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027 料理の可能性

 食堂を出たわたしは、来る時も案内してもらった女性に先導されて部屋に戻りました。

 部屋に戻ってもすることがないので干していた着替えを片付けていると、例のメイドさん(わたしの世話係、らしいです)がお茶の道具を運んできたので、お茶を頂くことにしました。

 昼食まではまだ1時間ほどあるようなので、今更、と思いながらメイドさんの名前を聞いてみます。いつまでもメイドさんでは失礼ですしね。

「あの、今更なんですけども、お名前を聞いてもいいでしょうか?あ、わたしは桜 藤野といいます」

「サクラ・フジノ様、でございますね。私はシフォン・イサ・シュベインともうします。シフォンとお呼びください」

 そう言ってお辞儀をするメイドさん。シフォンさん、でいいんでしょうか。

「シフォンさん、わたしのことは桜と呼んでください。あと、できれば普通に話してもらえると嬉しいのですが?」

 年配の人から敬語で話されるような人間でもないですし。

「ではサクラ様、と。ですが、王族のお客様に対してあまり砕けた話し方はできません」

「その『様』というのもやめていただきたいんですが…。そんな呼ばれ方をするような大層な人間でもありませんし。喋り方は他の人の前では仕方ないのかもしれませんが、わたしは結果として客人扱いされているだけでただの平民です。そんな風に話されると落ち着かなくて…」

 せめてこの部屋の中でくらいは、と思いますし。

「わかりました。少しだけ改めます。でもお名前はサクラ様、と呼ばせてもらいますね?」

 シフォンさんは少し気を抜いたように微笑みます。

「ですがサクラ様も普通に話してくれませんとフェアじゃありませんよ?」

「わたしはこの喋り方が普通なので…。すみません」

 なんとなく、謝ってしまいます。

 シフォンさんは、あらあら、といった表情で微笑んでいます。

 なんでしょうか?喋り方を変えたシフォンさんの雰囲気は、なぜだか逆らい難いものがあります。

 いまいち釈然としないながらも、多少打ち解けた、と思えるシフォンさんに昼食までの暇つぶしに付き合ってもらいます。


 シフォンさんとお話してわかったこと。

 シフォンさんは名前の通り貴族の長女で19歳。今は行儀見習いとしてお城で侍女をしているんだとか。そして実家であるシュベイン家は侯爵家で、騎士の婚約者がいて結婚するまでここで働いている、ということらしいです。


 貴族の爵位は、上から順に「公爵」「侯爵」「伯爵」「子爵」「男爵」「準男爵」で、「公爵」は王族の分家のようなもの。実質、純粋な貴族としては「侯爵」が一番上位にあたります。

 「準男爵」は特別な功績をあげた人個人に与えられる称号のようなもので、扱いは貴族と同じですが一代限りのものになります。騎士の階級によって与えられる爵位も同じ扱いらしいです。

 ソビュール王国では婚姻は基本、貴族同士・平民同士になりますが、貴族と平民の結婚もそう珍しくはありません。実際、王族と平民との結婚の例もあったそうです。

 結婚自体は成人を迎えればできますが、一般的な女性の結婚適齢期は18歳~22歳で、25歳を過ぎると嫁き遅れ、と言われるらしいです。


 シフォンさんは妹や弟が合わせて4人もいるそうです。

 わたしが感じた「逆らい難い雰囲気」は、どうやらこのあたり、つまりシフォンさんの「お姉さん」としての立場からのもののようです。

 聞いてみると、一番下(8歳)の妹が背伸びをして振る舞っているのと同じ感じ、らしいです。

 わたしが15歳を主張すると驚いていましたので、例によって説明させていただきました。なんだかこの遣り取りにも慣れてきました。


 そんな雑談(?)をしていると、あっという間に昼食の時間になったようで、シフォンさんに食事を運んでもらいます。

 今日の昼食はいつもの黒パンにコーンスープにチーズ、鶏肉のソテーと野菜です。

 この野菜は……ピクルスでしょうか?顔を近づけてみると少しだけ酸っぱい香りがします。

 黒パンと鶏肉以外のものは、こちらの世界に来て初めて見ます。

 一般的な食べ物なら前世の知識にあるはずです。ですが、こちらの世界に来てからは食べ物に関しては塩味のものが普通、と認識していて疑問に思うこともありませんでした。

 不思議に思って、前世の知識を探ってみると…。

 どうやらチーズやバター、ワインやビネガーなど、一部の嗜好品や調味料もあることがわかりました。


 前世のわたしは嗜好品はともかく、調味料に関してはほぼ無知だったようで、自分で料理なんてすることもなく、食事は外食が基本だったようです。

 それでもチーズやバターなどは、以前考察した「ライル・ディストの生活に密着した知識はすぐに頭に浮かんでくる」というのが正しいならすぐに出てきてもおかしくないはずです。

 ではなぜ、食事に関する知識が出てこなかったかと言うと…。

 日本での食生活の印象が強すぎて、食文化の遅れたこの世界の食事なんて知識の奥底に封印されていたようです。

 これはこの世界の食材や調味料を調べ直す必要があるかもしれません。

 メジャーな食材は日本とほぼ同じで知識にもありますし、ハーブや香辛料もわかります。お塩や砂糖と言った調味料もわかりますが、それ以外の調味料は不明です。

 嗜好品はワインやビールなどのお酒類、チーズなどのおつまみ、蜂蜜といったものはわかります。

 飲み物はお酒か山羊のミルク、ハーブティか水しかなかったようです。牛乳はないようです。牛肉も知識にはありません。

 ただ、料理の味付けとしては塩味が基本というか、他には胡椒や一部の香草しかなく、お酢も食材の保存にしか使われていないようです。

 一度、市場にある調味料を調べ直したほうがよさそうです。


 新たな調味料に気持ちを飛ばしながらの昼食が終わると、時間は多分、12時半。

 体内時計にはそれなりに自信があるので、大きくはずれていないでしょう。

 しばらくすれば、王様からのお呼びがかかるはずです。

 いつでも出発できるように荷物をまとめておきます。

 荷物を片付けて少しすると、お呼びがかかりました。

 そのまま街に出れるように、荷物を持って部屋を出ます。

 朝と違って今回はシフォンさんも一緒に行くようです。


 今回の案内は執事さんです。

 その執事さんに続いて、王様の執務室でしょうか、3階の部屋に入ります。

 中には朝のお話のメンバー4人が豪華なソファに座り、知らない騎士が一人、立っています。

「空いているところに座れ」

 王様から促されて、ソファの空いている席、王子の隣に座るとシフォンさんは私の後ろに立ち、案内の執事さんは王様の後ろに立ちました。

「まずは今朝言っていた、礼を受け取って欲しい」

 王様がそういうと、執事さんがわたしのそばにきてリュックサックとポーチを渡してくれました。

「旅に必要と思われるものだ。その二つには領域拡大と軽量化の古代文字が使われている。背負い袋には外套を、ポーチには明かりの魔具と洗浄・乾燥の魔具、着火の魔具と集水の魔具、それに結界の魔具が入れてある」


 明かりの魔具はその名の通り周囲を明るくする魔具です。ランタンくらいの範囲を照らします。

 洗浄・乾燥の魔具は前にも説明しましたが、「ウォシュレット」の魔具です。

 着火の魔具は、ライター、の魔具です。

 集水の魔具は、空気中から水分を集めて魔具の底面に集めることができます。お鍋や水袋の上で使えば水が確保できます。

 結界の魔具は、簡単な結界を張って獣や低級の魔獣を寄せ付けない効果があります。

 どの魔具も、持っていれば旅がかなり便利になります。


 それぞれの中身を確認してみると、言われた通りのものと一枚の金貨が入っていました。

「あの、金貨が一枚入っていますが?」

「それは私個人からの礼だ。私のポケットマネーからだ。冒険者になるなら登録料もかかるし武器も必要だろう?取っておけ」

 え?冒険者の登録ってお金がいるんですか?初耳です。

 しかしそういうことなら…。恐らく返すと言っても受け取ってもらえないでしょうし、せっかくの好意ですし。

 決して武器や登録料で動揺したわけじゃありませんよ?

「わかりました。ありがとうございます」

 少し微笑みながら、軽く頭を下げます。

 顔を上げると、隣に座っている王子がこちらを見て驚いています。

 素直に受け取ったのがそんなに驚くようなことなんでしょうか?

 訝しげに王子を見ると、王子は急に顔をそむけました。

 なんか感じ悪いですね。

「次に宿のことだが、大通りにある『渡り鳥』という宿だ。中級の宿ということだが値段もそこそこで評判はいいらしい。場所はレイリックに案内させよう。あれがレイリックだ」

 そう言って壁に立っている騎士を見ます。

 その騎士レイリックさんはこちらを向いて頭を下げました。

「最後にソドム・カラル・バルシニアについてだが、少し前にあやつの屋敷で拘束したと連絡がきた。城から出ても大丈夫だ」

 捕まりましたか。これで問題なく街に出られるようです。

 今日中に冒険者の登録と買い物ができそうです。

「そうですか。ではこの後に街に出ても問題はありませんね?」

「うむ、レイリックに宿とギルドまで案内させよう」

 そういえば、冒険者ギルドの位置も知らないんでした。

「助かります。ではすぐに出発しても?」

「む、ああ、そうだな。私と宰相はこの後も話があるのでな、見送りはできんが」

「いえ、かまいません。お気持ちだけ受け取っておきます」

 そう言ってリュックサックとポーチを持って立ち上がります。

「それでは失礼します。お世話になりました」

 お礼を言って頭を下げます。

 ドアのほうへ向かうとレイリックさん、シフォンさん、レンさん、王子も付いてきます。

 見送ってくれるようです。

 シフォンさんにお礼を言ったり雑談しながら長い廊下を歩き、城門まで移動します。

 城門に着くとわたしとレイリックさん、シフォンさんと王子とレンさんで向かい合います。

「では気をつけてな。また会おう」

「お気をつけて」

「困ったことや相談があれば、いつでも訪ねてきてください」

 上から王子、レンさん、シフォンさんの言葉です。

「はい、ありがとうございます。機会があればまた。では失礼します」

 別れのあいさつを済ませて頭を下げ、王子たちに背を向けてレイリックさんと歩きだします。

 アルセリアにきて3日目、ようやく新たな生活が始まりそうです。

 これからのことや、まだ知らない冒険者と言う生活について思いをはせながら、街へ向かいました。


 見送る王子の

「機会があれば、か。機会なんてすぐにできるかもな」

 という呟きは風にかき消されてわたしの耳には届きませんでした。


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