番28:傾向と対策1
ご無沙汰しています。
約1年ぶりの投稿となります。
「嫌ですわ!どうしてわたくし達がそのような者に怯えて背中を見せないといけませんの!?」
案の定、アリア様が予定を早めて戻ることに拒否を示しました。
口には出してはいませんが、王妃様も雰囲気からするとアリア様に同意のようです。
昼食の後、今回の旅行のメンバーはリビング?サロン?とにかく、1階の広間に集まっていました。
理由はもちろん、これからのことについて話す為です。
ですが一通りの説明をしたところ、アリア様の反対の声が上がった、というわけです。
予想通りのこととはいえ、やはり安全面から考えるとこのまま、というわけにもいかないのも事実です。
「そうは言っても、襲撃者がまだいる可能性は捨てきれませんし、このままでは警備面でも弱いのは事実です。安全を考えると、やはり戻ったほうがいいと思います」
「そんなの、お兄様が何とかすればいいのですわ。兵を増員するなり王都から騎士を呼ぶなりすれば解決じゃありませんの」
「もちろん、王都から騎士団を派遣してもらいます。帰りの道中の護衛も必要ですからね。そのための早馬もすでに出してあります。ですがそれでも確実に安全とはいえないんです。ですから…」
しかしながら、わたしの説得の言葉をまたしてもアリア様の声が遮ります。
「わたくし達は昨夜着いたばかりですのよ?それなのにどうしてもう帰る話になっていますの?まだ何もしていませんのに…」
うーん、アリア様の言いたいこともわかります。昨夜は着いたばかりで疲れていましたし、夕飯を食べてそのまま寝ただけですからね。今朝は一騒動がありましたが、実質、まだ何もしていないのと同じです。それなのにいきなり帰りましょう、では収まりもつかないのでしょう。
「だがそのせいで怪我をしては元も子もないだろう?それに怪我だけでは済まない場合もあるのだ。それはアリアとてわかってはいるのだろう?」
「それはそうですが…」
「なにも今すぐに帰らないといけない、ということもない。どうするにせよ、王都からの騎士が到着するのは早くても今日の深夜だ。そうすれば、予定通りにこちらに滞在することも可能ではある。もちろん、警護をつけてとなるから多少は不便は強いることになるが」
あ、王子ってば自分だけずるいです!わたしに面倒な部分だけを説明させておいて、自分は美味しいところを持っていこうだなんて!
「まあ、予定を早めて王都へ戻るほうがいいのは確かだがな。しかしそれではアリアも母上も納得はできないのだろう?ならば今日のところはあまり出歩かないようにして、王都からの増援を待っていてくれ」
うう、これだとわたしだけが無理を言っているみたいじゃないですか…。
「……わかりましたわ。ひとまずはお兄様の言う通りにいたしますわ」
「そう言ってくれるとこちらとしても動きやすい。それで、ひとまずの方針なんだが、出歩くな、とは言わないが、出来るだけ1人にならないようにしてほしい。出歩く時には警護をつける。それと、狙われているのは私と母上、それにアリアだ。なので母上にはエルを、アリアにはサクラが付くことになっている。シフォンにも念のために、警護をつけてもらうことになる。わかっているとは思うが、可能な限り襲撃のしやすいような場所に行くのは避けてほしい。母上もよろしいですね?」
「ええ、かまわないわ」
「わたくしもそれでかまいませんわ」
「私も従います」
王子の説明に、3人がそれぞれ了承を伝えます。
ああ、やっぱり納得がいきません!これじゃあわたしが王子の為にお膳立てしたようなものじゃないですか!
「それにしても、私の護衛はエルなのね?」
王妃様が不思議そうに尋ねます。まあ、猫が護衛と言われれば当然の反応ですよね。
「はい。エルは見た目は子猫ですが、動物特有の勘とでも言うのか、護衛としては中々優秀のようですからね。それに連れていても不審は招きづらいですし、中々に頭もいい。きちんと護衛としての役割は果たしてくれるでしょう」
あ、また王子がいいとこ取りを…。自分ばかりいい恰好をしてずるいです。
わたしがジト目で睨んでいたのがわかったのか、王子はその顔に少しだけ苦笑いを浮かべながら、わたしの頭に手を乗せました。
「これらの事は、あらかじめサクラと2人で相談しておいたことだ。出来るだけ皆の安全を図るようには注意するが、それぞれでも十分に注意してもらいたい。そして3日後には揃って王都に戻れればと思っている」
言いながらも、頭に乗せられた手がゆっくりと動いています。
こ、こんなことで誤魔化されたりしませんからね!
「そういうことなので、それぞれ外出時には一声かけるようにしてくれ。それぞれの警護の者は後で各部屋に向かわせる。それまでは外出は控えて貰いたい。私からは以上だ」
「今のお兄様のお話からすると、警護は付くけれど、当初の予定通りと思っていいのですわね?」
「ああ。サクラはああは言っていたが、最初から反対されるのは想定済みだったからな。どちらに動いてもいいように、話の方は詰めていたのだ」
「そうですか。それならばいいのですが…。それよりもお兄様?いつまでサクラちゃんの頭を撫でているんですの?」
「ん?あ、ああ、そうだな」
その言葉と共に、王子の手が離れて行きました。……寂しい、なんて思っていませんよ?
「ところで、先程からお2人を見ていると随分と親密な感じを受けましたが、何かあったのですか?」
ぎくっ。シフォンさんは鋭いですね。普段と変わらないように気をつけていたのですが…。
「あら、そう言われてみれば…。お兄様、素直に白状したほうが身の為ですわよ?」
なんだかアリア様の目が光ったような気がします。
わたしは見えないように王子の服を引っ張り、余計な事は言わないように促します。王子はわかった、というように小さく頷きました。
別にばれてしまっても問題はないのですが、日程はまだ2日と半日あります。早々にばれてしまうと、この後ずっとからかわれることになりかねないのです。それでなくとも、襲撃者の事でしばらくはアリア様に付いていないといけないのですから…。
いずれは話すにせよ、今は避けたいです。あの3人は今日は外出を控えるように言われて暇を持て余していそうですからね。わざわざ餌を与えることはありません。
そう思っていたのですが…。
「ああ、実は昼前にサクラから返事を貰ってな。王都に戻ってから父上と兄上に報告してからの話にはなるが、一応は婚約した、ということになるのか」
ちょぉぉぉぉ!?何簡単にばらしてくれちゃっているんですか!
「は?それは本当ですの…?」
「殿下の妄想……失礼、本当に婚約されたのですか?」
「あら、いつの間に…」
おや?これは予想外です。皆驚いていますよ?というか、さりげなくシフォンさんが酷いことを言いかけましたね。
「ええ、つい先程、ですが。きちんと、この耳で聞きました」
意外な反応の薄さに、わたしが驚いています。もっとこう、騒がれるかと思っていましたが…。
そのとき、パチン、と音がしました。
何の音だろうと思って見てみると、どうやら王妃様が手に持っていた扇を閉じた音のようでした。
「セドリム、よくやりました。思えば貴方からサクラの事を聞いて早3年。ようやく、とも思いますが、まあ……貴方にしては頑張った方でしょう」
「ありがとうございます、母上」
はっ。呆けている場合ではありません。アリア様とシフォンさんの思考が働いていない今のうちに逃げないと…。
「そ、それではわたし達はまだやることがありますので」
さっさと退出してしまいましょう。そう思い、王子を促します。
「え?いや、一通りの事はすでに…」
ですがわたしの思惑が通じていないのか、王子はそんなことを言っています。
ああ、もう!さっさと逃げないと、色々と追及されるじゃないですか!
「何を言っているんですか。まだやるべきことは山積みじゃないですか。さあ、早く…」
「お、おい?」
急がないと、お2人が正気に戻るじゃないですか。
わたしは王子の背中を押しながら、挨拶もそこそこに部屋を出ました。
扉を閉めた所で、王子が口を開きます。
「どうしてそんなに急いで部屋を出る必要があったのだ?確かに一通りの事は話し終えてはいたが…」
「いいから、早く逃げますよ。ここにいては危険です。……そうですね、もう一度わたしの部屋へ行きましょう」
「ちょっと、危険ってどういうことだ?もう少し説明を…」
その説明をしている時間すらもったいないのですよ。
「説明は後です。とにかく、今は移動してください」
話を切り上げて、さっさと歩きだします。本当なら、ダッシュで逃げたいところです。
わたしが歩きだしたからか、王子がぶつぶつと言いながらついてきます。
廊下の角を曲がったところで、早足で歩いていたのを普通の歩調に落とします。ここまでくれば追いかけてはこないでしょう。
あそこでアリア様達に捕まれば、そのまま軽く1時間は追及されることになるでしょう。そして根掘り葉掘り聞かれて、羞恥に悶える羽目になるのが目に見えています。他人の恋バナを目の前にした女性ほど恐ろしいものはないのです。言うなれば、目の前に人参をぶら下げられた馬のように、その追求という名の疾走は止まることが無いのです。
それに、お2人から逃げるのもそうですが、まだ話があるのも本当です。
「サクラちゃん、お兄様!逃げましたわね!後で覚えてなさい!」
背後から、驚きから立ち直ったアリア様の声が聞こえます。どうやらひとまずは逃げることに成功したようです。ですが、次に顔を合わせた時には必ず追及をされるでしょう。今は一時的にそれをかわしたに過ぎないのです。その時のことを思うと溜息が出てしまいます。
全く、王子が考えなしに言ってしまうからです。そういう機微について鈍いのはわかってはいたつもりですが…。
もしかして、プロポーズを受けたのは早まったのでしょうか?ついそんなことまで考えてしまいました。