番31:復習という名の
あれからアリア様達の結婚式構想(妄想?)と、さらに結婚後の生活や家族プランまで色々と聞かされ(語られ)、何日分もの疲労を感じながらもなんとか自室に戻ってきました。
くっ、これもみんな王子が逃げたからです!この怒り、どうしてくれましょう!
ベッドに突っ伏しながら復讐を考えていると、テーブルに置かれたポーチが目に入りました。
……そうだ!
わたしはあることを思いつき、それを実行に移すべくベッドから起きあがりました。
「集中して何をしているんだ?」
「ひゃうっ!?」
いきなり耳元で聞こえてきた声に、思わず悲鳴が上がりました。
慌てて声のした方を見ると、そこには王子の顔がありました。
「ちょっ? ち、近いです! 離れて下さい!」
息のかかる距離にあった顔に驚き、思わず王子の身体を押してしまいました。
王子は体勢が悪かったのか少しよろめきましたが、すぐに立て直します。
「いきなり押すな。驚いたじゃないか」
少し憮然とした表情でこちらを睨んでいます。
「驚いたのはこっちです! 部屋に入る時はノックくらいしてください!」
「ノックなら何度もしたぞ? 返事が無いからいないのかと思ったが、中を覗いてみたんだが」
う、集中しすぎて聞こえてませんでした……。
「で、そんなに集中して何をしていたんだ? 見たところ、何かを書いていたようだが」
王子の視線が机の上、正確にはそこに広げられたわたしのノートに向けられています。元の世界から持ってきていたままポーチに仕舞いこんでいた物です。
「え? あー、ちょっと思いついたことを書いていただけ、ですよ?」
問われて、つい挙動不審になってしまいました。だって、書いていた内容がゴニョゴニョなんですもの……。
何かを感じたのか、きらんと王子の目が光ったような気がしました。
「ほう、少し見せてもらってもいいか?」
そう聞きつつも、すでにその手は机の上のノートに伸びています。
まあ、見られても日本語で書いてあるので読めはしない……って、こちらの言葉で書いていました!無意識に日本語じゃなくなってました!
「だ、駄目です! 見せられるような内容じゃありませんから!」
慌ててノートを掴もうとするも、すでにノートは王子の手の中に。
「そう言われると余計に見たくなってしまうな」
そんなこと、こっちの知ったことじゃありません。
「返してください!」
取り返そうと手を伸ばすものの、わたしは椅子に座った状態で王子は立った状態。ついでに言えば二人の身長差は……。
わたしの手が届かないように持ち上げられてしまえば、まさしくお手上げ状態です。
「読んでからな。なになに……」
『セディは訓練所から出ると汗に濡れた服を脱ぎ、流れる汗を拭った。そうして人心地つき、まだ訓練の行われている訓練所のほうを見ていると、誰かが近付いてくる気配がした。「セディ、訓練を頑張るのはいいが、その、なんだ。無暗に肌を晒すのはどうかと思うのだが?」
やってきたのはセディの兄、エディンだった。
「兄上、そうは言っても訓練の後に汗を拭かなくては風邪をひいてしまいますよ」
苦笑いと共にそう反論してみる。
だがエディンは顔をしかめ、辺りを見回して他に人がいないことを確認した。
「俺が他の奴らに見られるのが嫌なんだ。それでなくともお前は他の男に交じって訓練をしている。それだけでもむかつくと言うのに、他の男にお前の肌まで見られると思うと……」
「兄上……」
「いや、すまない。お前に文句を言っても仕方がないことだ。お前は騎士を束ねる立場だ。率先して訓練を行わなければ示しがつかないことはわかっている。俺のつまらない嫉妬だ」
「そんな、兄上の気持ちは嬉しく思います。ですが……兄上は第一王子。次期国王としてこの国を継がなければいけない立場です。それに婚約者の方も……」
「言うな、セディ。俺だって立場さえなければと思うことはある。この国も、王子の地位も捨ててどこか遠くでお前と二人で暮らせたらと思うこともあるんだ」
エディンの瞳がセディを捕える。
慕って来た兄の突然の言葉に、セディは動揺した。
「兄上、そこまで私の事を……」
「すまない、こんなことを言ってもお前が困るだけだと言うのに……」
その言葉にセディは頭を振る。
「いいえ、いいえ、兄上。私だって兄上と同じ気持ちでした。私だって第二王子という地位が無ければ、と思ったことはあります。ですが……」
「もう何も言うな、セディ。所詮はかなわぬ想いなのだ。だが、それでも今は、今だけは……」
「兄上……」
エディンが一歩、セディに近づく。
同じようにセディも一歩、エディンに近づいた。
数瞬、互いの視線が交差するが、やがてどちらからともなく最後の距離を詰め、二人の影が重なった』
「……なんだ、これは?」
問いかける声に険しいものが含まれていると感じるのは、わたしに疾しい心があるせいでしょうか?
「な、なにって、ただの暇つぶしに書いた物語ですよ? 創作です」
咄嗟にそう言うものの、知っている人が見れば登場人物や設定などが丸わかりです。もちろん、登場人物のモデルである当人もそれがわかるわけで。
「創作、か。私にはどう見てもそうは思えないのだが? 特にこの『エディン』と『セディ』という人物に心当たりがあるのだが……。書かれているような二人の関係には心当たりはないがな」
痛い、視線が痛いです。どう考えてもばれていますよね。
「そ、そうでしょうか? わたしには心当たりがありませんねー、あはは……」
それでもとぼけるしかありません。ああ、更に視線が痛く……。
「それになんだ、この設定は? どうして『エディン』と『セディ』がこんな関係になっているのだ? 二人とも男だろう? 男色なのか? 確かにそう言う趣味の者もいるとは聞くが……」
心底嫌そうです。そりゃあ、自分がモデルにされて、しかも兄とそういう関係だと書かれているのですから、嫌に決まっていますよね。
「これは男色ではなくて、BLというものです。ホモややおいとは違うのです!」
かつての友人は、特に後半部分に力を入れて叫んでいました。詳しい内容やそれぞれの違いを事細かく、数時間にわたって力説されましたが、それは割愛します。友人曰く、掛け算の前と後ろにも深い意味があるのだと言っていました。
そんなことを、少し懐かしく感じながら思い出しました。
「ちなみにこの場合は『エディン×セディ』で、ヘタレ受けと言うって友人が言っていました」
「びぃえる? やおい? 一体何を言っているのかは分からんが、知りたくもない言葉だと言うのはわかった気がする。というか、お前のその友人とやらは何を考えて……いや、わかりたくもないし、聞いても理解が出来なさそうだ」
ええ、そっちの道に興味が無い人は、いくら聞いても理解が出来ないと思います。え?わたしですか?かつて偉い人は言いました。「BLが嫌いな女子などいない!」と。まあほとんどの女子は妄想で楽しむ程度ですが。
「……今サクラが考えていることが、なんとなくだがわかる気がするぞ」
ああ、視線がザクザクと突き刺さっています!仕方が無いんですよ、これは!きっとお城にいるメイドさん達だって、これを読めば……。
「これは没収する」
「ええ!? そんな、横暴です!」
娯楽の少ないメイドさん達に読ませて楽しむ計画が!今思いついた計画ですけど。
「駄目だ。次にまた、こんなものを書いていたらお仕置きだ。今回は没収だけで済んでよかったと思え」
ああ、せっかく書いたのに……。我ながらいい出来だと思ったのに……。くぅ、書くのに夢中になってしまい、王子が入って来るのに気がつかなかったことが悔やまれます。
って、そもそも王子への意趣返しに書き始めたのでした!それなのに、どうしてわたしが責められているんですか?ああ、思い出したら怒りが……。
「そもそも、王子が悪いんじゃないですか! プロポーズを受け入れたことをばらしたのも、その説明を頼んでおいたのにすっぽかしたのも、そのせいでわたしが3人に詰め寄られて、洗いざらい喋らされたあげくにからかわれたのも、全部王子が悪いんです! その仕返しとして、王子をモデルにした物語を書いて何が悪いんですか!?」
傍から見れば逆切れもいいところですが、言っている内容は事実です。王子のせいであんな恥ずかしい思いをしたのですから。王子がきちんと説明をしてくれていたら……あれ?もしかして、王子が説明をしていても結局捕まっていたような気がしないでもありません。いえ、むしろあの3人ならそうなる可能性が大です。とすると、もしかしてBL小説を書いたのも、それが王子にばれて怒られたのも、全部無駄だったのでしょうか?むしろ、それで勝手にBL小説の主人公(受け)にされて八つ当たりをされた王子が一番の被害者……?
いやいや、そもそも3人への説明は王子に頼んでいたことですし、それをしなかったのは事実です。なので、これは正当な報復なのです!
「むう、確かに説明をしていなかったのは私が悪かった。が、私だって逃げていたわけではないぞ? 午前中は今回の事での父上や兄上への報告書の作成と、王都にいる騎士団への応援の要請をしていたのだ。その後に現在の警備の確認と、応援が来るまでの対応を指示だな。ただ、これが予想より時間がかかって、おかげで昼食に間に合わなかったのだ」
言外に、説明をするつもりはあったが他にやることがあって時間が無かった、と言っています。確かに言っている内容は大切ですし、すぐにやっておかなくてはいけない事です。3人への説明と比べれば、どちらが優先されるかは比べるまでもない事です。
これではわたしが八つ当たりをしていただけ、と言うことになります。だって知らなかったんですから、仕方が無いじゃないですか。
とはいえ知ってしまった以上、王子に非が無いとは言いませんが、わたしの方が悪いと言えます。なのでここは謝罪をして……。
「で、先程『王子をモデルにして物語を書いた』と言っていたが、暇つぶしの創作では無かったのか?」
ああ!怒ってたとはいえ、何口を滑らせているんですか!さっきのわたしの馬鹿!!ひぃ、視線が痛い上に言葉に棘が生えています……!
「き、聞き間違えじゃ、ないでしょうか?」
自分でも目が泳ぐのがわかります。怖くて顔を上げることもできませんが、視線が突き刺さるのだけは感じます。
それがどのくらい続いたでしょうか?1分?10分?もしかしたら、数秒だったのかもしれません。ですが、わたしにはとても長い時間に感じたのです。
「……まあいい、今後このような事が無いように。次にやったらお仕置きだからな?」
その言葉と共に、視線と重圧が無くなりました。
うう、ちびりそうでした。王子にこれほどのプレッシャーをかけられるなんて……。