024 朝飯前
「もう、朝ですか…?」
目が覚めて、まだ重い瞼を開けながら起き上ります。
部屋にはうっすらと朝日が射しこみ、室内を薄暗く浮かび上がらせています。
今までの生活リズムはたった3日程度では変わりません。
昨夜は眠るのが遅くなったせいで少し寝足りない気もしますが、もう一度横になっても眠れないでしょう。
腕時計を見れば今の時間は5時過ぎ、いつも目覚める時間です。
寝起きの頭を起こしながら昨日のことを思い出し、ここがお城の一室であることを認識します。
漏れる欠伸を噛み殺しながら、着替えてしまいます。
幸い、着替えは薄い夏服だったので乾いていました。サマーセーターは少し湿った感じがしたのでまだ干しておきます。
生地の厚い道着は半乾きでしたので、そのままにしておきます。
顔を洗い、トイレを済ませるとすることがなくなってしまいます。
この世界では製紙技術はほぼ、ありません。
紙と言えば羊皮紙か質の悪い獣皮紙が一般的です。たしか、遠い東の国で植物の繊維を使った、元の世界で言うところの紙の原型ともいえるものがあった、と知識にあります。
ただ、噂として聞いていた、という程度なので、現物の知識はありませんが。
何が言いたいか、というと、つまり、用を足した後の処理のお話です。
昔は麦藁や干し草、植物の葉などを揉んで柔らかくしたものを使っていました。
けれど誰が考えたのか、洗浄・乾燥を行う魔具の発明によって変わりました。
いわゆる「ウォシュレット」の魔具です。
これは最初はA4サイズくらいの大きさだったのですが、改良を重ねられて25年前では小石くらいのサイズになっていました。小型になり、また改良が進んで値段も下がったおかげでこの魔具はすぐに国内に普及しました。1人1個、と言うほどではありませんが、そのくらい、一般的になっています。旅人にも必須アイテムです。
そういえば、最初のうちは前世の知識を利用するためにはそのことを意識して考えなければ知識が出てきませんでしたが、一般常識に該当する知識は特に意識しなくても頭に浮かんできます。これは異世界に来て、その知識に関係するものを直に見聞きするせいでしょうか?デメリットは感じないので、不満があるわけではないのですが。
まだ早い時間、日本でならこの後ジョギングをしてシャワーを浴び、朝食とお弁当を作っていましたが、ここはお城、わたしは客人とはいえ他人の家です。
こんな時間から勝手にうろつくのもどうかと思います。
起きた時よりも大分明るくなった部屋を見渡します。かなり広いです。
型の稽古はできませんが、素振りするくらいは余裕でできそうです。
メイドさんが呼びに来るまで素振りでもしていましょうか。
「おはようございます」
素振りも終わり、汗を拭いていると昨日のメイドさんが入ってきました。
しばらく前に鐘の音がしていたので、今は6時半くらいでしょうか。うん、あっています。
「おはようございます。今日、わたしはどうすればいいのでしょうか?」
昨夜、王様と王子からはお礼をする、と言われています。
正直お礼なんて無くてもいいのですが、お城から出ることは禁じられています。いえ、禁じられていたのは昨日だけでしたか。なんにせよ、何らかの関わりはあるはずです。
一応、一宿一飯のお礼も言っておくべきですしね。
そういった理由から恐らく、メイドさんには幾つかの指示が出ているはずです。
「はい、朝食は3の3刻に食堂にご用意させていただきます。王族の方とご一緒されるように、と伺っております。その後のことは伺っておりません」
朝食まであと1時間、ですか。結構ありますね。しかし王族と一緒にって、気が進みませんね…。
時間の読み方は1刻が2時間区切りで深夜0時が0の刻、もしくは12の刻になり、午前2時が1の刻、午前4時が2の刻となり、2時間ごとに1刻ずつ増えていきます。その間の時間は30分区切りを基準として、例えば午前6時半なら3の1刻、午前7時が3の2刻となり、3の3刻は午前7時半を指します。
時間を単位で示すときは、30分を4半刻、1時間を半刻、1時間半を半と4半刻と呼び、2時間で1刻になります。
先ほども感じましたが、意識しなくてもこういった知識が当然のように頭に浮かんできます。知識の内容にもよるようですが、どうやら「前世のわたしが知っている」ことはほとんど、「今のわたしも知っている」ことになるようです。
これが異世界補正というものでしょうか。一々考えなくていいので、便利だからいいんですが…。
朝食までの時間を有効利用するために、メイドさんにお茶を入れてもらい、25年前と変わった部分を教えてもらおうと思います。
「そうですね…。私は25年前、と言われてもまだ生まれていなかったのでわかりませんが…。それでもよろしければ、私の知っている範囲で説明させていただきます」
このメイドさん、19歳らしいです。わたしと4歳しか違わないのに身長は170cmオーバー、胸は十分に大きく、巨乳、と呼ばれるレベルです。これがスペックの差というやつですか…。
コンプレックスを刺激されたわたしは、目の前の現実に打ちのめされながら、メイドさんの話を聴きます。
「細かな事はたくさんありますが、それほどは変わっていない、と思います。大きく変わったことといえば、昨夜もお話しいたしましたが上下水道やトイレに関するものです。これについては、昨夜お話したとおりです。他には遠方の国との貿易が新たに始まったことと、造船業でしょうか。貿易は東方の国と南方の国がお相手、と聞いております。珍しい品物が輸入されているらしいですが、とても高価なものばかりで見かけることは難しい、と聞いております。造船業もこの貿易で南方の国の技術が輸入されて開始されたものらしいです。この技術のおかげで、西の大河を利用しての荷物の運搬がとても楽になった、と聞いたことがあります」
メイドさんは「私の知っているのはこれくらいです」と締めくくりました。
なるほど、身近な部分ではあまり変わってはいないようです。
ただ、メイドさんの知らない変化もあるはずなので、そのあたりはわかりません。
しかしまあ、25年前の知識からは大きく変わっていないようなので少し安心しました。
日本では25年あれば大きく変化していますしね。戦後の焼け野原が高度経済成長を迎えるくらい変わっていましたし…。
メイドさんにお礼を言い、そんなことを考えていますと朝食の時間が近づいているようです。
ドアの向こうからノックと、女性の声が聞こえてきます。
どうやら食堂への案内のようです。
メイドさんと一緒に部屋を出、そこでメイドさんとは別れて案内の女性についていきます。
食堂は4階、この階だったはずです。
1~3階は執務室やホール、応接間や控室などがあり、4階から上が客間や生活空間になっている、と頭に浮かびます。
しばらく歩くと、案内の女性が扉の前で立ち止まりました。食堂に着いたようです。
案内の女性に続いてわたしも食堂に入ります。




