016 王都への旅立ち
出発の準備を終えたわたしは、少し時間をあまらせてしまいました。
10分少々、何をするにしても中途半端な時間です。
さて、どうしましょうか。
少しだけ悩んだわたしは、王子の部屋に行くことにしました。
王子が基準で動いている騎士団ですから、王子の傍にいれば遅れる、ということはないでしょう。
3部屋離れた王子の部屋にたどり着いたわたしは、荷物を片手に持ち替えてノックをしました。
「王子、桜です。入ってもよろしいでしょうか?」
すぐに中から「入れ」と声が聞こえます。
「失礼します」
一言声をかけて、ドアを開きます。
ドアを開けてすぐに
「どうした?何か用か?」
王子からの問いかけが発せられました。
「いえ、用と言うほどの…」
ドアをくぐりつつ、そう答えようとしたわたしは、言葉の途中で王子を見て固まりました。
視界に映るのは肌色。
王子はラフな服装から旅装に着替える途中だったようで、上半身は裸。前世の知識では男性の裸、というものを知っていても
それはただの知識です。
元の世界でも初等部から今まで、ずっと女子校生活だったわたしです。
身近な男性と言えば父と兄、年に1度か2度、訪れる祖父とその家族程度です。
師匠?あれは男のカテゴリーには入っていません。
つまり免疫はありません。
ついでにいうと、王子は美形です。それも20代前半の、ぴちぴちなカラダです。
普段から男性の裸、というものを見る機会のなかったわたしにとって、特に美形好きではないといっても目に毒です。生物兵器です。これがもっとムサいおっさんとかならまた反応も違ったのでしょうが、それは言っても現状が変わるわけでもありません。
つまり、どういうことかというと…。
「う…、きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
わたしは意外と冷静に、左手に持っていた木刀を右手でつかみ、思いっきり王子に向かって投げつけました。
ゴッ!
かなり鈍い音がしました。
見れば目標に向かって真っ直ぐに飛んだ木刀は、見事、王子の顎にヒットしたようです。
王子は無言で、スローモーションのように仰向けに倒れていきます。
どさっ ゴン
何やら変な音がしたような気もしますが、乙女の恥じらいの前には些細なことです。
「王子!着替えているならそう言ってください!それに倒れるなら服を着てから倒れて下さい!」
理不尽なことを言っている気もしますが、乙女の恥(ry。
右手で自分の目を覆い、やり過ぎたかな?と思いつつ指の隙間から王子のほうを窺っていると
「痛っ、いきなり何を・・・」
顎を押さえながら、王子が起き上がります。
わたしは慌てて後ろを向きながら
「女性の前で肌を晒すとか、紳士のやることじゃありません!さっさと服を着て下さい!話はその後です!」
顔が真っ赤になることを意識しつつ、文句を言います。
王子は小声で文句らしいことを言っているようですが、無視です。
背後から衣擦れの音が聞こえ、しばらくすると
「服を着た。こっちを向け」
少し怒ったような口調で声がします。
わたしはなるべく見ないようにしながら恐る恐る、振り返ります。
視界の端にとらえた映像から、王子はきちんと服を着ているようです。
顔を見上げると(おそらく、王子は180cmを超えています。大きいのは敵です)顎のあたりが赤くなっています。そしてその顔は拗ねたように見えます。
「下まで脱いでたわけでもないのに、上半身くらいでそこまで怒ることか?このくらいなら、騎士団の連中でも稽古が終われば全員だぞ?」
上着を着ながら、文句を言ってきます。
「そんなことは関係ありません。着替え中の部屋に、今、王子が女性を入れたことが問題なんです」
少し、さっきの肌色を思い出し、頬が熱くなるのを感じながら言い返します。
「そもそも、王族なんですからそういったことにも気を使わないといけません。他の女性に見られたら勘違いされます。その可能性は避けないといけません。それも義務です」
いくらわたしが女性の魅力に欠けていたとしても、勘違いする人はいます。中には幼女愛好者、という性癖の人もいると聞いています。わたしも小さいころから父や兄には気をつけるように注意されました。まあ、よくある「知らない人についていっちゃいけない」とか「知らない人に声をかけられたら防犯ブザーを鳴らしなさい」とかそういった類のことですが。
なぜか高等部に入ってからの知人にも同じことを言われましたが…。どういう意図だったのでしょうか?
話がそれました。
つまり、その状況だけを見て思い込みで勘違いする人もいるかもしれない、ということです。
可能性があるならできるだけ避けるべきです。特に面倒事の可能性は。
そういったことを説明していると、
「わかった、私が悪かった。これからは気をつけるからもういいだろう?」
何やら投げやりな気もしますが、まあ、理解してくれたのならいいでしょう。今後は気をつけていただきたいものです。
いまいち納得がいかない気もしますが、この先、王子とかかわることも無いでしょう。なんせ、第二とはいえ相手は一国の王子。そしてわたしは元の世界に戻る予定のただの冒険者になるつもりです。接点は無くなるはずです。
そう納得して、王子に投げつけた木刀を拾います。
「しかしやけに固かったが、それはなんだ?見た目からすると木剣のようだが…。そんなものを投げるか?」
また王子の気を引いてしまったようです。好奇心旺盛なのでしょうか?面倒ですね。
「あ……と、咄嗟のことだったので…。すみません。一応横向きにはしたんですが…。これは、まあ、似たようなものです。これはわたしの国の刀という武器を練習用に木で作ったもので、木刀と言います。木で作った剣が木剣なので同じようなものですね」
そう説明しましたが、異世界の武器、と聞いてまた興味がわいたようです。
仕方ないので、木刀を見せようかと考えていると、ノックの音がしました。
「ライアスです。王子、出立の準備が整いました」
団長のようです。ドアを開けずに声だけかけたようです。
「わかった。すぐに行く」
王子を振り返ると、いつの間にやらマントをはおり、鎧も着けていて旅装になっています。いつのまに…。
王子はバッグをつかみ、わたしのほうをみて、「行くぞ」とだけ声をかけてドアに向かいます。
遅れて置いていかれるのも問題なので、おとなしくついていきます。
ガタゴトと馬車に揺られての移動。
昨日に引き続いて2回目ですが、景色にも飽きました。
何時間も馬車に乗るというのも大変です。
なんせ、やることがないのです。暇なのです。
馬車の中は王子と二人きり。それほど会話もありませんし、昨日のうちに必要なことは話してしまいました。聞きたいことが無いわけではないですが、世間知らずに見える王子に聞いても欲しい情報は返ってこないでしょう。
あとどれくらいで着くのでしょうか。
体感ではお昼の休憩のあと、3時間くらいでしょうか。4時頃だと思います。
え?昼食ですか?もちろんわたしが作りましたが…。
しかし材料がありませんでした。材料くらい村で買っておいてくださいよ…。
あるのは保存食の干し肉と固いパン、そしていくつかの果物だけ。調味料は塩のみ。
これでどうやって料理しろと…。
ええ、頑張りましたよ?騎士の人に言って竈を作り、「一応」用意してあったお鍋でスパイスを調合し、簡易のカレースープを作りました。具は干し肉のみ。カレースパイスは何度か自分でスパイスからカレーを作ったことがあったのでそれなりに美味しくできましたが、日本では自分で調合するよりも市販のカレールゥに手を加えたものが一番おいしかったです。まあ、ここにはトロみをつける小麦粉もでんぷんもありませんし玉葱もジャガイモも人参もありません。こんな状況では十分、合格点でしょう。
騎士たちはこれでも十分だったようで、あっという間に無くなりましたが。
わたし個人としては不完全燃焼です。どこかでリベンジを果たしたいと思います。
そんなお昼を挟んでの道中、特に語ることもなくあまり変化のない風景を見ても面白くもありません。
いつの間にかわたしはうつらうつらと舟を漕ぎ、眠ってしまいました。
後でこの時起きていれば、と後悔することになりました…。