番34:帰路
援軍の騎士達は要請を出した当日の夜遅くに30人が到着し、元々いた警護と合わせるとかなりの数になりました。その人達のおかげもあって、わたし達はここを発つまでの2日間、何事もなく過ごすことが出来ました。
何事も無かったとは言っても、外に出るのは自粛していましたし、襲撃者のせいで行動に制限があったのは事実なので完全に羽を伸ばせたとは言い難いものもあります。
とは言え、わたし達だって食っちゃ寝をしていたわけではありません。襲撃者への対策に警備の確認、帰りの際の安全の確保など、やることはたくさんありました。尤も、そういうことは王子の持ち分なのでわたし達女性陣はあまり関わらなかったのですが。
その代わりと言っては何ですが、閉じ込められて自由のない女性がやることと言えば……そう多くはありません。その中でも一番手軽で、一番楽しいのはおしゃべりです。まして、その話題が他人の色恋ならなおさら楽しいものです。そう、色恋の当事者以外は。
わたしは例の3人衆に捕まっては色々と話をさせられ、また、話を吹き込まれて常にへろへろ状態でした。ろくに散歩もできない、他に楽しむ物もない状況ですので仕方ないと言えば仕方ないのですが、被害者たるわたしにとっては仕方ないの一言で済ませるにはきついものがありました。だって、お三方とも人妻なんですよ?そんな人達が入れ替わり立ち替わり、時にはタッグを組んでわたしに男女の営みについて話してくるのですから……わたしのライフゲージは常にレッドゾーン、KO寸前でした。そしてわたしはそのたびに、姿の見えない襲撃者への怒りを募らせるのでした。
ああ、もちろんそればかりに終始していたわけではありません。時間を見つけては王子から現在の状況や諸悪の根源たるソウティンス国の情報、そしてソウティンス国に情報を流したスパイの推測などを話し合いました。え?色っぽい話ですか?あはは、そんな暇もなかったですよ……はぁ。
それで分かったことは、どうやらソウティンス国は前の戦争後、敗戦国としての賠償金などで財政が厳しく、また、戦争時に禁術を使ったことで周囲の国からの批判を受け、さらには禁術を破られたときにかなりの数の魔術師が死亡したこともあって国としてかなり厳しい状況だそうです。元々食料が少なく、農地を求めて戦争を仕掛けていたこともあって周囲の国から全くないこの状況で、国内はどんどん荒れる一方、そんな国を嫌って一部の国民は難民としてソビュール王国へと逃げてきているそうです。おかげでソビュール王国とソウティンス国の国境付近の街にはそういった難民が押し寄せ、街は難民全てを受け入れることなんて出来ないので街の外に難民キャンプが出来て、街の治安が悪化しているそうです。
そして今までソウティンス国にいた冒険者も国内では依頼がないか、あったとしても報酬が悪くてやっていけないとのことで他国に流れ出ているという、悪循環に陥っているという話です。
それを聞くと、他国にちょっかいを出している暇なんて無いんじゃ?と思ってしまいますが、どうやらソウティンス国の上層部はそもそもの原因が戦争に負けたことにあると考えているようです。そして戦争に勝った国、つまりソビュール王国を逆恨みしている、ということらしいです。仕掛けてきたのはソウティンス国側なのに、勝手な話です。
今のソウティンス国は吹けば飛ぶ、とまでは言いませんが、かつての主力だった魔術師部隊の大半を先の戦争で失い、兵士の被害も大きかった上に、今回の難民流出で戦力としてはガタガタなのだそうです。
ちなみにソビュール王国にとってソウティンス国は鬱陶しいけれど必要な国、という位置付けです。一応、国の産業としてソウティンス国からは鉄が輸出されています。それ以外は特に特徴のないと言いますか、農業は自国内の需要すら満たせない(農地に出来る土地が少ない)、特に輸出するような産業も無い、つまりは鉱山以外に産業のない国なのです。国土の大半が山地であり、鉱山と言ってもそこまで大規模でない以上、攻め込んでまで支配する魅力は無いのです。むしろ支配しようとすると兵士の派遣や反乱しない様に住民の管理、他にもやることが増えるだけで赤字になるのです。ソビュール王国としては支配するよりも放置して、ソウティンス国側で勝手にやってくれていた方が手間もお金もかからない、という考えなのです。ですので戦争が終わった後は放置していたらしいのですが……。最近になって国内が悪いなりに安定してきたのか、小さなちょっかいを出し始めたらしいです。今回の襲撃もその一環ではないか、とのことです。
まあ、国内の不満を他国へ向けることで国をまとめると言うのは良くある手ではありますが……。しかし、今の国力の落ちた状態のソウティンス国がやるには悪手だと思うのです。もしかして、ソウティンス国の上層部というのはかなりお馬鹿なのかもしれません。もしそうなのだとすれば、長い間小競り合いだったのに戦争に踏み切ったこと、戦争で禁術を用いたこと、そして今回の襲撃事件。全てがその一言で片付くのですが。さすがにそれは無いでしょうけれど……。
とにかく、今回の襲撃のことで王子は城に戻ってから王様たちと相談し、ソウティンス国にそれなりの対応を求めるそうです。それなり……言葉だけ聞くと大したことはなさそうですが、仮にも王族襲撃という大それたことをしたのですから言葉通りで済むとは思えません。ちょっと怖いですね……。
とりあえず、わたしが聞いた範囲の情報はこんなところです。国としての対応は王子や王様達に任せるとして、わたしは王都に戻るまでの安全に注力したいと思います。とは言っても、護衛は応援の騎士を含めて40名以上ですし、特にできることもないのですが。一応、警戒だけは怠らないようにしておきます。
……そう思っていたのですが。
「どうしてわたしが王子の馬に乗っているのでしょう?」
かっぽかっぽと蹄の音を立てながら、街道を王都に向けて進んでいます。何故かわたしは馬車では無く、王子の馬に二人乗りで。
「知らん。それは私に聞くよりも、馬車に乗っている3人に聞いた方がいいのではないのか?」
気配で、王子が馬車の方へと視線を向けたのが分かりました。
「……聞いてまともな答えが返ってくるとは思えませんね」
「同感だ」
さあ出発、となったところで「馬車は一杯ですわ」と追い出され、何故か王子の馬に二人乗りをすることになりました。どう考えても、行きは5人が乗れていた馬車が一杯だとは思えないのですがね。そしてわたし一人では馬に乗ることは無理(鐙に足が届かないので……)なので、誰かの馬に同乗することになるのですが、示し合わせたように騎士達はバタバタと動き回り、結局、捕まえることが出来たのは王子だけだったというわけです。ええ、あの3人の(特に王妃様)の差し金だと言うのはわかっているのです。しかし、しかしです。黒幕がわかっていてもどうしようも出来ないことってあると思うのです。今回のこともその一つで、ある意味3人と一つの馬車に閉じ込められなくて良かったのかもしれません。王都に戻るまでの1日の間、逃げ場のない馬車の中で色々と弄られるよりはましなのではないでしょうか?
物々しい警備の中、妙にのんびりとした蹄の音が街道に響いていました。
ところで……。
男性には分からない、緊急事態ってあると思うのです。いまのわたしがそうです。
時刻はそろそろお昼になろうかという時。わたしの身体は事態の早急な解決を訴えています。そう、催してきたのです。
一応、別荘を発ってから水分には気をつけていましたが、後少しで昼食の休憩という頃になって、ついに尿意が襲って来たのです。
しかし、わたしも嫁入り前の乙女、トイレに行きたいので止めてくれとは恥ずかしいので言えません。だって、それをすると随行する騎士達にまでそれが伝わるのですよ?それに、もう少しすれば昼食の為に休憩をとるのですから、それまで我慢すればいいという思いもあります。時折強い波がやって来て、それを誤魔化すためにもぞもぞと動くと、王子も気になるのか声をかけてくれるのですが、なんでもない、と答えるに留まっています。
そうしている間になんとか、休憩のとれる地点に到着しました。こういった場所は街道に定期的にあって、いわゆる道路での車の退避所のように街道の脇に小さな広場があります。街道の真ん中で馬や馬車が止まっていると、通行の邪魔になりますからね。
広場に着くと馬車や馬を止め、それぞれが決められていた役割を果たすために動き始めます。王子も他の騎士と同様に馬を止めてひらり、と下馬しました。そしてわたしの脇の辺りを掴んで馬から降ろしてくれます。ちょっとレディに対して失礼じゃありません?これはまるで子供に対する扱いみたいじゃないですか。ここは手を差し伸べて降りる補助をするのが大人のレディに対する正しい対応だと思うのですよ。しかしまあ、これはまだ許せるのですが……。
「妙にそわそわしているが、どうかしたのか?」
いやいや、そういうことを聞かないでください。わたしは「ちょっと……」と言葉を濁して、人目の無い方へと移動します。それを見て察したのか、「ああ」と納得した様子。しかしながら、ぞの後に続いたのが……。
「手洗いか。あまり遠くへは行くなよ?」
ちょぉぉぉ!?何を言ってくれちゃってるんですかね、この人は!
「そういうことは分かっていても言葉にしないのがマナーですよ!?」
と怒ると、
「む? そうなのか?」
ですって!そんなだからデリカシーがないって言われるんですよ!全く、妙なところでずれているんですから!
ぷんすかと怒りを募らせながらも、身体から限界を訴えられ、とりあえず王子の事は後回しにして急いで茂みの奥へ……。このまますっきりとして昼食の予定だったのですが……。
ズボンを下ろそうとしたところで、周囲に幾つかの気配があるのに気がつきました。気配を探ると……10以上、有効的な物ではありません。そっと腰に手を当てて、そこに武器がないのを思い出します。荷物は馬車の中、そして武器は王子の馬に載せたままでした。気配の感じでは丸腰でも魔術を使えば勝てるでしょうし、逃げるだけなら余裕そうです。ですが気配のいくつかは少し離れた場所にあり、ここで戦うと何人かは逃げられる可能性が高いです。出来れば全員捕まえるなりして、後顧の憂いは断っておきたいと思います。そこでわたしの取るべき行動は……。
「隠れていないで出てきたらどうですか? 見ての通り、わたしは武器もないので抵抗出来ませんよ?」
恐らく、襲撃者その2でしょう。ここで昼休憩をとると予想し、待ち構えていたと思われます。警戒をしている移動中よりも、休憩中の方が警戒も弱いと睨んでの事なのでしょう。しかしながら、蓋を開けてみれば本隊は想定以上の大勢の騎士に守られて手出しが難しい、ならばこうして誰か人質にしようと隠れていたようです。ですのでそれを逆手に取ろうと思ったわけです。
「中々肝の据わったお嬢さんだ。自分がどうなるのか分かっているのか?」
茂みの向こうから、武装した男の人が数人現れました。全員では無いようですが、とりあえずは成功のようです。
「わたしを人質にするんですよね? 先程も言いましたが、わたしは丸腰で抵抗も出来ません。無理に抵抗して痛い目を見るよりは賢い選択だと思いますが?」
わたしを人質にすれば、襲撃者達も油断すると思うのです。そして全員が騎士達の前に出てくれれば、一気に殲滅できると考えました。気になるのはまだ姿を現していない数人ですが……これは騎士達が今姿を現している襲撃者の相手をしてくれれば、わたしが対応できるでしょう。
頭の中でそんな計画を立てながら、無抵抗であることを示すように両手を上げて大人しく捕まります。幸い、相手はわたしのことを子供だと思っているのか縛るようなこともせず、武器をちらつかて脅しているつもりのようです。わたしは大人しく、襲撃者の指示に従います。




