020 前世の証明
「わたしの前世の名前は『ライル・ディスト』。ソビュール王国の宮廷魔導師をしていました」
室内に動揺が走る。
「ライル・ディスト…?まさか…」
どうやら名前を知っている人は多そうですね。
「まあ、前世に関しては証明するのは難しいでしょう。しかし、異世界から来た、という前提を信じてもらえるならば、少なくともこの世界の言葉を話せること、ギルダス・ソムル・ランバートやライル・ディストを知っている、など、いくつかのことで理解してもらえると思います。それを問答する時間はないので、その前提で進めさせていただきます」
一度言葉を区切り、唇を湿らせます。
「ギルダス・ソムル・ランバートがライル・ディストを殺した、ということについてですが、前世のわたしは隣国のセルバトス共和国に外交のため、使節団として訪問していました。使節としての訪問を終え、こちらに戻る途中、ここから半日ほどの場所です。そこで使節団は族の襲撃を受けました。恐らく待ち伏せされていたのでしょう。その賊は口ぶりからすると誰かに雇われていたと思われますが。賊の数は約60、使節団はライル・ディストを含めて21、数では負けていますが魔導師であるライル・ディストもいましたし、対処できるはずでした」
そこで一度、ギルダスを見ます。
ギルダスは顔に汗を浮かべて驚いた表情をしています。
「先制として火球の魔術を放ち、乱戦になったところで火矢の魔術を使おうとした時、護衛として付いていたギルダス・ソムル・ランバートに後ろから胸を貫かれました。ライル・ディストが倒れる際に見たのは胸に刺さった剣とそれを持つギルダス・ソムル・ランバートの顔、そして誰かに雇われてそれを行った、という言葉です。倒れたライル・ディストが死ぬ間際に見たのは、幾人かの騎士が味方であるはずの騎士に斬りかかるところでした」
言い終えて、王様の顔を見ます。
その顔はどう判断すればいいのか迷っているようでした。
「嘘だ!作り話だ!俺はそんなことはしていない!」
ギルダスが喚き散らします。
往生際の悪い男ですね。
「俄かには信じられん話だが…。確かにライル殿とその護衛であった使節団は、共和国からの帰城途中に賊に襲われたと聞いている。ライル殿が亡くなったのもその時だ。場所も聞く限り一致はしている。しかし、だ。ギルダスと幾人かは確かにその時に生き延びてその報告を持って帰った。賊は全滅させたが、半数以上の騎士とライル殿が殺された、と。お主を疑うわけでもないが、ギルダスは近衛騎士団長でもある優秀な騎士だ。それがライル殿を殺し、さらに味方の騎士を殺したというのも信じがたいものがある…」
王様は困ったように言います。
「その言葉を証明することができん。なにせ、ライル殿が亡くなったのはもう25年も前だ。証拠なぞ残っておらぬ」
ふむ、前世のわたしが死んでから25年ですか。意外なところから情報を入手できましたね。
「少なくとも、前世のわたしがライル・ディストという証明はできるかもしれません」
「どうやってだ?」
「その前に、彼を黙らせてもらっていいでしょうか?騒がしくて話の邪魔です」
ギルダスはしつこく、意味不明なことを喚き散らしています。
話がしづらくて邪魔です。
王様が一言、「おとなしくさせろ」と言うと、他の騎士によって猿轡を噛まされます。
まだ少しうるさいですが、かなりましになりました。
わたしは前世の知識を思い出しながら、軽く室内を見渡し、見覚えのある顔を確認します。
「まずは王様。名前はランティス・イル・ソビュールで幼少のころからライル・ディストに学問などを教えてもらっていました。ライル・ディストの死亡時には確か24歳。子供のころは学問よりも剣の修行が好きで、何度か城を抜け出して騎士に連れ戻されていました。8歳のころに城を抜け出して、誘拐されかけたことがあります。10歳の頃にライル・ディストの執務室で木剣を振り回して花瓶を割ったこともありました。12歳の頃…」
王様のことを知識から引っ張り出して、つらつらと並べる。
12歳は初恋、でしたか。
「いや、もういい、わかった、それ以上言うな」
王様が焦っています。これからがいいところなのに。
「そうですか?まだまだありますが…」
まあ、過去の暴露話をされても困るのかもしれません。
次のターゲットに向かいます。
「次はそこのローブの男性。レン・イル・ブライアスですね」
ローブを着て杖を持った男性に目を向けます。
「は、はい!」
声が裏返っています。
怯えているようにも見えますが、どうしたんでしょう?
「レン・イル・ブライアス。伯爵家の次男で5歳のころに魔術適正が確認され、ライル・ディストに弟子入りします。初めての魔術は6歳で、発火の魔術でした。7歳の頃、街の子供と喧嘩をして泣きながら戻ってきました。初級魔術を修めたのが8歳でした。9歳の時に中級魔術の火矢の制御に失敗して髪に火が付き、丸坊主になりました。10歳で初恋を経験し、相手は…」
不肖の弟子の情報を並べていきます。
「認めます!貴女の前世が私の師であることを!ライル師に間違いありません!」
また途中で終わりですか。まだ30分くらいは語れますよ?
「そうですか。まだまだ話せますが…。とりあえず、認めていただいた、ということでよろしいでしょうか?」
王様にしてもレンさんにしても、最初見た時はそうは思いませんでしたが、前世から25年ということがわかり、知っている人がいるかもしれない、と思ってみると意外と身近にいるものですね。よく見れば面影がありましたし。
逆によく見ないとわからない、ということでもありますが。
25年というのはここまで変わるものですか。
しかし、あのやんちゃな王子が国王になり、不肖の弟子が宮廷魔導師ですか。
感慨深いものがありますね。
少し思い出に耽っていると、王様から声がかかりました。
「お主がライル殿だった、というのは認めるとしても、ギルダスがライル殿を殺害したというのはいまだに信じられんのだが…」
いきなりそんな重要なことを、証拠のない状態で言われても混乱するのは当然でしょう。
「推測がはいりますが、恐らくギルダス・ソムル・ランバートにライル・ディストの殺害を依頼したのは当時の宰相でしょう。理由としてですが、ライル・ディストは共和国に訪問する前に当時の宰相を調査していました。調査内容としては武器の密輸や国庫の横領です。共和国に出発する前にそれらの証拠となる資料を、ライル・ディストは入手していましたから、その口封じではないかと思います。殺害に加担した騎士は死ぬ間際でよくわかりませんが、ライル・ディストの護衛についていた騎士の一人が当時の宰相とのつながりがあったと思います。確か名前は…」
埋もれた知識から顔と名前を拾い出します。
「そう、確かラグリア・オル・シュナード、男爵家の三男、だったと思います」
確かそのような名前でした。
ふと、おとなしくなったギルダスを見れば、顔を真っ青にして汗をだらだらと流しています。
「それとこれも推測ですが、恐らく取引としては地位の昇格、などではないでしょうか?騎士はほとんどが貴族の次男や三男、もしくは平民のはずです。騎士団の中での地位の向上は、報酬として魅力ではないでしょうか?宰相としての権力があればある程度は可能ですし、後ろ盾としても十分な価値があると思います」
そう、貴族の中では爵位を継がないと貴族としては扱われません。
爵位の相続はほぼ、長男が継ぐことになっていました。
では爵位を継げない次男以降はどうするのか?それは商売を始めるか、騎士になるのがほとんどです。
貴族として扱われるには、何かの功績をあげて爵位を賜るか、それとも嫡男のいない他の貴族に婿入りするか養子になるしかありません。
しかし、例外として騎士団の中では100人長が準男爵、1000人長が男爵、万騎長が子爵として扱われます。
ですので、騎士団の中での昇格は爵位を継げない貴族出身の次男以降の騎士にとってはとても価値があります。
「ふむ、言われると納得するものもあるな。使節団での生き残りのことを調べるように指示しておこう」
物分かりのいい王様ですね。
わたしの言うことを簡単に信じるのは前世補正なのでしょうか?
「それと横領などの証拠品ですが、ライル・ディストの執務室の隠し金庫に保管していたはずです。魔術で隠したはずなので見つかっていなければ残っているはずです。解錠も設定したキーワードでないと開かなくしてありましたし」
ついでに知識から拾い出した記憶も話しておきます。
隠しておく必要もありませんしね。
「ライル殿の執務室はそのままレンが使っている。すぐにでも確認してみよう」
「それはかまいませんが…。ところで彼はどうするんです?」
完全に沈黙してしまったギルダスを見ます。
それにあわせて、ギルダスはのろのろと顔を動かし、王様を見ました。
「そうだな…。まず、ライル殿の殺害については証拠がないので現時点では処罰できん。しかしこのまま、というわけにもいかん。そうだな、王の前にもかかわらず剣を抜き、客人でもあるセドリムの恩人に対して斬りかかった、ということで牢に入れて取り調べを行う。ラグリア・シュナードについてはライル殿の殺害に加担した容疑で取り調べを行う。すぐにでも拘束させよう。当時の宰相はソドム・カラル・バルシニア卿だったな。証拠を確認できればすぐにでも騎士団を拘束に向かわせよう。ギルダスは牢に入れておけ。近衛に命じてラグリア・オル・シュナードの拘束に向かわせろ。人選は任せる。私はレンの執務室に向かう。残りのものはついてこい」
素早く指示を出す王様。
しかし、ギルダスは近衛騎士団長といっていました。近衛騎士団長といえば万騎長と同等の扱いのはず。つまり子爵ということです。それを明確な証拠もなく、簡単に拘束して牢に入れるとは…。いいんでしょうか?
まあ、わたしが考えることでもありませんね。