番36:帰宅
短いです。
「やっと戻ってきた、と感じますね」
我が家へと辿り着き、玄関を開けると懐かしい匂いが迎えてくれました。たった1週間ですが、色々あったせいでもっと長く開けていたような気がします。若干埃っぽい気もしますが、これは明日一日を休日に当てて掃除をすることにします。
王都へ到着したのは夕刻、8の刻辺りのことでした。それから入口で捕獲した襲撃者の引き渡しと口頭での報告、手続きを済ませて王都内へと移動し、途中で王妃様達や騎士達と別れて夕食の買い物をし、家へと戻ってきたわけですが。
「どうして王子がついてきているのでしょうね?」
これは何度目の質問だったでしょうか?何故か王子はお城へとは戻らず、わたしの買い物についてきたのです。わざわざ馬を騎士に預けて。
いつもは一人、徒歩で買い物をしているのに王子がくっついてきたのですから、お店の人達は色々と勝手な推測をし、そして余計な事を言ってくれます。例えば
「あら、サクラちゃんのいい人かい? あらあら、格好いい人だね。サクラちゃんもなかなかやるねぇ」
だとか、
「おう、今日は彼氏と一緒に買い物かい? もうすぐ店じまいだから大したものは残っていないがよ、サービスしておくから彼氏に美味いものでも食わせてやりな」
だとか、
「あらあらあらあら、この人が噂のサクラちゃんの彼氏かい? あら? よく見れば第二王子様に似ているような……って、そんなわけないよね。いいかい? サクラちゃんを泣かせたらあたし達が承知しないよ?」
だとか、色々恥ずかしいことばかり言ってくれています。どうしてみんな王子がわたしの彼氏だって思うのでしょう?ただの知り合いかもしれないのに……。おかげで食材は増えましたけどね。
王子も王子で、そんなお店の人に対して否定もせずに「有難うございます」だとか「勿論、大切にします」だとか勘違いを助長するような返しばかりするのですから……。いえ、あながち勘違いでもないのですが。
で す が。
婚約者とはいえ、まだ仮の段階です。それでなくても王子は第二王子、わたしはただの平民です。本人同士が合意していてもそう簡単にはいかないものなのです。余計な横槍が入らぬよう、今は無暗に噂を広げずに大人しくしておくべきだと思うのですよ。
じろり、と王子を睨むと、何故か王子はきょろきょろと辺りを見回しました。周囲を見てもここは家の中なので何もありませんが……?そう思った瞬間、強い力で引っ張られて目の前が真っ暗になりました。日が陰りはじめた時刻、明かりをつけていない家の中なので元々暗いのですが、今は何も見えません。少しして目が慣れたのと、頭上から聞こえる息使いで王子に抱き寄せられたのだとわかりました。
「ななな、何を!?」
何の前触れもなしの行動に、プチパニックに陥ります。が、王子から返ってきた答えはわたしが想像すらしなかったものでした。
「え? サクラが上目遣いで見つめてくるから、抱き締めてほしいのだとばかり……」
はぁぁぁ?誰が、いつ、誰を、上目遣いで見つめたのですか?
それをオブラートに包み損ねて伝えると、王子はきょとんとした顔で言いました。
「いや、だって、やっと二人きりになれたから……。それに、目が潤んでいるように見えたし……」
いや、それ見間違いですから。潤んでなんかいませんから。きっと暗いからそう見えただけです。光の加減か何かですよ。
「なんだ、サクラもそうなのかと思ったのだが……そうか、勘違いか……」
しょぼんとして肩を落とす姿に、ちょっと言い過ぎたかな?と思ってしまいます。うーん、まあ、仮とはいえ婚約者ですし、別荘ではバタバタとしていて落ち着く暇もなかったですしね。全く、仕方がありませんね。
「少しだけなら、いいですよ?」
うん、外ではお断りですが、ここなら人目はありませんしね。わたしは別にしたくは無いんですけどね。王子が落ち込んでいるから、仕方なくですよ?
「なに? いいのか?」
「少しだけ、ですよ? 後、強くしないでくださいよ? 痛いんですから」
「ん、ああ、わかった」
そう言って、今度はゆっくりと王子の手がわたしを抱き寄せました。
そのまま数分、いえ、1分にも満たなかったかもしれませんが、しばらくの時間が過ぎて王子から離れました。
「これでおしまいです」
「え? もう少しだけ、いいだろう?」
「駄目です。今日は何の準備もしていないのですから、夕飯が遅れますよ? さあ、準備をしないと。たまには王子も手伝ってください?」
王子の伸ばした手をすり抜け、荷物を持って台所へと向かいます。
さて、今日は何を作りましょうか?時間がないので簡単なものになりますが……オムレツとかがいいでしょうか?戻って来たばかりなのでパンのストックもありませんから、黒パンをカットしてスープに入れればいいですかね。
頭の中で献立を考えつつ、いつもと少しだけ変わった日常へと戻るのでした。




