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026 言葉遣い

 冷めてしまったお茶を飲み干し、微妙な雰囲気になった場を見渡して言います。

「まあ、そういうことですので。王族、というだけでは尊敬できないんです。もちろん、尊敬に値する人なら尊敬しますよ?」

「つまりは、私はまだ尊敬に値しない、ということか?」

 王様が苦笑いを浮かべながら問いかけてきます。

「全く尊敬できないわけではありませんが。少なくともわたしは今の王様を知りませんし…。どちらかと言うとわたしにはまだ『ランティス王子』としてのイメージが強いんですよ」

「つまりはこれから、ということか」

 溜息とともに、呟くような声です。

「そういうことなら、私も王子らしいところを見せれば尊敬されるのかな?」

 王子がからかうような口調で声をかけてきました。

「そう、ですね。王子はもう少し、女性に対する振る舞い、というものを覚えたら尊敬できるかもしれませんよ?」

 昨日の1日を思い出し、こちらもからかうように言ってみます。

「それは難しいな。これでも努力はしているんだがな。わたしは女性の機微、というものを理解するのは無理かもしれん」

 降参、といった感じで両手を上げながら返してきました。

「まあ、私は王族として振る舞うよりは騎士として動いているほうが気楽で好きだからな。王には兄上がなるのが決まっているしな。サクラもそういうつもりで接してくれたほうが助かる。だが、兄上は少しうるさいから気をつけたほうがいい。母上やアリアは気にせんだろうがな」

 アリア?先ほども聞いた名前ですね。

「アリア、というのは?」

「ああ、アリアは妹だ。アリア・イサ・ソビュール。第一王女だ」

 王女様でしたか。

 そして第一王子はこの家族にしては珍しく、少しお堅いらしいです。覚えておきましょう。

 まあ会うこともないでしょうけど。


 お気づきの方もおられるかもしれませんが、この世界の貴族はミドルネームを持ちます。

 と言っても洗礼名だとかそういうものではなく、何番目の子供、という意味になっています。

 「イル」だと長男で「アル」は次男、「オル」だと三男になります。

 女性の場合は長女が「イサ」で次女が「アサ」、三女が「オサ」になります。

 例えば「セドリム・アル・ソビュール」の場合だと、「ソビュール」家の「次男」で「セドリム」という名前ということになります。

 このミドルネームは、自己紹介で何番目の子かわかるように、ということらしいです。

 貴族は全員がこのミドルネームを持ち、ミドルネームがないのが平民となっています。

 ちなみに結婚したり家を出たりして家名が変わった場合はミドルネームが変わります。

 結婚した場合はミドルネームが男性の場合は「ソムル」で、女性の場合は「リムサ」になります。王様の場合は「ランティス・イル・ソビュール」は王子時代の名前で、現在は「ランティス・ソムル・ソビュール」が正しい名前になります。

 家を出て、未婚の場合はミドルネームに「ロ」がつきます。セドリム王子が家を出た場合は「セドリム・アルロ・ソビュール」となるわけです。

 引退したおじいちゃんおばあちゃんは、それぞれ「カラル」「コルサ」になります。


「王族への態度、というのがライル師、サクラさんの前世の影響ということはわかりましたが、その口調も前世の影響ということでしょうか?その口調だと、なんだかライル師と話しているような気分になりまして…」

 かつての王族の振る舞いを聞いて固まっていたレンさんが、遠慮した感じで問いかけてきました。

「そうですね、影響は受けています。この喋り方だとほとんどの場面で通じますから。嫌な人相手でも愛想笑いとこの口調で誤魔化せますし。結構便利ですよ」


 前世での知識の中には魔導師としての力を利用しようとした人や、腹黒い貴族などもいました。そういった人間の黒い部分も子供のころに知ってしまったわたしはしばらくの間、家族以外を信じられなくなりました。その時に見つけたのがこの喋り方で愛想笑いをしておく、ということでした。そうしておけば、大人は勝手に「礼儀正しい子」と認識してくれました。師匠にはすぐにばれましたが。

 7歳の頃にはだいぶましになりましたが、すでにこの喋り方は癖になっていて家族や友人にもこの喋り方になっています。

 ちなみにこの喋り方は丁寧語が基本になっています。尊敬語は言い回しが面倒ですし、そもそもが尊敬できる、と言う人はほとんどいません。


「そうですか…。できればその口調はやめていただけませんか?僕には普通に話してもらって構いませんので」

 レンさんは居心地が悪そうにしています。

「別の喋り方、というのはずっとこうでしたので難しいと思います。それにレンさんだってわたし相手に敬語じゃないですか。むしろレンさんのほうが喋り方を変えるべきじゃないですか?」

「う、変わりませんか。僕の口調は、まあなんというか、サクラさんがその口調で話されるとどうしてもライル師と話している気がしまして…。別人、ということはわかってはいるのですがどうにも…」

 言いながら頭を掻いています。

 トラウマとか条件反射のようなものですか。

「慣れてください、としか。まあ、これからはそうそう話す機会もないでしょうから気にすることもないと思いますけど」

「そういえば、サクラさんは冒険者になるのでしたね。そうなると確かに会う機会も減りますが…」

 一冒険者と宮廷魔導師だと合う機会が減るどころか、二度と会うことがない可能性もあります。


 話をしているうちに、かなりの時間が過ぎたようです。

 少し前に5の刻の鐘が鳴りましたから、今は5の1刻、10時半といったところでしょうか?

 これで話は終わりのようで、6の2刻に呼ぶので部屋にいるように、といわれて解散となりました。


日間ランキングで1位を頂きました。

ありがとうございます。

読んでいただいたすべての方に感謝です。


ご指摘をいただきました、アリア王女のミドルネームを修正しました。

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