022 隠し金庫
「ゴホゴホッ、そういや、隠し金庫はどこにあるんだ?」
王様が無理矢理な感じで話題を変えます。
まあいいでしょう。
「えっと、確かここです」
そういってわたしは本棚の横の壁を指しました。
見た目は普通の壁と変わりません。
ここに隠し金庫があると知っていないと分からないでしょう。
「ここ、ですか?隠蔽されているような魔術の力は感じられませんが…」
レンさんが眉をひそめながら、私が指した場所を見つめています。
魔術を使うとその場にはしばらくは魔力の残滓が残ります。
魔術師はそういった魔力を感じることができます。
今回のように場所に対して魔術を使った場合、魔術が解除されるまで魔力が残っているのが普通です。
「当然です。魔力があればすぐにばれるじゃないですか。隠蔽の魔術の上から魔力を隠す魔術を重ね掛けしているんです。さあ、解除してください」
そういってレンさんを見上げます。
「は?師……いや、サクラさんが解除するんじゃないんですか?」
虚を突かれた顔でレンさんが私を見つめます。
「何を聞いていたんですか。魔術で隠蔽してあると言ったじゃないですか。そしてわたしは魔術が使えません。わたしが解除できないのは当然でしょう」
まったく、人の話を聞いていたんでしょうか?
「さっさと解除してください。術式解除の魔術を使えば解除できます。ただし、レンさんの全力で解除しないと無理だと思いますが」
この隠蔽の魔術はかなりの魔力を使って設置したはずです。
レンさんの魔力がどれほどかはわかりませんが、下手に魔力をけちると魔力の無駄遣いにしかなりません。
レンさんは、わたしの「全力で」という言葉に対して顔をしかめながら、呪文を唱えます。
「我が前に、そのあるべき姿を示せ!」
魔術の強度、というものは要は気合です。
気合を込めて魔術を使うと普段よりも強い魔術が使えます。
逆に気が抜けていると、それなりな魔術にしかなりません。
声の大きさも重要です。
まあ、ある程度の魔術師になるとそれほど差は出なくなるのですが。
今まで普通の壁に見えていた場所が、ぼやけたように歪んでいきます。
しばらくすると、小さな光があふれて、それが収まるとそこは壁が窪んでいて、その奥に小さな金庫が現れました。
解除は成功したようです。
レンさんは額に汗を浮かべ、荒い息を吐いています。
魔力を消耗する=体内エネルギーを使うということなので、大幅に魔力を失うと気絶することもあります。
「お疲れ様です。では金庫を開けましょう」
レンさんに労いの言葉をかけて、場所を入れ換わります。
「開けるといっても取っ手も鍵も何もないぞ?どうやって開けるのだ?」
王様がわたしの頭の上から金庫を覗き込み、首を傾けながらそう言います。
「金庫の扉に手を当てて、キーワードを唱えるんです」
そう言ってわたしは金庫に手を伸ばします。
…。
もう一度、今度は背伸びをして手を伸ばします。
…。
届きません。
ええ、金庫の収まってる壁の窪みは床から160cmくらい、そして金庫は壁の面から50cm程度奥に設置してあります。
わたしの身長だと手が届かないのです。
もっと低い位置に設置しろ、前世のわたし。
憐れむような視線がわたしに突き刺さります。
「……踏み台…、持ってきてください…」
俯いて唇をかみしめながらそう言うと、団長が執務机の椅子を持ってきてくれました。
わたしは黙ってその椅子によじ登ると、ようやく、届くようになった金庫に手を伸ばしました。
「我が封じるは真実の扉」
キーワードを唱えて手を離すと、金庫の扉が開きました。
金庫の中には書類の束が入っています。
それを取り出してざっと確認すると、そのまま王様に渡しました。
「これで全部です」
王様はそれを受け取り、軽く中身を確認すると頷きました。
「十分な証拠だ。騎士団の中隊を動かせ。人選は任せる。すぐに出発し、ソドム・バルシニアを捕らえよ。罪状は国庫横領と密売の容疑だ」
部屋の外で待機していた騎士に命令します。
騎士が慌ただしく動きだし、この場にいた貴族もざわめいています。
25年前とはいえ、元宰相に拘束命令がでたのです。
「今日は城から出ることを禁じる。この事は他言無用だ。これを持って解散とする」
王様は、書類の束を現宰相に渡しながら告げました。
残っていた騎士や貴族は了解の声を上げ、散っていきます。
部屋にいるのは王様、宰相、レンさん、王子、団長、わたしの6人。
やっと解放ですか。
って城から出れないってどういうことですか。
わたしの計画は?泊まる場所は?ご飯はどうなるんですか??
くぅ…
ご飯のことを考えていたらお腹が鳴りました。
これは恥ずかしいです。
部屋にいた5人の視線がわたしに集まるのを感じます。
お腹を押さえ、顔を真っ赤にして俯きながら、なんとか声を絞り出します。
「あ、の…。わたし、今日泊まる宿を探したいんですけど…」
かすれたような声で訴えます。
早急に宿を探さないと、このままでは野宿決定です。
それに死ねます。主に羞恥と空腹で。
「それで、今から探すのも大変なので、できれば宿を紹介していただけたら、と…」
鐘の音が聞こえます。
いつのまにか11の刻のようです。
確か、謁見の間に入った時は10の刻だったはずです。
あれから2時間も立っていたんですね。
仮に宿を紹介してもらって、今から移動しても宿に着くのは30分以上かかります。
大体の宿では酒場も兼ねていますから、ご飯にはありつけるでしょう。
宿についてご飯を食べてお風呂に入って…。眠れるのは12時を回りそうです。
これからの予定を考えていると、
「宿なぞ探す必要もないだろう。王子の礼もまだしておらんし、今回の横領と密輸に関しても礼をせねばいかん。今夜は泊っていけばよい。簡単なものしか出せぬが夕食も用意させよう。案内をさせるのでここで少し待っていろ」
王様からそんな言葉がかかります。
お城に泊まる?なんでそんなことに?いやいや、面倒事になる可能性は避けたいんですが…。
「いえ、お礼とか結構ですから。宿を紹介してもらえれば十分ですので」
ここに泊まるとか遠慮させてください。
何とか断ろうとしますが、今度は王子が
「諦めろ。今夜は城からは出せん。それになんの礼もせずに返したとあっては王族としての立場にも影響する。泊まっていけ」
追い詰められます。
そもそも、王子が勝手にお城につれてきたんじゃないですか。
どうやって断ろうかと考えていると、ノックの音がします。
「失礼します。お客様をご案内いたします」
ドアの向こうから女性の声が聞こえました。
「入れ」
王様の声の後、ドアが開き、いわゆるメイド服を着た女性が姿を現します。
リアルメイドさんですか?
それよりもいつの間に連絡したんでしょうか?
泊まるとか泊まらないの話はつい先ほどしたはずなのですが。
戸惑っていると、背中を押されてメイドさんのほうに押し出されます。
「これが客人だ。案内してやってくれ」
ちょ、わたしまだ泊まるとは言ってませんよ。
王様を睨みましたが、軽く顎で促されます。
「ご案内いたします」
メイドさんはそう言って廊下に出てしまいました。
はあ…。決定事項ですか…。
「お世話になります」
諦めたわたしはメイドさんについて行くことにしました。