番29:傾向と対策2
「どうして簡単にばらしたりしたんですか!ああ、後でどんな追及をされるか…!」
部屋に入るなり、わたしは王子に向かって怒鳴りつけました。
さっきは何とか逃げることが出来ましたが、後々のことを考えると溜息が出そうです。
「どうしてって、別に隠すようなことでもないだろう。それに父上や母上には報告をしなければならないし」
王子はどうして怒られているのかわからない、といった風です。
「だからって今しなくてもいいじゃないですか!」
「どうしてだ?向こうから聞かれたのだし、丁度よかったじゃないか」
「どうしてって……まさか、アリア様の性格を忘れたわけじゃありませんよね?アリア様に知られるとどうなるか、わからなかったわけじゃあないですよね?ああ、まだ2日以上も日程が残っているのに、これじゃあ逃げようがないじゃないですか…」
「何をそんなに心配しているんだ?聞かれて困るようなことはないだろう?」
「何言っているんですか…。今回の敵はアリア様だけでは無くて、シフォンさんや王妃様もいるんですよ?1人でも手強いのに、3人もとなると…。いいですか?普通に聞かれるだけならここまでは困りません。ですがあの3人にかかれば、根掘り葉掘り、いいえ、あることないこと言われて聞かれて、辱められるに決まっているんです!」
そのことを考えただけで、震えが来ます。
「いや、敵って…。それにさすがにそこまでは無茶な事はしないだろう」
「甘いです。砂糖に蜂蜜と水飴をかけて、さらにミルクチョコレートでコーティングするくらいに甘いです」
「は?ミルク……なんだ?」
「わたしの世界の甘いお菓子です。王子は女性の怖さがわかっていません。大多数の女性にとって、他人の恋路ほど興味を惹くものはないんですよ…」
今のあの3人が何を話しているかを考えると、それだけで重い溜息が出てしまいます。
わたしの言葉に何か思い当たることでもあるのか、王子は少し考え込んでいます。
しばらく部屋に沈黙が降りました。
「言われてみれば思い当たることが無いわけでもない。すまない、サクラに受け入れてもらえたのが嬉しくて浮かれていたんだ…。無意識に早く誰かに言いたかったのかもしれないな」
自分の言葉に照れているのか、少し顔を背けて頬を掻きながらの言葉です。
そんな風に言われたら、これ以上怒ることが出来なくなるじゃないですか…。その言葉を少し嬉しいと思ってしまいます。
「……そうですね、追及されそうになったら王子に任せてわたしは逃げますから、その時はお願いします。自ら体験してもらえればわかるでしょうからね」
まあ、これくらいのことはしてもらってもかまいませんよね?なにせ、ばらしたのは王子なんですから。
「え?お、おい、それは…」
「なんですか?聞かれて困るようなこともなければ、無茶なこともされないのでしょう?わたしは聞かれて困ることもありますし、無茶なことをされると思っているので、大丈夫な人に任せるのは当然じゃないですか」
うん、思いつきの割にはいい案です。生贄のようにも感じますが、元はと言えば王子が蒔いた種です。それに自分の発言には責任を持ってもらいましょう。
「そういうことですから、反論は受け付けません。これは決定事項ですから。まさか、嫌だとは言いませんよね?」
ジロリ、と睨むと、王子は「むぅ」と唸って俯きました。
さて、これであの3人の方は何とかなる(かもしれない)として、ここからは頭を切り替えて、もう一つの話題です。
「この後王子には衛兵の方に指示を出してもらうとして、後の問題は誰がソウティンス国に情報を流したか、ですね」
この言葉に、俯いていた王子が顔を上げました。
今回の襲撃は、別荘に到着したその日に受けています。つまり、事前に誰かが今回の事をソウティンス国に知らせていなければこれだけ早くに刺客を送り込むことなんてできません。
「そうだな。考えられるのは貴族か、それとも城で働く者なのか…」
「もしくはこの別荘にいる人、ですね。いずれにせよ、今回の事を知っている人の誰か、ということになりますが、さすがに絞り切ることはできませんよね…」
今回の旅行の話が出たのは半月前です。その間に特に隠すようなことはしていませんでしたから、知ろうと思えば簡単に知ることはできたでしょう。もちろん、ソウティンス国側の諜報員の仕業と考えることもできますが、なんにせよ、王族の情報を流す者が少なくともそれを知ることのできる立場にいる、というのは事実です。
「うむ…。残念だが、現状ではその者を特定するには手掛りが少なすぎる。注意はしてみるが、そう簡単には捕まえることはできないだろうな」
そもそもが間諜などはどこにでも紛れ込んでいるものです。ただ、それが王族のすぐ近く、となると問題です。ですが、今回の事では王子が言うように手掛りとしては弱いものです。先に言ったように、特定はおろか絞り込むことすら難しいでしょう。
今できるのは情報に注意することと、対処だけです。
「まあそういうことですので、戻ったら信頼のおける方には注意を促しておいてください。もっとも、わたしが言うまでもないことでしょうけど」
「わかった。私はこれから詰所の方へ行くが、サクラはどうする?」
「わたしはしばらくはゆっくりとしておきます。到着してからずっとバタバタしてましたからね。ついでにいざという時の為に何か対処を考えておこうと思います」
相手がどんな手を使ってくるかわかりませんからね。念には念を、です。とは言え、まだ他に襲撃者がいるのかどうかも不明ですが。
「そうか。あまり無茶はするなよ?」
「王子こそ。大丈夫だとは思いますが、出歩くときは1人にならないようにしてくださいよ?恐らく一番狙われているのは王子なんですから」
「ああ、私だって婚約して早々に婚約者を悲しませたくはないからな。それにまだ父上達にも報告をしていないしな」
婚約、という言葉に、なんだか照れてしまいます。まあ、それを素直に出せる性格はしていませんけど。
「馬鹿な事を言っていないで、さっさと行ってください」
少し頬が赤くなっているとは思いますが、そっぽを向いて誤魔化しておきます。
「はは、わかっているよ。では行って来る」
王子は立ち上がり、わたしの頭を軽く撫でた後に髪をひと房掴んで、そこに唇を落としました。
「な、な、何をしているんですか!」
「何をって、ああ、唇の方が良かったか?それなら…」
「だ、誰がそんなことを言いましたか!いいからさっさと行ってください!」
「わかったわかった。それではな」
軽い口調でそう言いながら、王子が部屋を出て行きます。
扉の閉まる音と共に、わたしはテーブルに突っ伏しました。
なんだか、王子の振る舞いが変わった気がします。何と言うか、雰囲気が甘いと言うか…。上手く言えませんが、これまでのヘタレ加減からすると別人のように感じてしまいます。
考えてみれば相手は王族なのですから、こういったことは慣れているのかもしれません。わたしが知っているのは1年と少ししかないのですから。
って、もしかしてこれからもずっとあんな調子なんですか?そう言えば、海外の男性は恋人へのアプローチは積極的だと聞きます。もしかしたらああいう行動もこの世界では一般的なのでは?前世では色恋はあまり得意ではありませんでしたから、何が一般的なのかなんてわかりませんし…。
ああ、もしもあれが普通だとしたら、経験値のないわたしに耐えられるのでしょうか?いえ、決して嫌というわけではないんですが……なんというか、恥ずかしすぎるんです。日本で生まれ育ったせいか、それともわたしの経験値が低いだけなのか。とにかく、ストレートな表現には慣れていないんです。
わたしはしばらくテーブルに突っ伏したまま、唸ることしか出来ませんでした。




