番33:地、固まる?
「そういうサクラはどうなんだ?」
「え?」
「人にだけ話させておいて、自分は言わないつもりか?」
うぇ?ここでまさかのカウンター攻撃ですか?
「サクラはいつごろから私の事を好きになってくれたんだ? それまでどう思っていたかとか、色々気になるな」
言葉と視線で、話すように促されます。
「……秘密です」
恥ずかしいじゃないですか。なので王子と同じセリフで逃げさせてもらいます。
「駄目だ。私だってある程度は話したのだから、同じくらいは話してもらわないと公平ではないだろう?」
今までヘタレだと思っていましたが、実は王子って内弁慶?というか隠れSですか?なんだかキャラが違いますよ?
「そうだな、では私からいくつか質問するのでそれに答えてもらうことにしようか」
「え? そんな勝手に……」
「そうでもしないと何も話さないだろう? 大丈夫だ、質問はちゃんと考える。……そうだな、まずは最初のうちは私のことをどう思っていたかを聞いてみようか」
う、まあそれくらいなら……。
「最初は見たまま、物語に出てくるような王子っぽい人だと思いました。まあ実際に王子だったのですが。けれどその後の行動はあまり王子っぽくはないなと思いましたね。だって勝手に家に押しかけてきましたし、夕飯はたかっていきますし、変な所で拗ねるし、正直何がしたいのかよくわかりませんでした」
うん、思い出してみてもあの当時は何がしたかったのかよくわかりません。王子の話と合わせると、あの当時からわたしに好意(ちょっと照れますね)があっての行動と思われますが、わたし自信にそういう経験がないのでいまいち理解できないです。
王子は「押しかけ……たかり……」とか何とか呟いていますが、気にしないでおきましょう。
「理解できない行動はともかくとして、少なくとも見た目はいいですし家柄、血筋、身分や収入、将来性はいいと思いますよ? 結婚相手として考えればかなりの優良物件だったと思います。そういう意味では王子に群がる貴族の令嬢達の気持ちもわからなくはなかったですね」
わたしはその当時は結婚なんて興味も意識もしていませんでしたが。
わたしの言葉を受けて、若干落ち込んでいた王子が元気になりました。単純ですね。
「質問の答えとしてはこんなところでしょうか?」
「ふむ、では次の質問だが」
「ちょっと待って下さい。質問は後一つだけにします。いくつでも、というのはそれこそ公平ではありませんし、キリがないですからね」
「なに? それは横暴ではないのか?」
「そんなことありません。王子だってたいして答えてなかったじゃないですか。何を言っても質問は後一つです」
「むぅ……。なら質問だ。いつ頃から私の事を異性として意識したのだ? そして好きになった時期は?」
「それ、質問が2つじゃないですか?」
「いや、これはまとめて一つの質問だ。サクラの気持ちの変化が聞きたいのだ」
そう言われると、確かに気持ちの変化という意味では一つの質問とも言えますが……。まあいいでしょう。
「意識し始めた、というのは覚えていませんね。なんとなくちょっと気になるって感じでしたし。それでもあえて言うなら、新年のお祭りのときでしょうか? 王子は剣術の大会で優勝していましたよね? 正直言って意外でした。王子って押しが弱いですし、ヘタレなだけかと思っていましたので。あれを見て見直すというか、意外と格好いいんだって思いましたね」
またしても王子は「ヘタレ……意外……」と呟きながら少し項垂れています。
「これ以上は秘密です。王子だって言っていないのですから、文句はありませんよね?」
これだけでも恥ずかしいのですよ?でもまあ、こういう機会でもないと話すこともないでしょうから、このくらいならいいでしょう。
しかし……王子の事をヘタレだ何だと言っておいてなんですが、わたしもかなり鈍感ですよね。王子の好意も、自分の気持ちも全然気付いていなかったのですから。恋愛の経験値がないから、というのも言い訳ですね。
「さて、これで質問は終わりですね。それからもう一つ、王子に言っておかなければいけないことがあります」
「言っておかなければいけないこと? 一体なんだ?」
王子はまたしても、落ち込んでいたかと思えばわたしの言葉に反応して真面目な顔をこちらへと向けてきました。
こういう切り替えの速さというのは、ある意味特技と言えるかもしれませんね。羨ましいとは思いませんが。
「王子はわたしが使っている武器が神器だということは知っていますよね?」
「ああ、報告が上がってきた時には驚いたがな。ただ、公表すると神器を狙う輩や利用しようとする者、それに他国からの引き抜きなどで面倒になるので知っているのは極一部の者に留めているが」
「実はですね、その神器を貰った時に……もう一つあったんですよ」
そう、今思い出してもむかつく自称神様(笑)の、祝福という名の呪いです。おかげでわたしの思い描いていた成長、大人のわたしの姿を奪い去られてしまったのです……。
「あの禿げの呪いのせいで、わたしはこれ以上の成長が望めないのです……!」
拳を握り、天を睨みつけます。天井しか見えませんけどね。
「禿げ、しかも呪いって……曲がりなりにも神を相手に……」
あんなの禿げで十分ですよ。禿げてないですけど。いや、次に会ったら全部毟って禿げにしてやりますから問題ないですね。
「サクラ、間違っても神殿関係者の前ではそんなこと言うなよ? いくら我が国の神殿は力がないとは言っても、わざわざ面倒事を起こす必要はない」
「いや、さすがに神殿関係者の前でまで言う気はありませんが……。そう言えば、この国の神殿ってやけに大人しいですよね? 以前はもっとうるさかった気がするのですが」
「ん? ああ、そうか、サクラは知らないのか。先代の王、つまり私の祖父の代で神殿上層部の大粛清があったのだ。神殿上層部と貴族との間での賄賂や不正、不当な寄付の強制や政治への口出しなど、目に余る行為が横行していたそうだ。そこで先王は不正などの証拠を集め、関係していた貴族を含めて神殿上層部を根こそぎ粛清したらしい。それから神殿の権力を絞り、力を制限して余計な事を考えない様、監視することで神殿の影響力を抑えているのだ」
うーん、ライルだった頃にそれの証拠集めをしていた記憶はありますが……。ライルが死んだあとにそんなことになっていたとは……。
「まあ、これだけ神殿の力が弱いのはこの国くらいだろう。他国は程度の差はあれ、神殿の影響力は強いからな」
っと、話が逸れていますね。今は呪いの話です。
「とにかく、そういう理由ですのでわたしはこれ以上成長しないんです。それでも、わたしを婚約者にというのは変わりませんか?」
「サクラは私のことを馬鹿にしているのか? それくらいで心変わりをするわけはないだろう」
「でも、おっぱいもお尻も大きくならないんですよ?」
「くどい」
「一緒に年をとることもできないんですよ? 王子がおじさんになっても、おじいさんになってもわたしはこの姿のままなんですよ?」
「それは……、一緒に老いることが出来ないのは残念な気もするが、裏を返せばサクラは今の可愛らしい姿のままだということだろう? それはそれでいいことのような気もするのだが? 女性というのはいつまでも美しくいたいと願う物なのだろう?」
また可愛いって……いえ、今そのことは置いておきましょう。年をとっても美しくありたい、というのと年をとることがないというのは別物だと思うのです。そもそも、わたしは美しいという言葉とはかけ離れている気もするのですが。
「王子、よく考えて下さいよ? 一時の感情で判断すると、ずっと後悔することになりますよ?」
「時間をかけても答えは変わらん。考えてもみろ。エルフだってほとんど姿は変わらないではないか。それと同じような物だと思えば大した問題では無い」
そう言われればそうですね。元の世界と違って、こちらではエルフのような存在だっていますし、魔術や魔具といった元の世界から見れば不可思議な力もあります。
もしかしたら、わたしは自称神様(笑)の呪いに拘り過ぎていたのかもしれません。そしてもう少し成長してからこの呪いを受けていれば、また違った考え方をしていた気もします。
つまり、わたしは大人になる、ということに夢や希望を持ち過ぎていたとも言えます。それが自称神様(笑)の呪いによって潰されたことにより、余計に強くなってしまったのかもしれません。考えてみれば、夢は夢で、成長したとしても背も低く胸は小さなまま、なんて可能性だってあります。逆に考えれば老化を考えなくていい分、よかったのかもしれませんね。
……なんて思えるわけないでしょうが!!あの禿げ、やはり今度会うことがあれば毟ってツルツルにしてやりますからね!その髪の毛、今のうちにせいぜい大事にしていなさいよ!
「とにかく、私はサクラという人間にプロポーズしたのだ」
王子の言葉に、自称神様(笑)へ向けていた意識を戻します。
「神の祝福には驚きはしたが、それとて言ってしまえば個性の一つと言えるだろう。いわば胸の大きさと同じだ。それら有無だけで判断したわけではない。あまり私の事を見くびらないでもらいたい」
個性、ですか。さすがに個性では済まない問題だと思うのですが……。
「何を笑っているんだ?」
え?わたし、笑っていますか?
……そうですか、笑っていましたか。
「いえ、さすが王子だと感心していたんですよ」
きっとわたしは、自分が思っていた以上にコンプレックスを持っていたのでしょう。それを気にしないように、いつの間にかわたしは自分に思い込ませていたのかもしれません。それを個性と言われて、まるで気にしていたのが馬鹿みたいです。
友人や家族、知人はこんなわたしを可愛いと言ってはくれますが、きっと自分を気遣ってくれているのだとか、お世辞だと思い込んでいたのでしょうね。前世の、ライルの考え方に多分に影響を受けていたということもあるでしょうが、わたしは、自分のことをきちんと見てくれる相手を求めていたのかもしれません。同性や家族の言葉は当てになるようでならないですし、かと言って異性の知人はほとんどいません。巡り巡って、それが王子だったことに若干の恥ずかしさと、嬉しさを感じているのは事実です。
「それ、褒めていないよな?」
褒めていますよ?ただ、恥ずかしいので言いませんけどね。
「さぁ? どうでしょうね?」
「おい、やはり褒めていないだろう」
拗ねたような表情でそんな言葉を吐く王子が、なんだか可愛いと思いました。なので……。
「王子、ちょっとしゃがんでもらえますか?」
手招きして、目線が合うようにしゃがんでもらいます。
「ちょっと耳を貸してください。実は……」
ちゅ、と頬に軽い口付けをして離れます。なんとなく、そうしたくなったのです。
「え? サクラ、今……」
「お礼です。さあ、もう出て行って下さい」
きっとわたしの顔は、にやけた上に赤くなっているでしょう。そんな顔を見られないように少し俯いて、王子の背中を押して部屋の外へと追いやります。
「ちょ、サクラ? お礼って何の……おい、押すなって……!」
そのまま部屋から追い出して、扉を閉めると先程までの騒がしさが嘘のような、静かな空間に戻りました。
「うわ、わたし、自分から……うきゃーっ!」
先程の行為が急に恥ずかしくなり、思わず変な声が出ました。
わたしが自分を抱き締めながら恥ずかしさに悶える姿を、エルがベッドの上であくびをしながら見ていました。




