて中に入ります。
わたしも続いて中に入ると、中は食堂になっていて、左手にはカウンター、その奥が調理場になっているようです。そして左奥には先に続く廊下と上に続く階段が見えます。
食堂の中には幾人かの人が、遅い昼食を取っているようです。
カウンターにはお酒を飲んでいる人もいます。
レイリックさんはカウンターのほうへ近づき、その奥にいる男性と何やら話をすると、わたしを呼びました。
「お嬢ちゃんが泊まるのかい?お父さんかお母さんはどこにいるんだい?」
完全に子供扱いです。後でお話しする必要がありそうです。
「1人ですがお部屋は空いていますか?3泊ほどお願いしたいのですが」
この後の予定もあります。
今はさっさと話を済ませてしまいましょう。
わたしはカウンターの上に首をのぞかせて必要なことだけを聞きます。
(カウンターの高さはこの世界の平均身長が基準です。日本に比べると10cm以上高くなっていて約120cm。私の身長だと首から上しか出ていません)
「何やってんだ?お客さんだろう?部屋なら空いてるぞ。1泊銀貨3枚で食事は別だ。夕食と朝食が必要なら先に言ってくれ。夕食は銅貨5枚で朝食は銅貨3枚だ。昼食がいるならその都度頼んでくれ」
調理場のほうから出てきた男性が、レイリックさんを見ながら説明をします。
「泊まるのは俺ではない。俺は案内してきただけだ」
「ん?もちかしてこっちの嬢ちゃんがお客か?金さえ払ってくれるならかまわんのだが…。面倒事じゃないんだろうな?」
わたしを見て困惑した顔をします。
「必要なら俺の紹介ということにすればいい。俺は近衛騎士団のレイリック・マベラートだ」
「騎士の、それも近衛の紹介ってことなら大丈夫だろ。わかった」
レイリックさんが案内してきたのは場所だけの為ではなかったようです。
少し助かりました。
「3泊お願いします。食事は夕食と朝食をお願いします」
「銀貨11枚と銅貨4枚だ。食事がいらないときは先に言ってくれ。部屋は2階の3番目だ」
鍵を受け取り、レイリックさんには待ってもらって指定の部屋に移動します。
部屋は2階の中ほどで、部屋の中にはテーブルと椅子、クローゼットとベッドが置いてあります。ベッド脇にはサイドテーブルもあります。
部屋の奥には扉があり、トイレと洗面所になっているようです。
レイリックさんを待たせるのも悪いので、荷物を置き、ポーチだけ身に着けたまますぐに1階へ降ります。
カウンターで部屋の鍵を預けてから、レイリックさんと合流して冒険者ギルドへ移動します。
冒険者ギルドは宿からそれほど離れていなくて、5階建てもある大きな建物でした。
看板は冒険者ギルドの文字と王都の名前、ソビュレムの文字。それと竜、でしょうか。竜が描かれた盾の中に剣と杖が×印に交差した絵が描かれています。これがギルドの紋章でしょうか。
思っていたより立派な建物を見上げていると、レイリックさんは
「では俺は戻ります」
どうやら案内が終わったので、本来の仕事に戻るようです。
「ありがとうございました」
お礼を言ってレイリックさんと別れ、冒険者ギルドに入ります。
ギルドの1階は受付と待合室兼喫茶室、依頼掲示板があります。
入口を入って正面奥にカウンターがあり、その向こう側には3人の男女が座っています。
カウンターの後ろには扉があって、職員の部屋になっているようです。
入口の右側にはテーブルが並び、左の壁際にはカウンターがあってその奥で飲み物などを用意しているようです。
こんな時間のせいでしょうか。テーブルには誰もいません。
受付のカウンターの右側を抜けてその奥にスペースがありますが、今の位置からでは見えません。
わたしは受付の右端の女性に向かいます。
「冒険者ギルドへようこそ。ご依頼でしょうか?」
受付の女性は、営業スマイルで問いかけてきました。
「いえ、冒険者の登録をお願いします」
わたしの言葉に対して、受付の女性はにこやかに
「申し訳ありませんが、規約により登録はその種族の成人年齢以上でないとできないことになっています。お嬢さんは人族ですよね?人族ですと15歳以上でないと登録できません」
「あ、じゃあ大丈夫です。15歳なので登録させてください」
受付の女性はその言葉で一瞬固まりましたが、すぐに復活しました。
「えっと、お嬢さん?15歳って本当?嘘をついてもすぐにわかるわよ?嘘をついて登録をした場合は罰則もあるのよ?」
なんというか、この遣り取りにはもう…。
「本当に15歳です。見た目は小さいですけど嘘なんてついていません」
それにしても嘘をついてもすぐばれるって、どういうことでしょうか?
「うーん…、そういってもねぇ。どう見ても15歳には見えないし…」
「さっき、嘘をついてもすぐにわかる、と言ってましたよね?ならそれで確認してもらえればいいんじゃないですか?」
大体、嘘をついていない証明なんてできませんし、15歳というのも説明する以外に証明なんてできません。
「え、えっと、あれは試験が終わったあとじゃないと使えないんだけど…。でも明らかに未成年に試験を受けさせるっていうのも…。ごめんなさい、私じゃ判断できないの。上の人を呼んでくるから待っててちょうだい」
そう言うと、女性は受付の奥にある扉に入って行きました。
視線を感じたのでそちらを向くと、同じく受付をしていた二人の男女がこちらを見ています。
日本では年齢を言って驚かれることはあったものの、ここまでのことはなかったのですが…。やはりこの世界の平均身長、というもののせいでしょうか。
うん?この世界は平均身長が高い=この世界では身長が伸びやすいということなのでしょうか?いや、しかし人種的なものかも…。たしかオランダ人の男性の平均身長は180cmを超えていたはず。もしそうだとすると、ぬか喜びということも…。
わたしがとても大切なことを考えているのに、それを邪魔するかのように声が聞こえます。
「君が登録の希望者かい?15歳ということだが…、確かに判断ができんな。わかった。本来なら試験の後でないと駄目なんだが、許可しよう」
この人が上の人、とやらでしょうか。40歳くらいの、なんというか、役所のおじさんというのが一番近いでしょうか。そんな感じの男性です。
そして先ほどの年齢確認について、許可が出たらしいです。
「まず説明させてもらおう。冒険者の登録というのは、まず、最初に必要事項を確認して試験を受けてもらう。その試験は冒険者としての最低限のもので、それで合格すれば登録、と言うことになる。その登録の時に年齢などはわかるようになっているんだが、君の場合は見た目がとても15歳にはみえないからね。先に登録の手続きをすることに
する。ただし、この登録には魔具を使っていて、その費用として1千ゴルシュ、銀貨10枚が必要になっている。今回の場合、先にこの登録をしてから試験と言うことになるが、もしも試験に失敗した場合でも1千ゴルシュは返金できない。それでもかまわないのなら、登録の手続きをするがどうする?」
銀貨10枚ですか。でもここで登録をしないと、そもそも試験すら受けさせてもらえそうにありません。どんな試験かも気になりますが…。
「試験、というのはどのようなものでしょうか?」
登録の前のものなので無茶なものではないのでしょう。念のためです。
「最低ランクの依頼のうちから一つ、ギルドが指定させてもらう。大体は採取になっているな」
そのくらいなら大丈夫でしょう。
「では登録をお願いします」
ポーチからお財布を取り出して銀貨10枚を出します。
「では、はじめよう。この水晶に手を置いて名前と年齢、種族を言ってくれ。それと特記事項として得意な武器や技術、魔術が使えるかどうかなどだ。武器や魔術などは無くてもいいが、ギルドからパーティを紹介したり個人に依頼をするときに有利になることがある。それが終わったら、指先をこの針で刺し、一滴でいいので血をここに垂らしてくれ。それで登録が完了する。それと、もしもこれで嘘が分かれば罰則として登録は取り消し、1千ゴルシュは没収となり、ギルドへは二度と登録できなくなる。それを了承したら、水晶に手を置いてくれ」
黙って頷き、カウンターの上に置かれた水晶に手を伸ばします。
「桜 藤野、15歳、人族、特記事項なし」
言い終えると針が差し出されたので、それを左手の人差し指に刺します。
針を刺したところから血がプクっと浮き出てきたので、それを指示された場所に垂らします。
「これで登録は完了した。カードが出来上がるまで、向こうでお茶でも飲んで待っていてくれ。カードができたら呼ばせてもらう」
意外と簡単に済みましたね。
言われた通り、お茶を飲んで待つことにしましょう。




