番99:新たな魔物1
番30から急に話が変わりますが、続きがなかなかまとまらないので以前に書いていたネタ的な番外編を投下しておきます。
いくつかの路地を曲がり、目的のお店に着きました。
「初めて来た時から、外観は変わりませんね」
あの時、偶然訪れたこのお店は今と変わらずひっそりと佇んでいました。それから何度もこのお店に来ることになりましたが、外観はともかく、雰囲気は随分とましになった気がします。最初は今にも潰れそうな雰囲気でしたが……。
色々あって日本に戻り、そしてこの世界に戻ってきた後もここに来ることもなく、最後にここを訪れてから、こちらの世界ではすでに3年近くが過ぎていることになります。
若干の感慨を覚えながら、お店の扉をくぐりました。
「こんにちは、ご主人いますか?」
中はお客さんの姿もなく、カウンターにも人はいません。奥に続く扉は開いているので、奥の作業場で何かしているのでしょう。
声をかけてからしばらく待つと、やがてご主人が姿を現しました。
「お待たせしました……ってこれはこれはフジノ様、随分とお久しぶりですね。今日はなにかお探しですか?」
ここのご主人には冷凍庫とストーブ開発でお世話になりました。ということで、実は今回も新しい魔具の開発を持ちこんでみようと思ったわけです。
「いえ、実は新しい魔具の開発をお願いしたいと思いまして」
「……ほほぅ、新しい魔具、ですか」
「ええ、新しい魔具です」
ここのご主人は元々趣味の魔具開発をしていて、中々理解されずに道楽のお店として細々と経営されていました。わたしは偶然、このお店に立ち寄り、売れずに置かれていた冷凍庫を見つけたのです。それを購入したわたしはガラムさんを捕まえてかき氷機を製作、それが元で冷凍庫が売れ始め、このお店の名前が売れるようになりました。
それからしばらくし、寒くなり始めた時期に魔具ストーブの開発を持ちこみ、それがまたヒット商品になったという過去があります。
「魔具ストーブと同じく冬に最適な魔具で、しかもその効果たるや……。その魅力を一度味わえば、この魔具から離れることは難しく、虜になることが必死です。わたしの故郷に同じものがあるのですが、この魔具の魅力に取りつかれた人はその魔具を離れることすら拒否するといいます。その魅力はまさに魔力と言ってもいいでしょう。そしてその魔力を持った魔具こそ、冬の魔物と言えるかもしれません。その開発をお願いしたいのです」
そう、今回作ろうと思っているのは冬の魔物、炬燵です。いずれはこの国の冬に新たな犠牲者を量産することになるでしょう。くくく、日本で開発された魔物が異世界を席巻する日は近いのですよ……。
「ほう、冬の魔物ですか。面白そうですね、詳しいことをお聞きしても?」
「ええ、名称は炬燵、構造はいたってシンプルです」
そう言って、わたしは炬燵の説明を始めました。
「ふむ、これがコタツですか。……随分と簡単な構造ですね。本当にこれが言われたような、魔力とよべるほどの魅力を持つものなのですか?」
ふふふ、何も知らなければそう思えるかもしれません。なにせあの魅力は味わったことのある人にしかわからないのですから。
「完成すればわかりますよ。特に寒い日には効果が実感できると思います」
日本では毎年、炬燵で転寝をして風邪をひく人多数、コタツムリと呼ばれる炬燵引きこもりになる人もいるくらいです。一度味わえばご主人もわかるはずです。
「ご主人に作って頂きたいのは、この発熱体の部分です。温度は65度前後で、できるだけ長時間、連続で使用できるのが望ましいです。もちろん、魔力石なしでは難しいでしょうから、魔力石を使用したものでいいと思います。その代わり、魔力石の残量が少なくなった時にわかるようにした方がいいでしょう。そうですね、1割を切ったくらいで温度を下げるのがいいでしょうか? それと魔力石1個で1日4刻の使用で1ヶ月程度が目安でいいでしょう」
「ふむ、そのくらいならそれほど時間がかからずに試作品は出来るでしょう。……そうですね、2週間もあれば大丈夫だと思います」
「わかりました。ではわたしはその間に他の部分の手配をします。2週間後に試作品を持ってガラム武具店の方へと来てもらえますか? そこで仕上げと実験をしましょう」
まずはガラムさんのところでテーブル部分の作成の依頼、それから炬燵布団の発注と炬燵の下に敷くラグを作らないといけませんね。
頭の中で必要な物を計算しつつ、魔具店を後にしました。
「なあ、嬢ちゃんよぉ。俺は武具職人であって何でも屋じゃないんだぞ?」
ガラムさんのお店で概要を伝えると、案の定というか、うんざりとした口調で言われました。
「ふーん、いいんですか? そんなこと言っても。炬燵に入れてあげませんよ?」
「別にそんな物に入らなくても死にやしねぇ。大体、嬢ちゃんの持ってくる依頼は武具に関係のないものばかりじゃねぇか。かき氷の時もそうだし、ストーブの時もそうだ。あれのおかげで俺のとこはしばらく本業が疎かになっちまったんだぞ?」
ええ、言いたいことはわかります。わかりますが……。
「そんなこと言っても、かき氷が完成した時に一番食べていたのは誰ですか? ストーブの時にもしばらくストーブから離れなかったじゃないですか。知っているんですよ? 夏はかき氷の食べ過ぎでお腹を壊していたことも、新しいシロップが出るたびに買い込んで食べていたことも、冬の間カウンターの影にストーブを2つも置いていたことも」
「む……、なんで知っているんだ……?」
「あー、残念ですねぇ。部屋を暖かくして炬燵に入りながら食べるかき氷の味を知らないままだなんて……」
わざとらしく残念そうに言い、溜息まで吐いて見せます。
視界の隅でガラムさんがピクリと反応するのが見えました。
「本当に残念です。暖かい部屋で炬燵に入りながら、冷たい飲み物を飲むあの幸せを知らないままだなんて……」
またしてもピクリと反応がありました。もうひと押しですかね。
「残念ですが、他の職人さんを探してみましょうか……。ガラムさんならこちらの依頼通り、いえ、それ以上の物を作ってくれると思ったのですが……。本当に残念です。ガラムさんなら炬燵もきっと気に入ると思ったのですが」
そう言い残してお店を出ようと入口に向かいます。もちろん、ゆっくりと。
「……チッ、仕方ねぇな」
ふふ、かかりました。
「そこまで言われちゃあ、協力しないわけにはいかねぇじゃねえか。だが一つ言っておくぞ? 俺はコタツとか言う魔具に興味があるんじゃねぇ。俺の技術を当てにして来た客だからだ。そこのところを勘違いするんじゃねぇぞ」
「わかっていますよ。ガラムさんだからお願いするんですから」
なんだかんだと言いつつも協力してくれますからね。
「では早速ですが、形状は……」
こうして着々と炬燵の作成が進むのでした。
暑くなってきたこの時期にこのネタ……。
長さ的に中途半端になるので短いですが分割して投稿します。
一応番外編の年(出戻りして最初の年)の11月上旬くらいのお話です。
そのくらいまで話が進めば順番を差し替えたいと思っています。